第五十九話 受け取ったお茶
「あとどれくらいの時間が遺されているのでしょうかねぇ。」
文献を読み漁っては、記帳をして自分なりの解釈をメモして、という事を繰り返している日々、気が付けば竜神暦は九千九百九十年、私が予言した滅びは「竜神暦一万十四年」だった、つまりはあと二十何年か、という話になってくる、私の知る限りでは、守護者達はまだ生まれてすらいない、聖獣の守護者達が戦いに赴くは、十六歳十七歳の時期だ、という認識はしていた、だからまだ彼らは生まれてすらいない、彼らが産声を上げるのは、もう少し後の話だ。
あと十年も経たない程度、セスティアとこの世界ディセントの時間の流れが一緒なのであれば、もう七年程度で生まれてくる、運命を定められた戦士達、十代という、人間ンにおいてもまだ青年期の、まだまだこれから色々な事を知っていくのであろう、そんな歳派のいかない子供、に世界の命運は委ねられてしまっている、私もその中の一部でありたい、そうあるべきだと思って活動をしているが、結果として神々を鎮めるか、それとも命を散らして世界の滅びに向かうか、のキーパーソンは彼らだ。
私に出来る事、私が成すべき事、それに関してはいまだわかっていない、私はそう、わかっていない。
「そう言えば……。」
約八十年前と言う長い様で短かった時間を遡って、ハオの事を思い出す、彼女から受け取った茶葉は、冷暗所に保存してあって、今でも飲めるはずだが、乾燥した茶葉と言うのが、どれくらいの期間風味を損なわずに持っていられるのか、という事を私は知らない、そろそろ飲まなければ、傷んでしまうだろうか。
ハオ、一週間だけだが旅を共にした、幼い少女、私に好意を向けてくれていた幼い少女、十歳という年齢でありながら、宗教学者として権威の地位にいた、というハオは、今頃はもう息絶えているのだろうか。
ノースディアンの先住民という事は、彼女は混じりけのない人間だっただろう、ならば寿命は長くて何十年か、本当に長い「長老」と呼ばれる人間でさえ、百年を生きない、だから、ハオはおそらく、もう逝ってしまったのだろう。
「ふむ。」
休憩がてら、茶器を出してお湯を沸かし、ハオに言われた事を思い出しながら、茶を淹れる。
確か、沸騰したてのお湯では駄目だという話だった、一度水を沸騰させて、少々冷ました後に、一度温めた茶器に葉っぱを入れて、そこに少しだけ冷ましたお湯を注いで、蓋をして蒸らす、三分ほど蒸らした後に、ティーカップに注いで、ミルクと砂糖を入れて完成、だったはずだ。
古ぼけた記憶、というよりは、たった一週間しか一緒に居なかったハオの事を覚えている方が奇跡的だろう、私はハオの事が印象的に頭の中に残っていて、それを覚えていたが、当たり前の妖精としては、忘れている方が健全、とも言えるだろう。
「……、良いでしょう。」
三分蒸らして、ディーカップにもお湯を一度注いで温めて、そのお湯を捨てて茶を注ぐ、小麦色の様な、枯れ葉色の様な、琥珀色の様な、そんないでたちの茶にミルクを加えると、白い濁りが足されていって、それをかき混ぜるとふわりといい香りが漂う。
砂糖を入れて完成、私はティーカップをソーサラーに乗せて、茶菓子にドラグニートで輸入したクッキーを持って、書斎に戻る。
「んん……、この香り、この風味、彼女が好きだった、と言うのも納得ですね。」
ハオが淹れていた茶、には程遠い香りだったが、それでも私が今まで習慣的に飲んでいた茶とは一線を画する香りと味わいなのだから、それはそれは高級茶葉と言っても差し支えはないだろう、私はこの香りを初めて嗅いだ、という位には、この茶は香り高かった、ハオが淹れてくれた茶の方がもっと香り高かったが、それでも「淹れ方の熟練度の差」という明確な差があったとしても、それに限りなく違い香りがする、という事は、それだけ高級な品物をハオは私にくれた、という事になるだろう。
「ふぅ、気を抜いてはいけないと思っていましたが、こうも美味しい茶を飲んでしまうと、気が抜けてしまいますね、ハオ。」
独り言、今は亡きハオに向けた、手向けの言葉。
ハオが生きていたとしても、彼女が私の事を覚えているのか?と問われれば、覚えていないが正しいと答えるだろう、人間にとって約八十年と言うのは、それこそ生涯を超える程度の年月だ、私にとってはそうではない、妖精は数百年を生きるのが当たり前で、その中でもエルフは数千年を生きる種族で、であるからして、私は七百と何十年を生きていながら、見た目としては青年期の人間と同程度、の年月しか生きていないと誤認される、私達エルフが年を取ったといわれるのは、それこそ二千年や三千年を生きた結果、の事だ。
思えば、長老以外に老人と呼ばれる類のエルフは村にはいなかった、百名程度の人口だった私の住んでいた村、ゾキュペ村は、人口が少なく小さな村だった、私達探検仲間以外には子供もおらず、主だった産業としては織物があった、ゾキュペ柄、と呼ばれる伝統的な柄の織物、を仕立てている女性が多かった、私の母もその一人だったという話をしていた覚えがある、私が生まれる頃に織物作りから離れて、子育てに専念する事になった、ならばテイラットやトリムントス、アリサの両親、特に母親だった皆さんは、それぞれに織物の染める担当、織る担当、反物から仕立てる担当、という風に役割分担をしていた、ゾキュペ村は第一次産業が殆ど廃れてしまっていた村で、私達が生きている頃は、織物をフェリアに変えて、そしてそれで外部の村から食料物資を得ていた、らしい。
ならば現在におけるウィアデストロイド、ゾキュペ村の後身の村は何を産業にしているか、と問われると、今はウィスキーを醸造する産業を主だった産業として行っている、ゾキュペ柄という柄は消えてしまった、廃れてしまったという話だ。
ゾキュペ柄の織物、に関しては、布と言う性質上あまり長持ちするものではなかった、消費される物だという事も大きく、そして私がいた痕跡を消すという意味合いもあって、結果として失われてしまった文化、に類するという話だ、表向きはダークエルフによって攻撃された村、というあらすじになっているゾキュペ村は、ハイエルフにとっては都合が良く、そして存在としては都合が悪い村、という立ち位置になっている。
「……。」
ただ、私はゾキュペ柄の布を一枚だけ持っていた、現在においてはへたれてしまって使い物にもならないが、ハンカチがゾキュペ柄のハンカチだった、それを私は「村にいた唯一の記憶」として残しておく為に、ずっと持っていた、現在は使っていない、原形が残っているのかと言われれば、保存状態としては歴史書に残せるレベルではあるが、柄は色あせてしまっていて、元々の染め色からはほど遠い、ただ、かろうじて知っている妖精からしたら「ゾキュペ柄の痕跡が残っている」程度だ。
ハオにでも渡そうか、と考えた事が一瞬だけあったのだが、当時にはもう、ボロボロの布切れだった、歴史学者からしたら、喉から手が出る程に欲しい品物かも知れないが、そうでない存在からしたら、ただの色あせたぼろ布だ。
「ゾキュペ、彼の地……。」
私にとって、悲しい現実が遺されている村、ハイエルフにとっては都合が悪かった、歴史のページから消えてしまった村、滅んだという理由も、滅んだ原因も、何もかもが後付けの都合が良い理由、で固められた、私の故郷。
ハオを案内して、美咲さんを案内して、ディーさんを、幻夢君を、連れて行って父や母に紹介したい、と思わなかった事もない、ただそれは、叶わない願いだ。
今の私には遠すぎる、今の私には追憶の中すぎる、ゾキュペ村。
ハオがゾキュペ柄の品物を受け取っていたら、喜んでいただろうか、それとも、失われた文化の遺物として、悲しんだのだろうか。
それはわからない、ハオが今も生きている可能性は殆どない、あったとしても、私の事を覚えているとは思えない、だから、私の記憶の中にある、それだけで良い、それで良い、そうするしかない、人間と妖精とでは、生きる時間が違いすぎるのだから。




