第五十八話 守護神デイン
「エレメント、ここは発展していますね、相変わらずですが。」
中央都市エレメントまで戻ってきた私は、この都市は相変わらず世界の最先端を取り入れている、と感嘆した覚えがあった、キュリエの死を悼んでいたばかりで、周りに目がいかずにテンペシア様の都市に向かった為気づかなかったが、数十年前は魔道具によるランタン灯が主流で、魔力に優れている竜人がそれに魔力を充填して、という作業を行っていたはずの街並みの灯りは、何やら火が揺らめいているが、しかし蝋燭や脂による灯りでもない「ガス灯」という、地下から産出された天然ガスを使った灯りに変化していた、あの頃でそうだったのだから、かれこれ百年ほど前にはそうなっていた、という話になってくるだろう。
竜神暦九千八百八十三年、という節目はドラグニートに大きな革新と繁栄をもたらした、という話しだった、ガス灯になったのはその頃のことだったらしい、私が通過点として見ていた中央都市エレメント、の発展については、今でもレイン君伝いで幻夢君の子孫から聞く事はある、まだ馬車を使っているには使っているが、現在、竜神暦九千九百年を超えた現在においては、自動走行車、石油と言う天然原材料を扱った技術によって、ドラグニートは輝竜クェイサー様の都市「クェイサー」限定ではあるものの、自動車と呼ばれる乗り物が登場した、とかなんとか、そんな話が出ていた、私は乗った事がない、ここ数十年はジパングから出ていないし、そう言った類の発展に関しては噂を聞く程度だが、眩い程に速い発展、私達の故郷であるフェルンが停滞の国、と言われていて、鎖国的な施政の中にいて発展をしづらい国だ、という事を差し引いても、都市クェイサーの発展と言うのは、聞くだけで心が踊る様な、幼心をくすぐられる。
「確か、竜神の彫像、でしたか……。」
それはともかくとして、私は機関車を降りてすぐの広場にある、中央都市エレメントは竜神像、と言われている、ドラグニートの象徴足る石像の前に来ていた。
テンペシア様は仰っていた、彼が必要と感じていたのであれば、自ずと出会う為の道は開かれると、その為に何をすればいいのかも、自然と理解する、と。
私はあの時、何をすべきかを理解していた、竜神像に手で触れて、念じただだけ、デイン様と言う守護神との「パス」を繋ぐ為には、それをするだけで良かったらしい、後はデイン様が謁見を許すかどうかを決める、だからそれ以上の事を語る必要もなかったのだろう。
「……。」
眼を閉じて違和感を感じた、と思ったら、私は石室の中にいた、四方を石畳か大理石の様な素材で囲んだ、入口も出口も換気口もない空間、だがしかし、息苦しさや酸素不足を感じるのか?と問われると、否と答えるだろう、神聖な空間、松明の明かりがパチパチとはぜる空間、に私は転移をしていた、そしてそこには。
……やぁ……
「貴方様は……?竜?」
……そうだね、僕は今竜の姿なのかな……
ドラゴン、白銀色にも見えなくもない、白を基調とした竜、私達の数倍程の体躯を持った、翡翠色の優しい瞳をしたドラゴン、が私の目の前に居た。
その口は動いていなかった、所謂「テレパシー」と言うものだと仰られていたデイン様は、人間としてや、そもそも以て竜神様以外とのコミュニケーション、を取る方法として、テレパシーを使っている、という話だった。
竜神様方が、人間の体躯に伝説上の竜の翼、を生やした外見だったのに対して、守護神たるデイン様は、竜の姿をされていた、それは今でも覚えている。
「貴方様が、デイン様でしょうか?テンペシア様や他の竜神様と、同じ外見をされているのだとばかり……。」
……僕は、戻れないからね……
「戻れない、とは……。……、いけません、守護神様を目の前に、考察に耽る所でした。申し訳ございません。」
……ううん、良いんだよ……
デイン様の声は、まだ若い青年か少年と言った風だった、そんな覚えがある、守護神として祀り上げられて幾千年、約一万年と言っていたのだから、もう少し荘厳な声でもしているのか、と想像をしていたが、デイン様の声は想った以上に少年のそれだった、私の方が声が低く、神に思春期が存在するのか、と問われるとわからないと答えるが、思春期に入ったばかりこれから変声期を迎える様な声の持ち主だった、それはとても優しく、聞いているだけで荒み切ってしまっていた私の心が、少しだけ癒されていく様な、そんな声の持ち主、がデイン様だった。
「……。何を聴けばいいのか、私は何を問うべきなのでしょう。守護神様を目の前に、竜神様にも問うた事柄を問うのは違う、のでしょうし……。」
……なら、キュリエちゃんの命運の事、かな?……
「……。はい、キュリエはどうして逝かねばならなかったのか、ならばダークエルフの迫害の歴史を、竜神様方はどう思われているのか、そしてデイン様、貴方様は、ダークエルフとハイエルフの、迫害と嫌悪の歴史をどうお考えなのか、私は、どうするべきなのか。世界を守ると言った私が、どう行動をすれば実際に世界を守る為の行動を取れるのか。守護神と呼ばれている方なのであれば、答えられる道理はあるのではないですか?」
……期待してもらって恐縮、ってディンなら言うのかな、僕は、あまり多くの事を知らないんだ。僕が守護神として祀られてから、約一万年が経った、テンペシアがそう言っていたけれど……。僕が起きていた時間は、テンペシアが生まれたのより後の事だから……
「デイン様は眠られていた、と。では、守護神の名を冠していらっしゃる理由、についてはお聞きしてもよろしいのですか?」
……僕が、セスティアからこちらの世界、ディセントにやって来た時、僕は守護神として祀り上げられた、それ位しか……
「……。左様でしたか、それは失礼を致しました。では、一つだけお聞きしたいのですが、よろしいですか?」
……僕に答えられる事なら、なんでも……
デイン様は、多くを語らなかった、それは知らないからなのか、それとも黙っていた方が理になるからなのか、そもそも黙っている事が竜神様方の共通項だったのか、それに関してはわからない、テンペシア様はデイン様なら何かご存じかもしれない、と仰った、そしてデイン様は、テンペシア様を始めとした、竜神様方の方が知識の造詣に深い、と仰った、どちらの言葉が正しくて、ならばどちらの言葉も正しいというのであれば、デイン様と竜神様方は、あまり意思疎通を取られていなかった、とも取れるだろう。
今ならそれを念頭に置いたうえで質問をするのかもしれないが、あの頃の私は、キュリエを失った悲しみの中にいた、外聞的にはそうではない、心のうちでも読まれてしまわない限り、私が心を砕かれていた事を知る者はいないのだろう、あの頃の私は、それをひた隠しにしていた、それが正しいのだと思い込んでいた。
「……。世界とは、デイン様にとって世界とは、守るべき価値があるのでしょうか?斯様な場所にいらっしゃって、恐らく外の世界との繋がりを、殆ど断絶されている貴方様からして、世界は守るべき価値がある、そう感じますか?不敬かもしれません、守護神様にその様な事を聞くのは、不敬千万な事でしょう。ただ、私は知りたい、私が守らんとしてる世界は正しいのか、ならば、フェルンが行ってきた歴史の是非は、ドラグニートが不干渉を貫いてきた、ダークエルフの迫害の歴史は。」
……世界は美しい、そして欺瞞に満ちている、そう、言われた事があるよ……。僕が、まだ幼かった頃、その言葉を言われた、今でも覚えている……。彼は、それでも世界を愛そうとした、僕もそうだった、彼と僕とでは、同じくして違う意見を持っていた。だから、僕は世界を愛しているんだ……
「彼、とは?」
……君達が知るべきではない、そしていつの日か、君が知るべきであろう相手、だよ……
「今は知らされぬ相手、という事ですか……。その方と、デイン様は共通の意識である、世界を愛するという好意を持っていらっしゃる、と。……。世界の守護神足られる貴方様が、どんな命を生きてきて、どんな場面をくぐってきて、それは私にはわかり得ぬ事なのでしょう、私には、与り知らぬ事なのでしょう。……。ただ、世界を愛するという解に至った、それだけで良いのでしょう、きっと、守護神たらしめる事柄、と言うのは、他のどなたよりも、世界を愛するが故の事なのでしょう。……。ありがとうございます、一つ、迷いが消えたような気がします。私に何が出来て、私に何が出来なくて、未来への干渉が許されているのか、それとも観測者として世界の滅びを視なければならないのか、それに関しては、そうですね……。私は結論を出した、という事になるのでしょう。どうあったとて、どうなったとて、私には選んだ道がある、私には選ばなければならなかった道がある、選択肢があったとしても、それを選ぶ事が必然だったのでしょう。……。私の結論が、世界を守る為の礎になるのであれば、それは結果として、未来に生きる者達への手向けになるでしょう、そして、それは未来において、ダークエルフの迫害の歴史に終止符を打つ事が出来る事柄が起こるきっかけになるかもしれない、その為にも私は……。私は、世界を守りたいのです。」
……。君が、どういう過去を生きて、どんな未来を生きるのか。それは、僕にもわからない、僕には、君と違って未来を視る事は出来ないから……。ただ、きっと、君の想いが、君の心が、世界を破滅の未来から救うきっかけにもなる、僕はそう信じているよ……
デイン様は、随分と夢の中にいらっしゃるような事を仰られていた、いまだに知らされていない「彼」とは誰なのか、ならば世界を愛そうとしたきっかけは何だったのか、世界を守る礎足らんとする私の、ある種の犠牲を赦したした理由は。
わからない事だらけだ、私は今でも、何も知らない無知蒙昧な子供なのかもしれない、ただの、夢を見ている一人の妖精なのかもしれない。
ただ、それでも良いと願った、それでも良い、それでも世界を守りたい、キュリエの言葉に従って、があるのかもしれない、ただ、探検仲間や、かつての村の同胞達が、きっと転生した先で幸福に生きられる様に、そして、キュリエがダークエルフの輪廻から逃れられないのだとしても、その迫害の歴史を終わらせて、キュリエの転生者が幸福になれる様に、そう願って、私は世界の為に生きる事を選んだ。




