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第五十七話 後三十年

「受け取り完了のサインをお願いしますだよ。」

「はいはい、承知しています。」

 幻夢君が亡くなって、ディーさんが正式に引退をして、時折手紙のやり取りをする程度、になった頃、私がジパングに暮らし始めてから、かれこれ七十年は経っただろうか、私の生活は基本的には変わらない、文献を読み漁って、私なりの解釈をして、それを羊皮紙の書物に纏めて、食料と文献を受け取ったり返却したり、そう言った生活が七十年ほど続いている、それが私の感覚だ。

 正確な年月をカレンダーで測っている、と言っても、七十年も同じ事をし続けてきたのだから、時間感覚が狂っていたとしても不思議ではない、事実、私はフェルンにいた時代も、時間の流れを正確に測っていたが、けれどもそれがあっているのかどうか、それとも私の中で正しいだけで、狂ってしまっていたのか、と言うのがわからない時期があった。

 父の形見である懐中時計、の歯車が何度か止まってしまって、それを直すという行為をする度に、私の中で時間が狂っていく、そんな感覚があった、今はそれをしないでいる、懐中時計が一度狂ってしまったら、ジパングの民は時間を測るという行為自体をしない、だからそれが狂ってしまったが最期、戻す手段がない、という話にもなってくる、ジパングの民は基本的には太陽と共に生きている、ということ自体は知っていたが、まさか時計の祖である日時計擦らないとは思わなかった、というのが印象深かった、それこそ港街では時計を扱う人間はいた、船の出航にあたって、時計によって時間を計測しなければならない人間がいた、その人間や、港街の宿に勤めている人間達、は時計を扱っていた、ただ、それ以外の人間、村の住民だったり、村の間を行き来する商人だったり、は時計を必要としていなかった、彼らは太陽とともに起きて、日の入りと共に仕事を終えて、そして眠りにつく、というのが当たり前の文化で、私達の様に夜更かしをする人間がいなければ、家の中で灯りを灯しているのも居間の中だけだったりと、彼らは随分と文明としては閉じた生活を送っていた。

 私が輸入できる限界、も脂を使った灯りや蝋燭といった灯りだけで、ロザウェルの様に魔法で灯りを灯す為の機材、ドラグニートにおいても使われていた「魔道具」と呼ばれる類の高級品、は輸入が出来ていなかった、ドラグニートにおいては、ある程度は普及している魔道具であるランタンだったが、私の元に届けられる程には普及していない、が正しいだろう。

「あと、三十年……。」

 かくいう現在は夜の十時、そろそろ眠りにつく時間ではある、が私は近々で返さなければならない文献があって、それを書き写す作業に追われていた、私には時間がない、世界には時間がない、と知っていたから、私は急ピッチで作業を進めていた、その中で、一度に運ぶのには限度がある文献、と言うのが存在していた、ドラグニート秘蔵書物庫深度二、に存在する文献は、元来は書物庫から出す事を禁じられている、それをテンペシア様の進言で特別に移動させてもらっているのだから、それに関する期限は守らなければならない。

 二週間に一度、私は物品のやり取りをしている、私が住んでいる紅麗山の麓の村、から港街までは幻夢君の家系に、そしてそこからドラグニート、逆にドラグニートから港までは、現在はディーさんの息子であるレイン君にお願いしている、戦争が終わるまで、世界の終末を防ぐまで、という制限はかかっているものの、というよりはその先の事を考えるのはその先でも良いだろうね、と言ったテンペシア様の言葉に従って、テンペシア様の都市における税金、から捻出された私の生活資金、をレイン君の商店に入金してもらい、そして品物を蒸気船で運んでもらって、という事を私は行っていた、ただそれも「世界崩壊を防ぐか、せかいが崩壊する事が確定するまで」という時間の約定だった、それ以降、の事は私もまだ考えていない、世界の滅びを防げるのかどうか、がわからない以上は、私はそれを考える理由がない、とも思っていた、だから、私はそれ以降の事、一切合切考えていない。

「ふむ……。」

 今読んでいる文献は、エクイティにおける支配階級「イクリプス」に関して、ドラグニート側が得ている情報だ、何でも、彼は植物種の亜人、という性質を持った亜人種における「麻薬の生成」に最も秀でた個体で、それを支配階級に下賜して、麻薬漬けにする事によって、施政の反対勢力をなくしている、つまりは「イクリプスのいない世界は上質な麻薬が生成されない」という言説をもって、エクイティを千二百年に及んで支配している、植物種の亜人の生命力は凄まじく、その緑色の体表に太陽光を当てていれば、数千年という年月を生きられるのだとか、一説によれば、妖精と人間の配合腫、つまりは混血で、妖精の中でもそう言った自然に類する特性を持った個体、の子孫だ、とも言われているという事が記述されていた。

 フェルンにおけるダークエルフに対する配給の仕組み、と同じ事を、表立って国家単位で行っている、それがエクイティで、その源流がフェルンにあるのかもしれない、植物種の亜人はその異種交配の末の子孫の可能性がある、という記載があり、私もその可能性については考えた事があった。

 フェルンにおいて、というよりは、フェルン創設直後に「ダークエルフ」という人工的な闇を孕んだ種族が選定され、神木に対する脆弱性、つまりは暴走をする一因、として神木が定められ、そして彼らは村を去る事を強いられた、それ以来ずっと、王家からの配給を頼りに自我を保ち、そして生きていた、そんな彼らの姿と「快楽物質として麻薬を摂取し続けなければいけない、禁断症状と言う、麻薬を摂取しないと起こる発作がある」という、エクイティの面々、システムに差異があったり、それが秘密裏に行われているか、それとも国家単位で表立ってやっているか、の違いはあれど、似通ったな形態を取っている二国の、成り立ちが似ていたとしても不思議ではない。

 エクイティには少しだけ立ち寄った事があった、キュリエと共に行動をしていた時、麻薬と薬物、天然と言うよりは、人工的にと言えば良いのだろうか、植物種の亜人から採取される「快楽物質」が、ダークエルフに対して効果があるのではないか、もしかしたら、キュリエをダークエルフから解放する術が見つかるかもしれない、と赴いた事があった、ただ、それからすぐに私達はその国を出た、エクイティの集落、廃人と呼ばれる「麻薬を取り上げられた人間達」のコミュニティを見てしまい、それを接種してもキュリエにいい方向への効果はない、と判断した、だから私達はすぐにエクイティを出た、滞在期間としては、一週間もいなかっただろう。

 結果として、配給が途絶えてしまった時点で、キュリエの末路は決まっていた、と言う事を、私はキュリエを失った後に秘蔵書物庫で見つけだした、テンペシア様も把握されていなかった、というよりは「妖精に対する研究者ですら予測でしかない程度の文献」に記されていた事、それが真実だ、と私は理解しただけで、知らない存在からしたら、確かに配給とは何なのか、そしてそれがどういった事柄に使われて、ダークエルフという種に対してどういった作用をするのか、と言うのはわからないだろう、研究者と呼ばれる人種には出会った事があったが、彼らもまた、ダークエルフを視るのは初めてで、その存在を知らなかった、と言うのが全てだった、それ位には、ダークエルフの存在は国外には秘密事項として扱われていたのだろう、想像するに難くない事だ、フェルンにとって、王家にとって、教会にとって、都合が良く都合の悪い存在、それがダークエルフだ、だから、その反応は正しかっただろう、知らなかったとしても、彼らに罪はなかった。

「このあたりでしょうかね。」

 そろそろ文献の末文に差し掛かる、この文献に関しては纏め終わったと言っても良いだろう、明日の返却には間に合いそうだ。

 そんな事を考えているうちに、夜は更けていく、蝋燭で灯した灯りだけが私にとってのすべての世界、の中で、私は物思いに耽っていく。

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