第五十五話 運命とは
「……。」
あの日、覚えている、雨が降りすさんでいたあの日、そもそもがウィザリア自体が立地的に雨か曇りである事が殆どで、晴れ間が訪れること自体が少ない、という事を加味しても、雨が強かったあの日、私はキュリエを失った、失ったと言ってしまったら少々被害妄想的な発言になってしまうだろうか、私は、私の手でキュリエを殺めた。
あの時、私は母以外から口づけをされたのが初めてだった、母に、いってらっしゃいとおはようとおやすみのキスを頬にされていた以外では、私は彼女に初めて接吻をされた、接吻と言うと、口と口とをつけての行為だ、と思われそうだが、頬に口づけされた、それは母以外では初めてだった。
あの時の感触、あの時のぬくもり、キュリエが最後に遺した、私に向けた想い、それが忘れられなかった、忘れる気にもならなかった、忘れてはいけないと思っていた、忘れられてたまるものか、彼女の想いを、願いを、祈りを、私は忘れない。
「やれやれ。」
探検仲間の事を気にしないわけではない、彼らが無事に転生をしているのか、ならばどんな妖精に転生したのか、という事も気にならなくはない、ただ、私にそれを知る資格も、権利もない、私に許されている事は「死の未来を視続ける」事だけであり、転生先の話、転生者がどうで、どの妖精がどの妖精の転生者で、という話は、ハイエルフ達が管轄していた事だった。
或いは王家が、或いは教会が、彼らの転生に際して、何か手を加えているという噂は聞いた事はあった、「転生者には、都合のいい記憶が植え付けられている」という根も葉もない噂、に見せかけた御伽噺の様な話だ、ただ、私達が本能的にダークエルフを忌避する様に出来ている、存在としてダークエルフを恐れる様に設計されている、と言うのは、その「都合の良い記憶を植え付けられている」証左になるのかもしれない、とは思っている。
もしかするに、彼ら探検仲間も、そして村の妖精達もまた、ダークエルフに堕とされてしまっているのかもしれない、そうではないかもしれないし、そうかもしれない、アンクウに触れた魂、アンクウの力によって死んでしまった命、の使い道というのを、私は知らない、ハイエルフ達が何かを画策していたのかもしれないが、私にはそれは知らされていなかった、私は何も知らされていなかった、私は、彼らの命の先を知らないままだ。
「ふー……。」
月明かりを眺めながら、ウィスキーを傾けて、ならばと思い出す事もある。
ジェライセさん、彼らゾキュペ村近くのダークエルフの集落の方々は、どうしているのだろうか。
私が居なくなった原因であるキュリエは結果として死んでしまった、ならば、彼らを滅ぼす理由はない、と言えなくもないだろう、もしやするに、ダークエルフという都合の悪い存在がいたから、王家に属していたアンクウである私がいなくなった、という判断をハイエルフ達が下して、その結果としてダークエルフが滅ぼされてしまっていたら、そんな事を考えなくもない、ただそれは最悪の筋書き、というやつだ、ハイエルフもそこまで愚かではないだろう、ダークエルフという「都合の良い被差別階級」を失った結果、何が起こるか、ならばそれを解明するものが現れたら、ハイエルフ達はどう行動するか、それ位の秩序は、ハイエルフ達の中にも存在するだろう。
ジェライセさんと最後に会ってから、幾年月が過ぎただろうか、彼がもたらしてくれた、フェルンにとって、王家や教会にとって都合の悪い歴史、彼らがひた隠しにして、ダークエルフに全てをかぶせて封印していた歴史、それを知った時点で、私は「王家や教会の言いなりになる駒」としては落第だっただろう、それを告げた時点で、あの集落のダークエルフが滅ぼされるだろう、都合の悪い事実を知っている者として、彼らを粛清しただろう、という頭が働いていたから、私はそれをハイエルフ達に問わなかった、私は子供だったが、子供だったなりに頭は回る方だった、と言っても、ロザウェルに連れていかれて、ロイスに教育を受けていた頃、は自戒的であり、自滅願望的な立ち位置をずっと持っていた、私の思考としては、王家に仕える事は贖罪なのだ、罪をあがなう為に必要な事なのだ、と考えていた、それから約六百年、王家に仕え続けてきたのは、偏にその感情がこべりついて消えなかったから、煙草のヤニ汚れの様にこべりついて、煙草の煙のように染みついて、それが消えなかったから、に過ぎない。
詰まるところ、キュリエの事は「きっかけ」にしか過ぎなかった、私は罪を生産したと感じた時点で自害していたか、国を脱していただろう、それがキュリエとの出会いで確定した未来になっただけ、少々早くなっただけで、遅かれ早かれ、、私は滅びの未来を告げる殉教者になっていたかもしれない、それとも、自らの命を絶つ事で全てを終わりにして、転生を待つ身になっていたのかもしれない。
「……。」
そう、全ては偶然か必然か、仕組まれた運命だったのか、それとも神か何かに定められた事だったのか、はたまたすべては偶然か、私とキュリエは出会った、の前に、私達とジェライセさんは出会った、彼がいなかったら、キュリエを助けるという選択肢を取っていなかっただろう、ジェライセさんと出会っていて、ダークエルフの歴史の真を聞いていたからこそ、私はキュリエを助けるという選択肢を取ったのだ、仕組まれていた運命なのだとしたら、そもそものそこから、トリムントスが「村の外に出たい」と言った時点で、私の未来を定めた何かがあった、のかもしれない。
たまたま門番が居ない時間に村の外に出て、たまたま門が閉まる時間まで景色に見惚れていて、たまたま魔物と出くわし、たまたまそこを通りがかったジェライセさんに助けられて、そしてたまたま「私がその場の決定権を預かった」という話、何とたまたまと言うには必然めいた事柄だろうか、そう考えなくもない、ならば、この運命を定めたのは何者か、私にアンクウとしての力を覚醒させ、死の未来を視る殉教者として活動をさせて、現在に置てはそれに対するカウンターとして動いている私の、運命をそう準えたのは誰なのか。
竜神様ではないだろう、竜神様は根幹的に守護神だ、誰かの運命を弄って、という事をする様な姑息な真似はしないだろう。
ならば精霊か、否、精霊は妖精を見守る存在であって、干渉する存在ではない、その線は薄いだろう。
であるならば、ソーラレスの仏陀や、マグナにおける神々の仕業か、その線も捨て難いが、薄い線である事に変わりはないだろう、彼らが妖精に干渉出来るという文献を、私は閲覧した事がない、少なくとも、ドラグニートの書物庫深度二までの情報、としては、それは不可能だ。
「ふむ。」
カラン、と氷がグラスの中で鳴る、私がならしたのではない、氷が溶けて音が鳴った、それだけの話だ。
ただ、それ一つで、私の意識は集中を途切れさせる、というよりは、思考の渦の中から脱出する、私が陥る事がある「思考の坩堝」の中から、私自身を救出する方法、それは外部的な要因が多くを占めていた。
トクトクトク
ウィスキーを注ぎ直して、月明かりに乾杯の素振りをして、私はそれを口に運ぶ。
そう言えば、そろそろ春が来る、私が暮らしている中腹部までは続いていないが、下腹部、三合目と言われる辺りまでは、桜が咲く頃だろう。
麓の村に物資を取りに行く時に時折眺めるが、桜、紅桜という紅い桜は美しい、フェルンには桜と言う樹木はなかった、ここジパングの様に四季折々という季節の移り変わりがあるわけでもなく、温暖と言えば温暖、平坦と言えば平坦な気候だったフェルンからしたら、桜が咲いて、夏には青野菜が採れて、秋には米や芋と言った作物がなり、冬には雪が降る、という時期の違い、は想像が出来なかった。
「ふむ。」
そう言えば、幻夢君とは別れの言葉を交わすのを忘れていた、神童の家系、幻夢の名を継ぐ若者、がこの前挨拶に来た、先代である私とやり取りをしていた幻夢君は、年を取って亡くなってしまったのだとか、そんな話だった。
人間とは儚い、竜人であるディーさんも、そう言えばそろそろ引退が近いと言っていただろうか、幻夢君の話によると、ディーさんにも孫がいて、そろそろ隠居をして、余生はバーベキューと庭いじりでも考えている、という話だった、彼らは、私達妖精に比べると、短い命を生きる、儚い事だ、悲しい事だ、ただ、彼らからしたら「私達が長命すぎる」のだろう、その違いを思い出しながら、幻夢君のあの快活さが遺伝した青年、幻夢君によく似た青年、とやり取りを始めた私は、これからはディーさんの子息やお孫さんとやり取りをする様になるのだろう、そんな事を考えながら、ウィスキーを傾けては考え事に耽る。




