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第五十三話 あと五十年

「……。あれから、どれだけの年月が経ったのでしょうかねぇ。」

 私の呟き、それはそう、彼らと別れてから、彼女と決別してから、もう百年の時が経とうとしていた、そんな事をふと思い出した、だから出た言葉だ。

 キュリエと決別をしてから数えて推定百年、聖獣の守護者の出現まであと五十年、私に出来る事は、私が成すべき事は、私が成さねばならぬ事は、いったい何なのだろうか。

 それを知らずにいる、それが私は怖いのかもしれない、私は、未来を視る事しか許されていない、そう思っていた、何百年間という時間を、そうして過ごしてきた、そして現在、そのヴィジョンが不明瞭になってきている、デイン様と邂逅を果たしてからというもの、私に視える未来は不明瞭で、何処か薄絹の膜に包まれた様な状態になっていた。

 良くも悪くも、私の視通せる未来では亡くなってきている、それはわかっている、駄々をこねる子供の様に、未来が視たいとわめくわけでもない、ただ、私は明確に世界の滅びを視た者、それが変わるとしたら、私の未来はどうなるのか、彼らの未来はどうなるのか、それを知りたいと願っただけだ。

 それが当たり前の存在からしたら我儘で、私の様に未来を視続けた者からしたら当たり前の事で、それ位の分別はついている、だからこそ、私は未来を視た事を吹聴はしなかった、未来を視たとしても、それを変える手段はあるはずだと、それを変えようと願っている存在は、私以外にもいるはずだ、と。

 結果として、彼らは戦争が起こる事を知っていた、誰かが予言したと言うのであれば、記録にさえ残っていない誰かが予言した未来、私の様な死の未来を視る者ではなく「戦争が千年後にもう一度起こる」と言う予言をした存在がいた、それが誰で、どういった意図で予言したのか、という事に関しては、知っていたとしても神々だけだろう、私の様な下賤な者には教えられない誰か、が予言した事なのだろう、ただ、聖獣様方と竜神様方の共通認識としては「千年後に戦争が起こる、その時に聖獣の守護者達を呼び戻す血盟の儀を結んだ。」という事だった、神々の共通項、という事は、それに近しい誰か、が予言をしたという線が濃厚だろうか、しかし、テンペシア様は「竜神に未来予知の能力は備わっていない」と仰られていた、玄武神も「聖獣には未来を視通す手段はない」と仰られていた、ならば誰が、どの様な存在が「戦争が再び起こる」という未来を視たのだろうか、死の未来を視る者として、同族意識を持たない事もない、どんな存在で、どんな未来を視て、という事を語らいあいたい気もしなくもない、ただ、神々からしたら、それを私に告げる事は禁じ手なのだろう。

「……。」

 ウィスキーを嗜みながら、私は月明かりを眺める、バルコニーに出ては月明かりを眺めて、そして酒を嗜む、というのが私の中での習慣になっていた、以前の様に、寝る為だけに深酒をしている訳ではない、現在は眠る為に睡眠導入用の薬草を飲んでいる、だから、酒の力を使って眠る、という事はしなくなった。

 ただ、酒をやめる気にはならなかった、私の父が飲んでいたフェルンのワインではなく、今飲んでいるのはドラグニート産のウィスキーだ、その違いはある、ドラグニートが外国に向けて販売、輸出をしているウィスキーを私は飲んでいる、その違いはあれど、どこか両親を思い出す様な気がしていて、私は酒をやめるという選択肢を取らなかった。

 クレールはずっと日の当たらない場所で保管してある、いつ飲むのか、と問われたら、いつの日か飲むのかもしれない、と思っているクレールは、美咲さんからの餞別は、今手を付けるべきではない、と感じていた。

 ワインは熟成が効くといっても、限度はあるだろう、その前にはのまなければならないが、私のが聞き込んだ話によると、適性に保存されたワインは数十年、数百年と言う時間を超えても深みがある味へと変わっていく、澱がどうのだとか、適性保存しなかった場合はどうのだとか、美咲さんに教えてもらった覚えがあった、私は記憶力は良い方だ、その事を覚えていたから、今飲まなくても大丈夫だろう、と考えて飲まずにいる。

 記憶力が良い、記憶に残っている事が多い、と言っても、忘れてしまった事も沢山ある、忘却しなければならなかった事も、忘却してしまった事も、沢山ある。

 例えば村の妖精達、テイラットやアリサ、トリムントスと言った探検仲間や両親の顔、声、仕草は覚えているけれども、村の大多数の大人、の外見や声などは忘れてしまっている、ならば、私が視て来た死の未来の予言先、死の未来を視て来た妖精達のその様、については、私は忘却するほかなかった、それ以外に、私が心を殺さずにいる方法論が無かった、私が発狂せずに、ぎりぎりの所で保っていられたのは、それを忘れる、忘却するという思考を取っていたから、に他ならない。

 それだけの死の未来を視続けた、妖精が何百年何千年と生きる種族だったから、まだその総数は「人間の死を視る」よりは少なくあったのだろうけれど、しかしそれでも、何万何十万と言う死の未来を視続けてきた、その彼らに申し訳ないと思わなくはない、弔う事を許されず、ただ死の未来を視てそれを記帳して、という事を繰り返してきた私は、彼らを弔う感情はなかった、それは、私を守る為でもあった、彼らの尊厳を守る為でもあった。

「ふー……。」

 パイプの煙が天に昇っていく、それを眺めるのが私は好きだった、彼らを思い出す様で、キュリエを思い出す様で、そして、私が私でいられる証拠である様で、私はそれを心地良いと感じていた。

 私は今でも、あの時キュリエが購入してきてくれたパイプを使い続けている、陶磁器製のそれは、木製のものよりも物持ちが良く、私がそもそも物を慎重に扱うタイプ、という事も相まって、かれこれ百年は使い続けている事になるだろう。

 あの頃が懐かしい、キュリエと共に旅をしていた頃が、ならば探検仲間とともにいた頃が、ジェライセさんに教鞭を振るってもらっていた頃が、懐かしい。

 全ては過ぎ去った過去、それ位の事はわかっている、それ位の認識は持てる、ただ、それでも懐かしいと感じる心はどうしようもない、私はどうしようもなく、郷愁にかられる事があった。

 今となっては再建されて久しい村、かつての名をゾキュペ、現在の名をウィアデストロイド、という村に行きたい、弔いが許されるのであれば、冥福を祈る事が許されるのであれば、私は好きなだけ冥福を祈りたかった、ただ、それも許されない事、村を再建するにあたって、私に関する情報は消されてしまっているだろう、私が弔った彼らの墓も、暴かれて「無かった事」にされているのだろう、それをするだろう、という程度に、王家に対しては「負の信頼」があった、悪い意味での信頼、これ位を悪辣とも何とも思わず、これ位を何も感じずにやってしまうだろう、という負の意味での信頼、が私の中にはあった。

「さて、眠りますか。」

 聖獣の守護者が現れるまで、あと五十年、世界の滅びの予言までのカウントダウンもまた、あと五十年。

 私に何が出来て、私に何が許されて、私に何が成し遂げられて。

 それはわからない、ただ、それをしなくていい理由にはならない。

 私は、視た者として、遺された者として、託された者として、成すべき事を成さなければならない、それを自戒する日々、何が出来るだろうか、と無力を痛感する日々、ただ、それでも意味はあるのだ、と信じていた。

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