↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/67

第五十二話 ウィザリアに向かって

「ふむ、キュリエの涎に関しては、そちらを当たってみるしかないのでしょうかね……。」

 キュリエに「涎」という暴走の兆しが見えてから数十年、私達はその結論を出しかねていた、というよりは、それが暴走の兆しで、暴走してしまったが最期、キュリエは二度と元には戻れない、という事実を私は認めたくなかった、だから目をくらませていたのかもしれない、もしかするに、誰かがその結論に至っていて、私達に忠告をしてくれていたのかもしれない、もしかしたら、冒険者や冒険家の類な存在が、こっそりとフェルンから配給を攫ってきて、私達に渡してくれていたかもしれない、ただ、それを私達は手段として選べなかった、頑なにそれは暴走とは関係がない、と思考を止めて、キュリエのそれは思春期のはしたなさだ、と決めつける事で、私達自身の心の安寧を保っていた、ただ、キュリエは確実に暴走への道を辿っていた、あの頃はもう、私に隠れて生肉を食していた頃だった。

 手遅れ、と言えば手遅れ、後はマナの源流や神木に触れれば暴走する、という場所まで来ていたキュリエの対策、を私達は講じれずにいた、ただ、かつてフェルンで研究者をしていて、ダークエルフにも接触した事があり、フェルンから亡命してこの著書を書いた、というかつて存在したというエルフの著書、をドラグニートの片隅で見つけた私は、それを実行するべくウィザリアに向かう、という決断を下した。

 曰く、その本にはこう書いてあった、「ダークエルフの顕著な様相である涎を垂らす姿、それを防ぐ為にはマナの力が必要だ。」と、それを信じた私達は、ドラグニートを出て、ウィザリア、マナの源流があるとされている、非独立国家である島に向かう為の準備をしていた、あの頃の私が六百五十歳、そしてキュリエは五十歳程度だっただろうか、思春期真っ盛りといった感覚だったキュリエの「涎」を止めるための行動、として私達はウィザリアへと歩を進めた、それが全ての間違いであり、そして私達の決別を決定事項にした行動だった、今ではそう思うけれども、しかし、私には未だに「配給以外で暴走の兆しを止める事」をする術がない、という事は、キュリエはずっと飢えと渇きに苛まれて、いつ暴走するかもわからない、私を喰らいたくて仕方がない、というダークエルフに刻まれた歪んだ本能に支配されて、最終的に私を喰らうか、それとも私によって殺められるか、どちらかを選択するほかなかったのだろう、それが妖精に限った話、所謂「対妖精としての反応」だったのか、と問われると、最終的にダークエルフは飢えと渇きから別種族でも堂種族でも襲う、という文献を現在の私は知っている、だから、あの場でキュリエを殺めていなかったら、キュリエは誰かを喰らっていただろう、私を喰らって一時的に飢えと渇きを凌いだ所で、配給がない以上は、結果として生ける者の血肉を啜らなければキュリエは生きていけなくなってしまっていた、それが私の結論だった。


「キュリエ、涎を拭きましょう。」

「あえ?あたし、また、よだれ出てた?」

「はい、悲しい事ですが。もう少しの我慢ですよ、もう少し我慢して、マナに触れに行けば、もしかしたら涎は止まってくれるのかもしれませんから。」

「そっかな、そうだと良いな。」

 あの頃、もうキュリエは涎を自覚すらしていなかった、飢えと渇きから逃れる為、生肉を食べる事で何とか凌いでいた、私を喰らいたくて仕方がなかったのだろう、ダークエルフとして、その事を全く知らなかった、とは思えない、私が涎と飢えを同一視できなかったのは、偏に「私がそう言った症状になった事がなかった」からだ、キュリエが己の体調を一切合切知らず、自分が私という妖精を喰らいたくなっているという、本能的な飢えに気づいてないとも思えなかった、今思うに「ウィザリアに行って配給に似たマナを得る」という結論を私が出した時点で、彼女は暴走を理解していたのかもしれない、でなければ、キュリエがあの場で「私を殺して」という言葉をすぐに出した理由がわからない、であれば、あの時キュリエはもう「死を覚悟していた」というのが正しいのではないだろか、私はそう考えている。

「あたし、お腹空いてきちゃった。」

「先程肉を食べていましたが、足りませんでしたか?」

「うん、そう、かも。ダイエット、って思って、少し、量を減らしちゃった、からかな。」

 言葉がつっかえつっかえになっていたキュリエは、私達とドラグニートからの使者を連れて出ていた船、今運航をしているグランマリア号の前、世界を回る帆船としては最後の船、ケニル号に乗船して、食糧庫にあるだけの肉を喰らっていた、それでも足りなかった、というよりは「配給の停止による飢えと渇きは、本能的に生きている者の血肉を啜らなければ一生満たされる事はない、そして一度満たされたとして、それは定期的に訪れる」という文献から、一度配給を止められてしまったが最期、彼女らは生涯を生ける者の血肉を啜る化け物として生きていかなければならない、それが彼女達ダークエルフに課せられた「罰」なのだ、と文献には記されていた。

 古代妖精語で書かれていたその文献は、私は幸か不幸か、ジェライセさんに古代妖精語を習っていた為に読む事が出来た、ただ、古代妖精語は、フェルン創設前の書き言葉、フェルンが消し去ってしまった「負の歴史」の一部だ、それを覚えている者、継いでいる者達は少ない、歴史の研究者でさえ、古代妖精語を知らない学者がいる、そもそも持って市井の人間には伝わっていない、王家の中でも、それを扱ったりする事が出来る存在は限られている、ならば、逆に言えばダークエルフには「現代妖精語」を扱う事は許されていない、許されていないだけで、彼らはそれを学習して、古代妖精語との相互関係を見出して、伝え継いでいたが、そもダークエルフの言葉に耳を傾ける、ということ自体が「王家に対する反逆」として捉えられたとしても仕方のない事、それ位には、王家や教会とダークエルフは断絶をしていた、ダークエルフを都合の良いサンドバックとして扱う為にダークエルフを存続させているだけ、王家にとって、教会にとって都合の悪い魂をダークエルフに「堕として」、そしてそれを基に洗脳的な教育を施す、それがフェルン側のやり方だった。

 それを知ったのは、キュリエを失った後だった、私が、もう彼女はどうしようもなかったのだ、ダークエルフの集落を追放されて、そして私と共にフェルンを脱した時点で、キュリエの命運は二つに一つだった、私に殺されるか、それとも寓話にある化け物の姿として、生ける者の血肉を啜って生きていくか、どちらかしかなかったのだろう、あるとしたら、それこそダークエルフとして「討伐」されるか、粛清されるか、選択肢はそれ以外似なかったのだろう。

「落ち着いてくれると良いのですが……。」

 のんきな言葉だ、今ならそう理解している、ダークエルフは集落を追放された時点で命運が決まってしまっている、その事も知らず、マナの源流に触れたが最期、暴走してしまうトリガーになる事を知っていたはずなのに、マナの源流と神木は違う、と勝手に解釈をして、キュリエをいたずらに暴走させた、それが私の罪だ。

 贖いの出来ない罪、償いの出来ない罪、私はあの時、キュリエと出会ったあの時、ならば彼女を殺めておけば、いたずらに苦しめる必要はなかった、いたずらに彼女を苦しめて、飢えと渇きの中に生かす必要がなかった、それを知らなかった、あの時殺めてあげる事が、彼女にとっては最良の結果だった、それを知らなかったのが、私が決して忘れてはいけない、そして忘れる事が出来ない、罪の一つ。

 アンクウとなり果てて、私だけが生き延びて、村は壊滅、村の再建を聞いた時も、私は心を砕く事すらできなかった、私には、それを許される資格がないのだ、と心を閉ざして、剰え王家の言いなりになって。

 その罪が、その罰が、キュリエと言う少女を殺める事だったとしたら、私は納得が出来るのだろうか。

 否、出来ないだろう、私の贖いに、私の罰にキュリエを巻き込んでいい理由はどこにもなかった、彼女は、それだけ純粋な子だった。

 それを覚えているのも私だけだろう、忘れずにいて、もしかしたらキュリエの転生者と出会うのかもしれない、その時に私はどう行動するべきか、そしてそれに気づくのか。

 それすらわからない、ただ、世界を守らない事には、なにも成せない、世界を救わない事には、キュリエの転生者と出会う事も、出来たとしてもその先には滅びが待っている。

 私はそれを是としない、私はそれを拒絶する、だからこそ、私は世界を守らんとする礎になる、と決めたのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。