第四十七話 転生した白虎神
「では、白虎神様は先の大戦をご存じではないと?」
「ええ、白虎様は四百年前に転生されたばかり、戦後に転生をされた、という記述が残っていますので。」
「ふむふむ……。」
朱雀神の村から一か月、私は最後のひと柱、白虎神の信仰が残っている麓の村に訪れた、白虎神に限らず、聖獣様方と言うのは、転生を繰り返して生きている存在だ、とは聞いていたが、けれども白虎神が先の大戦を知らない世代の転生だ、とは思いもよらなかった、これは少々誤算とも言えるだろう。
しかし、意見を拝聴しに行く意味はある、はずだ、白虎神が四百年前に転生したのだとしても、それでもその意見を聞くこと自体には意味があるはずだ、と。
「この村の出身の戦士は、村においてはどういった立ち位置の方だったのでしょう?」
「それが、記録にも遺されていないのです、白虎様の戦士足る河伯修平、その青年が何処に生きていて、そしてどうして戦士として選ばれたのか、それを知る者は、白虎様のみでしょう。」
「そうでしたか、では、祠へまいりましょうかね。」
記録を遺していた村長との話もそこそこに、私は村はずれの祠に向かう、何処の村にとっても、丘の上の祠、という立ち位置は変わらない、朱雀神の祀られていた平地の村、青龍神の祀られていた川辺の村、玄武神の祀られていた谷間の村、そして白虎神の祀られている山間の村、どこも「村の丘に祠が建っている」という事に関しては変わらなかった、それは共通項なのだろう。
村人達からしたら、聖獣と言うのは信仰の対象であって、対話や会話をする相手ではない、だから、私が他の聖獣様方と会話をした、対話をした、と言っても信じられないだろう。
それで良い、知っている人間は少数で良い、最低限で良い、私のようなよそ者が聖獣様と会話をする、その意味を知るという事は、世界の崩壊への道を知ることになってしまう、それを広める為に私は活動している訳ではない、ある意味、私は破滅を告げる殉教者ではない、私は滅びを止めようとする存在だ、だから、知られずとも構わない、知られずにひっそりと物事を解決して、そして誰にも知られずに死んでいく、それで良いのだ、と。
「白虎神様、いらっしゃいますか?」
「はーい!あ、君が玄武達が言ってた外園君だね?」
「はい、名は捨てましたので、外園とだけ名乗らせていただく無礼をお許しください。」
「堅苦しいのは無しにしようよ!僕、君より年下だよ?」
「はい、存じ上げております、ただ、それでも聖獣様であられる事に変わりはありません、それが彼らにとっては信仰の対象だとも、私は良く知っていますので。」
白虎神、彼は四百年前に代替わりした、私より年下の神で、明るい少年か青年か、と言った印象を受ける声をしていた、私の声が煙草だ酒だで若干枯れているのに対して、まだ何にも穢されていない、そんな純粋無垢な声の持ち主だ。
そんな若い神が居て、という事を想像していなかった私に落ち度があるのだろうが、些か荘厳さに欠ける、確か朱雀神が、白虎はまだ童だ、と言っていただろうか。
その言葉の意味を理解する、というよりは、朱雀神がそれを心配したいみがわかった、と言うのが私の所感だ。
「それで、僕達の戦士は還って来るんだってね?」
「はい、白虎神の戦士、河伯修平青年は、百年後にこの世界にやってきます。」
「そっか、それは悲しい事。でも、僕達にとっては、契りを交わした相手が戻ってくるっていう事でもあるからね、仕方がないのかな。僕は以前の戦争を記録でしかしらない、転生する前の僕が知っている事を全て知ってるわけじゃない、僕達は、転生する時にね、必要だと思った記憶だけを引き継いで、それ以外を忘れちゃうんだ、って玄武が言ってたかな?だから、僕は戦争の事はちょっとしか知らないけど……。でも、修平が戻ってくるって言うのなら、僕であって正解だったのかもね。」
「それはまた、初めて拝聴するお話ですね。僕であって正解、とはどういった意味合いでしょうか?」
「先代の白虎はね、心を病んでいたんだ。戦士達にすべてを任せてしまった事、千年後にもう一度戦士を呼び戻す事、忌み子って言われてた修平を、もう一度戦士として呼び出さないといけない事、そもそも忌み子だった修平を、戦士として選ばないといけなかった事、そう言う事を、先代は病んでたんだって。」
忌み子、だから記録が残っていなかった、それは納得だ、村長の名を河伯と言う、それに関しては聞いていた、ならば河伯修正青年は、その血族の人間でなければおかしい、ならばどうして記録が残されていなかったのか、という疑問を、私はここで解消した。
忌み子、吉兆では悪い方向性として言われる、ある意味望まれなかった命、巡り合いとして、望まれなかった魂の持ち主、それが河伯修平青年の先祖であり、白虎の戦士だった、という話であれば、忌み子が戦地に赴いて、自分達を守った、という事実は受け入れがたい屈辱とも捉えられるだろう。
だから記録を遺さなかった、戦士がいた、戦士を輩出したという記録こそ遺せど、その実態を遺さなかった、その理由を知っているのは、今となっては白虎神だけなのだろう、それを原因に心を病んだ、という優しい神からしたら、確かにそれは受け入れがたい話だ、それは、戦士として戦った者達が、忌避されるという未来を予測した、ある意味では当たり前の行動だったのだろう。
「……。忌み子、つまりは吉兆の悪い兆しとして見られていた方が、戦士として排出された、と。」
「うん、先代から受け継いだ記憶はそれだけ、どんな扱いを受けてて、どんな人生を送ってて、って言う事までは、僕は継承していないから。ただ、楽しみにはしてるんだよ?玄武が言ってたんだ、僕の先代って、とっても民を愛してる神だったんだ、だから、戦士として修平に想いを馳せてたんだ、って。だからね、僕は楽しみにしてる、っていっても、外園君からしたら、それは戦争の為になんだから、おかしな事を言ってる、って言われてもおかしくはないのかもしれないね。」
白虎神の言葉、それは間違っていて、正しい言葉だ。
私達からしたら、それは戦争の兆しでしかない、戦争が起こる、その為に戦士が呼び戻される、それ以外の何でもない、それ以外の何とも形容しようがない事だ、ただ、白虎神からしたら、それは違う事柄らしい、戦士にもう一度会える、それを心から喜んでいる、それが今の白虎神の在り方、だというだけの話だ。
それだけ戦士を想っていた、それが先代の白虎神から受け継いだ記憶だったのだろう、ならば、戦地に送るという過酷な状況下で、再会を楽しむという発想は、その継承からきている記憶なのだろう、と予測が出来る。
ただ、それを理解できないでもない私もいる、私も、かつての友に戦地で再会できる、と言われたら、もしやするに喜んでいたかもしれない、再会を喜ぶ、尊ぶという、意識ある存在として当たり前の感情を持ったかもしれない、それが戦時下であろうと何であろうと、その感情を否定出来るだけの権利がない、私はそういう存在で、私はそう言った思考の持ち主で。
「おかしな事、とは思いませんよ、白虎神様。私も、もしかするに、旧友との再会を喜んでいるのかもしれません、それが戦時中だろうと、転生者たる彼らに出会ったら、私も喜んでいるのかもしれません、それが、意思のある証左ではないでしょうか?」
「そうかな?玄武や青龍からしたら、それはおかしい事だ、って言われたけれど……。でも、そうだね、僕が僕である限り、僕が転生前に教えてくれた事の通りなら、再会はきっと嬉しい事なんだ、って、僕は信じているから。それが僕じゃない、先代の白虎の事だったんだとしても、僕じゃないのかもしれなかったとしても、同じ転生者同士、仲よくなれると思うんだ!」
「そうですね、私達には、転生の記憶を継承するという事柄がどんな事なのか、はわかりませんが、きっとそうなのでしょう。」
「ふふ、なんだか嬉しいな、こうやって想ってくれる妖精がいるなんて、知らなかったよ。妖精さんって、もう少し冷淡だ、って言うイメージがあったからさ。」
「それは間違いではないでしょう、フェルン全体の総意として、彼らは冷酷無比な方ですから。」
「そうじゃない人もいるんだ、って言うだけで、僕は君とお話した意味があると思うよ?」
「それは良かったです。」
それだけ言うと、白虎神は気配を消す、話したい事は話した、後は私が租借しなければならない事なのだろう、私が咀嚼して、私が理解して、意味を知って、時に嫌悪して、時に軽蔑して、時に同情をして、時に育みあって、そう言う事をしなければならない、それだけがわかれば十分だ、と私は祠を出た。




