第四十六話 バナナ
「ここがサウスディアンですか……。」
「首都の名前はモレルって言うんだっけ?そっちに行って、大統領に会うんでしょう?」
「そうですねぇ、謁見の許可は得ていますし、向かいましょうか。」
ドラグニートの港町を出て、南西に暫く進んだ国、サウスディアンの港に到着した私達は、首都モレルに向かう為、予約をしていた馬車に乗り込み、そこから二週間で到着する、という首都までの旅が始まった、と言っても、熱帯林はもう少し南に行かないと見られない、という話だった、その熱帯林で取れるという「バナナ」という果実を頂いて、初めて食べた時には驚いたものだ。
熱帯林でとれる果物、そう言う気候でしか取れない果物や食べ物、と言うのは私達には縁がない、縁がなさ過ぎて、存在すら知らなかった、というレベルだ、フェルンの教育の場においても、私が受けてきた王家の教育の中においても、そう言った事柄を学ぶ機会は一切なかった、彼らにとって、外国の情報とそれだけで「不都合」な情報なのだろう、とは考えていた、ただそれ以上の疑問を持つ事がなかった、フェルンにはフェルンなりの事情があって、都合があって、そういうものだ、と。
「バナナ、食べてみようよ!」
「そうですねぇ、どう頂くのでしょうか?これは皮は取るのでしょうかね?……。む、これは食べれられませんね、中の果実を頂くのでしょうか。種子は……、ない様子ですね。」
「先生はやっぱり研究者気質って言うのかな?詳しく物事を知りたがるんだね!あ、美味しー!甘くてちょっと柔らかいよ!あたし、こんな食感の食べ物食べた事ないかも!」
「頂きます。……。ふむ、確かに、熟しているのでしょうか、独特な甘みがありますね、これはフェルンにはない果実の味です、甘みも、私達が知っている果実とは違う感覚ですね、ねっとりとした食感、と言うのでしょうか?これはこれは……。」
始めて頂いたバナナと言う果実は、黄色い見た目をした弧を描いた果物で、ぶ厚い表皮に包まれてた中に白と木色の混じった様な果実、があって、それを食べるものだ、と私達は判断した、中に種子が入っている品種もあるらしいが、私達が食べたものは、所謂品種改良をされて種がないタイプのバナナだった、種のあるものは、主に次世代の作付けに使われるものだったり、家畜に食べさせる畜産用の品種だったりするらしい、と言うのがあって、人間が口にするバナナは、殆どが種子が入っていない品種だ、と誰かが言っていた、そんな記憶が残っている。
他にも、熱帯出身の果物であるマンゴーと言うオレンジ色の楕円形の果実だったり、そう言った諸々を受けとりながら進む旅と言うのは、年甲斐もなく楽しかった覚えがある、今でこそ私は世界の滅びに対する対抗措置に身を置いていて、迷いも惑いも無いが、あの頃はまだその覚悟も持っていたなかった、その覚悟を持つ為の旅だった、キュリエをどうにかしたい、ダークエルフと言う枷から逃したい、キュリエと自由に生きていきたい、そんな事を考える日々だった、私にとっては、何もかもを失って、そしてキュリエと言う少女を与えられた私にとっては、それが全てだった、テンペシア様に、それを成し遂げる為にも世界を守る手伝いをして欲しい、と言われて始まった旅でもあったが、あの頃の私は、ただただ世界をめぐって、見分を広めて、そう言った事をして終わりだと思っていた、世界の滅びがどうの、世界の破滅がどうの、そんな事を考える余裕もなかった、ただただ、キュリエに与えられてしまった「ダークエルフとしての宿命」をどうにかする手段を講じる為に、私は旅をしていた、それがあの頃だ。
がむしゃらに生きていた、と言えば聞こえは良いが、結果として私はキュリエを失ったのだから、それは失策だったのだろう、失敗だったのだろう、過ちだったのだろう、私に出来た事は「フェルンでのあの場でキュリエの命を途絶えさせなかった事」であって、結果として私の手でキュリエを殺める、という未来、に関しては変える事が出来なかった、ただ、私はそれを予言したわけではなかった、キュリエにずっと言われていた、あたしの未来は視ないでほしい、あたしは未来がどうであっても、今を生きたいから、そう言われてからずっと、視ずにいたキュリエの死の未来、それが私が予言した事で何かが変わったのか、それとも「死ぬという未来」は変えられなかったのか、それに関しては不明だ、私は数多の死の未来を視て来たが、それを変えるという行動を取った事が無かった、私に許されているのは視る事だけ、干渉する事は許されていない、というのが当時の認識だった、私に許されているのは「死の未来」を視る事だけ、予言者として、死神として、私が視る事が許されているのは「視る」事だけだ、とずっと思っていた、信じ込んでいた、思い込んでいた、ならばどうして今を「世界の滅びの未来」を防ぐ為に行動しているのか、と問われたら、私の中でそう思い込んでいた事、をキュリエの死をきっかけに明瞭に違うと認識した、という話だ、私の中でそうあるしか無いと思い込んでいた、死の未来を視る権能はあっても、それを変える権利はない、という私の中の思い込み、それをキュリエとテンペシア様、デイン様の手によって、変える事が出来た、だからこそ、私は今こうして世界を破滅の未来から逃そうとしている、私は世界の破滅を回避しようとして、聖獣達と対話をして、そしてジパングの守護者の出現を待っている、そのきっかけは、まぎれもなくキュリエの死だ。
思えば、テンペシア様はその事を理解していて、私達を旅に出したのかもしれない、明瞭な破滅のヴィジョン、を視た私が、その時まで何もしていなかった、世界が滅ぼうと何だろうと構わない、というスタンスだった私が、今こうして世界の滅びに対して立ち向かっている、と言うのを、テンペシア様をはじめとした竜神様達は、予期していたのかもしれない、とは考える、私はそれ位には、あの頃はキュリエをどうにかしたいだけで、世界をどうこうする、という考えには至っていなかった、それを変えたのはキュリエであり、そしてそれを決定づけたのはデイン様の存在だった、ただ、あの頃の私はそれを知らなかった、私は、そんな未来があるとは思ってもいなかった。
「こっちも食べてみようよ!」
「こちらは確か、マンゴーと言う果実でしたかね、種子と皮を取った状態で頂ける、と言うのは有難い話ですね。」
マンゴーはみずみずしくて、また独特な甘みが特徴的だ、という感想だった、あの頃はまだこうして物品を個人輸入しながら生きていくとは思ってもいなかった、ディーさんと言う仲介を経由して、ドラグニートや外国の食べ物などを輸入して生きていく、とは思ってもいなかった、だから、現地で食べられる名産品、と言うのは心が躍った、私達は、年甲斐もなくはしゃぎながら旅をしていた、サウスディアンの南の地方原産の果物だったり、都市部で造られていた伝統的な食器、ガラス細工だったり、私達はそう言った事柄に、興奮していた。
今となっては、ディーさんに依頼をすれば大概のしなものは手に入る、そしてあの頃の様にはしゃぐ年齢でもない共に心を動かす存在も残されていない、だから私は、世界を守る一つの駒として動く、広大な世界と言うフィールドの上で動く、一つの駒として、私は世界を守る側に掛け金を置いた。
それが正しいのか、それとも全ては決まってしまっている事で、変えようのない事柄なのかそれに関しては私は知り得ない、私は世界の崩壊という結果を予言した者、そしてそれを阻止するべく奔走している者。
あの頃が懐かしい、キュリエと過ごした日々、キュリエと共に旅をした日々は、かけがえのない日々だった、かけがえのない、煌めいている日々だった。
それを今も忘れていないから、忘れられないから、私は世界の為に走っているのだ。




