第四十四話 そろそろ上陸
「もうすぐ一か月、ですか。そろそろサウスディアンに到着する頃ですかね?」
「そうだね!あたし、昨日食堂でね、明日には着くよ、って言われた!」
「そうでしたか、どの様な国なのか、少し楽しみですね。」
客室でタバコを吸いながら、こうして船旅をしていると時間を忘れる、という感覚になっていた、私はあの頃、世界の崩壊までのタイムリミットに焦っていたのと同時に、キュリエが純粋に旅を楽しんでいる様を見て、喜んでいた、そんな記憶だ。
私が覚えている限りで、の感情ではあったが、しかしキュリエが純粋に旅を楽しんでいる様子を眺めては、少しだけ安心していた、私一人が背負うべき世界の滅びの予言、という事柄を共有していた、と言うのもあったが、あの頃の私は、キュリエが喜んでくれる事に喜びを感じていた、ある意味「恋をしていた」という事だろう、私は恋をする理由がなければ、権利もないと思っていた、私には課せられた使命があって、それが終わったら私の命もお終い、だと思っていた、ただ、私はキュリエと言う少女に恋をしていた、純粋無垢で、ダークエルフという枷を掛けられていながら、その純粋さを失わなかった、誰に何を言われたとしても、まっすぐな目で私を信じ続けてくれていた、彼女に恋をしていたのだろう。
恋、と言ってもときめきがあったのか、私は浮かれていたのか、と問われると違うと答えるだろう、ただ私は、明確に明瞭に、キュリエに恋をしていた、安らぎを与えてくれていた彼女に、私の背中を守ってくれていた彼女に、そして、私に生きる意味を与えてくれた彼女に、恋をしていた。
「キュリエ、君は怖くはないのですか?私達が旅をしているのは、明確に世界の滅びを予言した私が、それを回避する為の術を探しに行く旅なのですよ?それでも、君は怖くない、と言うのでしょうか?」
「……。怖いかどうか、って言うのは、きっといつかの未来が決めてくれる事だと思うんだ。あたしがどうやって生きて、どうやって死んでいって、そんな事を知らなくたって、あたしはあたし、ダークエルフの怖い女の子、として生きていくか、それとも……。って言う未来しかなかったんだと思う、ただ、先生がそれを変えてくれたんだよ?先生が、あたしと出会ってくれて、あたしを連れ出してくれて、あたし、どうしてあの時あそこにいたのか、不思議じゃなかった?村の傍にいて、近寄っちゃいけないって言われてた神木の近くにいて、妖精に声をかけて、わざわざ怖がらせる様な事をして。あたしがどうして、そんな事をしてたのか、ってお話した事なかったっけ?」
「そう言えば聞いていませんでしたね、君がどうして、神木の近くである村周辺にいたのか、私は考える余裕すらなかったですから。君をどうにかして救わなければ、その感情だけで動いていましたし……。」
あの時のキュリエの顔は、悲し気だった、そんな記憶。
どうしてあの場にいたのか、ならばどうして私と出会うまでに至ったのか、どうして私と共に行く事を選んだのか、それに関しては、あの時まで知らなかった、キュリエと行動を共にし始めて約一年間、私はそれを知らなかった、知ろうともしていなかった、ただ、ジェライセさんの様に、村の周辺にも出てくる存在がいるのだな、程度の認識だった。
「……。あたしね、集落を出ていけ、って言われたんだ。あの時、だから村の近くにいたんだよ、先生。」
「集落を?それはまたどうして?」
「あたしが、邪魔だったから。ダークエルフとして、静かに生きたい人達からしたら、あたしみたいに妖精と関わろうとしたり、友達になりたいって言う願いだったり、想いだったりを持ってる子って、邪魔だったから。だから、あたしは集落を追い出されたんだ。ただ、あたし一人で生きてく事なんてできなかったし、なら妖精の人と友達になって、っていう事を実現したいなと思って、村の周りをうろうろしてたんだ。」
「……。そうでしたか、それは辛かったでしょう。」
「今でも、パパとママの事を思い出さないかって言われたら、思い出すんだ。ただ、パパもママも、あたしが邪魔だったって言ってた、だから、これで良いんだ。あたしはフェルンを出て、先生と一緒、それで良いんだよ。」
「……。」
それが、決別の道だった、ただそれだけ、私とキュリエは同じだった、ダークエルフにとっても、キュリエやジェライセさんの様な存在は邪魔だった、王家からの配給を受け取って、暴走するかしないかの瀬戸際で生き続けて、そしてダークエルフとして生涯を終えて、神木に還る事も出来ず、命としての終わりを迎える、それでも、ダークエルフの方々は、何千年という歴史の系譜の中で、それを受け入れて生きていた、だからキュリエの様な、純真な子と言うのは邪魔だったのだろう、ジェライセさんはまだ集落の中では発言力が強い方だった為、追放される様な事もなかったのだろうが、キュリエは違った、年端もいかない少女、という純粋さに、ダークエルフの集落は耐えられなかったのだろう、キュリエを追放する事で、自分達の一時の安寧を手に入れる事を選んだ、それが事実だ。
キュリエが当時で十五歳、私と旅をしている中で、キュリエが亡くなったのは五十歳程度の頃、私達妖精は、人間のような短命な種族と違って、成長も遅いと言われている、所謂「寿命と密度の問題」と呼ばれている、成長速度の問題だ、私が五十歳を超えてから大人になりだしたのと一緒で、キュリエはまだこれから、大人の女性になっていく過程だった、知性的にも、能力的にも、諸々の意味合いで、私達妖精は成長が遅い、人間が十五歳に十歳で成人していく様に、竜人が三十歳を超えて成人していく様に、私達妖精は百歳を超えて初めて一人前と認識される、いわば、私は大人になるのが「早かった」類だ。
知性的に人間に劣っているのか?と問われれば、それはそれぞれなのだろうが、私達妖精にとっては、成人と言う一つの経過を辿る為には、百年の年月が必要だ、それは常識だった、と言うと、キュリエはまだ思春期にも入っていなかった、というのがあの頃だ。
恥じらいを覚えて大人になる、というのが私達妖精の在り方だが、キュリエはその「恥じらい」を覚える前に逝ってしまった、私達が男女の仲になる事はなかったのだろう、私は少女趣味はなかった、どちらかと言うと成熟した女性の方が好ましいと思っていた、だから、キュリエと言う少女に「恋」をしていたとしても、それは「守りたい」という恋であって、純然たる「恋」とは少し意味合いが違っただろう、そう言う感覚が残っている。
「あたしね、ずっと思ってたんだ、なんで、同じ妖精族なのに、ダークエルフだから、って言って、仲間外れにされなきゃいけないんだろうって。トロルの子達も、ゴブリンの子達も、皆仲よくしてるのに、どうしてダークエルフだけ仲間外れなんだろうって。でも、パパ達からしたらそれは当たり前で、あたしは結局納得できなかったけど、皆それに納得してて……。だから、追放されたって言っても仕方がない事なんだ、って思ってる。ただ、先生がいてくれたから、あたしは生き続けられてる、それもわかってるつもりだよ?」
「そうでしたか、それはぎりぎりでも助けられてよかったです。……。私も、あの場所から逃げたいと願っていました、私に課せられた贖罪だったのだとしても、私はそこから離れたい、逃げたいという感情があった。そんな時に君と出会ったものですから、お互いにとって渡りに船だったのでしょうね。……。運命がそう準えたなら、そう言った類の言葉は嫌いですが、その通りなのかも知れませんね。私達は出会うべくして出会った、巡り合うべくして巡り合った、そんな気がしています。」
希望的観測だ、そう言われたとしても否定は出来なかっただろう、ただ私は、あの頃本気でそう思っていた、というよりは今でもそう思っている、私達が出会うのは、何某かの意味があった、それが運命なのか、それとも偶然なのか、については熟考の余地がある、ただ、それでも出会った事に意味はあっただろう、ならば、そうでなければ私は今こうして世界を守る為に動いていたりしなかっただろう、あの時、明確に私の定めを知って、それに向かって動き出した時、と言うのは、まぎれもなくキュリエの死がきっかけだ。
私達が出会って、ウィザリアで別れて、そして私が今でも生きている意味、私が遺された意味、きっと、そこには意味があるのだろう、私は、キュリエの言葉を思い出して、そう考えなおした。




