第四十二話 海原
「サウスディアン行の船はどちらでしょうか?」
「サウスディアン行だね?五番の船着き場だよ!」
「ありがとうございます、キュリエ、行きましょうか。」
「はーい!」
八竜と呼ばれいてる竜神様方に謁見をして、約一か月の時間をドラグニートの秘蔵書物庫、機密度一、という場所で過ごして、知識を付けていた私は、テンペシア様の仰られた通りに、世界を回る事にした、という事をキュリエと話していて、キュリエは秘蔵書物庫に入る顕現を持っていなかった為、暇と言えば暇だっただろうが、何やら中央都市エレメントで、友達が出来たのだとか、そんな話をしていた覚えがある、その友達に挨拶をしたいと申し出たら、もう少し仲が良くなってから!とけんもほろろに断られてしまったものだ、年頃の女の子の感情と言うのは今でもわからない、私に報告してくるという事をするのにも関わらず、会わせようとしない、という理由が私にはわからなかった。
ただ、彼女はこう言っていた、「複雑な乙女心なんだよ!」と、私には乙女心はわからない、私は思春期と呼ばれる時期を、殆どアンクウとして過ごしていた、教育の真っ盛りだった為、そう言った同世代の子供との関わりがなかった、アリサは乙女心が云々というタイプでもなかった、だから、私は今でも、思春期特有の乙女心については、知識でしか知らない、実情を知らない。
兎にも角にも、私達の旅は始まった、まずは比較的安定した統治をされているという「サウスディアン」、南は熱帯雨林と言う、熱帯に位置していて、北には「ノースディアン」という、雪国が地続きで存在しているという国に行く事になった、キュリエの提案でもあったけれど、私としても、最初からヒリついた国に行くのは危険だ、とは思っていたから、その提案はありがたかった。
「帆船、大きいのですね。」
「フェルンに入ってくるお船は、もう少し小さいって長老が言ってたね!」
数百人規模で乗る事が出来て、そして航行が出来る、尚且つ食料などの物資も運ぶ事が出来る、そんな大きさの船を、私はあの時まで見た事がなかった、そもそもがフェルンを脱するまでは国外に出た事が無かったのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが、そう言った船がある、ということ自体を習った事がなかった、私はそれを知らなかった、キュリエも、もう少し小さい船がフェルンと外国を航行している事は知っていたらしかったが、ここまでの規模の船、に関しては知らないと言っていた、私に合わせてくれたのか、それとも純粋に知らなかったのか、については、今でもわかっていない。
「お二人さんかい?なら、二ゴールドになるよ!」
「はい、お願いします。」
通貨、フェリアと言うフェルン独自の通貨ではなく、「ゴールド」「シルバー」「ブロンズ」という、私の親指の腹より少し大きい程度の通貨、がフェルン以外では国際的な共通の通貨として扱われている、国によってその価値に違いはあれど、フェルン以外であれば、ゴールドを持ち歩ていれば問題はない、とテンペシア様から金銭を受け取っていた私は、物質転移を使う事を極力抑える様に、それは使える存在は少ないのだから、と言われていて、財布に適宜追加していた、巾着袋、という袋に入れるのが主流だ、とは言われていたが、輝竜クェイサー様の都市を訪れた際に、私は財布と言う金銭を収納する為のポーチを入手して、それを使っていた、今でもそれを使っている、私は物持ちは良い方なのだろう、ハットも然り、スーツも然り、財布も然り、パイプも然り、眼鏡に至っては、七百年間使い続けているのだから、物持ちは良いと言っても過言ではないだろう。
手入れを欠かしていないと言うのもそうだが、鼈甲然り、革の財布然り、ハットの材質然り、長持ちする物を選んで買っている、と言われればそれまでなのだけれど、スーツに関しては十年もてば良い方だ、と仕立てやの方が仰られていたのを、百年間着続けているのだから、私は物持ちが良い、で正しいはずだ。
「先生!早く乗らないと出ちゃうってよ!」
「はい、今行きますよ。」
船が出る、という知らせを聞いて、慌てて船に乗って、私達はあてがわれた客室へと向かった、波はどうか、気候はどうか、風はどうか、そんな事を、年甲斐もなくわくわくと考えていた覚えがある、私はあの頃、一瞬だけ少年のような心情になっていた、私に重たくのしかかった重責を忘れて、水平線の先にある未知の国、というものに、心がときめいていた、それが正しい感情の表現だっただろう。
「キュリエはパイプの香りを嫌だとは思わないのですかね?私からしたら、君はまだ幼いのだし、こういった香りが苦手でもおかしくはないと思いますが……。」
「ううん、嫌いじゃないよ?あたし、パイプの香りって初めて嗅いだけど、好きな臭いだと思うな!」
「そうでしたか、それは有難い話ですね。」
当時はまだ、喫煙が主流だった為、客室での喫煙が許されていた、現在は喫煙所以外は禁煙、というよりは、それで火災が一度起きてから、少しだけ厳しくなったのだけれど、あの頃はまだ、喫煙所と言う概念すらなかった、基本的にどこで吸っていたとしても構わない、というよりは、「一人前の男」になりたいのであればパイプを手に持っているべきだ、というのが風潮として存在していたくらいだった。
私の父がそうだった様に、村の大人達がそうだった様に、私もまたその道を進んだ、パイプ煙草に手を出して、それ以来声は少し焼けただろうか、所謂煙草焼という事柄だ、私は生来の声から思春期を超えた声になり、そしてそこから酒で焼けた声になり、煙草で焼けた声になり、今の声質に変遷をしてきた、という歴史がある、人間としては何十代かを生きただろう、竜人としても十世代程度の時間を生きただろう私は、あの頃にやっと今の状態になった、と言い換えても良いのかもしれない。
「先生、海がきれいだよ!」
「そうですね、とても綺麗です。」
客室の窓から見える海原は、とても美しかった、今でもそれは覚えている、太陽に煌めく海面、魚や海の哺乳類が時折パシャリとはねる様子、何処に行きつくのかもわからない波間、そう言った景色を、私は美しいと感じていた、それはキュリエも一緒だった、私達は、共に美しい景色に心を奪われていた、私達は、同じ感情を共有していた。
そもそもが山岳地帯に近い場所に生まれた私と、ダークエルフという種族上、色々な場所には行けないキュリエ、という組み合わせは、海というものに縁がなかった、伝聞では聞いた事があった、水平線と言う輝きを、私達は目に心に刻み付けていた。
「ここから一か月、船旅ですか……。暢気に構えている時間もあるのかないのか……。」
「先生は旅をしたくないの?」
「いえ、そういう事ではないのですよ、キュリエ。ただ、私達には明確にタイムリミットがある、二百年後、世界は滅びるという予言をしてしまった以上は、私にとってはその時間、その瞬間が明確なタイムリミットなのです。だから、そうですね……。しかし、転移魔法を安易に使う訳にもいかないのですから、これが正しい道なのかも知れませんね。」
「先生は、未来を視る事が出来るんでしょう?道を視る事は出来ないの?」
「はい、私に出来る事は、終わりの未来を視る事だけ、私に許された未来視は、死の未来を視る事だけです。……。そして、私はその究極である、世界の滅び、世界の死という未来を視てしまった、だから、それを防ぐ為にとテンペシア様は仰られたのでしょう。」
それは今でも変わらない、私は「過程」を視る事は出来ない、「死」という「結末」を視る事しか出来ない、だから、どうすればその未来を変える事が出来るのか、という事に関しては、手探りも良い所だ。
それは今でも変わらない、あの時、キュリエの未来を視たから、何かを変えられたのか、それとも「死の時間」という結末を変える事は結果として出来ないのか、つまりは、その場を回避した所で別の死因で死んでしまうだけなのか、それとも生き延びて違う未来に行きつくのか、についてはわからない。
私は私の未来を視る事は出来ない、だから、私が明確に世界の滅びを回避しようと動いた先、で未来が変わるのかどうか、についてもわからない、今の所、滅びの未来は変わっていない、それがどうすれば変わるのか、そしてどうすれば私は未来視という一つの枷から逃れられるのか、それもわからない。
ただわかっている事は、あの時のキュリエの眼差し、海原を眺めて、キラキラとした目で世界を見ていた純真で純粋な「世界を愛した者」の意思を無碍にしてはいけない、という事だ、それだけは変わらない、キュリエが生きていようと、死んでしまったのだろうと、彼女が私に遺した言葉は、それだけで私を動かすだけの原動力になるのだから。




