第四十一話 玄武神との対話
「貴方が、玄武様に謁見がしたいという妖精の方でしたのか。手紙でのやり取りからしても、丁寧な方だとは思っていましたが、そうですじゃな、玄武様がご尊顔を見せられたのは、儂達の記録の中でも、九百年前の守護者様だけなのですじゃ。」
「はい、承知しております、その為に私は予言者として、この世界を回っていたのですから。玄武神が謁見を許すかどうか、についてはわかりませんが、しかし出来る事をしておきたいのです。文献を拝見しても?」
「えぇ、良いですともじゃ。」
旅に出てから一か月半、私はジパングは北、玄武神が祀られているという祠の麓の村、に足を運んだ、玄武神が謁見をしてくれるかどうか、と言うのは一旦置いておいて、遺された文献を読んで、知識だけでも入れておきたい、と村長の心月氏を訪ねた、なんでも、心月と言うのは、心月大地という先代の守護者の分家に当たる家系の人間で、継承を行ってきた四つの家系の一つであり、この村の建設時からの役回りとして、村長を勤めていた家系の末裔だ、という話だった。
絵巻に残された心月家の歴史、数千年間玄武神への信仰心を忘れなかった家系、として、今でも村の中では発言力が強い、というこの男性は、かれこれ分家とはいえ数千年の歴史、何百代目かの長だ、とかなんとか、分家としての心月家、という意味合いで言うのならば、であればそもそも本家の人間はどうなったのか?という話ではあるが、そこに関しては、本家の長だった「心月大地」という青年が一族の長だった頃に、九百年前の大戦は起こって、そしてセスティアに隠居したのだ、という事らしい。
一族の長を失った本家、は力を失い、そして衰退していったと言うべきか、そもそも心月大地という青年が、子供を育む前に戦地に赴いた、という歴史があり、その結果として跡継ぎのいなくなった本家、から現在の分家に諸々が譲渡された、と文献には記されていた、古代ジパング語、現在では読める者は限られているという、そもそも識字率が高くないジパングにおいて、さらに古い文章として遺されている文献、それを読める様になっていたのは、私がとある魔法を掛けられていたからだ。
「本家は残っていない、と言うのは……。」
「儂らは分家の末裔、守護者だった者が居なくなった後の統治ですじゃ、そもそもは分家としておとなしくしておけばよかったものを、そうしなかった強欲が儂達の先祖ですな。」
とある魔法、それは翻訳の魔法、この世界においては言語は統一されている、訛りはあれど、言語としては何処に行っても通じる、のが共通項なのだが、書き言葉としてはまったく違う形態をとっている事が往々にしてあった、そもそもがフェルンの妖精言葉と言う書き言葉があって、ドラグニートには古語ドラグニート語、という古い言葉の書籍が残っていて、ソーラレスにはソーラレス語があって、という風に、話し言葉としては訛り以外は何処に行っても通じるけれど、しかし書き言葉としては通じない、という不都合があった、その不都合を解消する為に、テンペシア様が賜ってくださった魔法、が私が常時発動している翻訳の魔法だ、これに関しては、言葉が違っても言語が違っても、通じるものらしい、そもそもテンペシア達竜神様方は、竜神言葉という言語体系を持っていて、それを発している、人間や他種族には訳す事も認識する事も、理解することも出来ない言語を話されている、それを解消する為に発案されたという魔法、が今私にかかっている翻訳魔法だ。
便利な魔法だ、とは思っているけれど、脳への負担を最低限にする為に、そもそもの認知を書き換えているのだから、私は古代ジパング語、という言葉があるという伝承を知っていたからそれを認識しているのであって、それを知らなかったら、その違いやずれにも気づかない程度、にはその魔法は強かった。
「では、玄武神の祀られている祠に行く事は良いのですかね?」
「世界の滅亡とあっちゃ、玄武様もお許しくださるじゃろうて、祠へはすぐに着きますじゃ、村の北にある丘にある祠ですからな。」
「ありがとうございます。」
心月家の分家の当主と話をして、文献から情報を受け取って、と言っても、遺されていた文献は少なかった、あまり資料として遺されている文章はなかった、口伝での伝承という側面が強かったこの村の伝承においては、九百年前の大戦の際、玄武の村から戦士が選ばれた、聖獣の守護者という名目で、各聖獣の村から一人ずつ、「適性」のある戦士が選ばれた、それが玄武の村においては心月家と言う、村を統治している本家の頭領だった、他の村では、また別の理由で戦士が選ばれたのだとか、そんな話だった。
それを踏まえたうえで、私は謁見が叶わないだろう、そもそもが民草に見える存在ではない、という玄武神が祀られている祠に足を運んだ、普段は掃除に行く人間以外は入ってはいけないという話らしい、給仕係ではないが、神官として仕えている者が時折そうじに訪れる以外、祠に入る事は村人達には許されていないのだとか。
「……。」
祠は、少し暖かな空気が流れていた、と言って、現在は夏の盛り、暑くて当然と言えば当然なのだが、そういう意味ではなく、暖かな空気が流れていた、小さな祠の中、と言って、そのあたりの家とそう変わらない程度の大きさの祠、一軒家程度の広さの祠の中、これは触ってはいけない、と村長に忠告された宝玉、と言われる球が鎮座しているだけの簡素な祠、その中に私は足を踏み入れた。
「ふぉふぉふぉ!みん顔じゃのう!おんし、妖精か!」
「……?玄武神、様ですか?」
「玄武神、と呼ばれるのはいつになっても歯がゆいがのう。まあ、それは良いじゃろうて。して妖精、おんしは何の用があって、儂の腹の中たる子の祠に踏み入れたのじゃ?おんしらが宝玉を盗んだとて、意味はなかろうて。」
「……。滅びの未来を視た者として、それを防ぐ手立てを探しています。玄武神様の戦士、心月大地という青年、そして朱雀神様の戦士、猿田彦俊平、青龍神様の戦士鈴ケ峰清華、そして白虎神様の戦士、河伯修平の死を以て、世界は滅びの道を辿る、それを予言した者として、それを防ぐ為の手段を講じられないか、と。」
しゃがれた声が聞こえた、と思ったら、それは頭の中に流れている言葉だとすぐに理解した、聖獣は思念体、つまり肉体を持たない神だとは知っていた、であるからして、その姿を拝謁する事は出来ないだろう、それが私の予測だった、しかし、これは予想外な事に、玄武神は私と会話をする事を選んだ様子だ。
「滅びの未来、それを視た者はおったな、それに対する対抗として、儂らは戦士を送り出した。カカカ、心月大地とは、また懐かしい名じゃな。彼の戦士の末裔もまた、同じ魂と同じ名を持って生まれてくる、そういう事じゃな?ふむ、儂らが封をした楔、マグナの神々を封じた楔が、欠落を以て緩むと見たがのぅ、おんし、名は何と言う?」
「外園と申します、名は捨てました。」
「名を捨てた妖精か、ふぉふぉふぉ、それもまた一興、理由があってのことじゃろうて、是非はとうまい。して外園よ、おんしは世界の滅びを予見した、という事じゃな?そして、儂らの戦士がまた必要だと。竜神達は何と言っておったかの?」
「……。フェルンから戦士が輩出されるとしたら、それは今度こそマナの源流を手に入れる為に、だろうと莫竜テンペシア様は仰られていました、ドラグニートからの戦士、と問われると、私の見た未来にはいらっしゃりませんでしたね。かつての大戦では、ドラグニートからも戦士が輩出されていたのだとか。」
「そうじゃな、儂の記憶に間違いがなければ、 テンペシアは戦士を選んでおったな。ただ、その理由に関しては、おんしの想像とは、ちと違うかもしれんがのぅ。」
「違う、とは?」
そう言えば、そのことに関してはテンペシア様からも聞いていなかった、私が視た滅びの未来に、ドラグニートの戦士はいなかった、私が関知できない範囲での予言だったのか、それとも戦士を選ばなかったのか、それに関しては、私は知らないままだ。
それを玄武神は知っている、私はそう感じた、どうして九百年前の戦争に戦士を輩出したのか、それについて、玄武神は何かを知っている、と私は感じ取った。
「彼奴等は世界を守る者、と言っても、闇による滅びに限った話、だからじゃよ。九百年前の戦争は、確かそうじゃったな、守護神デインに関する何か、があったから戦士を輩出した、そう言っておったな。それがなかったら、彼奴等は滅びが待っていたとしても、動かなかったじゃろう、とテンペシア本人が言っておったのぅ。ふぉふぉふぉ、奇な奴らじゃ、彼奴等とて、世界に愛着の少しでもあるじゃろうに、闇による滅びでなければ、関与する権利がない、と行っておったかのぅ。」
「闇による滅び、と世界の滅びは違うのですか?テンペシア様は、世界の滅びを予言した私に協力してくださっていますが……。」
「そうじゃのぅ、彼奴等竜神は、龍神王を統括と定めた、世界の守護を役割と定めた者達じゃ。ただ、それは闇に関する滅びに限定した話じゃ、それが、彼奴等の枷なのじゃよ。テンペシアの奴がおんしに力を貸しているのは、彼奴の個人的感情という事柄じゃろうな。この世界に何千年といる間に、世界に対して愛着がわいたのじゃろう、だからこそ、おんしの様な存在に頼っている、それが彼奴等の現状じゃろうな。」
「……。では、あの方たちは世界が滅んだとしても、それが闇による事柄でなければ、受け入れるしかない、と……。」
「ふむ、そう言い換える事も出来るじゃろうな。」
「玄武神様と、竜神様方の違いは何なのでしょうか?同じ神として、意見の相違はあれど、世界を守るという共通項が在りそうなものですが……。」
「儂らはこの国、ジパングにおける守護神、そして彼奴等はこの世界ではなく、という話じゃよ。これ以上は、言ってしもうたらテンペシアに怒られるからのぅ、言えんのじゃよ、ふぉふぉふぉ!」
「……。その在り方の違いを決めるのは、何か……。私にはわからない何かがある、という事ですね。それこそ、セスティアに関する事かもしれませんが、私達はセスティアについて知っていますし、それだけでは……。」
「さ、思想は独りでするが良かろうに、儂と話した意味はあったかのぅ?」
それだけ言うと、玄武神の気配が消えた、これ以上の会話はないという通告だったのだろう、私は祠を出て、次は東の青龍神と謁見をしに行く為に、幻夢君にそれを伝えて、馬車に乗って村を出た。




