第三十九話 聖獣を訪ねに
「さて、行きましょうかね。」
ジパングは中央、紅麗山に居を構えてから半年、そろそろ動き時だろう、と私は考えた、四方に散らばっている聖獣信仰の村、にも手紙を渡して、文献や情報を得られる様にと交渉を終えた、そしてテンペシア様からは、ドラグニートの住人の中でも、限りある人物しか入れないという、秘蔵書物庫の深度二、五段階ある中の二段階目までの情報を得ても良い、その為の書籍関係を、ディーさんを通して渡す、という結論を頂いていた、今日から約一年と少しの時間をかけて、私は四方の聖獣信仰の元となっている村、その信仰が今でも濃く残っていて、戦争の際には聖獣の守護者が現れる、という村に訪れる予定を立てた、その間は村々の間にお世話になる予定も組んだ、物々交換が基本で、識字率も低いジパングの民と交渉をするのは苦労をしたけれど、それなりの成果は得た、というのが私の所感だ。
鍵を閉めて、転移でなくさない様にと私専用の保管空間において、麓までは歩いて、そこからは馬車での移動になる。
馬車移動、と言うのはこの世界においては一般的な移動方法だ、と言っても、ドラグニートにおいては都市間の移動は蒸気機関、船に関しても帆船から蒸気船へと変化していったのを私は経験している、それが他国に伝播するのか、それともドラグニートが独占する技術になるのか、については私は知らない、知り得ない、そもそも、魔力の籠った石炭に似た素材、と言うのがドラグニート以外で採掘できるのか、という問題があったり、国によって地理の違いがあって、それに応じた蒸気機関を導入する手間だったり、そう言った事を考えるに、発展としてはまだまだかかりそうだ、と言う感覚だ。
山を下山しながら、そう言えばこれからの時期は桜が咲く時期だ、という事を思い出す、いつもいつも、というよりは二週間に一度、ディーさんに依頼した品を、幻夢君に受け取ってもらって、そしてそれを麓の村の人間に預かってもらって、という事をしている身ではあった、ただ、まだ桜と言う花が咲いた所を見た事がなかった、春という時期に咲くらしいけれど、そもそも私がここに住みついたのが夏という時期、初夏と言う夏の初めだった、そして現在は冬の暮れ、そろそろ桜が咲く時期と言われている春になるが、それを眺めている時間は生憎とない、これからの時期に見る事が出来るかもしれないけれど、直近として今年は見られないだろう。
「ふー……。」
パイプを吸っている人間、と言うのも、ジパングにはほとんど存在しない、ジパングではそもそも葉が高級品で、吸っている人間がいたとしても煙管だ、私が吸っているパイプとは違って、吸う時間もそもそもの器具の形状も、葉の種類も違う、私はドラグニートは輝竜クェイサー様の都市から葉を頂戴していると言うべきか、仕入れていると言うべきか、ここジパングの物とは全く違う葉を吸っている、煙草の葉と言う意味では同じなのかもしれないが、葉の香りや臭みと言った物がまったく違う、それが私の感覚だ、同じ理由で、私は紙巻きたばこと言うのにも縁がなかった、ドラグニートでは新進気鋭の煙草、として扱われている紙巻きたばこだったが、まだ量産体制が整っていないのだとか、そう言った話は聞いた事があった、それこそ美咲さんが吸っていたけれど、彼女は世界を回るバーテンダー、という役割があるからこそ、それを得られたのだ、と私は勝手に解釈をしている、それ位には、まだ紙巻きたばこは入手しづらい。
「やれやれ。」
桜のつぼみを眺めながら、私は下山する、この桜は自生しているものだったらしい、と言う話は聞いた事があった、かつて、その山は神の住まう山、聖獣と言う信仰の対象たる神が集う場だった、それが紅麗山の頂上で、そしてその聖獣が集う時、に桜が咲くのだ、という伝説があったのだとかなんだとか、今となっては古い話、原住民の中でも古参の家系に飲み残されている伝承だ、と麓の村の村長は言っていた、もう信仰の対象として見られなくなって久しい、だからこそ、私を厄介払いするのにはちょうど良かったのだろう。
蕾が咲いて、花が散って、そしてまた開いて、それを繰り返して、木々は命を巡らせていく、私はそれを美しいと感じていた、私は、それを尊いと思っていた、命が巡るさま、命が巡っていって、そしてまた開いて行く様を、私は美しいと思っていた。
生憎と桜という木には出会った事がなかった、紅麗山と言う位なのだから、紅の花が咲くのだろうが、しかしそれを見るのは、もう少し先の話になりそうだ。
蕾が紅くなっていき、そしてそれが開いて、という様を想像すると、不思議と心が安らぐ、まるであの頃に戻れたかのように、あの頃の、まだ罪も何も知らなかったあの時に戻れたと錯覚する様な、そんな感覚だ。
「ふむ。」
今はそれをしている場合ではない、百年後に訪れるという、竜神暦一万十四年、に起こると私が予言した「世界の滅び」を防ぐ為に、出来れば聖獣達とコンタクトを取りたかった、と言っても、聖獣は思念体の類らしく、その姿は聖獣の守護者しか見た事が無いのだとか、伝承では赤い鳥「朱雀」、青い龍「青龍」白い虎「白虎」茶色の亀「玄武」という四柱、いると言われているし、姿も文献には残っているけれども、しかし誰も姿を見た事はない、という聖獣達とコンタクトを取れれば万々歳、取れなくてもそれぞれの聖獣が祀られている祠の麓にある村の村長や重役達と話をして、伝承を教えてもらって、そして百年後に備えるのが良いだろう、と私は算段を立てていた、あわよくば聖獣達に謁見したいがけれど彼らが姿を現した事は、ココ数千年の中ではない、という話だった、であるからして、私が出会える可能性は低いだろう。
「幻夢君、感謝していますよ。」
「いやぁ、他の奴に外園さんの事、任せらんねぇと思ってさ。俺の一族ならそもそもどの村行っても通じるしよ、現地に詳しい人間、ってのはいた方がいいだろ?」
「そうですねぇ、その方が有難いとは思っていましたが、幻夢君には職務があったのでしょうし、金銭を積んだとしても、少々心が痛みますね。」
「気にしてくださんな、ディーの旦那からたんまりもらってるからよ、道中が一年位あった所で、平気っちゃ平気だ。俺以外にも、叔父貴だの親父だのもいるしな。」
「では、感謝して参りましょうか。」
夕方、麓の村に到着して、幻夢君と合流をして出発する、私の旅路のサポートをしてくれるのはありがたい話ではあったが、しかし職務放棄はよろしくないのでは?と、私が言えた口ではない心配をしていたのだが、けれども彼の父や叔父が働いているから、平気だと手紙で言っていたので、私は世話になる事を決めた、神童幻夢の名はジパングでは有名らしく、どの村に行っても、神童の一族が貿易を成している、という程度には村と村の間を取り持っている一族、が神童の家らしく、現在見習いとしてやっている幻夢君は、もう何十代目何百代目かの貿易の家系だ、と言っていた。
そんな幻夢君の手助けを借りて、私はまずはジパングは北、北の聖獣玄武の元に向かう事にしていた、テンペシア様が仰られていた、玄武は僕と同い年くらいで、聖獣の中では一番の古株だから、という言葉に従って、まずは老骨の知恵を頂きに行こう、という算段を付けた。
聖獣は代替わりをする類の神であるらしく、玄武が五千年を生きて、逆に白虎は四百年程度しか生きていない、先の戦争を知らないのだとか、そんな話をテンペシア様から聞いていた、しかし、白虎神にも会いにはいく予定だ、神の性格を気にした所で意味はないのかもしれない、意味がなかったとしても、私はそれぞれの神の特性を知って、それを知恵や知識として修めておきたい、と考えていた。
「じゃ、いくべか。」
「はい、お願いします。」
幻夢君が御者として、私は馬車の荷台に乗って、また旅が始まった、今まで百年間を度に費やしてきたのだから、今更一年ちょっとの旅が苦痛になるのか?と問われれ場ならないだろうが、これから先は明確に「滅びを防ぐ為」という目的の元に動く事になる、その為の連携を取れる様にと聖獣達に会いに行く、緊張が無いかと言われれば、フェルンにおける神的な存在である精霊達と同じ類だと思っていた、精霊が代替わりをしない思念体なのに対して、聖獣は代替わりをする思念体、その程度の違いだと私は認識していた、だから、怖がることは何もない。
馬車に揺られながら、紅麗山が標高の高い山だという事を改めて認識する、私が住んでいる中腹にも人が来ないのもそうだけれど、基本的には春に観光に訪れる人間がいるが、それ以外には近寄る人間もいない、麓の村の村長はそう言っていた、神山として言われていた時期の名残と言うべきか、それとも忘れ去られた山として語るべきか、それに関してはわからない、ただ、人気が無いというのだけは確かだ、そんな山が、標高が高い事を私は改めて感じていた、普段は二週間に一度、物資を受け取りに行って、馬を連れて物資を運んで、そして馬を返却して、という事を苦もなくしていたけれど、それをするのにも体力がいりそうな程、夕陽に照らされる紅麗山は大きかった。
私がこれからも生きていく山、私がこれから、守護者達を招く家、それを大切にしなければ、そう思うと少し、襟を正す気持ちになった。




