第三十八話 寝台車両
「ここがエレメント……。」
「素敵な街だね、先生!」
「そうですね、素敵な街です。」
テンペシア様の都市を出てから約半日、私達は首都「エレメント」に到着した、魔法で灯した灯りの灯っている幻想的な都市、という印象だったエレメント、今ではガス灯という、誰かの魔力を介在させない照明が主流だとか、そんな話を聞いた事があったけれど、その時点ではそうだった、という意味で、魔法灯りというのは、私達にとってはなじみ深いけれど、その根源を別とする事柄だった、そんな認識だ。
魔法で灯す灯り、と言うのは私達妖精にとっては当たり前の事、だったのだけれど、しかしそれとエレメントで見た灯りとでは、根源的な仕組みが違う、という話だ、フェルンの灯りは神木から抽出したマナを使っている、一方ドラグニートでは、有志が魔力を発露して、それを使って魔導的な灯りを灯していた、いわば善意によって成り立っているシステムだった、そこに関しては、フェルンでは出来ない事だっただろう。
「次の目的地への機関車は……。」
「こっちじゃないかな?」
キュリエは、テンペシア様から賜ったローブを着ていた、魔力の遮断の他に、気配の遮断を出来る様になるという品物だったらしい、テンペシア様や他の竜神様方からしたら、魔物に近い気配をまとっている、というのは普遍的な存在ではなかったのだろう、竜人の方や、魔力探知に優れている人間からしたら、魔物に近しい存在が街中を闊歩している、と思われても仕方がない、だからその為にそれを遮断するというローブを受け取って、それをキュリエは着ていた、そうしなけれれば、妖精の奴隷を扱っていると思われても仕方がない、様な衣服をしていたと言うのもあった、キュリエは麻布のぼろきれ、私はアンクウとしてのローブ、その違いを見て、一般的な感性の持ち主たちは何を思うのか、そう言う話だ。
次なる目的地は暗竜カテストロ様の統治する都市「カテストロ」だった、そんな記憶がある、テンペシア様は闇に関する知識があまりない、と言っていて、もしかしたらカテストロ様なら何か妙案を下さるかもしれない、そう言った理由で、私達は暗竜カテストロ様に謁見をしに行った、ならば、そこでキュリエを保護してもらうという手もあったにはあったのかもしれない、ただ私はそれを選べなかった、選ばなかった、キュリエを私の元から離して、という事を選択できなかった、それを今でも悔やんでいる、のかもしれない。
「お二人様で?」
「はい、カテストロ様の都市まで赴きたいのですが。」
「こちらになります、日をまたぎますが、寝台車両に致しますか?」
「寝台車両とは?」
「言葉の通り、寝室のついた車両になります、値段は上がってしまいますが、日をまたがれる移動をされる方はそちらを選ばれる事が多いですよ。」
「では、そちらを。」
旅費に関しては、テンペシア様から受け取っていた、世界を回って、それこそ世界中を回って、見分を広げるのには十分すぎる程に頂いていた、それに関しては今も変わりはない、竜神様方の総意として、私に絡む金銭関係に関しては、竜神様方の管轄になって理宇、ディーさんが困らない様に、という配慮でもあるのだろうけれど、そこに関しては私が困らない様に、世界の滅びを防ぐという役割を担った私が金銭的に困らない様に、とテンペシア様が配慮をしてくださった結果だ。
「ではキュリエ、行きましょうか。」
「はーい!」
機関車に乗車して、その時に初めて寝台車両というものに触れた、ドラグニート内では、基本的に一日中移動が発生する方もいらっしゃる、その為に、寝室を完備した車両を用意している、という名目だった寝台車両、私とキュリエで、二つのベッドが配備されている車両が都合よく空いていたらしく、私達はそれに乗って、夜間でも移動を続ける事になった、テンペシア様がフェルン側に情報を漏らすという事は考えていなかったが、ダークエルフとしての在り方からして、カテストロ様は良い助言を下さるだろう、という言葉にそそのかされて、急いで移動を始めた、それが私達のあの頃の動機だった。
「そろそろ寝ますか、キュリエ、灯りを消していただけますか?」
「良いよー!でもあたし、もうちょっと景色見てたい!」
「それは構いませんが、体に障るのでは?」
「ううん、それで良いんだ、あたしがフェルンを出れるなんて思ってもなかったし、そう思うと、こうして景色を眺めるのって、素敵だなって思うんだ!」
夜更けになって、私は眠くなってきていた、普段は酒を飲まないと眠れなかった私は、不思議とその時は眠れる気がしていた、朝一番でカテストロの都市までたどり着くと言う機関車に揺られて、その揺れが心地良いと感じていた、私は、普段とは違うと言うべきか、そもそもがフェルンを出たという実感がわいてきていたと言うべきか、久しぶりに安眠が出来そうだ、という予感がしていた、だから眠るという選択肢を取ったわけだが、キュリエは、時折見える街並みや、暗いながらに見える森林や湖、運河と言った景色を見ていたい、と言っていた、それ位には、キュリエは外の世界に憧れを持っていたのだ、今ならわかる、それだけ窮屈な人生を送っていたキュリエは、外の世界に憧れすぎる程度に憧れていた、私もそうだった、死の未来を視続ける、という心を殺す事を辞めて、何処か放浪の旅にでも出たいと願っていた、生きるしか道がないのなら、という話ではあったが、生きる他に道が無かったのなら、そうやって生きたかった、故郷を捨て去ったと後ろ指刺されたとしても、故郷を失ったと憐れまれても、それでも、そうしたかった。
それが叶った、と言うのには少々物騒な未来だった、私は死の未来、世界の破滅を予言した死神、それ以上でもそれ以下でもない、私に出来る事は何があって、私がやるべき事は何があって、あの頃はそんな事ばかり考えていた。
違う、少々語弊がある、今でもそうだ。
「あまり夜更かしをしてはいけませんからね?」
「はあい!」
キュリエを失って、故郷を失って、還るべき場所も、在るべき場所も失って、私はそれでも成し遂げたい事があった、それでも成し遂げなければならない事があった、それがキュリエとの最後の約束だったのだから、純真な心をもった、しかし闇を植え付けられてしまっていた、ダークエルフという悲しい存在であったキュリエの、今際の言葉に従って、私は今でも生きている、今でも、世界を守る礎足らんとしてる、それが成せるのかどうかに関してはわからない、今でも視えるヴィジョンは、四人の守護者の死による世界の滅びから変わっていない、それは無駄な行動なのかもしれない、私の一挙手一投足も加味して、その滅びの未来なのかもしれない、そう思わない事もない。
ただ、それでも、けれどけれども、キュリエは世界を守ってほしいと願った、純真でまっすぐな少女は、世界の存続を願った、己の運命を呪うでもなく、私の行動をとがめるでもなく、世界を恨むでもなく、世界を愛し続けた、今際の際まで、世界を愛していた。
そんな瞳が忘れられなくて、紅い瞳が、キラキラと輝くさまを見ていたくて、私はそれが忘れられなくて、世界を守るという選択を取った、その為だけに、私はこうして世界を回った、そして今、ジパングと言う国に居を構えて、守護者の出現に備えている。
勿論、村の同胞達の為と言う感情が無い訳ではない、私の力の発露の影響で死んでいった同胞達の無念を晴らす為、それを考えないわけではない、ただ、それよりも私は、キュリエと言う少女の在り方に、希望を、夢を、望みを見出した、それが私の行動原理だった。
「では、私は先に眠りますね。」
「おやすみなさい、先生。きっと、いい夢を見てね。」
眠りに落ちる寸前、ベッドから降りたところに座っていたキュリエの横顔を、私は見た覚えがある。
希望に満ちた顔、ダークエルフと言うディスアドバンテージを背負いながら、しかし希望を失わなかった、あの希望に満ちた表情、それが今でも忘れられない。
あの時のあの表情を忘れられないから、私はこうして世界を守ろうとしている、と言い換えても良いのかもしれない。




