第三十二話 選択
「竜神様……、粗相がありましたら申し訳ありません、私達はフェルンの流儀しか知らないのです。そして……。」
「フェルンから転移でこちらに来たのには、何か理由があるんだろう?でなければ、ハイエルフが転移魔法を許すとも思えないし、そもそも君はエルフであってハイエルフではない、元来は転移を使える様な魔力を持っているわけでも……。そうだね、その魔力の持ち主には一度出会った事があったかな、確か、種族の名をアンクウと言うんだとか?そちらの君は、ダークエルフだね?僕達も文献でしか存在は知らなかったけれど、確かに魔物に似た気配の持ち主でありながら、決してそうじゃないという確信が得られる感覚があるよ。」
「ダークエルフの事をご存じなのですか?」
「うん、文献で視た程度の知識だし、僕は探知の精度が良くないから、魔物との違いが今の今までわからなかったけれどもね。魔物とエルフの混合した魂、それがダークエルフの持つ性質だ、とは聞いていたけれど、それが本当だとは思わなかった、というよりは、僕が生まれてこの世界を守り始めた頃には、もうダークエルフの事はフェルン側の禁忌として扱われていたからね。」
テンペシア様との邂逅、それは私にとっても、キュリエにとっても、そして世界にとっても、重要な場面だっただろう、世界を守る立場にある竜神様であられるテンペシア様、そして世界の滅びを予言していた私、ともすればその帆ロボの一員足る魔物に似た性質を持っていたキュリエ、この組み合わせは偶然ではなかっただろう、だからこそ、テンペシア様は私達を神殿に招いたのだろう、そうでなければ、「転移を使った妖精」というだけで呼び出す理由がない、私は今でもそう思っている。
「ならば、テンペシア様。ダークエルフの歴史を、貴方はご存じなのでしょうか?迫害と嫌悪の歴史、フェルンにおいて、恣意的に生み出されている闇、それを黙認するのが、世界を守る存在足る竜神様のされる事、だと?」
「……。痛い質問だ。ある意味、それは本質をついている、と言い換えても良い。僕達竜神は、魔に対する対抗装置、それは歴史の授業か何かで聞いたかな?僕達は、魔物と言う世界の滅びに対するカウンターだ、それ以上でも、それ以下でもない。ともすれば、魔が関わっているから、全てが僕達の管轄下と言われると、魔物と言うのはこの世界においては普遍的な存在、つまりは居て当たり前の存在だ。それが混じっている存在だから、僕達にとっては忌避の対象だとか、逆に存在してはいけないと断じる対象か、と問われると、僕達は世界の営みには干渉をしてはいけない、が答えになって来るね。……。そちらの君は、ダークエルフとして、迫害されてきた歴史があるんだろうね。アンクウの君もまた、アンクウとしてフェルンの王家か教会かに、ぞんざいに扱われてきたんだろうね。……。これは、僕の個人的感情として、な話だ、君達をここに招いたのは、入らない混乱を産まない為でもあるけれど、それ以外にも、意味があると思ったからだね。」
「意味……。あたし、先生とはさっき会ったばっかりだよ?でも、先生はあたしの事を助けたいって、言ってくれたんだ!」
意味、テンペシア様は未来を視る術はないと言っていた、ただ、七百年前に大戦争が起こった際に、また千年後に大きな戦争が起こる、と誰かが予言をしていた、という話だった、その関係上、アンクウと言う存在、死神と恐れられ、死の未来を視通す存在、と言うのが自分の管轄の都市にたどり着いた、それに関して、意味を考えたのだろう。
でなければ、私達を粛清して終わりか、フェルンに送り返して終わり、で済ませられたはずの話だ、それをしなかったという事は、私が今でも聴かされていない「テンペシア様にとっての意味」がある、と私は考えている。
「ならば、彼女達ダークエルフは、世界の営みの為に犠牲になれと、そう仰るのですか……?彼女達に救いはないと、一度ダークエルフになった者は、その魂を穢され、墜ちてしまった者は、二度とそこから戻る事はない、としても、それが世界の営みだからと、貴方達神は見放すのですか!?」
「……、僕が生まれた頃、五千年前、そしてこの世界の守護についてから、かれこれ何千年か経ったかな。その答えは、今でも見つかっていないんだ。世界の営みに干渉してはいけない、それは世界の滅びを招くことになるのだから、と竜神の中では伝わっているんだよ。世界の滅び、それは世界群の滅びでもある、君は聞いた事があるかい?世界は別たれている、僕達が今こうして生きている世界の他にも、世界はあるんだよ。僕も生まれる前の話だから、九代目の事は伝承でしか知らないけれど……。九代目竜神王は、世界を分けるとともに、その世界それぞれにおいて、竜神が守護をする、というよりは、竜神はその世界に存在する守護者を育てる存在として、定義づけた、それが一万年前の話だね。その時に、竜神王は枷を掛けた、世界の営みに干渉しない事、それを竜神達に義務付けたんだよ。」
竜神様達に課せられた枷、それは、世界の営みには干渉しないという事柄だった、それはどの竜神様も共通して言っている事だった、だから、私がこうして旅の金銭類を払ってもらえているのは、守護者を育てる事につながるからだ、とテンペシア様は仰られていた、そうでなければ、私達が何を言った所で、テンペシア様は動かれなかっただろう、あの方はそれだけ掟に厳格で、世界を守るという命題の上での犠牲、に関しては仕方がないと仰る性格の方だった、竜神様の中では一番若い、という話だったけれど、しかし、一番掟に厳格で発言力があるのも、またテンペシア様なのだと、他の竜神様が仰られていた。
デイン様が言っていた事、「僕はこの世界にとっては異物でしかないから。」という言葉の意味、それもまた、そもそもはデイン様はセスティアの守護者だったというお話で、それがどうした事か、一万年前から歴史の続くこの世界において、守護神として祀られている、という事だった。
「ならば……。世界の滅びを予言した私は、どうすれば……。」
「先生……?」
「……。そうか、君は未来を視る事が出来るんだったね、限定的に、世界の死という制約で未来を視た、それがアンクウに許されている事だったね。六百年前、ゾキュペと言う村がダークエルフによって滅ぼされた、という話を聞いた事がある、その時の生き残りは、一人を遺して全ていなくなってしまったのだと、僕達の記録には残っているね。それは、アンクウとしての力が暴走した結果、だったんだろう?あの時の胸騒ぎ、アンクウが現れる時の世界の揺らぎが感じ取れない様じゃ、僕達も竜神の名折れだからね。……。君は、世界を守りたいかい?この世界の滅びを予言したというのであれば、それを回避する術、もあるはずだ、でなければ、予言者なんていらないからね。予言をしたのであれば、ならばそのものは守護者足り得る存在だ、とこの世界では言われていたりする、というよりは、破滅の未来なんてものを視て、平気でいられる存在が居ない、と言った方が正しいのかもしれないね。君は、世界を守りたいかい?君にとっては、世界は醜いのかもしれない、世界は、汚れて、薄汚くて、穢れていて、そんな風に映っていても、おかしくはないんだと思う。ただ、それでも、世界を守りたいと願うかな?」
「私が、世界を……。」
分からなかった、私には「何かを為す事」は許されていないのだと、ずっと思っていた、何百年か、そうやって世界の滅びを誰かに言うでもなく、アンクウとして王家に使い続けられていただけ、そんな私に、世界を守りたいかと問うたテンペシア様の言葉、があの時の私はわからなかった。
守護者、世界を守る者、それは彼ら、聖獣の守護者の事だろう、私はそのサポート、手伝いをする役割だと今では認識している、ただ、あの時の私は、どうしてテンペシア様がそんな事を仰るのか、どうして世界を守りたいかと問うたのか、それがわからなかった。
「先生……。あたし、わかんないけどさ。先生は、優しい人だよ?先生は……、えっと……。」
キュリエは、私達の会話を聞いて戸惑っていた、アンクウと言う死神が現存した事、そのアンクウに助けられた事、と思ったら、世界を守るか守らないかという、大きな話担ってしまっていた事、それらに戸惑っていた。
かくいう私も、その言葉に戸惑っていた、真意がわからなかった、ならば、それに否と答えた場合、どういった結末が待っているのか、と問われたら、世界の滅びしかなかった。
「……。世界を守る、そんなたいそうな事が、私に出来るのでしょうか?世界の滅びを予言してから幾百年、私はこの事を黙っていました、フェルンには、世界が滅ぶことを知っている存在はいないでしょう、そして、私がそう流布した所で、死神の言葉など誰が信じましょうか。」
「僕は、君の言葉には信じるだけの価値があると思っているよ?どうして僕が君達をここに招いたのか、世界の営みを守るという役割に抵触しかねない事をして、君達に接触したのか。それは僕自身、そうした方が世界の為になるから、程度の認識だ、それ以上でもそれ以下でもない、ただ、世界を守らんとする存在の言葉、って言うのは、信じる価値があると僕は思っているよ、それこそ、十代目竜神王の様にね。」
「先生……。」
キュリエとテンペシア様が、私の事をじっと見ていた、見つめられていた、視線を感じていた。
キュリエからしたら、それは突然すぎる話だっただろう、そしてテンペシア様からしたら、それはある意味必然だったのだろう、私には、答えは複数ある様で、一つしかなかった、キュリエを守りたい、彼女を助けたいと無茶をして転移魔法を使う様な愚か者、なのだから、私の答えは一つだけだった。
「……。それが、贖罪となるのならば、私はそれを成しましょう。テンペシア様はご存じなのですね、私のいた村、ゾキュペが滅んだ理由を。ならば、私との出会いは、必然だったのでしょう。……。彼女を守りたい、それは、出会ってから幾ばくかだからという話ではありません、私には、ダークエルフの真実を知る者として、私には守るべき命がある、それを成す為に世界を守る、というお話なのであれば、それは私が成すべき事なのでしょう。」
「では、君の名前を聞いておこうか。守護者たる君の名は、なんと言うんだい?」
「……、外園、名は捨てました、私は外園、アンクウとして、滅びの未来を視た者として、村を滅ぼした死神として、その贖いをする者。テンペシア様、私の言葉に耳を傾けてくださいますか?」
「もちろんだとも、必要な事があれば、掟の範囲内で協力もする、それが僕達竜神の在り方だからね。」
「先生は世界を守るの?」
「……。守れるのかどうか、はわかりませんが、君を助けたいという選択をしたのであれば、君が生きられる未来と言うのは、必要な事柄でしょう。」
私の未来が決まった瞬間、テンペシア様とキュリエと言う、二人の証人の元に決めた、私の未来は、今も変わっていない、ただ、それを回避出来るだけの材料が、未だに足りていない、私には、明確に手段が足りていない、それを何とかする為にも、私に出来る事は何か、それを熟考し続けなければならないだろう。




