第二十九話 ジパング到着
「そろそろお別れですねぇ、悲しいですが、健在でいて下さることを祈っていますよ。」
「あはは、君にそう言われると、なんだか少し悲しいね、君が経験してきた別れの歴史からするに、私とも別れた後、の事を考えてしまっているのだろう?」
「……。それは、世界の滅びを超えた先の話でしょう。私の命題は、そこにありますから。」
船が港に接岸する、私の旅の終着は、ここにある。
渡り橋が渡されて、ジパングで商売をしようという奇特な人間だったり、文化研究の為に降りる亜人だったり、そう言った存在達が、船を降りていく。
かくいう私も、ジパングの中央に居を構えるのだから、その一員として降りなければならない、ただ、それは私にとっては明確な別れ、四十五年間、グランマリア号に乗っている間、という限定的な関係値でこそあったが、けれどけれども、それだけの時間を共に過ごしてきた美咲さんとの、明確な別れの場所だ、惜しくもなる。
「そうだ、これを持っていくと良い、一本位渡しても、別段怒られたりはしないだろうからね。」
「これは……、クレールですか?」
「そうだね、ずっと保管してあったものだから、かれこれ五十年物のワインになるだろうね、いつの日か、これを渡す相手を探していたんだけれど、誰もかれも違うと思っていたら、それ位の時間が経っていたんだよ。……。ただ、それを渡すのにふさわしい、外園君は、私達にとっては希望なんだと、私は正しく認識しているつもりだからね。世界の滅びを予言して、それを防ぐ為に奔走している存在、なんていうのは、中々お目にかかれないものだ、だから、そんな君だからこそ、これを渡すにふさわしいと思うんだ。ディー君とはやり取りを続けるんだろう?ただ、私達はここでお別れだからね。」
美咲さんが選別として渡してくれたのは、美咲さんがバーテンダーとしてグランマリア号で働き始めた頃、に持ち込んだクレールだった、そんな貴重な品を、私なぞが受け取って良いのか、と考える間もなく、そろそろ船が出てしまう時間だ、別れを言うのであれば、今ここで言わなければ、いう事も伝える事も出来ないまま、終わってしまうのだろう。
「……。きっと、世界の滅亡だなんて馬鹿げた話を、打ち倒してくれると信じているよ。ただ、これが呪いになってしまわない様に、祈っている。私は、外園君に賭けるよ、ただ、それは君だけが背負うべき問題でもない、ドラグニートの竜神や、私達の国の精霊、彼らが、きっと見守ってくれている。私には生憎と信仰心はないけれどね、君がアンクウと言う存在に選ばれたのには、何かの意味があるんだと思っている、だから、君だからこそ、君にこそ、賭ける価値があるんだ、とね。」
「……。はい、きっと、私に何が出来るかはわかりませんが、最善を尽くす事を誓いますよ。私に何が出来て、そして何が出来れば滅びを回避できるのか、それに関しては、旅を始めて百年、とうとう思いつきもしませんでしたが……。……、それでも、私に出来る事はあるはずですから、私には、やるべき事が残っている、だからこそ、私は今日まで生き延びたのだと思っていますから。」
「……。さようなら、外園君。きっと、達者で。」
「美咲さんも、御達者で。」
船を降りる、私にはまだやるべき事がある、美咲さんとうつつを抜かして、バーテンダーの修行でもして、という未来でもあったのかもしれない、私が世界の滅びを防ぐ為に奔走していなければ、そもそも出会っていなかった関係かも知れない、ただ、そこには絆があった、確かに、絆は結んだ。
船が出航する、私は、荷物を詰めたトランクケースをもって、それを見送る。
クレールを握りしめて、きっと世界を守って見せると、私を信じてくださった美咲さんの為にも、私を信じてくれたキュリエの為にも、私はやるべき事をやらなければならない、滅びの未来、それを観測した者として、フェルンと言う国に黙っていた者として、そして、世界の滅びを防がんとしてる者として、やるべき事を、成すべき事を、しなければならない。
「お客さん、見ない顔だね、ジパングは初めてかい?」
「はい、研究の為に立ち寄るのは初めてですね、なんでも、この国では聖獣信仰という独特な文化があるのだとか?」
「ははは、聖獣様の信仰なんて、今じゃ麓の村に残ってる程度だよ、俺達にとっちゃ、聖獣様ってのは居なくて当たり前、居たらびっくり、程度のもんさ。」
「そうでしたか、では麓の村に赴いて、その伝承を聞くのがよろしいですかね?」
「そうさなぁ、研究の為ってんなら、それが良いんだろなー。」
港の宿に一泊して、明日の朝から移動を開始する、という都合上、今日は港で立ち往生、紅麗山の麓の村長や重役には話を通していた為、別段それを隠す必要もないが、私も私で、不用意に世界の滅びが云々というつもりはなかった、それは転じて、フェルンや王家に私の存在している場所を特定されるきっかけになりかねない、と黙っていた。
逆に、美咲さんやディーさんにその事を話している方が珍しいのだ、彼らには情報提供の手段として、と行商としての役割を果たしてもらう為に、私の行動原理を話していたが、それを安易に吹聴しない、それは彼らを守る為でもあった。
「にしても、学者さんってのは暑そうな格好をしてるもんだねぇ?夏にそんなかっこしてたら、暑くて倒れちまうよ?」
「そうですねぇ、私はこの格好が慣れていますので、多少の暑さには耐性がありますが、この国は四季という季節の移り変わりがあるのだとか、夏は暑く冬は寒い、それを感じるのもまた風情だ、と研究者仲間が仰られていましたよ。」
「お、ジパングの四季を褒めるなんざ、良い感性の持ち主だな!」
今は手荷物を置いて、港の宿の食堂に来ていた、明日にはディーさんの依頼してくれている行商とともに移動を開始する、今日はその挨拶をしてきた、人間ではあるが、誠実そうな行商の一族の若者、が私とディーさんのやりとりを仲介してくれる、という話で、ドラグニーからここまではディーさんが、そしてそこから先は、行商の若者が担当してくれる事になっている、私が未来視をして、世界が滅ぶという予言をしたあの日、から逆算して、ざっと百年程度はそれを続けてもらえるように、とテンペシア様との協議をすませていた、ある意味「知っている側」の人間として、私とディーさんの仲介を一族で引き受けてくれる、そんな若者だ。
名を幻夢さんと言うらしい、なんでも、ジパングの中では顔が広い、仲介役を担っている一族の若者で、幻夢と言う名は代々投手に受け継がれていて、彼は世代としては何百代目かの幻夢を襲名した青年だ、と話していた、見た目として高身長で細身の青年、何処にでも居そうな見た目の青年だが、ディーさんの一族ともやり取りをずっとしていたらしい、それこそ、帆船が主流で、ジパングの仕組みを知りたいと発起したディーさんの先祖、と言うのが、幻夢の名を継いだ老人とやり取りをして、そして現在の繋がりにもなっていったのだ、とかなんとか。
「幻夢の一族に関わってるんだろう?なら安心だ、あいつらは長い一族だからな、思う存分、研究に精を出してくんな!」
「はい、ありがとうございます。」
ジパングの料理、ともすればソーラレスの精進料理にも近しい、肉を使わない料理、穀物である米を主食として、魚の焼き物と味噌汁というスープ、これは豆腐と言う、豆から抽出した豆乳と言う液体を凝固させた具材を使っている様子だ、出汁もドラグニートや他の国とは違う、確か、伝承に聞いた話では「昆布」や「鰹節」という海産物由来の出汁を使っているのだとか、私には味わいの深さがある程度にしかわからない事だが、しかし何処か安心する、そんな料理が印象的だ。
私はこれからは、ドラグニートの食材を主だった食材として使っていく、米を使った料理、と言うのも興味はあるが、私にとって主食はバゲットである事が多かった、それは今でも変わらない、というやつだ。
「馳走になりました。」
「あいよー!」
食事を終えて、用意された部屋に戻って、これからの事を考える。
私には、やるべき事が残っている、遺された者として、遺されてしまった者として、成さねばならぬことがある、私には、やるべき事がある。
それを遂げるのか、それとも世界が滅ぶのか、最終的な結末はその二択になってくるのだろう、私と言う個人が背負うのには少しばかり大きすぎる、しかし、私にしか背負えないその責務、他の誰かには与えられなかった、私にだけ与えられた責務、それを果たすまで、死ぬ訳には行かないのだと、気を引き締めて眠りについた。




