第二十七話 あと何回
「んん、この香りとこの味が得られなくなるのは、人生において損失と言っても良いでしょうねぇ。」
「と言っても、ディー君とやり取りはするんだろう?」
「と言われましても、クレールが手に入ると思っているほど、楽観的ではないのですよ、美咲さん。」
「それもそうだね、私も昔馴染みで、故郷だから、とルポセ村からクレールを仕入れているけれど、それが無かったら、彼らは私なんかには販売してくれなかっただろうしね。そもそも、この船のシステムである前払いをして貰わないと、扱えない程度には高い品だとも思うしね。」
バーデュボアで、あと何度味わえるか、と疑問を抱いているクレールを飲みながら、この船グランマリア号の「前払いシステム」には感謝していた、そもそもが各国が金銭と食材などを持ち寄って提供しているこの船は、世界情緒に溢れる船だ、とも言えるだろう、ソーラレスから仏門という宗教を広めるために「高僧」と呼ばれる高い位に位置する宗教の伝達者が乗った場合は「精進料理」という、肉や動物性の出汁などを使わない植物由来の料理を提供したり、他の国の独特な料理体系にも精通しているコックが十人程度働いていて、各国の料理に対応している、私は基本的にはドラグニートの料理だったり、フェルンの料理に近い料理を食べているが、例えばディーさんはドラグニートの料理以外にも、各国の料理を知りたいと言って色々と挑戦していたり、行商人として各国の流行を追った方が商売がしやすい、と情報を交換していたりする、亜人がいれば妖精がいて、妖精が居れば人間がいて、と言うのがこの船だ。
異国情緒、というやつだよと誰かが言っていたが、逆にここは国際的な社交の場としても扱われている、文化交流の場、所謂そう言った連絡の窓口としても使われている、という話だった、かくいうここバーデュボアも、世界中のアルコールを取り揃えている、各地の細かい銘柄に関してまではわかっていないが、何処の国の存在が来たとしても、対応できるだけのすそ野の広い店、それがここだ。
「私が直接やり取りを出来れば、もしかしたら仕入れられるかもしれないけれど、それも難しいだろうね、あそこは信用社会だから、信用ある仕入れ先にしか卸さない、そうやって、伝統を守り続けていたのだからね。」
「そうですねぇ、伝統と格式、私がロザウェルにいた際には、祭事に使われるアルコールがある、どうやらその名をクレールと呼ぶらしく、そしてそれが、偉く美味なのだ、と誰かが話をしていましたねぇ、彼女も確かクレール地方の出身だったのだとか、そこからロザウェルに神官として出向してきたのだ、と言っていた気がしますよ。」
「クレールが祭事用の酒だったのは、かつての話だよ、外園君がまだ百歳程度の頃、私が生まれる前の話、だからね。クレール地方全体として、祭事に使っていた酒を商業用のブランドとして活用していく、と決めたのは、地方議員の人達だ、と言っていただろうかね。私が生まれる前の話だから、祭事として使われていた頃、を逆に見てみたくもあるけれど、しかしそれをしてしまったら、私がここでクレールを仕入れられる理由がなくなってしまうからね。」
クレールというワインは、そもそもが原典を辿ると祭事に使われていたアルコール、神木に捧げる酒、という類のアルコールだった、と私は記憶していた、祭事に扱う酒、庶民が飲む酒ではなく、一年に一度の「感謝祭」で私用される酒だった、と言うのを、私はロザウェル時代に聞いた事があった。
それを一般流通させる、と言うのには手がかかりすぎる為に、今でも高価な酒である事に変わりはないが、こうして美咲さんや「認定販売者」によって販売されるようになったのは、かれこれ五百年前程度の話だった、その頃にはもう世間のワインの作り方は抽出を圧搾機でやっていた中、電灯を重んじるブランドである、という事もあって、クレール地方では、今でも葡萄の身を収穫する時期になると「葡萄踏み」という伝統的な圧搾方法が取られている、その時の香りが良いのだとか、村中に葡萄のふんわりと甘い香りが漂って、心が躍るのだ、と美咲さんは仰られていた。
私が住んでいたゾキュペ村は何が有名だったか、と聞かれると、それを知る前に私が村を滅ぼしてしまった、現在ウィアデストロイドとして活動している村としては、ウィスキーが有名なんだとか、そんな話は聞いた事がある、ウィアデストロイドのウィスキーは、深いコクがあるのだとか、なんだとか。
私は飲む気にならなかった、私が滅ぼした村の跡地に出来た村、という私の中ではしこりが残る村の名産品、については、私は飲む気にはならなかった、飲んではいけない気がした、ならば、彼らの事を思い出すきっかけになってしまうだろう、と。
「君は酒の味がわかるタイプだと思っていたけれど、そうだね、ジパングではそれこそ、清酒が造られている程度だったかな?私も仕入れた事がないけれど、そうだね、ディー君が用意出来るアルコールで、私の手を仲介しなくても手に入る品、となると、ドラグニート産のアルコールが主だった輸入経路になるのかな?」
「はい、ディーさんもそこは承知してくださっています、私は各地のアルコールを嗜んできましたが、その中でディーさんが用意出来る、尚且つ私の趣向に合うもの、と言うと、ドラグニート産のウィスキーになってくるのだと思っていますから。……。クレールと出会えた事、捨てた故郷だったとしても、私にとっては思い入れのあるワインに出会えた事、、それは喜ばしいですがね。ただ、その私の為だけに、ディーさんや美咲さんに余計な面倒を掛けるのは違う、と思っているので。」
「私は面倒だとは思わないけれどね、ただ、向こうの方が何と言うかについては、私の交渉次第になってくるのだろうね、今ではクレールを求めて観光客が来たり、商人がわざわざ買い付けに言っているという話もある、それを断っているのだから、私が横流しヲしている、と気づいたら、彼らは私にクレールを売ってはくれなくなるだろうね、そもそもは神聖視されていた酒だ、私が入手出来ているのが奇跡だ、と言い換える事が出来るかもしれない。……。外園君がジパングに到着するのは、三日後だったね。それまでは、私の所
に飲みに来ると良い、私が振舞えるクレールも今は少ないけれど、他でもない君の為だ、残しておくよ。」
「それは感謝ですね、ありがとうございます、美咲さん。」
「なあに、フェルンを出た者と捨てた者、少々の違いはあったとしても、私達は似たような境遇だろう?それに、君は世界を守るという大切な役割があるんだ、そんな素晴らしい人に、残しておきたいと思うのはバーテンダーとしては当たり前だろう?」
美咲さんは有難い話をして下さる、私としても、ジパングに渡ったら、百年後に現れる聖獣の守護者達の手伝いの為にジパングを出る以外、出る事はないだろうと思っていた、その頃にはグランマリア号も廃業しているだろう、その頃にはなんの燃料が主流で、どんな船があって、という想像はつかない、私端の未来を視る予言者であって、朽ちていく船の未来を視る事が出来るわけではない、だから、この先美咲さんがどう生きて、どうやって店を営んで、という事を考えるに、美咲さんと会える可能性も、ほぼない。
ただ、それでも良かった、同郷の出として、同じ妖精として、同じフェルンを出た身として、私達の関係値はここまで、それで良いのだ。
それでも、出会った事に意味はあるはずだ、私達の出会いには何某かの意味がある、と思っている、私はそう信じている、そうでなければ、キュリエが報われない、村の皆が報われない、だから、私は「意味がある」と思う事にしている。
時折、その思考が虚しくなることもある、ならばどうして私だけが生き残ったのか、どうして彼らではなかったのか、私がアンクウとして覚醒した理由は、私が村を捨てる事になった理由は、彼らが、墓標を遺す事すら許されなかった理由は。
考え始めればきりがない、というやつだ、だから、私は普段、その思考に蓋をしていた。
「さ、もう少し頑張ろうかな。外園君はもう少し飲んでいくかい?」
「はい、頂きましょう。」
気が付けば、店に入ったのが月が空の上にあった頃、そして今は、空が白んできた頃、そろそろバーは閉店の時間だ、ただ、まだ飲んでも許される、美咲さんが良いと言っている上では、それは許される事だ。
他の客、に関しては、皆眠りについている時間だ、私達がショートスリーパー、短期睡眠型なのを考慮しても、この時間は一番静かな時間だ。
「何を飲むかい?」
「では、クレールを。」
そんな中、私達は他愛のない話をしながら、酒を飲みかわす。
これから先、それが出来ないと分かっていて、別れを惜しむ様に、別れを嫌う様に、悲しむ様に、悼む様に、私達は酒を酌み交わす。




