第二十五話 竜神
「……。」
バーデュボアに行く前に、一旦シャワーを浴びて体をさっぱりさせよう、と思い、客室のシャワーを浴びる、このシャワーと言う文化も、ここ何年かで構築された技術だ、と誰かが言っていた、薪風呂が当たり前だった社会にとって、湯が出るシャワーと浴槽、と言うのは画期的すぎる程度には画期的で、なんでも、ドラグニート発祥の設備で、今では世界中にその技術が出回っている最中なのだとか。
ドラグニートの中でも、金属や品物の加工を主だった産業とする「灼竜ヴォルガロ」様の都市でこれは開発されたと言っていた、グランマリア号に搭載するのは大変だったが、運航の合間を縫って、何とか採用したのだとか。
原理としては、魔力の籠った鉱石を主だった原料として、それを適温になる様に調整して、そして配管を通して客室に回している、という話だった、私がこれから住まうジパングの住まいを作ってもらう際にも、その技術と魔力の籠った鉱石を譲渡してもらい、それを基準として設計をしてもらっている。
「……。」
魔導石、と言われる類の鉱石、魔力の籠められているのか、それとも自然的に魔力を持っている鉱石なのか、と言われると後者な鉱石は、「岩竜マグナ・マイン」様の都市マグナ・マインで良く出土しているという話で、それをヴォルガロ様の都市の方が、うまく利用出来ないか、と研究した結果、現在におけるシャワーと言う形だったり、現在進行形で私が乗っているこのグランマリア号にも、魔導石による発熱システムは組み込まれているとの話だ、蒸気船と銘打って運航しているこの船だが、現在は石炭ではなく魔導石を主な運航の燃料として消費している、という話だ。
「私は……。」
研究者気質の妖精として、興味が尽きない事は沢山ある、社会的インフラ、と呼ばれるものだった、そもそもの文化的価値観の違い、だったり、社会的な発達の仕方、の違いだったり、外交という国同士でのやり取りの方法だったり、諸々に興味が尽きない、と言えば興味は尽きない。
ただ、今の私は世界滅亡を防ぐために奔走する存在であって、文化研究にいそしむ研究者ではない、そこを履き違えてしまったら、私は目的を見失ってしまう、という事になる。
ただ、それでも興味が尽きない事は多い、テンペシア様に言われて「世界を回った」結果として、世界には私の知らない文化や文明がたくさんあって、それらが混ざり合って生きている、と言う事を知った時は衝撃を受けた、フェルンが内向的と言うべきか、閉鎖的な文化で、外国からの支援やら文化やらを受け入れていないと言うのもあったが、逆にサウスディアンなどは、諸外国の文化を積極的に取り入れていて、様々な形式の建物だったり、食事的文化だったり、そう言った所謂「文化のキメラ」的な素養が強い、と知った時は、たいそう驚いた、もしも私が予言した世界の滅びを回避できて、もしも私が生き延びる事があったら、私は文化の研究者になりたい、と思った程には、国によって文化や文明の開き方屋発展の仕方が違う、それには衝撃を受けた。
「ふむ。」
ドラグニートで拵えたスーツを、洋服の匂いと汚れを消す魔法で綺麗にして、シャワーを出て体を拭いて、私はバーに向かう、ディーさんは今日はどうしているか、というよりは、先ほどあったのだから、別段会う必要もないが、ディーさんがアルコールが耐性が弱いなりに好きだ、という話は聞いていた、だから、あの酔っ払い風景を視るのも、私の趣味と言えば趣味だろう。
「……。」
もし、キュリエが今も生きていたら。
私はどうしてもそう考えてしまう、今もしキュリエが生きていたら、生きていてくれたら、私は彼女と文明の発達を目の前で見て、喜んでいただろう。
ならば、どうしてキュリエは生きれなかったのか、私と共にウィザリアに赴いた際、「マナの源流」の端に触れた瞬間に「ダークエルフとしての暴走」の兆候を見せて、その場で私が殺した、私がキュリエを殺してしまった、フェルンで魔法の実験の為に殺される事は避けられたが、結果として私が殺める事になった、結局は「延命」こそ出来たが、存命は出来なかった、キュリエは、どうしてもあそこで死んでしまう定めだったのだろう。
「私は……。」
髪の毛をタオルで拭きながら、テンペシア様の言葉を思い出す。
「僕達は世界の営みに干渉する事は出来ないから。」
その言葉がどれだけ惨酷で、どれだけ悲しみに満ちていて、そして、竜神様方にとっても、どれだけ辛い制約なのか、あの頃は理解する余地もなかった。
私にとっては、ダークエルフという「恣意的に湯が増された存在」を許して良いのか、それともそれを許さずにフェルンに交渉に行くのか、その二択だと思っていた、竜神様方は、世界の守護が尊命であって、世界の営みに干渉して良い存在ではない、それは今ではわかっている、だからこそ、世界の存続に関わる私の行動を支援してもらっている、貰えている、テンペシア様は掟に準ずる方だと、テンペシアの都市に住まう方々は口を揃えて自慢していた、竜神としての尊名を守る為に、民草に厳しい事をいう事もあるが、しかしそこには愛があるのだ、と、テンペシアの都市に住まわれている方々は、誇らし気に話していた。
実際、テンペシア様は愛情にあふれている方だと私も認識している、世界の存続、という「宿業」を持っている中で、どうしても出来ない事があって、出来る事はなんでもする、それが竜神様方の共通項だと誰かが言っていた、竜神様方は、きつい制約の中で、それでも世界を愛そうとしていた、と。
私もそれには同意だ、テンペシア様はじめ、竜神様方は愛に溢れていた、民草を、どうしようもなく愛していた、だからこそ、その民草を守るきっかけになるであろう、私の言葉に耳を傾けてくださった、世界の営みには手を出せない、それが世界において普遍な事である以上、手は出せないと仰られていたが、しかしそれでも、民草を守ろうとしているのだと。
「……。」
洋服を着ながら、一つ思い出す。
文献にはこう記されていた、竜神とは、魔に対する対抗装置であり、魔とは、魔物を意味するのだ、と。
私も幾度となく遭遇をした事がある、そして倒した事もある、魔物。
あれらは、生物ではないという話だった、生物であれば、絶命したのちに体が残るはずだ、妖精はその肉体の構成要素がマナである為に、魂を失った肉体は消えるのだ、という話だったが、それとは明確に別の存在、魔物とは、世界に仇を為す、いわば破壊装置なのだと。
神々や竜神様方、そして人間も妖精も亜人も、この世界においては魔物に対する対抗能力は備わっているのが一般的だ、ジパングの民は魔力を持たない民が殆どで、魔物に対する対抗手段と言うのは、基本的には村に張ってあるという「魔物除けの結界」だけだという話だが、私達からしたら、魔物に対抗する手段と言うのは当たり前にあって、当たり前に魔物を倒せなければ生きていけない、それが常識だった。
ただ、裏側の世界、セスティアにおいてはそれは違うらしい、セスティアには魔物はいない、いたとしたら、それは竜神様が対処しなければならない出来事らしい、その違い、私達にとって普遍的な存在である「魔物」が、セスティアにとっては異物である事、それが「世界の営みの違い」だとデイン様が仰られていた、デイン様はそもそもがセスティアの守護者、一万年前からこの世界を守護されているはずのデイン様は「九百年前」のセスティアにおいて活動をされていたらしい、「竜神王」の血族だとデイン様本人は仰られていた、その「竜神王」の血族たるデイン様にしか、九百年前のセスティアは守護出来なかったのだ、と。
「本当に、難儀ですねぇ。」
デイン様の事を存じているのは、私を含めて少数の存在だけだ、ドラグニートにおいては「神話」の存在として語られているデイン様が実在して、ドラグニート中央都市「エレメント」の「竜神の石碑」と呼ばれる石碑からのみたどり着ける場所にいらっしゃる、というのは、知っているのはごく少数の存在だけだ。
デイン様、白銀の竜の姿をされているデイン様は、かつては人間と同じ姿をしていた、テンペシア様方が人間の体に私達妖精と同じ尖り耳、そしてそれぞれが司られている属性の色をした翼を持っているのに対して、デイン様は白銀の竜、人間の姿ではなかった。
ただ、かつてはそうだった、らしい、と言うのも、デイン様と話をする時間はあまりなかった、少しだけ謁見をして、世界を守る為に動いてほしいと嘆願をされた、その際に少しだけ姿を拝見した、というだけで、今どうされているのか、ならば人間の姿を取り戻されているのか、に関しても不明だ。
「行きましょうか。」
バーが混み始める前に、カウンター席を確保しておきたい、そんな思惑があって、私は早めにバーに出向く。
テーブル席でも良いのだが、カウンター席の方が美咲さんと話せる機会が多い、後どれ位彼女と関われるのか、もわからないのだから、今ある縁として大事にしたい、それが私のちょっとした願いだった。




