第二十三話 ケイルの家系
「やぁ外園君、隣良いかな?今回の旅ではハオちゃんが一緒だったけれど、あの子は?」
「ディーさん、どうぞどうぞ。ハオはソーラレスで下船しましたよ。彼女は、ソーラレスに宗教の研究を死に行くのが目的だ、と言っていたので。」
「そうだったね、あの年齢の子がそんな事をするなんて、驚いたけれど、そうだね……。ハオ、確か家名をケイルと言ったっけ、ケイルの家名の持ち主は、基本的には宗教学者としては有名だからね、彼女がそうだったとしても、おかしくはないのかな。」
「そうでしたか、彼女のご実家が宗教学の家系なのは、ハオから聞いていましたが、そこまで有名な家系なので?」
ビーフシチューを受け取って、それを一人で食べていると、本日何食目かというディーさんが隣に来てくれた、私としては、一人で食べる食事も悪くないが、こういったがやがやとした中で独りで、と言うのは少々寂しかったから、それはちょうど良かった、というやつだ。
ハオの家系、ハオ・ケイルという名は有名らしい、十歳にして天才的な宗教学者、テオ・ケイルという、世界の宗教の事なら一から十まで彼に聞けばわかる、というレベルの宗教学者が居て、その一人娘であるハオは、今回初めてノースディアンを出た、という話をしていたし、ハオ自体ノースディアン北部の人間、原住民と言う類の人間で、外部との関りを基本的に持たない部族だ、と言っていたが、テオとハオは違った、ノースディアンに居ながら、彼らの名前と言うのは世界的に有名だ、とディーさんは言っていた、だから、ハオの事も知っていたのだ、と。
そんなハオと、一週間だけでも旅を共に出来た事、それはそれで嬉しかったが、しかし彼女と私では生きる場所も、時間も、理由も違う。
「ん、ビーフシチューはいつだって美味しいね。」
「ドラグニートでは一般的なのでしょうかね?」
「そうだね、テンペシアでは、食べた事がない人の方が少ないんじゃないかな?学校の給食でも出てきてたよ?月に一回カレーかビーフシチューか、って言う日があったなぁ。」
「給食、と言いますと、あれでしょうか、学校側で用意してくださる、昼食の事ですかね?」
「うん、フェルンではそう言うのはなかったのかな?僕達からしたら、六食あるうちの二食は学校が用意してくれてて、人間の子達は食べないから、って言って、僕達竜人だけがご飯を食べる時間に遊んでたり、逆にあの子達が勉強中にご飯の時間があったりしたよ。」
給食、学校給食と呼ばれる類の昼食、については聞いた事はあった、フェルンは、なのかゾキュペはなのか、それとも美咲さんの暮らしていたルポセもだったのか、そこに関してはわからないが、そう言った文化はなかった、私達は学校に勉学に行く際は、基本的ニは両親に弁当を拵えて貰って、という事をしていた、私の家系は基本的にパンが主だった主食で、それに野イチゴのジャムをサンドしたり、鶏卵、卵を解きほぐして焼いた「スクランブルエッグ」をサンドしたりしてもって行っていた、鶏卵と言うのは高級品で、私達のいた村ゾキュペでは高級品で、そもそも鶏を飼育している家庭が無く、村の外から時折やってくる高級食材、として、探検仲間達には羨まれていた、そんな記憶がある程度には、給食と言うのには縁が無かった。
ドラグニートではそれが当たり前、と言うべきか、賄わなければならない人数が多かったり、そもそもが学校自体が「いつ行っていつ行かなくても良い場所」ではなく「五日間通って二日休む」が基本で、夏と冬に長期休暇がある程度、と言うのも、私達とでは大きく違う事柄だ。
一週間の中で五日間学校に通って、という事をした事が無ければ、逆に長期間学校に通わない、という事もなかった私達からしたら、週五日制、という暦通りの学校の通い方、は新鮮と言えるだろう。
「ディーさんはシチューがお好きだったので?」
「うん、牛肉がそもそも好きでさ、僕の家では終末はいつもバーベキューをしていたんだよ。お父さんが引退するまで、だから最近は出来てないけど……。でも、たまに家に戻った時には、バーベキューをする事が多いかな。」
「それはそれは、愉快なご家族なご様子で。」
「外園君は、家族には会わないの?フェルンの出身でエルフって言う事は、お父さん達も長生きなんだろう?僕達より長く生きる種族だ、って言ってなかったっけ?」
ディーさんの、罪のない瞳が痛い、テンペシア様の都市に住まわれている竜人固有の瞳である「風色」の瞳が、罪のない瞳が、私を見つめている、これは返答次第では彼を傷つける事になってしまう、というよりは、その話題になった時点で、彼を傷つけてしまう事には変わりはないのだろう。
「私の家族は、生憎ともう他界しておりまして。フェルン的に言うのであれば、神木に還った、と言うべきでしょうかね。転生をしているのかどうか、それに関しては、私は与り知らぬところですよ。」
「そうだったんだ、悲しいね……。ごめん、悪い事を聞いたね。」
ディーさんは泣きそうになって、瞳をうるませている、私としてはそんなつもりがなくとも、ディーさんからしたら、家族との別れとはそれだけ悲しい事なのだろう、そもそもが情に厚く、涙脆いディーさんだ、こういう話をした場合、涙を溢したとしても不思議ではない。
「泣かないでくださいな、ディーさん。命とはいつか終わるもの、命とはいずれ廻るもの、だから、私にとってはそこまで悲観する様な事でもないのですよ。」
嘘をつく、私はいまだに、村の滅びに関しては納得していない、私の力が原因で滅んだ村、私がいなかったら、今でものどかな村として存続していただろう村、ゾキュペの滅びに関して、私は納得はしていない。
ただ、それをディーさんに言ったとて、何が変わるわけでもなければ、ディーさんを余計に悲しませてしまうだけだ、私の過去を知っているのは、数人だけでい、私は表向きは旅人、ジパングに居を構えようとしている酔狂人、そして、知っている者からしたら、世界の滅びを止めようとしている妖精、もっと知っている者、つまり美咲さんなどからしたら、私がきっかけで村が滅んだ、ゾキュペと言う村が滅んで、最終的には「ウィアデストロイド」と言う名の村に変遷をしていった、私が知っているはずの、私が知らない村、になってしまった、滅んだ村の出身、それが私だ。
「ごめんよ、最近涙脆くてね。」
「ディーさんはお優しいですからね、涙は時として、必要となるでしょう。」
「そう言ってくれるのは、外園君と美咲さん位だよ。いつも言われるんだ、涙脆くて鬱陶しいって、良い年した大人が、すぐに泣きべそかくなんて、男らしくないぞ、って。」
「それもまた個性ですよ、私は涙を忘れてしまいましたが、涙を流せる人、と言うのは羨ましいと感じるものですから。」
「羨ましい……、僕が?」
「はい、尊敬に値すると思っていますよ、私はね。感情を失わずにいられた方、感情、尊厳を失わずにいられた方、と言うのは、尊敬に値するのですよ。」
ビーフシチューを口に含みながら、私はディーさんを慰める、と言うべきか、何と言うべきか、私よりは若いディーさんを励ます、という意味合いで、こういった言葉を使っている。
事実、私はキュリエを失って以降、何かを感じる事がなくなってきている、恐怖も、悲しみも、喜びも、幸せも、不幸も、感じられなくなってきている、私に残されたのは使命だけ、宿命だけ、命題だけ、私は、そう言った諸々の為に生かされているのであって、感情を云々する為に生きている訳ではない、と考えていた。
そんな私からしたら、心の赴くままに生きているディーさんやハオ、というのは、眩く感じる、守らなければならない、淡い安らぎを持っている人達、彼らを守る為に、私は世界を回っているといっても良いのかもしれない、一番はキュリエの言葉だ、世界を守ってほしいと願ったキュリエの言葉に従って、自分の信念を貫き通す為に、彼らの、探検仲間の、そして村の人々の尊名の為に、私は世界を守ろうとする道を選んだ。
「照れるなぁ。外園君は褒め上手だ。」
「そうですかね?」
ディーさんは、大口でビーフシチューを食べながら、はにかんでいる。
元来褒めらる事に慣れていないと、本人がいつだったか言っていた、私がテンペシア様の仲介でディーさんと初めてであった時、風色の瞳が綺麗ですね、と言った時に、そんな発言をしていた。
照れるよ、僕は褒められることが無いからね、と言っていたディーさんは、相変わらずその癖は変わっていない、そこに関しては安心していた、私がジパングに居を構えると決めたのが五年前、その頃からの付き合いだけれども、ディーさんは本当に変わらない、素直で純粋無垢で、まるで子供を相手している様だ、と錯覚してしまう程だ。
「お代わりしてこよっと。外園君はもう食べないのかい?」
「はい、私は腹八分目を頂いてますので。」
「そっか。」
ディーさんはビーフシチューをお代わりしに行って、私は皿とトレイを返却して、煙草を吸いにデッキに出る、夜風が心地良いだろうか、この後また、デュボアに行って一杯ひっかけるのも良いのかもしれない、と考えながら、一階の食堂からデッキへと足を向けた。




