第二十一話 煙草
「さて。」
船がソーラレスを出てから一日、ここから一週間過ぎに、私達はジパングへとたどり着く、そこからは馬車での移動になる、この世界での基本的な移動は徒歩か馬車、ドラグニートでは蒸気機関車が通っていたり、こうして蒸気船が世界を回っていたりはするが、大陸の中での移動、に関してはドラグニート以外は馬車が基本で、転移を使って移動をするのは、上位存在と言えば良いのだろうか、上位的な存在、私達の国で言う所のハイエルフ、ドラグニートで言う所の竜神様、程度だ。
私達にとって、転移魔法とはそれだけ高等技術で、それだけ危険な魔法だ、とロイスは言っていた、私が興味本位で転移魔法を使えるかどうかを聞いた時に、厳しい言葉が返ってきた、ともすれば、あれはハイエルフが自分達の立場を簒奪されないように、と規制を掛けていただけなのかもしれない、と考えたこともあったが、テンペシア様も同じ言葉を仰られていた、転移魔法とは、竜神やハイエルフンなど、使っていて当たり前の存在からしたら危険ではないが、使っていて当たり前ではない私達が発動した場合「壁の中に埋まる」という危険性、海や地面の中に埋まったり放り出されたりする可能性、ともすれば、火山に落下する可能性もあるのだから、危険だ、と。
「おや、外園君、隣良いかな?」
「美咲さんは喫煙をされるので?」
「まあ、最近嗜み始めた程度、だけれどね。君の吸っているパイプは、確か私の師匠が吸っていたけれど、私が吸っているのは紙巻きたばこ、だよ。」
「そうでしたか。」
考え事をしていると、美咲さんが喫煙所にやってくる、バーでサボタージュをしながら吸う、と言うのもありそうだが、今の時間はそう言えば、清掃の方が入られている時間だ、と美咲さんが言っていた覚えがある、時計を見ると午前十時、バーデュボアが朝方の四時までやっている、と言うのを鑑みるに、美咲さんはショートスリーパー、短時間睡眠型なのだろうとは伺える。
書くいう私も短期睡眠型、三、四時間も寝れば基本的には済んでしまう、というよりは、そうやって教育されてた、ならば、私は眠れない日々もあった中で、自然と短期睡眠型に変わって行った、とも言い換えられるだろう。
「外園君は思わないのかい?女の身で煙草なんて吸って、なんて。」
「はて、思う理由がありませんがね。美咲さんはそう言われていたのですか?」
「あはは、意地悪な問いだったね。仕事柄、様々な種別の存在に会うものでね、中には、私に恋心を抱いたけれど煙草を吸っているのを見て幻滅した、なんて事を言う客もいるんだよ。色恋沙汰で商売をしている訳ではないのだし、別段それを言われたところで問題はない、と言えば問題はない、んだろうけれど、私にとっては、客が一人減ると言うのは、寂しい事でね。」
「左様でしたか、私からしたら、美咲さんが煙草を吸われていようと吸っていなかろうと、美咲さんは美咲さんだと思っているので、別段気に留める事もないですね。むしろ、煙草には中毒性があると言われている中、職務の中で吸わずに吸っている方の相手をする、と言うのが苦行ではありませんか?」
「いやいや、私はまだまだ新参者でね、紙巻きたばこ、と言うのが出たから、興味本位で吸ってみているだけなんだ。君の様に煙草が無いと駄目だ、というタイプではないよ。ただ、そうだね……。嗅覚に優れている人からしたら、バーテンが煙草の匂いをさせている、というのが許せないのかもしれないね。酒の香りを楽しみたいのに、煙草の匂いなんぞ嗅いでたら馬鹿になる、そう言う主張の人も、中にはいるからね。」
その話には納得、というよりは、私もそれに遭遇したことがあった。
まだ紙巻煙草が出回る前、の話だ、私がバーで酒を傾けながらパイプに火を点けて吸っていたら、文句を言って出ていった方がいた、その方が言うには、煙草の匂いで酒の香りが邪魔されるから吸うな、という話だったのだが、そのバーは所謂「禁煙」という、煙草を吸ってはいけない場所、ではなかったし、むしろ喫煙者の方が多かったくらいだ、大方、観光か何かで立ち寄ったは良いけれど、しかしそれが受け付けなかった、そんな所だろう、と言っていた、確かそのバーは、サウスディアンのバーだった覚えがある。
まだキュリエと旅をしていた頃、まだキュリエが生きていた頃、私が遭遇した、所謂クレーマーと言う奴だろうか、文句を言わないと気が済まないタイプ、空気が読めない自己中心的なタイプ、はどこにでもいるのだな、と再確認する。
「まったく、誰が何をしようと、他の客に迷惑を掛けなければ良い、が美咲さんのバーのすそ野の広さでしょうに……。勿体ない方がいらっしゃるものですねぇ。」
「あはは、それでも私にとっては客は客だからね。店は客を選べる、そして客もまた店を選ぶべきだ、私の師匠はそう話していたよ。」
「美咲さんの師匠、という方にもお会いはしてみたいものです。どういった方が教育をされたら、こんなにも美人でたおやかな女性が生まれるのか、と。」
「君はいつもそう言って、私をからかうね。」
美咲さんは、クラシックな火の点け方と言うべきか、私とは違って魔法ではなくマッチで火を点けている、私からしたら、マッチの在庫が云々、魔法でつけた方が云々、色々と理由があって魔法で煙草に火を点けているが、美咲さんには美咲さんなりのこだわりがありそうだ、これは黙っておこう。
いつものパンツスーツに鮮やかな金髪のポニーテール、というのは、いつ見ても美しい素養なのだけれど、けれどけれども、美咲さんはあまり外見を褒められる事を是としない、過去に何かがあったのか、それともただ単に自分の美貌に気が付いていないだけなのか、それについては知らないしわからない、ただ、美咲さんは外見を褒められると「からかわれている」と認識する、それが基本だとディーさんも言っていた。
何故かは知らない、知り得ない、私は美咲さんではない、それは当然の話で合って、私は美咲さんの「終わり」である未来を視る事が出来たとしても、そこまでの「経過」を視る事が出来るわけではない、私は読心術などと言う高等技術を扱える訳でもなければ、思考を読める訳でもない、だから、美咲さんがどうして外見の事を褒めるとからかわれている、と判断するのか、に関しては推測の域を出ない。
「そうだ、ハオちゃんにはお別れは言ったのかい?あの子は人間だ、私達エルフとは、生きる時間が違うだろう?」
「……。それを伝えたところで、何が変わりましょうか。彼女はきっとそれを理解していたのでしょう、だからこそ、高級な茶葉を私に寄こした、噂程度には、ノースディアンの作法は聞いた事がありますから、そうですね。彼女は彼女なりに、私との別れを知っている、と捉えるのが正しいのでしょうね。」
「そうか、彼女から茶葉をもらったんだね?あの地域の伝統、贈り物には上等な茶葉を用意する、とは聞いた事があったけれど、彼女なりに、君への感謝があったんだろうね。でなかったら、彼女がいた北の地域の人間が、妖精に茶葉を渡す、なんていう事をするとは思えないからね。」
「そうですねぇ、彼女なりに色々と思う所はあったのでしょう、だた、私と彼女とでは、生きる時間も生きる道も違う、そもそもが、私には誰かを愛する資格などないのですから、想ってくれていたとしても、応える用意がないのですよ。」
「愛する資格、それは君が良く言葉にする事柄だね。私には誰かを愛する資格はない、誰かを思う資格はない、だったかな?四十五年前、初めてであったころからずっと言っていたから、不思議に思っていたんだ。ダークエルフのキュリエちゃん、彼女の事があったとしても、頑なに誰かを愛してはいけないと思い込む理由は無いと思うんだけれど……。」
「ないのですよ、私には、誰かを愛する事を許されない、許されてはいけない、ならば、血に染まった私の手に抱かれた誰かが、傷ついてしまうのですから。……。これは、精神論の話ではあります、私の精神的問題に起因する事柄、と言って良いのでしょう。私は、アンクウになった時点で、あの日の暮れの村の中で、精神性を捨てるべきでした。エルフらしい精神性、ならば人間とも似ている、しかし少し違う、ある種での宗教観とでも言えば良いのでしょうかね。血に濡れた私の手は、誰かを抱いてはいけない、誰かを抱いてしまったら、その相手まで血に染める事になってしまう、それをもっと早く理解していれば、キュリエにはまた違った未来があったのかもしれない、ダークエルフとして産まれてしまった以上は、ダークエルフとして生きていくしかないのでしょう、ただ、それでも違う未来があったのかもしれない、私と関わらない事で、得られた幸福があったのかもしれない、そう思ってしまうのです。」
それは、あったのかもしれない未来の話、私が予知しなかった、視る事をしなかった、キュリエの未来の話だ。
彼女は言った、「私の未来は視ないで、けれども、貴方の隣にいる事は、私にとってはかけがえのない時間だよ。」と。
その時に気づくべきだった、視ておくべきだった、彼女の未来を、死のヴィジョンを視ていたら、何かの結末が変わったかもしれなかった、私は、それを後悔している、悔い続けている、だから、私には誰かを愛する資格がないのだ、と。
「まあ、外園君が頑ななのは今に始まった話ではないからね、それでも良いと思える未来であれば、私はそれでいいさ。さて、そろそろ店を開ける準備をしないと、失礼。」
「えぇ、今日もいかせていただきますね。」
「待っているよ。」
そう言って、美咲さんはデッキを出て、バーに戻っていく。
「……。」
彼女の想い、美咲さんの視線に気づかない程、私は頓珍漢でもなければ鈍感でも、唐変木でもない。
ただ、今はこの関係値が心地良い、今の関係値が丁度良い、もしも先があるのだとしたら、それは「世界の滅びを回避した」後の話だろう、私は煙を肺に入れながら考える、そんな未来があるのか、それとも私が視た通りに世界は滅んでしまうのか、と。




