第二十話 着替え
「ここがお前の部屋になる、着替えをして出てこい、教えなければならない事が山ほどあるからな。」
「……。」
ソーラレスを出港してから一日、私はハオという話し相手がいなくなった事を寂しがりながら、しかしそれが当たり前なのだろう、と考えていた。
話はどこまで行っただろうか、そう、あれはフェルンはロザウェルの神木の根本、王家の神殿の一室が、私の自室へとあてがわれたと言われた時、私はその頃は知らなかったし、探知魔法の類の使い方、と言うのも知らなかった為知りようもなかったが、あの部屋は「外部との魔力的繋がりを断つ為」の結界が張られている部屋だった、と後に説明された、アンクウの力はハイエルフに届き得る、それを意図的でも無自覚化にでも「暴走」させられてしまったら、いくらロザウェルの神木が「フェルン全体を繋ぐ大きな流れの根幹」である神木だったとしても、その流れが一瞬でも乱されてしまう事に変わりはない、それを乱されたが最期、王家は教会に取り込まれてしまう、つまり、王家と教会での諍いに「王家の都合の悪い決着」が付く事になるのだ、と私の教育係だったロイスは言っていた。
私が着ていた洋服、と言っても村の子供らしい麻布でできた洋服を私は着ていたのだが、王家側に用意されたのが、今も着ている白いローブの小さいものだった、それもそれで「魔力を遮断する」という魔力が編みこまれていたらしく、私の力が暴走した場合に、私以外に危害が及ばない様にしているのだ、と説明を受けた覚えがある。
私の力をそれだけ危険視していた、と言うのもそうなのだろうが、私からしても「他者に危害を与える」のは不本意だった、だからそれで良かったのだろう。
「私は……。」
生き残ってしまった、行きついてしまった、生きていていいのだろうか、死んでしまった方がいいのではないだろうか、ただその為の方法論を知らない、私には、自害するだけの用意が無かった、ならば、死神としての力を暴走させて、死刑を取り付けてもらおうか,などと考えたが、その「能力を暴発させる」為の方法論も知らなかった、結果、私は致命的に情報不足だった、死ぬ手段も、殺される理由も、動機も、生きていく目的も、何もかもが足りなかった、情報不足は死に繋がる、だから情報と言うのは精査しなけれなばならない、とロイスに言われた事があったが、その時の私は「情報不足ゆえに生きる術も死ぬ術も持たなかった」が正解だったのだろう、大人たちの言う事を聞いて、自害出来るだけの能力を身に着けるか、それとも大人達の言う事を聞いて生きていくのか、私に残された道と言うのは、多くはなかった。
麻布の洋服を捨てて、絹で出来た下着を履いて、袖を通して、同じく絹でできた白いズボンを履いて、ローブを羽織る、これがこれからの私、「ケイ」という名前を捨て「外園」として生きていく私のあるべき姿、そう感じた覚えがある、十歳そこいらの年齢の子供の言う事に何の正当性があるのか、と問われるとわからないが、今でも「外園」を名乗っている身としては、あの時の判断と言うのは、今でも私の中に残っているのだろう。
「ふー……。」
煙草の煙と共にため息を吐き出す、こんな姿をハオやディーさんに見られたくはない、というよりは、私は基本的に他人に弱みを晒すタイプではない、それは昔から変わらない、それこそ、繕えない程度に疲弊していた頃、を除けば、私は基本的に他者に弱みを悟らせることはない、それが怖いだとかそう言う事でもなく、ただ単純に「それをするのがみっともない」と思っているだけだが、私は頭の中であれこれ考えこそすれど、他人がいる時に弱みを見せようとは思わない、それをした所で、現状が何か好転するのであればする、けれどもそんな都合のいい話もなかなかお目にかかれない、だから私は、基本的には他者に弱みを見せたいと思わない。
さて、そんなこんな神官として王家に仕える見になった私「外園」としての経緯、と言うのは大概語ったか、私が幼少をゾキュペと言う村で過ごし、そして十歳と少しでアンクウとして覚醒し、村を文字通り滅ぼして、そして王家からの特派員によって「保護」されて、アンクウとして、限定的ではあるが、死の未来と言う未来を視通す力を持つ者として、王家に仕える様になった、それが私の経緯だ。
それがどうして現在旅をしているのか、どうして王家を「脱した」のか、そこに関しては、かれこれ百年ほど前の話が根幹になってくるだろう、あの頃の私は、死の未来を視る傍ら、ハイエルフの中では末端と言うべきか、没落した名家の出だった「ロイス」というハイエルフに、魔法をたたき込まれていた、血反吐を吐くような鍛錬の日々、死の未来を視続けて、眠れない日もあった、眠ってはいけない、眠ったらまた、あの世界崩壊のヴィジョンを視る事になってしまう、と不眠症になった時期もあった。
怖かった、あの頃、私は怯えていた、意味でも視える「世界の滅び」という未来のヴィジョン、それを視る事を、私は酷く嫌がっていた、そんな過去があった。
話がそれたかな、私が旅人をしている理由、現在進行形で「莫竜テンペシア様」という背景の力を借りて、旅を続けている理由、基本的に世界の滅びだろうと何だろうと、「それが世界の営みの中での話ならば」と手を出せない代わりに、私達のような者達に協力をして、世界の存続を願っているテンペシア様という背景を借りて、それこそフェルンに居場所を密告されるわけでもなく、フェルン側と協力して私を拿捕するでもなく、私の旅の援助をし続けてくださっている理由、それらはすべて「世界の滅びを予見したから」に他ならない。
世界の滅びを予言した者、に関しては、今までにも存在は確認されていたらしい、ただ、その度に「滅びに対するカウンター」としての守護者、と言うのが現れて、そして世界の滅びの危機を取りさらう、それがこの世界において、「竜神様が共有している歴史」だそうだ、だから、それに協力する姿勢を見せた私も、その「守護者」の枠組みに入れても問題はないだろう、そして、守護者を育んで世界を守る、と言うのが竜神様方の在り方だ、と仰られていた、それが一万年前に九代目竜人王ディン様がこの世界とセスティアを分けた際に決めた、一つの決まりごとなのだ、と。
だから、守護者の関係者だと認知されている私は、移動や掛かる金銭に関して援助を受けている、それだけで旅が成り立つのか?と問われれば、それが可能なだけの金銭を受け取っている、が正解だ。
そもそもが大陸間の移動に関しては、一人一ゴールド程度掛かるかかからないか程度、これをフェルンの通貨である「フェリア」に直すと、大体一週間の労働で手に入る額、と言うのが私の認識だ、個人の差はもちろんある、エクイティの様な「共産国」と呼ばれる種別の国だったり、そもそもが物々交換が基本のジパングにおいてはまた変わってくる、と言うのと、フェリアに直した場合と、各国での通貨の価値がまったく違う、という現状、私にとっては一週間分の労働で大陸を渡れる、という認識名だけであって、もしかしたら、一日程度の労働で手に入る額かもしれないし、一か月を掛けて手に入れる額かも知れない、そこに関してはあいまいだ。
「……。」
そろそろ日が沈む、私にとっては、日暮れと言うのは特別だ、あの頃、子供の頃に、村の柵に落ちていく太陽、というものこそ見た事があったとしても、村の外で、地平線に沈む太陽、と言うのを見たのが、私達が初めて村の外に出た時だった、その時まで、私は村の外の事を何も知らなかった、太陽が沈んでいく夕景の事も、森があって、沼があって、という事も、あんなにも恐れられていたダークエルフが、エルフが管理出来る範囲に生息していた事も、何も知らなかった。
私はそう、探究心は強かっただろう、それは何時だって言われる事だ、探求心が強いからこそ、ジェライセさんと出会った後、半年間という年月の中で、フェルンが隠していた歴史を知るに至った、私にとって、それは大きな意味を今でも持っている、それは私の探求心故の現状だろう。
ただ、村の外に出るまでの私の探求心は、あくまで村の中で完結していた、それが幸か不幸か、村の中で完結出来なくなった、そこに関しては、ジェライセさんの意図があったのかもしれないし、運命がそう準えたのかもしれない、ただ、私にとって、それは大きな転機だった、それは間違いないだろう。
「……。」
日が水平線に沈んでいく、私の瞳はそれを追いかける、まるで、何かを思い出すかのように、何かを忘れる為にしているかのように。
ハオに貰ったお茶に関しては、まだ飲まないでおこう、彼女にとっても、私にとっても、別れの一杯になるのだろうから、それはまだ先の話にしておこう。
今日は確か、シチューが出ると言っていただろうか、シチューと言うのも懐かしい、私達妖精が食べるのは、基本的には鶏のシチューだった、ただ、今日のメイン所としてはビーフシチューと言う、牛の肉を使ったシチューが出てくるんだとか。
旅の中での楽しみ、というと語弊がありそうな程、私は旅を楽しんでいなかったが、その中でも、私は各国の食事風景と言うのには着目していた、様々な情景があって、様々な背景があって、どういった食事の形態が生まれてきたのか、そんな事を考えるのが、私にとっては気晴らしだった。




