第二話 ハオとお茶
「さて、降りましょうか。」
グランマリア号がドラグニートを出港してから何日か、私は昼食を食べに食堂に降りようとして、身支度を整える。
ハオという女の子、と言っても学者をしている子なのだけれども、その子と約束をしていた、彼女がドラグニートの港街を追いはぎに合おうとしていた所を助けてからというもの、彼女に懐かれたのか、船内で行動を共にする事が多い、と感じる。
コンコン
「はいはい、どうぞ。」
「先生、ご飯行く準備は出来た?」
「えぇ、出来ましたとも。待たせてしまいましたかね?」
「いえ!良かったら、行く前にお茶を飲んでいかない?私、お茶が好きで……。」
「それは嬉しいお誘いで、ご相伴に預かりましょうか。」
ハオが私の客室をノックして、準備は出来たかと問うてくる、彼女、ハオは幼いと言うべきか、まだ年齢も十歳に満たないと言っていたが、けれど宗教学者として、各地を巡っている、という話をしていた覚えがある、彼女の両親がそうだったのだとか、宗教学者としては著名な方を両親に持った、というハオは、幼い顔立ちに赤毛なポニーテール、ぱっちりとした青色の瞳をしていて、私にはない素養を持っていた子だ。
書くいう私かい?私は予言者、学者とは近しい存在ではあるけれど、しかし違う存在だ、と自負している、というよりは、学者各位程に造詣に深くない、というべきだろうか、私も大概の事は学んできた、七百年という長く短い時間、妖精という種族が五千年は生きる種族なのに対して、私は現在七百歳、それを考えるに、まだまだ若輩者だというのが正しい回答だろうか。
見た目の話をするのであれば、フェルン時代に女王から賜った白いローブに黄土色のハット、鼈甲の眼鏡、木色の靴、後は、特徴的と言われるのは瞳の色、エメラルドグリーンという色で、私のいたフェルンでも珍しい色の瞳をしている、と言われている。
さて、そんな事よりも、現在私はハオにお茶に誘われたという訳だ、お茶という文化に関しては、フェルンにもあった、けれども、ノースディアン出身のハオの出すお茶と、私の認識しているお茶、が同一の存在なのかどうか、はわからない所だ。
「じゃあ、私のお部屋に……。」
「お邪魔しましょうか。」
ハオが顔を赤らめながら、私を連れてハオの客室に向かう、道中誰かとすれ違ったら挨拶の一つでも、と思ったのだけれど、意外な事にこの時間に客室外に出る人間と言うのは、存外に少ないらしい。
「ど、どうぞ……。」
「お邪魔させていただきますよ。ふむ、いい香りが漂っていますね。」
「私……、お茶には、ちょっと拘ってて。」
「そうでしたか、それは楽しみだ。」
ハオの荷物、追いはぎに合いかけた所を私が助けた、というその荷物の一部が、ハオにとってはお茶を入れるあれこれだった様子が伺える、船内は綺麗に清掃がされているのだが、その清掃の後にこの香りが付いた、というのであれば、彼女の言葉にも納得だ。
「どうぞ、座って!」
「はい、お邪魔しますよ。」
お茶を淹れるティーポットの形からして、フェルンにはない形のものだ、フェルンの茶器と違う茶器、ノースディアンは陶器製の茶器を使う、という話は聞いた事があったが、それにちなんだ茶器、と言うべきか、そう言ったものを加工した木材から作っているフェルンのそれと違って、ノースディアン製の陶器製の茶器が印象的だ。
「いい香りだ。」
「そうだよね!いい香りなの……!」
魔法で点けた炎で湯を沸かしていたのか、ハオはてきぱきとお湯を茶器に注ぐ、広がっていく茶の香りは何とも言えない香ばしい香りだ、これもフェルンの茶とは違う香りだ、フェルンの茶はどちらかと言うとそのまま飲むもの、摘んだ葉を乾燥させて、それを煮出して飲むというのが通例だ、しかしこの茶葉は、煎っているのだろうか、少し香ばしい香りをさせている、私は飲んだ事はないだろう、そんな香りだ。
「先生、ミルクとお砂糖は?」
「君のおすすめを頂きましょうか。」
「じゃあ、いれるね。」
ミルクと砂糖、加工乳はフェルンでは高級品だ、フェルンという国は物流の殆どを国内で終わらせている、南側は広く開かれているノースディアンとは違って、粉末の乳製品、と言うのはお目にかかれない、粉末状の乳製品、というものに触れたのは、私がフェルンを脱してからドラグニートに向かって、その港街で入手したのが邂逅だった、粉末状の乳製品、要するに牛の乳を乾燥させた、という端的に言えばそう言った品物、を私は知らなかった、牛の乳はチーズにするもの、が私達の中での常識で、そもそもがそのまま飲む、という方法論すら私達妖精の中では無かった文化だ、とは学生時代に習った覚えがある、乳牛、という、牛の乳を飲む文化と言うのは、いつだったか他国から入ってきた文化だった、という話を学生の頃に教師がしていたのを、今でも覚えている。
「ど、どうぞ!」
「ん、頂きましょうか。」
いい香りを漂わせている茶を口に含んでみる。
……、これは。
これはなんだ?私の知っている茶とはまったく違う、香ばしい香りに穏やかな苦み、そして砂糖とミルクの味わいが調和をしていて、まるで学校の授業が始まるときの挨拶の、あの調和の取れた挨拶の様な、それでいて複雑怪奇な、じたばたとしている何かがいる、砂糖もこれは普段流通している砂糖ではない、これは何とまろやかな風味の砂糖か、ミルクの味わいはどうだ?粉の乳製品という事は、普段口にしている牛乳よりも風味は落ちるはずなのに、どうした事かこの茶の中でひときわ存在感を引き立てて、それでいて調和を保っている、これは、これは……。
まるで、フェルンでかつて見た酪農の風景、チーズを作る為に乳牛から乳を絞っている田舎情緒な情景と、それでいて都会的な都市部の喧騒が入り混じった様な、そんな情景が思い起こされる……。
「先生……、おいしい?」
「ん……。これは美味しいですよ、私は飲んだことがない味わいです。ハオ、君の国ではこれが当たり前なのですかね?」
「えっと、私のお家では、これが出る感じかな。ノースディアンでも、北の方の出身だと、こういうのが出てくるんだって。」
ノースディアンの北部、という事は、この子は先住民の人間になるだろうか、ノースディアンは、北部と南部で棲み分けがされていて、北部は先住民族の人間の種族だけが立ち入りを許されていて、南部には移民と他種族、亜人や妖精と言った種族が立ち居っていい場所、があったはずだ。
北の方の出身、という事は開かれていない先住民側の人間だろう、そんな彼女が、どうして宗教学者をやっていて、どうしてドラグニートからソーラレスに渡ろうとしているのか、については興味のほどが尽きないが、けれどそれをぶしつけに聞くのも間違いだろう、紳士としてあるまじき行為、に関しては、私はしないと誓っていた。
「君はノースディアンの北部出身でしたか。」
「えっと、うん。」
「北部は人間しか入れない地域ですからね、私の様な妖精からしたら、開かれていない大地、という印象ですが……。これほどに美味しい茶があるのであれば、もう少し開かれていても良いのかもしれない、とは思いますよ。」
「そっか、先生はフェルンの妖精さんだもんね、私達の地域には、入ってこれない……。」
「と、話をしているのも良いですが、そろそろ食事に向かいましょうか。お茶、ご馳走様でした。」
「あ、うん!」
ハオを連れて、食堂に降りる、このグランマリア号は大型の連絡船で、世界中を航海している船だ、魔物という人間や生物に害する存在に狙われてしまいそうなものだが、それに対しては対策をしているんだとか、それをしていない船は、クラーケンという魔物によって沈められてしまう事も多々あるんだとか、そんな話を旅の中で聞いた覚えがある、私がウィザリアに向かった際の小型船に関しては、それを怠っていたがなんとかクラーケンに見つからなかった、という奇跡が起きた、と船頭が言っていた覚えがある、私達の様にウィザリアに用がある存在自体が少ない中、無理を言って船を出してもらった覚えがあったが、私は運がいい方なのだろう。
確か、ドラグニート産の船には、竜神様の加護が掛けられているんだとか、そんな話だった覚えがある、魔物に対するカウンターとして、「世界の守護」を目的としている竜神様方の権能である「魔物に対する守護魔法」というものの流用、応用をしている、という話だった気がするが、それもフェルンで学徒時代に習った事、現在がどうなのか、ならば蒸気船を受け入れていないフェルンが出している帆船はどうなのか、と疑問を持ったらきりがない、ただ、ある程度世界の運営に関する事柄、に触れてきた身としては、それ位の事を取り決め出来ないようでは、世界の守護などという言葉を使わないだろう、とは考えている。
「ご飯、ご飯!」
「お腹がすきましたか?」
「えっと、うん、私、一日に五食は食べないと駄目な体質だから……。」
「そうでししたか、それはそれは。」
あまり突っ込んだ話をしない、旅の鉄則だ、百年間程旅をしている中で、あまり突っ込んだ話をしない、他人のあれこれに干渉しない、という作法は身に着けたつもりだ。
一つ階段を下りて、食堂に向かう、グランマリア号は五階建ての船で、私達客が泊る客室が二階から五階、食堂が一階、後は船底の部分とデッキ、バーがあるといった趣の船だ。
様々な客を乗せて、様々な荷を載せて運航している船、と言うのがこのグランマリア号で、現在フェルンを除く全ての国の運輸、を担っているのもこの船だ、この船は、客船であると同時に、運輸船でもある、そんな大がかりな船だ。
今回の経路で言えば、ドラグニートからソーラレスに行き、そしてその後私の目的地であるジパングへと向かう、という経路で、ジパングを降りた、一旦ドラグニートに戻って燃料を積んで、そしてそこからサウスディアンに向かう、という話だったはずだ。
そんなこんな、私達は食堂に向かう、食堂は百人は動員できるだけの規模がある、混んでないと良いが……。




