第十八話 女王ディアーヌ
さて、物語はどこまで話が進んだだろうか、私がロザウェルからの調査員に転移魔法で連れていかれた先、は首都ロザウェルにそびえる巨大な神木、の根元に建設された太古の建築物「王家の神殿」だった。
私の力を欲した教会と王家、その二つがどちらが先に私の力を手に入れるか、という争いをしていた、という話は噂程度に聞いた事がある、ただそれも定かではない、私からしたら、田舎の村にいて、友や家族、村の仲間たちの死を悼んでいたはずが、突然調査員に声を掛けられて、突然転移させられた、それが全てだ。
「アンクウをお連れしました、女王ディアーヌ。」
「入りなさい。」
「は。入れ。」
「……。」
大人に連れられて、と言えば聞こえはいいが、腕をつかまれて、強制的に女王の間に連れていかれた私は、何もわからず、何もする気にもならず、私はどうすればいいのかもわからず、ただただされるがままに、女王の間に入った。
されるがまま、何かの感情を持っていたとしたら、放っておいてほしい、私を殺してほしい、その罪状があるのならば、罰して欲しい、強いて言うのならそう言った感情だけだった、初めて女王に謁見する緊張も、感動も、何もなかった。
「貴方がアンクウ、随分と小さな死神。名は?」
「……。」
「女王がお聞きになられているぞ!答えろ子供!」
薄氷色のロングドレスに、鮮やかな金色のロングヘア、ドレスと同じ薄氷色の瞳をした女王ディアーヌは、私の死神化を恐れる事もなく、私の境遇を憂うでもなく、ただ興味で聞いたのだろう、私に名を問うた。
私の名は、私の名、私の、私が、捨てなければならなかった名、私が名乗ってはいけないと思った名、それを名乗れと言われた、無気力な瞳で女王を見つめていたら、傍仕えのエルフが、激昂した様に怒鳴ってきた。
「良いのです、アンクウ、貴方の名は?」
「……。外園、ケイ……。それが、私の……。」
「外園、あぁ、ゾキュペの重鎮の家名が外園でしたね、そこに生まれた子供でしたか。……。外園、貴方は私に仕えなさい、私の為に、フェルンの為に、役に立ちなさい。」
「……。私を、罰しては……。」
「罰する?どうして?貴方はアンクウ、村の滅びは必然、その力の発現には痛みを伴うのです、当たり前のことでしょう?」
「……。」
力の発現には痛みが伴う、その痛みが村の滅びだった、村自体が滅んで、私以外の全員が死んで、それが当たり前だ、女王はそう言ってのけた、顔色一つ変えず、眉一つ動かさず、怪訝な顔をするでもなく、それが当たり前だと言った。
私には理解できなかった、私のせいで死んだ命があるのだから、それを罰するのが当然だと考えていた、今では生き残った事に意味はあるはずだ、生き残ってしまった以上は、遺されたものとして務めを果たさなければならない、と思っているが、あの頃はそんな事も思わなかった、ただ、沢山の命を奪った重罪人として、死刑に処して欲しかった、私も、神木に還って皆と一緒に転生を待ちたかった、それを女王は許さなかった、アンクウ、王家と教会が争奪戦をしていたという、アンクウと言う死神、未来を視る存在、それを王家が手に入れた、ならば王家が好き勝手する権利がある、と女王は考えたのだろう。
私は処刑されたかった、生きたくなかった、逝ってしまいたかった、死んでしまいたかった、彼らと同じ場所に行く事が許されているのならば、同じ場所に行きたかった。
ただ、それを許すという空気ではなかった、私にはその選択肢は遺されていなかった、残されていた選択肢は、王家に仕える神官になるか、それとも反逆者として、アンクウの発生原因を調べる為の実験材料として処分されるか、どちらかだったのだろう。
「貴方は生きなさい、生きて王家に従う事、それはフェルンの妖精達に与えられた義務なのですよ、外園。貴方は生きなければならない、生きて私達の役に立たなければならないのです。」
「……。死は、許されないと……。」
「はい、貴方が今死ぬ事は許されていません、それは私達ハイエルフ達による、絶対王法です。私がそう決めたのですから、この国に住まう以上は従っていただきます。」
「……、私は……。」
迷う事、惑う事、躊躇う事、それらは許されていなかった、私には、それしか道は残されていなかった、女王が私を処刑しないと言う決定をした以上、私には生きるしか道は残されていなかった、本当に、実験動物として研究材料にされるか、それとも王家に仕えて生きていくか、その二択を迫られていた、それが現実だ。
たかだか十歳前後の子供に、死を視続ける予言者になれ、とは酷な事をいうものだ、と今でも思わなくはない、あの頃、私は未来を視られたのは一瞬だけだと思っていた、アンクウ、死神として、妖精を殺め続ける存在になってしまったのだ、私には、妖精を殺める事しか出来ないのだ、とずっと考えていた、文献に遺されたアンクウの役割、死の未来を視て、そしてそれを報告する、王家にとって都合のいい魂を循環から取り出し、優先して転生させる、という事をする役職がある事など、毛ほども知らなかった、存在を知らなければ、想像すら出来なかった。
王家も教会も、また自分達にとって都合のいい妖精、を優先して転生させていた、両者は国家としてフェルンが創立してからほどなく袂を別ち、そして対立し続けてきた、という話だった、教会側にアンクウがいたのか、と問われると、一世代前のアンクウは教会に所属していたという話で、王家は取りのがした、と悔しがっていたという話だった、それが千年ほど前、私が生まれる前、世界大戦と言われる「グローリアグラント」に存在していたという「マナの源流」を奪い合う為の戦争、の際に失われた、という話だった、その時に、大量の死を視続けたアンクウは、発狂死してしまったのだ、教会がアンクウを酷使し続けた結果、自ら命を絶ってしまったのだ、と私は聞いている。
「ふー……。」
煙草を吸いながら、かつての事を思い出す。
歴史のべっ協ではないが、グローリアグラントのマナの源流を巡る世界大戦、主だって戦争をしていたフェルンとマグナ、そしてエクイティ、守る側に立っていたグローリアグラントとドラグニート、という立ち位置だった戦争は、どうしてグローリアグラントを「デスサイド」と言われる死の大地へと化すまでにしてしまったのか、それに関しては私は伝承と歴史と推測でしか知らない、フェルン側は「ドラグニートとグローリアグラントがマナの源流を独占していた」という主張をしているが、ならば戦争に負けていたのはフェルンとマグナ、エクイティのはずだ、ならば、精霊が最上級魔法を扱える理由がない、ならば、そもそも精霊と言う、マナの源流に近しい存在がフェルンを守護している理由がない、私はそこに着目した。
フェルンに存在する「八体の精霊」とは、「炎のサラマンダー」「水のウンディーネ」「風のシルフ」「土のノーム」「氷のフラウ」「光のウィル・オ・ウィスプ」「闇のシェイド」「雷のジャンゴ」からなる八体の精霊、がフェルンを守護している、それぞれの属性を司っている、それがフェルンを守護する八体の精霊だ、と私は女王から直接聞いていたし、彼らに謁見した事もあった、上級魔法を体得するにあたって、彼ら精霊の力を借りた、と言うのが正しいだろうか、兎にも角にも、彼らに会った事がある。
その彼らはマナの塊、マナの集合体たる精霊がいて、マナの源流にアクセスする権利を持っていたのだから、「グローリアグラントがマナの源流を独占して、世界を征服しようとした」という、フェルンの正史はおかしい、と言うのがわかる、精霊と言うのは普遍的な存在で、ロザウェルに暮らしている者達ならだれでも知っている存在なのだが、その実情を知る者はほとんどいない、つまり、それだけ王家にとっても教会にとっても、精霊がマナの源流に近いという事と、「精霊は世界を守護する存在であって、フェルンに都合よくつかわれる存在ではない」という事実が、ごめん被ると言った感覚だったのだろう。
実際、精霊に触れた存在はハイエルフによる支配の対象となり得るが、しかし、精霊自体がハイエルフに支配されているのか、と問われると否だ、精霊達は、己が宿命であり使命である「妖精族を守る」という手段の為にハイエルフに一部の権限を貸しているに過ぎない、闇の精霊シェイドが言っていた言葉だ、我らはエルフの眷属ならず、妖精を守護せし者、と。
結果、私の中の結論としては「グローリアグラントにあるマナの源流の本体」が欲しかった、という侵略戦争だろう、という結論を出した、私の中では、ではある、それはフェルンの正史とは全く違う見解であり、彼ら妖精が学んでいる歴史とは大きく違う物だが、かつてジェライセさんに読んでもらった「古代妖精語」の歴史書にも書かれている事だった、彼ら、つまり精霊達は、フェルンと言う国が出来る前から、妖精達を守る存在として、神木と共にあったのだと。
「美咲さん、こちらのウィスキーはどちらの品でしょう?」
「ん、これはサウスディアンの果実酒だよ。ワインとは少し趣が違うけれど、美味しいだろう?」
精霊は、彼らは、私がこうしている事に納得しているのだろうか。
広義の意味で妖精を守るのが役割だ、と言うのであれば、私も庇護下にあってもおかしくはない、ただ、私はアンクウ、死神だ。
妖精を殺す者、として、庇護の対象外だったとしてもおかしくはない、何も間違ってはいない、逆に考えるに、私は精霊の庇護下にいるべきだとは思っていない。
私も美咲さんも、故郷を捨てた身、神木を離れた身だ、彼らからしたら庇護下の対象外だったとしても、頷けるだろう。
「外園君、何か悩み事かい?」
「いえ、この果実酒に合うスナックは何かと考えていたのですよ。」
「ふむ……。どうだろう、果実酒だから果物に合う物……、そうだね、クラッカーにチーズを乗せたもの、なんてどうだい?」
「では、それを頂きましょう。」
私達故郷を捨てたものが、どういった判定になっているのか、彼ら精霊が、ならば私に上級魔法を教えた意味は。
わからない事だらけだが、一つだけ聞いていた、真実がある。
精霊は「狭義の意味で世界を守る者」、竜神は「広義の意味で世界を守る者」だ、という事だけ、それだけが私に与えられた情報だった、そこからはすべてが推測、私にとって、熟考を重ねた結果ではあるが、それが間違っているのか、正しいのかは、まだわからない事だ。
いつの日かわかる日が来るのかもしれない、いつの日か全ての答えが出る日が来るのかもしれない、ただそれはまだ、先の話になりそうだ。




