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第十六話 譫言

「……。」

 ハオとの夕食を食べ終えて、客室に戻ってきてシャワーを浴びる、シャワーと言う文化も、フェルンを出てから知った文化だった、捻るとお湯が出てくる蛇口と、それを合わせたシャワーと言う洗身機、というのは、私達の中にはなかった文化だった、私達は、湯船に湯を沸かして、それを使って体を流して、という事をしていた、だから、シャワーと言うものには、正味驚いた覚えがある。

「違う……。」

 魘される、のとは少し違うだろうか、良心の呵責、とも違うだろうか、私は時折、過去に苛まれる事がある、こうして何かをしていて、独りで過ごす時間には、何かに苛まれている事が多い。

 あの時の選択、あの時の決断、あの時の行動、それが正しかったのか、それとも間違っていたのか、私にとっては正解だったとしても、彼らにとっては間違いだったのかもしれない、そんな事を考えてしまう。


「……。」

 私が茫然自失と祈っている間、神木を流れるマナに「私の力」の影響が出ていたらしかった、皆を弔ってから半日、あれから約二日が経っただろうか、まるで「グローリアグラント」の大地の様に、死が沁みついてしまった村に、特派員が派遣された、彼らも彼らで、恐怖していただろう、私の様な能力をコントロール出来ていない子供が、アンクウとしての力を発現して、それが暴走した場合、ハイエルフであろうと逃れる事は出来ない、死が待っているのだから、それは恐ろしかっただろう。

「お前が覚醒者か。」

「……。覚醒者、とは。」

「死神、未来を視通す覚醒者か。」

「……。どうなのでしょう、私に未来を視る術など、あってはならないのです。……。ならば、彼らが命を落とした理由は……。」

 特派員、白いローブに身を包んだエルフの高齢者が、村に唯一残っていた私が「覚醒者」だと気づくのには時間はかからなかっただろう、私自身、今でもアンクウがどうして生まれるのかに関しては知らないが、何千年かの歴史の中で、何人か「覚醒者」は居たという文献を見た事があった、私以外のアンクウに会った事はない、私以外のアンクウは、歴史としてしか知らない、ただ、アンクウと言う覚醒者は、私以外にも存在した、という事だけは知っている、その発生の際、神木を流れるマナが乱れるのだとか、神木自体に以上が起こるのだとか、そんな話だった、ただ、八千年続くフェルンの歴史の中で、数名しか発生しなかったアンクウと言う存在は、不明瞭な部分が多かった。

「覚醒者よ、お前をロザウェルに連れていく、女王が謁見を許可している。」

「それが……、何の意味があるのでしょう……?私にはもう、生きる意味すら……。」

 恐怖しただろう、十歳そこいらのエルフが、虚ろな目をして墓標を眺めながら、うわの空で答えてきた言葉が、己の破滅を願う様な言動だったのだから、恐ろしかっただろう。

「……。来い、こちらへ。」

「……。私は……、ここで……。」

 死んでしまいたい、しかし、死ぬ事を、死ぬ方法論を知らなかった、あの頃は、自害という手段を知らなかった、自ら命を落とすのであれば、魔物や獣に殺されるか、それこそ処刑されるか、はたまた「伝説通りのダークエルフ」に血肉をすすられるか、それとも天寿を全うするか、それのどれかでしか、死ぬ方法はないと思っていた、方法論として、私は死に方を知らなかった。

 私は、死にたかった、死にたくてたまらなかった、ただ、死ぬ方法を知らなかった、私が使える魔法は初級魔法だけだった、だから殺傷能力と言うのが殆どなかった、低級の魔物でさえ倒せないレベルだった、と言えば言葉としては正しいだろう、私達妖精は、魔法に対する耐性を持っている、人間以上亜人以下、だが、魔法にたいしてある程度の耐性を持っていた、だから私が当時扱えた魔法では、私自身を殺しきる事が出来なかっただろう。

「来い。」

「……、ついて行けば、私を罰してくださるのですか……?彼らを殺めてしまった私を……、村を、壊滅させてしまった私を……。」

「さぁ、どうだろうな。とにかく来い、ここにいても意味はない、お前がいても、何も出来ない、何も成せない、お前がここにいる事は、無意味だ。」

 そう言うと、祈っていた私の手を引っ張って、老人は転移魔法を発動した、転移魔法、と言うのに初めて触れて、わくわくでもする方が子供らしいんだったのだろうが、私はそんな余裕が無ければ、そんな心を持っているわけでも無かった、私はあの時、明確に一度死を迎えた、私という存在の証明、をする存在はもういない、私を守ってくれる存在ももういない、私を友柄と言ってくれる存在ももういない、だから私は、あの場で一度死んだ、というくだらない感情論だ。


「……。」

 私は生きている、私は死んでいる、私は生きていて、私はあの日に死んでいて。

 私はそう、残骸なのだ、「外園ケイ」という、妖精の残骸、私が「外園」として活動している理由は簡単な話、女王ディアーヌが面倒がったから、だ。

 私は名を捨てたかった、私は、外園という家名を名乗るにはふさわしくない存在なのだから、私には必要が無く、そして名乗るべきではない名前だ、それが私にとっての家名だ。

 ただ、女王ディアーヌが面倒がった、他の家名を卸すのも、私の名を変えるのも、面倒だと言い放った、だから私は、今でも外園という名前で活動をしている。

 それだけの理由、と言えばそれだけの理由、今では、父や母、私の一族が生きた証として「家名」を誇りに思っているが、けれどけれども、あの頃は何もかもを捨て去りたかった。

「私は……、生きている……。」

 時折、不安にさえなる、私は生きているのか、この魂の鳴動は幻惑ではないのか、私の魂はもう死んでいて、アンクウとして都合がいいからと、防腐処理をされて生かされているだけなのではないか、ならば、フェルンを脱して国を捨ててから百年、私が生き続けているのは、もしかしたら神木の中で見ている夢なのかもしれない、だとしたらどれだけ良かったか。

 神木に還った命は、転生するまで「夢」を見続けるのだ、と誰かに聞いた事があった、あれは確か、ハイエルフの誰かがふと言った言葉だった覚えがある。

 神木に還った命、魂は夢を見て、そしてまた転生をして、それを繰り返して生きていくのだ、約一万年前から、性格には九千九百年前から、それは変わらない歴史だ、と言っていた覚えがある。

 では、何故約一万年前なのか、と問われると、そこに関しては知っている存在の方が少ないだろう、と言われていた、私が知った所で意味がない事だ、と言われていた、ただ、絵本で読んだ事があった、世界分割の話、竜神王による世界の分割、「分ける者」と評されていた九代目竜神王、という絵空事の様な、それでいて意味のあった絵本の内容、私が幼少の折に読み聞かされていた絵本の内容、それが真実だ、とはテンペシア様が言っていた、テンペシア様も生まれる前の話であって、直接その場にいたわけではなかったが、竜神の中で綿々と受け継がれている歴史、それの中に「分ける者」であった先代竜神王の記述はあったのだ、と。

 分ける者、世界を分割する事で世界を守ろうとした竜神王、それが九代目竜神王「ディン」という竜神王様だった、という話だった覚えがある、私がドラグニートに滞在して、何度かテンペシア様と謁見をした際に、そんな話をしていた。

「私は……。」

 生きている、それが幸か不幸か、それはわからない、ただ、魂は鳴動を続けている、あの時死んだ私と、今生きている私が連続した存在なのか、ならばそれを証明する手段は、と言われたらわからないと答えるだろう、私は、私が生きているという「証明」をする手段がない、遺されていないとも言える、兎にも角にも、私は生きているが、死んでいる、そんな感覚だ。

「……。」 

 シャワーを出て、私は洋服を着る、ドラグニートで誂えた黒いスーツに、フェルンから寄こされた白いローブ、黒い靴下に木色の靴、そして土色のハット、これもドラグニートで誂えた物だ、私が顔を隠したい、と言った際に、キュリエが自分のと一緒に、と買ってくれた、そんな思い入れがある品だ。

 かれこれ百年は使い続けているのだが、このハットは頑丈な革製で、長く持たせようと思えば千年は持つ、という触れ込みだった、だからではないが、丁寧に手入れをして、長持ちさせようと思っていた、そんなハットだ。

 おっと、鼈甲の眼鏡を忘れてはいけない、これがなければ、私は私として認識されないだろう、それ位には、私にとってそれは普遍的な品物で、もうかれこれ七百年ほど使い続けている、レンズに関しては時折交換して、度がある様にしているが、けれども、私にとっては大切な品、私を私たらしめる品、それを忘れてしまったら、私は今度こそ、私ではなくなってしまうのだろう。

 この時間はバーに行く、昼から飲む酒も美味だが、この時間に亜人種の方や人間の方と一緒に飲む酒、と言うのも中々に捨てがたい、昼間に飲む存在が殆どいないこのグランマリア号で、夜になると客が集まってくる、その場で出来る商談や、社交場としての意味合いもあるバーだ、私が顔を出して、誰かと話をしていたとて、誰かに不審がられる事もない、妖精であろうと、亜人であろうと、人間であろうと、あのバーは広く開かれている、それが有難い話だった。

「さて。」

 行こうか、パイプを転移で出しておいて、葉を詰めて、吸いながらバーに向かう。

 それが何の意味があるのか、ならば何も意味がないのか、それはわからないが、情報を得る為にも、情勢を知る為にも、ひいては世界を守る為にも、私には一個でも多くの情報が必要だった。

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