第十五話 滅びの記憶
「ふー……。」
パイプと言うのは、一度吸い始めると長いと言うべきか、火種を消さなければ一時間は吸っていられる、父が煙草を吸いに行くと中々戻ってこなかった理由、と言うのも、そこに起因する事柄だった、今ならそう理解している。
ドラグニートやサウスディアンでは「紙巻きたばこ」という、葉を紙に巻いて吸うという手法の煙草が近年発売された、と言っていただろうか、パイプが主だった私達にとって、紙に巻いて煙草を吸う、という文化は画期的で、パイプが初期投資として高いのに対して、紙巻きたばこは初期投資がいらない、必要だとしてもマッチだけだ、という話だっただろうか。
ジパングにおいては、煙管という、パイプを小さくした煙草の吸い方がある、とも聞いていたが、私はパイプを吸うのが一番良い、と思っていた。
思えば、このパイプも、フェルンを脱してドラグニートに降り立った際に、キュリエが私にプレゼントしてくれた物だった、コーンパイプや木製のパイプが主流な中、私が見つけたのは陶磁器製のパイプで、それをキュリエがプレゼントしてくれた、それ以来百年ほど、煙草を吸い続けている事になるだろうか。
「……。」
煙草を吸っている時間と言うのは、色々と考え事を纏めたり、何かを思い出したりするのにちょうど良い、と言うべきか、黄昏れ時を超えて、もう日が沈んでいるデッキには、魔力で灯されているランタンが灯っていて、少し幻想的だ。
「……。」
あの日、あの日暮れ、私がアンクウとして覚醒してしまったあの日、あの日暮れの村の中、私が絶望に飲み込まれた、その日。
今でも覚えている、忘れる事が出来ない、後にも先にも「アンクウ」としての力が暴走したのはあれっきりだ、だから、余計に忘れる事が出来ない。
妖精は、命を失ったらその肉体をマナに還し、魂を神木へと還して、次代の妖精として生まれる為の準備期間に入る、それはわかっていた。
ただ、彼らの生まれ変わり、について私は知らない、何処かにいるのかもしれないし、まだ生まれ変わっていないのかもしれないし、はたまたアンクウという力による死は、転生を許さない死なのかもしれない、そんな事を考えてしまう、私自身、前世の記憶を持っているわけではない、前世に生きた妖精としての記憶、を私は持っていない、神木から生まれたのだから、前世はあるのだろうけれども、それを私自身は自覚をしていない。
だから、ではないけれど、彼らともう一度会う事があったら、彼らの転生者と会う事があったら、私は気づいても彼らはわからないだろう。
今の私はアンクウ、未来を、そして魂を視る死神、私は魂の色を見分ける事が出来る、だから、同じ魂として循環している妖精達の事なら、転生者が誰で、誰の転生者で、というのがわかる、実際に、私は何人か転生した先の存在に出会っていた、ただ、誰もかれも、前世の記憶など持っていなかった、だから、私が一方的に魂を認識している、だけだ。
種族も魔力量も違う、所謂「広義の意味の中での妖精」として生まれ変わる彼らだが、「祖の種族」として生まれ変わるのかどうか、そして、その時に前世と同じ魔力を持っているのか、と言われると、違うと答える、それ位、神木と言うのは混沌としていた。
神木の在り方、そして要請の在り方、私が今でも疑問に思っている、彼らの在り方。
ならば、あの日に消えてしまった者達の魂はどうなったのか、あの日、私の力の暴走によって失われてしまった命達の転生先を知りたい、と願った事もあった、贖罪の為に、罪を告白する為に、私が原因で失われてしまった命達に、謝罪をする為に、神官としての仕事の傍らで、魂を探すという事をしていた。
流石に神木に侵入したり、神木にある奔流のような魂を覗く事はしなかったし出来なかった、ただ、生まれ来る命達の終わりを視る事で、彼らの生まれ変わりの魂を見分けようとしていた時期があった。
結論として、彼らはまだ生まれ変わっていない、神官をやめて、旅に出てから百年は経つけれど、その頃には魂を追いかける事はやめてしまっていた、だから、今どうしているのか、ならば転生を果たしているのか、それとも神木の中に眠っているのか、それはわからない。
そしてキュリエも、転生をしていたとしてもダークエルフなのだろうが、彼女がどうしているのか、五十年ほど前に殺めてしまった彼女が、今どうして転生しているのか、それともどこかの地を彷徨っているのか、に関しては不明だ、そこまで追える程、私の探知機能と言うのは発達していない、あの頃はロザウェルの神木の元にいたから、首都ロザウェルの巨大な神木の元で働いていたから出来た事だ、とも考えている、旅に出ていこう止めてしまった事、ではあったが、もしやするに、出来なくなっている可能性もある。
「ふー……。ん、そろそろハオとの約束の時間ですね。」
煙草を吸っていたら、時間が経って六時を回っていた、そろそろハオと合流して、夕食を食べに行く時間だ。
パイプに詰めていた葉を灰皿に落として、簡単な物質転移魔法を使ってパイプを自室にしまって、ハオのいる客室へと向かっていく。
私は簡単な転移魔法なら使える、それは物質限定、しかも小型の物か私が持っている武器である「リヴォルビングランタン」と「インソムニア」という、大鎌と鋭利なスコップに限定した魔法だ、テンペシア様が、旅の中で武器を抜き身で持ち続けるのは大変だろう、と授けてくださった魔法で、私より上位の存在、ハイエルフだったり、竜神様だったりは、基本的に転移魔法を使って移動をする、という話だった、私が一か八かで発動した転移魔法を、基本的な移動手段として使っている存在がいる、と知った時は驚いたものだ、そして、その低級版の魔法である物質転移を、私が基本的に使える様になった、と言うのにも当時は驚いた。
ただ、私はごく少数のアクセス権を持っているだけ、基本的にはパイプとパイプの葉と武器に酒類だけを転移魔法でやりくりしている、それ以外の物に関しては、私は使った事がない、一度だけしか生物転移をした事はなかったし、あんなにも危険な事、を何度もチャレンジする気にもならなかった、竜神様方はそれが当たり前で、というよりは転移魔法自体が竜神様発祥の魔法だ、と言われていて、「竜神術」という竜神様固有の魔法を、人間や妖精でも使える様に調整して、アレンジをし続けたのが現在の魔法体系だ、とも言われていた。
そもそも妖精や亜人が魔力を持っていた、という話ではあったのだが、そこに「魔法」という機構を付け加えて、所謂「魔力を発現する手段」を開発したのは、当時から生きていた竜神様方だった、という話を聞いた事がある、この世界の裏側、セスティアにおいては、魔力を持って生まれる存在が稀有な為、魔力体系が整っていない、とも言っていた、それ位の知識を与えても問題はないだろう、というテンペシア様の考えだったのか、私は元来は知ってはいけないはずの裏側の世界の事を知っていた、というよりは「聖獣の守護者」の伝説を知っている者達からしたら、それは当たり前の知識らしかった、世界には裏側があって、魔法も魔物もいない世界があって、そして、聖獣の守護者と言われていた「朱雀」「青龍」「白虎」「玄武」の守護者は、隠居をしたのだ、そして、また戦争が起こる際には、そのセスティアから戦士が送られてくる、という内容の伝説だった。
「ハオ、行きましょうか?」
「あ、先生、ちょうどお茶が入った所なんだ、飲んでいく?」
「頂きましょうか。」
ハオの部屋に行くと、昼間飲んだのとはまた少し違う香りのお茶の香りがする、ハオはお茶にはこだわってるという話だった、ならば、別段他のお茶をもっていても不思議ではないだろう、私からしたら、未知のお茶に出会えるチャンス、と言うのは少ない。
「んん、この香り、私には未知の香りですねぇ。」
「そうなの?」
「フェルンは茶の文化よりアルコールの文化ですから。」
ハオに渡されたマグカップから香る茶の香り、昼間に飲んだものよりあっさりとしている風味で、今回はミルクは入ってない、砂糖が入っている様な甘い香りはしているが、これは砂糖の香りではない、茶本来の香りだ、と感じた。
「……。んん……。」
あっさりとした風味、濃厚な味や香りというよりは、あっさりと飲みやすさを重視した様な、そんな香りと、ほのかな苦み、風味。
どれをとっても、フェルンでは流通していない様な、そんな味のお茶だ。
「昼に頂いたのも感動的でしたが、こちらも良いですね。」
「うん、夕食前には、これって決めてるんだ。」
「そうでしたか、では夕食を頂きに行きましょうか。」
「うん!」
ハオと一緒に部屋を出て、食堂に向かう。
ハオの小さい手を見て、小さな体をひょこひょこと動かしている姿を見ると、少しだけ昔を思い出して、寂しくなる。
そう、トリムントスが私達エルフより体躯が小さくて、ひょこひょこと動いていた、テイラットも小さい方だったが、トリムントスが一番小さかった私達探検仲間は、けれどけれども、トリムントスが一番体力があって、足が速かった、そんな思い出だ。
「……。」
「先生、どうかした?」
「いえ、何でもないですよ。」
今は浸る時ではない、今は、世界の滅びを防ぐ事に注力しなければならない、私には、やるべき事がある、遺されている、私にしか出来ない事が、意味が無かったとしても、最終的に滅びを避けられなかったのだとしても、私にはまだ、手段は残されているはずなのだから。




