第2章 2
ドーンッ!
魔王城から少し離れた荒地に、爆発音が響く。残響がこだまとなり、大地を震わせる。隕石が落ちた後のクレーターのようにえぐり取られた大地の、その音の中心地では。
「チッ。しぶとい」
レルに木端微塵にされたルートが復活を遂げているところだった。
「いってぇなぁ! だから、俺に魔法使うなっつってんだろ!」
「魔法見たいって言ったの、おまえでしょ?」
「見るだけでいいんだよ! 毎回俺に魔法使うな!」
「料理だって、見ただけじゃ味なんて分かんないでしょ? やっぱり、実際にくらってみないと」
「痛いんだよ! 生き返るけど痛いもんは痛いんだよ! 涙出るくらい痛いんだよ!」
さんざんな目にあった。
火炎魔法で身体を燃やし尽くされ、風魔法で全身を切り刻まれ、水魔法で水圧で押し潰され、爆発魔法で木端微塵にされる。
痛いなんてもんじゃない。
どう考えても、昨日より痛い。昨日はレルが大技を使った後で魔力が少なくなっていたのか。テンパって魔法を連発したから威力が弱くなっていたのか。
「じゃ、次。土魔法見せてあげるわ」
「俺に向かってやるなよ? 絶対にやるなよ? 絶対だぞ?」
レルの右手から黒い光が放たれ、ルートの立っている目の前の地面へと注ぎ込まれる。黒い光を浴びた地面が隆起し、高層ビルかと見紛うほどの巨大な壁となって、彼の目の前に立ちふさがった。
「これができれば、窓ガラスに新聞紙貼らなくてもいいんじゃ……」
そうつぶやいた彼へと、巨大な土の壁が倒れこんだ。
「うおぃ! ちょっと待……」
言い終わらぬうちに、巨大な土の壁に押し潰されるルート。
やがて土の壁が消え、そこに残ったのは、地面にめり込んだ死体だった。
「今度こそ、死んだでしょ」
レルはルートの死体に近付くが。
「チッ」
彼は起き上がる。
「だから、俺に向かってやるなつってんだろ!」
「おまえに向かってやったんじゃないわよ。土の壁作ったけど、倒れちゃったみたい。てへっ」
「てへっじゃねえだろっ! んなわけあるかっ!」
さすがにルートも、もうしんどい。生き返る度にリセットされているはずなのに、痛みが蓄積している気がする。
「次は雷魔法ね」
「あっちに向かってやれよ? こっちにやるなよ? 絶対だぞ?」
「分かってるわよ」
レルが右手を天に向かって掲げ、振り下ろす。瞬間、稲光が走り、世界から色が消えたかのような明るさに包まれた。轟音とともに、ミサイルでも落ちたかのような衝撃が空気を震わせる。
「威力おかしいだろ……。しかも青空から雷って……あがっ……!」
地面を伝わった雷が、ルートの身体を襲った。全身に電撃を浴びて、身体が痙攣する。
「あががががっ……!」
意識を失ったルートは、身体中が焦げ、ぷすぷすと音を立てながら地面へと倒れこんだ。
「今度こそ……」
ルートへと近寄るレルだったが。
「チッ」
完全に停止した彼の身体がぴくぴくと動き始めているのを目にして、彼女は今日何度目かの舌打ちを漏らす。
「レル……さん……もう……やめて……ください……」
「なんでよ? 魔法見たいって言ったの、おまえでしょ?」
「もう……いい……です……」
起き上がりながら、ルートは思う。
こんなのでも、やはり魔王だった。人間が勝てる気がしない。改めて、魔王城へと攻め入ったカーネル帝国の無謀さに呆れてしまう。
立ち上がった彼は、まじまじとレルを見つめた。帝国は、この化物じみた強さの魔王に、本気で勝てるとでも思っていたのか。どう考えても人類が戦いを挑んでいい相手ではない。
「そうだ! とっておきの魔法があるんだった!」
尻尾をぴょこぴょこさせながら、とびっきりの笑顔でレルが言う。ルートがレルに出会ってから、間違いなく最高の笑顔だった。
「もういい! もういいですっ!」
「遠慮しないで見てってよ。間違えた、くらってよ」
「くらってよってなんだよ!? もういいからっ! もう満足しましたっ!」
「これ、おもしろいのよ?」
ルートの話に耳を貸さず、レルは再び右手を掲げる。
次の瞬間。
「うおっ!」
ルートはうつ伏せに倒れ、身体を地面にめりこませた。上から強力な圧力がかかり、立つことはおろか、身体を動かすことすらできない。
「おもしろいでしょ、これ。わたしが発明したんだけど、風魔法の応用でね、空気を圧縮して上から敵を押し潰すの。これを威力弱めて使ったら、敵を這いつくばらせて、じわじわとなぶり殺しにすることもできるわね。ただ、そこまでやろうとすると魔力のコントロールが難しいから、とっさに使えないのが問題なんだけど」
得意気にレルは語るが、全身を押し潰されているルートからすれば、ただひたすら苦しい。あまりの圧力に、呼吸すら満足にできない。
いや、それだけではない。彼は気付いた。身体が潰れないギリギリの強さで、レルは魔力を調節してやがる。
「ぐっ……あっ……あがっ……!」
死ねば楽になりそうだけど、この威力だと、なかなか死にそうにない。苦痛だけが長引く。
「ちょっ……! レル……! ……さん……!」
「なぁにぃ?」
顔こそ見えないが、にやにやとした表情をしているのが、容易に想像できる。絶対こいつ、尻尾ぴょこぴょこさせてやがる。
「や……やめ……」
「聞こえなーい」
「わ、悪かったから! 俺が悪かったから!」
「知らなーい」
「ごめんなさいっ! 許してっ!」
「何言ってるか分かんなーい」
「ま、魔王様っ! 許してっ! くださいっ!」
昨日からの恨みを込めていたぶられること数十分。どれだけ謝っても許してもらうことはできず、最終的には空気圧で押し潰されて、ルートは今日何度目かの死体となった。
地面にうつぶせに倒れたままのルートの後頭部を右足の靴で踏みつけ、レルが言う。
「身の程を知ったか、痴れ者が。妾を誰じゃと思うておる」
ぐりぐりと。靴の踵で彼の後頭部を踏みつけながら、彼女は言葉を続ける。
「貴様ごときが妾にたてつこうなど、300年早いわ」
後頭部を踏みつけられているルートの中に、沸々と怒りに似た感情がわいた。
「貴様ごときが魔王のおっぱいを狙うなど、片腹痛いのう」
とっくに生き返っていることなんて、こいつは気付いていない。
「死に際の願いにあんな気持ちの悪い内容の契約、よく思いついたものじゃ」
やるなら今だ。
「まったく、妾の清らかな身体の清らかなおっぱいに触れようなどと、万死に値するわ」
彼はうつぶせに寝転んだまま、素早く右手を動かし、自分の後頭部を踏みつける、レルの右足首をつかんだ。
「わぁっ!」
突然動いたルートに驚き、彼女は声を漏らすが、次の瞬間。
「キャッ!」
ルートに右足を引っ張られて、地面にすっころんだ。
「ちょっと! 何すんのよ?」
「うるせえ! やめだ、やめ!」
「ちょっと! 放して!」
「今すぐ契約履行しろ!」
「えっ!? なんでよ?」
「うるせえ! 調子に乗りやがって!」
「ま、ま、待って! 魔法見せてあげたでしょ!?」
「俺に向かって攻撃しろなんて言ってねえだろ!」
「ちょっと! 放してってば!」
「うるせえ! 窒息死させろ!」
「待って! 待って! ごめん! 調子に乗ってた! 本当、ごめんなさい!」
「ふざけんな! ノリノリで魔王語まで使いやがって!」
「それくらい、いいでしょ!? 放してってば!」
しかし、ルートはレルの右足首をつかんだまま放さない。
「逃げられると思うなよ?」
「ひいっ!」
死にたいおっさんと逃げたい魔王、再びである。
「無理! あんな気持ち悪い契約、無理っ! ごめん! ごめんなさいっ! 調子に乗ってましたっ! ごめんなさいっ!」
「うるせえ! 早くおっぱいで窒息死させろっ!」
「無理っ! ホント無理っ! わたし魔王なんだからぁっ!」
ふわり、とルートの身体が宙に浮く。
一瞬、何が起こったか分からなかったが、すぐに彼は理解した。レルが、ルートに足首をつかまれたまま、空を飛んだ。
「放してっ!」
「おまえ! 飛ぶなよ! 落ちるだろ!」
慌ててルートは、両腕で抱きかかえるように、彼女の脚にしがみついた。
「放してってばぁっ!」
「落ちる! 無理! 落ちるっ!」
失敗した、とルートは思う。手を放して地面に下りればよかったのに、反射的にしがみついてしまった。
レルは彼を脚にぶら下げたまま、どんどん高度を上げていく。
空からの眺めは新鮮だった。今までの人生で、空を飛んだことなど一度もない。こんな状況でなければ、もう少し楽しめたかもしれない。
いや、待て。これ、もしかすると。
「無理ぃ! 放してよぉっ!」
「おい! 落ちるだろ! 下りろよ!」
「落ちろっ! 落ちて死ねっ!」
「暴れんな!」
いくらなんでも、ここから落ちるのは怖い。生き返るだろうけれど、好き好んで死にたくない。
「下ろせって!」
「わたしの清らかな身体に触らないでっ! 無理ぃっ!」
ルートの身体に上からの圧力がかかる。ついさっきくらった、空気を圧縮して上から相手を押し潰す魔法。この場面で使いやがった。
今、こんなのをくらったら。
「おまえぇぇっ! ふざけんなあぁぁぁぁぁっ! 覚えてろよおおぉぉぉぉ! 次はおまえのおっぱいにつかまってやるからなぁぁぁぁぁぁっ!」
圧力に負けて手を放し、地面へとルートは落下していった。




