第2章 1
翌日。
朝食を運んできたクーロンに起こされて、ルートは目が覚めた。寝すぎたと思った。葡萄酒農場で働いていた時も、軍隊にいたときも、寝すぎた記憶なんてない。もっとも、寝ていられる環境でもなかったが。
昨日一日でいろいろありすぎて、疲れが出たのか。働かなくていいという環境で気が緩んだのか。
寝床に敷き詰められた藁から出ると、食事をテーブルに置くクーロンに彼は言った。
「クーロンさん、昨日はごめん」
その言葉に、彼女は手を止めて、ルートに視線を送る。
「ちょっと、俺も言い過ぎたかも」
クーロンはお酒とグラスをテーブルに置くと、静かに首を振った。
「いいえ、気にしないでください。事実ですし」
「いや、あの」
「どうせ、私の作った料理なんて、まずくて食べられたもんじゃなくて、しょせん私は魔族の面汚しってことですよね?」
「言ってない! そこまで言ってない!」
「こんなことしかできない私はただの穀潰して、私の代わりなんていくらでもいるって、そういうことですよね?」
「思ってないから!」
クーロンが卑屈な性格をしているだけなのか、ものすごく怒っていて嫌味で返してきているのか。彼女の性格を知らないルートには判断がつかない。
「ああぁぁっ……」
唐突に崩れ落ちるクーロン。
「私がいたらぬばかりに、客人を満足にもてなすこともできず、魔王様に恥をかかせることしかできず……」
「ちょ……落ち着いて、クーロンさん!」
「……私なんて存在価値ないですよね……」
「いや、あの、ほら……レルも感謝してるって昨日言ってたし!」
「……どうせ、私なんて……」
ルートはクーロンを抱きかかえるように起こすと、ドアへと向かう。
「疲れたまってるみたいだから、今日一日ゆっくり休んでなよ」
「ううぅぅ……。明日はもっと、誰も登れないような山の頂上まで、至高の草を採りに行ってまいります……」
結局、草かよ。
部屋から出ていくクーロンを見ながら、彼は思う。めんどくせえな、あの人。人じゃないけど。魔族だけど。
ソファに座れないのでテーブルの傍に座ったルートだったが、食事をとる気がしない。メニューは昨日と同じ。草。相変わらず緑のソースがかかっている。お酒も同じ。陶器に顔を近づけて匂いを嗅いでみたが、青臭い匂いしかしない。
いくら働かなくてよいとはいえ、ご飯が出てくるだけ葡萄酒農場のほうがマシだったのかもしれないとさえ思えてくる。とはいえ、戻りたいかと言われれば、やはり戻りたくはない。
昨晩は悪夢を見たせいで、密かな決意が芽生えた。あの胸の奥の熱が、まだくすぶっているように感じていた。
それが、青臭いお酒の匂いを嗅いだせいで、急速にしぼんだように感じる。やっぱり契約を履行してもらって昇天するのが一番幸せかもしれない。
「ちょっと!」
勢いよく開いたドアから、レルが顔を出した。ノックくらいしろよ。
「またクーロンいじめたでしょ!」
「いじめてねえよ」
「だったら、どうしてクーロンが泣いてるのよ?」
「いや、俺、昨日のこと謝ったんだけど」
「謝っただけ? ちゃんと褒めた?」
「なんで褒めるんだよ?」
「クーロン傷つきやすいのよ。ちゃんと褒めてよ」
「褒めろって言われても……」
草を食卓に並べられて、一体どう褒めろと。
「ここにいる魔族たちって、毎日草食べてんの?」
「たまには違うもの食べるわよ」
「例えば?」
「虫とか」
マジかよ。日本でもイナゴ料理とかあったけど、さすがに食べたことはない。こっちの世界に来てからも、虫料理は食べた記憶がない。
「そうだ! せっかくだから虫取ってきてあげようか?」
「いや……いいです……」
「なによ? 人が気をきかせてあげてるのに」
虫はねえだろ。人でもねえだろ。
「それよりも、レル。話がある」
「ひっ……」
その言葉にレルの尻尾がピクンと逆立つ。彼女は両腕で胸を抱きかかえるように覆い、身をよじる。
「……契約の話じゃねえよ」
「え? 違うの?」
「お金の話」
「……お、お金は必ず……」
「そういうのでもねえよ」
こいつは俺のことを何だと思っているんだと、ルートは心の中で毒づいた。昨日のやり取りを思い出すと、そう思われても仕方がない気もするが。
気を取り直して、ルートは言葉を続ける。
「魔族って、何ができるの?」
「何がって……どういうこと?」
「昨日さ、姿変えられない魔族がいるとか、話すことができない魔族もいるとか言ってたと思うけど。魔法が使えない魔族もいるってこと?」
「魔法はみんな使えるわね。それが魔族の特徴でもあるんだし」
「使える魔法はみんなバラバラ?」
「そうね。人によって得意な魔法もあるし、苦手な魔法もあるし」
魔族は人じゃねえだろというツッコミは、いい加減やめようと思った。キリがない。
「どんな魔法があるの?」
「どんなって……火を出したり、風を起こしたり、爆発させたりとか、いろいろあるけど」
それは、昨日全部くらったヤツだ。痛かった。不死身になったとはいえ、痛かった。あの時、アドレナリンがフルスロットルで出てなかったら、動けなくなっていたかもしれない。
「水を出したり、凍らせたり、土で何か作ったりとかは?」
「そういう魔法もあるわね」
「人間以外に変身するのは?」
「できる人とできない人がいるわね。何に変身するかで得意だったり苦手だったりはあるけど」
「レルって魔王なんだから、だいたいの魔法は使えるの?」
「そうね。できない魔法なんてないと思うけど」
そうか。こんなのでも、やっぱり魔王なのか。ルートは腕を組んで考えた。できることは何なのか。
「どうしたの? 何悩んでるの?」
やっぱり、実際に見てから考えるしかないか。ルートはレルを見据えて声をかける。
「レル、頼みがある」
「ひぃっ! ま、待って! そんな簡単に死のうとしないで!」
再びレルの尻尾がピクンと逆立つ。彼女は両腕で胸を抱きかかえるように覆い、身をよじった。
「そ、そういうことじゃねえよ!」
巡り巡ればそういうことでもあるけれど、今は言わない。
「ちょっと魔法を見せてほしい」
「え? 魔法? どんな?」
「いろいろ、かなぁ」
その言葉に、レルは顔を輝かせた。
「本当に不死身になってるか確かめたいってこと? そうよね。実は違うかもしれないしね。運よく死ねるかもしれないしね! いいわ、いくらでも協力する!」
「なんで俺のこと殺しにきてるんだよ! しかも嬉しそうに!」
「まかせて! 全魔力こめて、思いっきり攻撃してあげるから!」
「違うつってんだろ! 不死身って言っても痛いんだぞ、あれ」
「どうせ生き返るんだったら、いいじゃない」
「よくねえよ! しかも生き返らなかったらどうするんだよ!?」
「残念ね。すごく悲しいわ」
「笑顔で言う言葉じゃねえだろ」




