第1章 6
目が覚めるとルートは、藁の上でうずくまった。胸の奥が痛む。苦しい。流れそうになる涙を必死でこらえる。この歳になってまで、泣きたくない。
予想通り、ルートは最悪な夢を見た。
今までの人生のダイジェスト版だった。レルの話を聞いて、自分の身の上に置き換えてしまったからだろう。
思い出したくもないのに、見たばかりの夢を思い出してしまう。
必死に勉強して、そこそこの大学に入った。日本有数の大学というほどではないけれど、決して悪くもなく、それなりに評価される大学に。それなのに。
卒業するころには就職氷河期。志望動機、自己PR、学生時代に力を入れたこと、SPI、自己分析、就職セミナー、OB訪問。どれだけがんばっても、書類で落ちる。面接で落ちる。グループディスカッションで落ちる。
志望職種を変える。志望業界を変える。それに合わせて、志望動機を変える。自己PRを変える。一つ下の学年の就職活動が始まる。卒業直前まで粘っても、自分を必要としてくれる会社も、受け入れてくれる会社もなかった。残ったのは、何者なのか分からなくなった自分だけだった。
正社員になることはできず、大学を卒業してフリーターになるしかなかった。第二新卒とかいう言葉もあったけれど、フリーターだった自分は相手にしてもらえなかった。
だいたい、氷河期ってなんだよ。マンモスかよ。こっちだって、氷河期なんかに生まれた覚えなんてねえよ。
フリーターをしながら就職活動を続けたけれど、正社員にはなれず、なんとかIT系の派遣社員になった。当時流行っていたキャリアという言葉に乗っかって、なんとか派遣社員でキャリアを積んでステップアップを。
そう思っていたのに、世界同時不況が襲った。待っていたのは派遣切り。あっさりと契約を切られた。次の案件が見つかったら連絡すると言っておきながら、二度と連絡してこなかった派遣元の営業担当者の電話越しの声を今でも思い出せる。
当然、次の仕事も見つからない。世間からは自己責任の一言で片づけられた。自分で好きで、そんな働き方をしているんだろうと。
そんなわけねえだろと毒づいた俺の言葉は、誰にも届かなかった。
選ばなければ仕事はあると、メディアでコメンテーターが語る。仕事を選べる立場の人間が、仕事を選べない立場の人間に語る。
仕事を選ばなかったとしたら、どうなるのか。低賃金。重労働。何のスキルもつかず、キャリアにもならない。年齢だけを重ねていく。他にできる仕事がなくなる。当然、転職なんてできなくなる。
五年後、十年後、生活が苦しい、キャリア形成ができないと訴えたとしたら。そんな仕事を選んだヤツが悪い、そんな仕事しか選べなかった自分の能力の低さを恨めと侮蔑されるだけだろう。
ワーキングプアにしかなれない。這い上がることもできない。ただのプアよりはマシだろうと嘲笑の的になって、忘れ去られていく。
生活が苦しくても、お金がなくても、将来を夢見た。だから、仕事を選ぼうと思った。
文句を言っても、世の中を恨んでも何も変わらない。そう思って、なんとかスキルアップを試みた。本を買うようなお金もないから、図書館に行ってIT系の本を借りて、資格を取って。
ようやく決まった仕事は、IT系の契約社員だった。正社員じゃなかったのは不安ではあったけれど、自分の職歴だと仕方がないと思い、必死に仕事に取り組んだ。
あの頃は、まだ、希望があったかもしれないと思う。このまま頑張っていれば、正社員になれて、もう少し大きな仕事ができるようになって、キャリアアップできて、人並とまではいかなくても、ちょっとは幸せに手が届くかもしれないと考えていたと思う。
そうこうするうちに、大学の後輩から結婚したという連絡が届くようになった。
自分のときは就職氷河期だったのに、後輩たちが卒業する頃には一転して売り手市場になっていた。
自分が書類すら通らなかった大手企業に後輩たちは次々と就職した。大手企業で社会に影響を与えるような仕事をし、自分の何倍もの給料をもらって、結婚して、家庭を築いていく。
自分が手に入れられなかった幸せを、後輩たちが次々と手に入れていく。
羨まなかったといえば、嘘になる。妬まなかったといえば、嘘になる。
自分には関係ない話だと言い聞かせても、無理だった。関係ある。めちゃくちゃ関係ある。
それでも、自分にできることをするしかなかった。
必死に仕事をしていたある日。東日本大震災が襲った。会社からは、契約を更新しないと告げられた。会社にかけあっても、相手にもされなかった。
まさか、自然災害にまで仕事を奪われるとは。天が俺に働くなと言っているとでも思わないと、やってられなかった。
悔しかったな、あれ。
なんとかアルバイトで糊口をしのぎ、お金がないから図書館で本を借りてまた勉強して、IT系の資格を取った。できることを増やそうと、政治も経済も法律も経営も会計も勉強した。結局、何一つ役に立つことはなかったけれど。
その間に、両親は相次いで亡くなった。結局、親に孫の顔を見せることはできなかった。両親に言われたとおり、田舎に帰っていれば、少しは親孝行ができたのかもしれない。
けれど、俺の考える親孝行とは違っていた。俺は、自慢の息子になりたかった。社会で活躍して、両親が自慢の息子だと胸を張れるような、そういう存在になりかった。
自分が活躍することで、あなたたちが育てた息子は、立派な人間になって、社会の役に立ってるって、そう伝えたかった。あなたたちの人生は間違ってなかったって、そう証明したかった。
結局、俺は、自慢の息子になることは最後までできなかった。
本当、親孝行っていつすればよかったんだろう。いつならできたんだろう。どうすればよかったんだろう。
田舎に帰っても仕事もなく、あっても都心よりはるかに安い給料で働くのなら、このまま都心にいたほうがマシだと思った。
何よりも、田舎の友人たちが家庭を築いている中で、一人だけ家庭も築けず、実家で生活するという環境に耐えられる自信がなかった。
都心でアルバイトをしながら就職活動を続けたけれど、なかなか就職は決まらない。
転職サイトに登録したところで、スカウトなんて一通も届かなかった。
転職エージェントに申し込んでも、登録すら断られた。
大学を卒業して10年以上経っても、アルバイトと派遣社員と契約社員の職歴しかない。何か実績があるわけでもない。大きなプロジェクトに参加したわけでもない。
IT系の一番下で、誰でもできる仕事をやる機会しかなかった。挑戦させてもらえる環境にも行けなかった。資格があっても、キャリアのない人間なんて、どこからも相手にされない。
それでも就職活動を続け、30代半ばにして初めて、正社員になれた。周りの何周遅れだったんだろう。
就職できたのは、よくあるIT企業のSES。商流は最底辺。四次請けの会社に派遣で入って案件に参画する。
特にITの知識やスキルが要求されるわけでもない。マンパワー以上の意味合いはない。独学で必死に勉強した知識を活かすことのできる機会は、手に入れられない。
作業したエビデンスが必要だと言われ、画面のスクリーンショットをひたすら撮って、Excelに貼り続けた。二日間で9000枚なんて、終わるわけがない。量が多すぎて、期限に間に合わない。稼働時間の問題で、残業すらできない。できることは、ただ一つ。サービス残業。それでも、終わらない。
プロジェクトの進捗の遅れが、俺の責任になる。進捗確認会議で詰められる。現場に参画してから一週間たっても端末をもらえなかったのに、俺の責任になる。
自分の何倍もの給料をもらっている上流会社の若手社員から、単純作業の仕事を押し付けられ、偉そうにレビューをされ、それでも、何の文句も言えず、ただ毎日が過ぎていく。
SESにとって、商流は絶対だ。商流が上の人間に文句を言うと、次の案件に直接呼んでもらえることはなくなる。会社経由で次の現場の面談を受けるしかないが、その面談にも呼んでもらえなくなる。面談を受けられても、落とされる。仕事がなくなる。お金がなくなる。耐えるしか、なかった。
きっと、SESなら必ずそうだということもないのだろう。SESでも現場に恵まれたり、仕事に恵まれたり、周りに恵まれたりする人もいるのだろう。ただ、俺にはあてはまらなかった。
休日に遊びに出かけることもない。最低限の買い物に行くだけ。お金がないからというのもあるけれど、それ以上に、街で同年代の男性が、自分より年下の男性が、家族連れで歩いているのを見るのが、子どもと手をつないで歩いているのを見るのが、あまりにも辛かった。
自分には、もう未来永劫手に入れられない幸せを手に入れた人間を見ると、苦しくなる。
子どもを亡くした、妻を亡くした、夫を亡くした、家族を亡くしたというニュースを見ても、同情するよりも妬みが勝るようになった。自分には、亡くすような家族を手に入れることができなかったから。
亡くす家族すら手に入れられなかった自分と、家族を亡くした人たち。一体、本当に不幸なのはどちらなのだろうか。
そんなことを考えてしまう自分が、どんどん嫌になった。自分の人間性が腐っていくように感じた。
少子高齢化が進み、国も本腰を入れて少子化対策に取り組み始めた。けれど。国が支援する対象は、若い世代。
いっそのこと、自分で何か始められないかと考えたこともある。とはいえ、事業を始めるような元手もない。助成金制度を調べてみたけれど、トップページでアピールされていたのは、女性と若者とシニアを対象とした助成金。中年のおっさんなんて、アピールする対象にすらならない。
自分たち氷河期世代は、誰からも相手にされない。企業からも。国からも。何の支援も受けられない。完全に見捨てられた世代だった。
子育て支援。言っていることは、きっと正しい。けれど、原資は税金だ。子どもを持つことが叶わなかった人間が、家庭を持つことすらできなかった人間が税金を搾り取られ、子どもを持つことができる裕福で幸せな人間に使われる。
将来世代にツケを残すな。言っていることは、やっぱり正しい。けれど、その将来世代に自分たちは含まれていない。搾り取られることしかなかった人間がますます搾り取られ、幸せな人間たちの子どものために使われる。
それでも、本当に将来世代が幸せになるのなら、まだいいと思う。こんな人生でも、少しは人の役に立てたのかもしれないと思える。ただ、自分たちの税金が将来世代のために有効に使われる保証はないし、将来世代が幸せになれる保証もない。
何もできないまま年齢を重ね、時代遅れの老害とみなされる年齢が近づく。早く退場して、若い人間に席を譲れと言われる年齢が近づく。俺は、俺たちは、自分たちの時代なんて、一度も来なかったのに。
せめて、自分のような人間が、自分たちのような世代が、この先、生まれないようにしてくれたらいいと思う。ただ、その願いが叶う可能性なんて、ほとんどないことも分かっている。
将来世代のために生きることもできない。自分のために生きることもできない。
頑張っていれば誰かが見てくれるなんて、あり得ない希望はいつの間にか失っていた。
死にたいなんて感情、いつしか忘れていた。ただ、ただ、消えたかった。
感情そのものが消えていく。心が麻痺していく。
毎日、このまま朝がこなければいいと願いながら、眠りにつく。
二度と目覚めなければいいと祈りながら、眠りにつく。
いつの間にか、世界から、色が消えていた。
それでも朝はやってくる。当たり前のように仕事に行って、当たり前のように上流会社の若手社員からあごで使われ、バカにされ、当たり前のように帰る。
コンビニに寄ることすらない。コンビニなんて、高くて入る気すらわかない。
ある日、契約書をこっそり見る機会があった。自分の単価は月あたり70万円。手元に入るのは、20万円に満たない。ボーナスなんてない。固定残業代をすべて含めても、20万円にも届かない。
どれだけの人間が、自分からピンハネしていったのか。搾取されるためだけに、自分は存在しているのか。今までの人生で、手取り20万円を超えたことはない。手取り20万円のためにサービス残業をしているのかと思うと、笑いしか出なかった。
投資だとかNISAだとかいう言葉を他人事のように聞いていた。生活費ですべて消える。投資に回すお金なんて、ない。
何が楽しくて生きているのか、何を楽しみにして生きているのか。もうまったく分からなくなっていた。
生きる意味も目的も、まったくない。死ぬ理由がないから、ただ生きているだけ。
そんな夢だった。最悪の目覚めだ。
風が吹きつけて、ひびの入った窓ガラスがカタカタと音をたてた。
ぼやけた頭で、夢の続きを思う。
この世界に来てからも、ずっと、搾取され続けた。葡萄酒農場で働き続け、突然、軍隊に入れられる。自分のためではなく、誰かがお金を稼いだり、笑顔で暮らしたりするためだけに、心と身体を削る。奪われる。搾り取られる。何一つ希望は持てなかった。
どこに行っても同じだ。笑えてくる。
もう、どうにもならないなら、せめて、気持ちよく死にたい。欲望のまま死にたい。それが、どれだけくだらない願いだったとしても。
だから、あんな願いが口をついてしまった。
けれど。
――貧乏の辛さなんて、知らないでしょ! どうにもできない悔しさなんて、知らないでしょ!
レルの言葉が脳裏をよぎる。
「知ってるよ」
宙に向けて、一人でつぶやく。
――それでも、妹の喜ぶ顔が見たかったの! そうでもしないと、おいしいものなんて食べられないの!
「分かってるよ」
おいしいものを食べるのに、どれだけの覚悟がいるか。おいしいものを食べるのに出すお金が、何食分になるのかを計算してしまう。
自分で食べるのなら、我慢できる。頑張った自分へのご褒美なんて、ない。ご褒美に出すお金がないから。
けれど、それが、大切な人のためだったのなら、どうだろうか。
自分が犠牲になってでも、おいしいものを食べてもらおうと思うだろうか。
魔族の王が、軍隊を一撃で壊滅させられる魔王が、人間の姿になって、食べ物を盗む。妹の誕生日を、お祝いするために。妹の、笑顔のために。
どれほどの屈辱だろう。どれだけ惨めな想いをしただろう。
魔族にも、自己責任という言葉は、あてはまるのだろうか。
日本にいた頃に、さんざん言われた。
氷河期世代でも大手企業で活躍している人間はいる。お金持ちになっている人間もいる。結婚して、家庭を持って、子どもを育てている人間もいる。
だから、できない人間は努力が足りない。自分の責任を棚に上げて、社会のせいにしている。
きっと、間違いではないのだろう。けれど、それが適切だとも思わない。思えない。それを口にできるのが、成功した人間だけだから。
努力が報われない人間もいる。どれだけ頑張っても、どうにもならない人間だっている。
意識的であろうが無意識的であろうが、そういう人間を蹴落とした人間だけが、豊かな生活を手に入れることができる。
自分のことを、社会の犠牲者などと言うつもりはない。搾取構造の被害者だなんて言うつもりもない。言ったところで、何も変わらなかったから。
ただ、魔族はどうなのだろうか。
奪う以外に、暮らしていく方法はあるのだろうか。
成功した人間は、そういう存在にも自己責任という言葉を放つのだろうか。
胸が疼く。
このまま死ぬのは、どうにも納得がいかない。
人生のゴールは決まっている。契約通り、魔王のおっぱいで窒息死する。
気持ちよく死ぬという目的は変わらない。欲望のまま死にたいという気持ちも変わらない。契約は絶対履行させてやる。
それまで死なない。というより、文字通り、他に死ぬ方法がない。
ただ、死ぬまでに何をするかは、自由のはずだ。それまでは、何をやっても死なない、死ねない、無敵の時間のはずだ。
だから。
胸の疼きが熱を帯びる。
死ぬ前に、一矢報いてやる。この社会に。この構造に。今まで俺を苦しめてきたヤツらに。
もう、失うものは、何もない。
おっぱいで窒息死するのは、その後だ。




