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第1章 4

「ちょっと待て。なんだこれ」


 魔王城の離れに案内されたルートは愕然とした。


「何って、何が?」

「何がじゃねえよ! ボロボロじゃねえか、この部屋」


 部屋はところどころ壁が剥がれ落ち、瓦礫のように床に積み上がっている。窓ガラスにはヒビが入り、風が吹くたびにカタカタと音を立てる。


「雨も風もしのげるのよ? すごくない?」

「城なんだから当たり前だろ! それに、なんだよ、あの寝床。藁じゃねえか!」

「藁って暖かいのよ? 知らないの?」

「そうじゃねえよ! ふかふかの寝具があってもいいだろ!」

「そんなのあるわけないでしょ! 言ったじゃない。貧乏だって」


 確かに貧乏だとは言っていた。それが原因で人間と戦っていることも聞いた。けれど、魔王城の離れがここまでボロボロだなんて、考えてもみなかった。魔王城まで来て、藁で寝るなんて。これでは、葡萄酒農場で働いていたときと同じだ。


「俺を帰らせようとして、わざとやってるんじゃないだろうな?」

「そんなわけないでしょ! 最高級なのよ、この部屋」

「これで!?」

「寝床もテーブルもソファもあるじゃない」


 確かにある。あるけれど。嫌な予感がしつつ、ルートはソファに腰かけてみた。


 バキィッ!


「うおっ!」


 予想通りの展開が起きた。ソファは彼が座った途端、激しい音とともに、腐りかけた床板を突き破って沈み込んだ。


 破れかかったソファの座面から、中身がこぼれ出す。どこからどう見ても、湿気てカビ臭い、ただの枯れ草の束だった。


 斜めに傾いたソファに身を預けながら、ルートは言う。


「レル。おまえの部屋、見せろ」

「な、なんでよ?」

「絶対豪華だろ、おまえの部屋」

「そんなわけないじゃない。だいたい、女の子に向かって部屋見せろだなんて、失礼過ぎない?」

「女の子って、おまえ、いくつだよ?」

「まだ若い方よ」

「だから、いくつだよ?」

「まだ300歳にもなってないわ」


 300。その数字に愕然とする。日本で言えば、300年前なんて江戸幕府の中頃だ。確か、8代将軍、徳川吉宗の頃だ。え? こいつ、暴れん坊将軍リアタイ世代なの? それで若い方の女の子って。魔族の寿命はどうなってるんだ。


 気を取り直して、ルートはレルに詰め寄る。


「俺をこんな部屋に住まわせようとする方が失礼だろ!」

「だから、最高級の部屋だって言ってるでしょ!」


 どこがだよ。


「おまえ、契約の履行迫るぞ」

「ちょ……」


 コンコン。


 ノックの音に救われたように、レルは振り返って返事をする。


「クーロン、待ってたわ」


 ドアの傍に、一人の女性がたたずんでいた。メイド服というよりは給仕服といった印象を受ける服を身にまとった、一目で分かる、落ち着いた大人の女性。整った顔。頭の角が魔族であることを主張している。


「お待たせしました。食事です」


 クーロンと呼ばれた女性の左手には、銀色のお皿と、その上に被せられた丸い釣り鐘型の蓋。右手には、陶器と木製のコップを抱えている。陶器というより土器に近い。


 ルートはソファから身を起こし、テーブルの傍の床に座る。ソファに座れない以上、仕方がない。


「クーロンの作るご飯、すごくおいしいんだから」


 自信満々に言うレル。ここまでの展開を考えると、やはりルートは嫌な予感しかしない。


 クーロンはお皿をテーブルに置くと、釣り鐘型の蓋を取る。皿の上に乗っていたのは。


「……何、これ」


 皿の上には緑の草の束。どう見ても雑草。その草の上に、緑色のソースがかかっている。


「おいしいのよ、これ。クーロンの作るソースが絶品なの」

「いや、これ、ただの草だろ?」

「そこいらの草と一緒にしないでもらえる? 特別な草なんだから」


 特別な草。ハーブか何かだろうか。それなら本当に特別な草なのかもしれない。おそるおそる、草に手を伸ばし、口に運ぶルート。もぐもぐと草を味わう。確かにソースはおいしい。ピリリとしたスパイスが口内を満たす。しかし。


「やっぱり、ただの草じゃねえか! ソースはおいしいけど!」

「と、特別な草って言ってるでしょ!」

「どう特別なんだよ!?」

「お城の近くには生えてないのよ!」

「この城の近くなんて、何も生えてないだろ!」

「この草を採りに行くの、どれだけ大変だと思ってるのよ! 人間が攻めてきたせいで、クーロンが命がけで取りに行ったのに!」

「知らねえよ!」

「これ、本当すごいんだから。この草、ずっと噛んでても全然なくならないんだから」


 スルメかよ。スルメだって噛めばなくなるぞ。


「では、お酒をどうぞ」


 冷静な口調でクーロンは告げると、木製のコップをテーブルに置き、陶器から、中の液体をグラスに注ぐ。


 グラスの中で踊る、緑色の液体。


 ゴクリ。ルートの喉が鳴った。喉が渇いたとか、早く飲みたいとかではなく、緊張のせいで。匂いがヤバい。青臭い。絶対、これ、おいしくない。


「遠慮なさらず、どうぞ」


 クーロンにうながされ、おそるおそるコップを手に取る。口へと近づける。液体を一口、すするように口に入れる。そして。


「う゛っ゛……」


 吐きそうになった。青臭いなんてレベルじゃない。これ、絶対、草だ。


「なんだよ、これ!? どこがお酒なんだよ?」

「ちゃんとしたお酒でしょ? アルコールけっこう強いのよ?」

「何から作ったら、こんな味になるんだよ?」

「何って……。ちゃんと草を発酵させて作ってるわよ」

「やっぱり草じゃねえか!」

「な……! おいしいでしょ! どうして文句ばっかり言うのよ!」

「おいしいわけねえだろ! こんなまずいご飯と酒を口にしたのなんて、生まれて初めてだ! おっぱいより先に、ご飯で死んじゃうだろ!」


 不満を漏らすルートの声を聞き、


「ああっっ……」

 

 その場にクーロンが崩れ落ちる。


「申し訳ありません、魔王様……。私がいたらぬばかりに……」

「そ、そんなことないわ。クーロンは本当によくやってくれてるわ。本当にすごいと思ってる。こんなおいしいソース作れるのなんて、クーロンくらいよ」

「でも、私がいたらぬばかりに客人を満足させることもできず……魔王様に恥をかかせるなんて……」

「クーロンのせいじゃないわよ! それに、わたし恥かいたなんて思ってないから!」


 思えよ、と心の中でルートは毒づく。


「申し訳ありません、魔王様」


 涙を流すクーロン。レルはルートを睨みつけた。


「ちょっと! クーロンいじめるのやめてよ!」

「いじめてないだろ」

「いじめてるわよ! 一生懸命ご飯作ってくれてるのに泣かせるなんて。最低」

「えぇ……。俺のせいじゃなくない?」

「おまえがマズいって言うからでしょ!」

「いや、だって、あれは誰が食べてもマズイだろ」

「ああっっ……。申し訳ありません、魔王様……しょせん、私の料理なんて……」

「クーロンのせいじゃないから。ね? 気にしないで。味覚がおかしい人間だっているのよ。だから、ね? 今日はお部屋に戻って休みましょうか」

「ううぅぅ……。明日はもっと、光の届かない深い谷底まで、究極の草を採りに行ってまいります……」


 涙を袖で拭い、ふらふらとした足取りで、クーロンは部屋を出ていく。その様子を見届けると、レルは再びルートを睨みつけた。


「本当、最低」

「いや、待て。落ち着け。おまえ、あれ、本当においしいと思ってる?」

「わたしたちが普段食べてるものの中では、一番おいしいわよ」


 何をどこまで信じていいのか、ルートにはもはや分からなかった。普段から本当にあの草を食べているのか。それとも、自分に対して嫌がらせをしているのか。


 契約の履行を迫られる状況で、レルが自分に嫌がらせをするとも思えない。けれど、いくら貧乏とはいえ、本当にあんなものを普段食べているとか、あまり信じたくもない。


 魔族だぞ、こいつら。一撃で軍隊を壊滅させる魔王様だぞ。どうして草なんか食べてるんだよ。


 確かめるしか、ない。


「レル、おまえの部屋見せてくれ」

「だから、なんでよ?」

「本当に魔族が貧乏なのか、確かめたい」


 小さく息を吐くと、レルは答えた。


「……分かった。ついてきて」

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