第7章 2
商業協会に着くころには、ルートもレルも疲れきっていた。
「街をご案内しましょうか?」
「おいしい飲み物を出すお店があるんですよ」
「お嬢さんにお似合いの服を売っている店を知ってるんですけど、どうですか?」
「よい医者を知りませんか? あなたの美しさにドキがムネムネするんです」
「辞書で運命って言葉を調べたら、あなたの名前が書いてありました」
「前世の約束を果たしませんか?」
「生きる意味を見つけました」
「視線ください」
声をかけられる度にテンパって涙目になるレルと、代わりに適当に返事をして追い払うルート。さすがにレルも、途中からうつむいて歩いていた。
まさか、商業協会にたどり着くまでに、これほどの困難が待ち受けていたなんて、ルートはまったく想像していなかった。
どうなってるんだよ、この国は。この国がおかしいのか、レルが人目を引き過ぎるのか、もはやよく分からない。
「レル、大丈夫?」
「…………」
言葉が出てきてない。マジか、こいつ。ぐったりしすぎだろ。
「この後、ちょっと頑張ってもらわなきゃいけないのに、大丈夫かよ?」
「……わ、妾を誰じゃと思うておる……」
魔王語だ。ダメかもしれない。
「しゃべらなくていいからな。説明したとおりにやればいいから」
「……うん……」
なんか、しおらしくなってる。ますますダメかもしれない。
ただ、そのおかげでこっちの緊張がいつの間にか消えている。さっきまで不安でいっぱいで、緊張が止まらなかったのに、レルがこれだけボロボロになっていると、逆に落ち着いてくる。
魔族のみんなが一生懸命働いて稼いでくれたお金を借りてるし、今日もレルにここまで連れてきてもらったし、まずは最初の関門を突破しないといけない。
商業協会の建物に入ると、二人は一直線で受付へと進んだ。受付には、前回と同じ若い女性が座っていた。
「こんにちは」
明るい調子で、ルートは受付の女性に声をかける。
「はい」
明るい声音で女性は返してきた。おい。この前と態度が全然違うじゃねえか。服装のせいなのか? こいつが用があるのは俺じゃなくて服なのか?
ちょっとイラっとしたけれど、この後カスハラをお見舞いする可能性があるから、イラっとさせられるくらいでちょうどいいのかもしれない。
「ちょっとお尋ねしたいんですけどね、受付ってここだけですか?」
「そうですが」
不思議そうな顔をする女性。質問の意図をはかりかねているようだった。そりゃ分かんないよな、とルートも思う。
「でしたら、お願いしたいんですけどね、会長さんにお取次ぎをお願いできますか?」
「お約束はされていますか?」
「いえ、特には」
「それでしたら、そういったことは……」
「そうですか。でしたら、会長さんに取り次ぐ権限のある方を呼んでいただけますか?」
会長に取り次ぐ権限のある人、つまりは副会長や部長くらいの人がいるはずだ。受付の女性は呼んでくれるだろうか。どうせ無理だと思うけど。それならそれでいい。ネチネチやるだけだ。日本にいた頃、俺がさんざんやられたみたいに。
「あの……それは……」
「それは、何ですか?」
「そういったことは、行っておりませんので」
「それはおかしいですよね。受付がここだけなら、ここでお願いするしかないですよね? 先ほど約束をしているかどうかを聞いたということは、約束をしていれば取り次いでいただけるということですよね? ですから、そちらのご説明のとおりの手順を踏んでいるのに、できないというのは成り立たないですよね?」
女性は困惑の表情を浮かべながら説明をする。
「約束があるかどうかをおうかがいしたのは、約束があればお取次ぎをするからです」
「ですから、約束をするために、取り次ぐ権限のある方を呼んでいただけるようお願いしているのですが」
「ですから、そういったことは行っておりませんので」
「約束があれば取り次ぐと言っておきながら、約束をさせないというのは、さすがに通らないんじゃないですかね。それなら約束があるかどうかを聞く必要はないはずですよね。それを聞いてきた以上、約束をするために取り次ぐというのは許容されるはずですが」
ネチネチと攻め続けるルートの言葉に、女性は努めて冷静に返す。
「……ここの受付では、そのようなことは行っていないと先ほどから説明しています」
「受付がここしかないと言ったのは、そちらですが。それなら、どこの受付で行っているんですか?」
「そのような受付はございません」
「では、どうやって約束を取り付けるんですか?」
「それは、私の知るところではありません」
「ですから、それを知っている人を、取り次ぐ権限のある方を呼んでほしいと、先ほどからお伝えしているんですけどね」
「ですから!」
女性は苛立ちを隠せなくなっている様子だった。
キレたな、こいつ、とルートは内心ほくそ笑む。どれだけネチネチやられてもキレることすらできなかったこっちからすれば、若干羨ましくもあるけれど。
「……そのようなことは行っていないと、先ほどから繰り返し説明しています!」
受付での不穏な空気に、周りの注目が集まる。
それでいい、とルートは思う。決して、この前の正論パンチの復讐をしようなんて気持ちはない。決して。多分。きっと。受付の女性には申し訳ないけれど、カスハラの餌食になってもらうしかない。
「ですから、それを行っている方に取り次いでほしいと、先ほどから繰り返しお願いしています。そんなに難しいこと言ってます? どこでひっかかっているのかご説明していただけますか? 会話が成立していないみたいなので」
「できないことはできないと言っています!」
「そちらができないのは、会長への取り次ぎですよね? その理由は約束をしていないからで間違いないですよね? 取り次ぐ権限のある方を呼ぶことができないとの理由は、まだ聞いていませんが」
「理由を説明することに意味がありますか!?」
受付の奥に座っている男性が、ちらちらと視線を送ってくる。上司だろうか。それなら好都合だ。カスハラとロジハラのダブルパンチで部下が痛めつけられてるぞ。そのうち俺が上司を呼べって言っちゃうぞ。
「そこに意味を求めることに意味がありますか?」
「意味のないことをやる必要性がないからです!」
「意味があるかどうかは、そちらが決めるんですか?」
「私が受付です! 私が判断します!」
「その判断はどのレベルのお話ですか? どこまでの権限があるんですか? 約束がないと会長に取り次ぐことができないということは、その権限はないということで間違いないですよね?」
「先ほどから、そう言っています!」
「では、会長に取り次ぐ権限がある人を呼んでいただけないのは、そちらにその権限がないからで間違いないですか?」
「そうです!」
「それでは、その権限がある方を呼んでいただけますか?」
受付の女性には、会長に取り次ぐ権限はない。会長に取次ぎをできる副会長や部長クラスの人にも取り次ぐ権限はない。それなら、課長クラスの人ならどうだ。
受付の人から課長クラスの人に取り次いでもらい、そこから部長や副会長クラスの人へ取り次いでもらい、最終的には会長に取り次いでもらう。
それができれば一番よいが、どう考えても無理だ。普通の会社でも、受付の人からたどって、平社員、課長、部長、取締役、社長って順番で社長にアポが取れるなんて話、聞いたことがない。
ただ、ダメならダメで方法はある。奥に座っている上司らしき男性の動きにも注意する必要があるな。
「ですから! それはできないと何度も説明しています!」
奥の男性が席を立って、こちらの様子をうかがいながら、うろうろし始めた。もう少しだ。
「そちらができないと言ったのは、会長に取り次ぐ権限のある人、長いので仲介人と呼びますけれど、仲介人を呼ぶことですよね? 仲介人を呼ぶ権限はないというお話ですよね? ですから、仲介人を呼ぶ権限のある人、つまり仲介人の仲介人を呼んでほしいと言っているのですが。理解できないですか? そこまで難しくないと思いますが」
「ですから! その権限がないと言っているんです!」
「仲介人の仲介人を呼ぶ権限もないんですか?」
「そうです!」
会長には取次ぎできない。副会長や部長にも取次ぎできない。その下の課長にも取次ぎできない。そうだとすれば。次の手段に移るしかない。
決して受付のお姉さんを攻撃したいわけじゃない。権限がないのにネチネチ責められる辛さは俺だって分かってる。日本にいた頃にさんざんやられたから。
ただ、今の俺には、これしか手段がない。商業協会に加入することもできない。正当な方法で会長に会うこともできない。
お姉さん、本当にごめんなさい。かなりのカスハラします。いつか、何らかの形で恩返しするから。
「それなら、そちらは何ならできるんですか? 何のためにそこに座っているんですか? 椅子を暖めるお仕事ですか?」
「バカにしないでください!」
「バカにされていると感じさせてしまったのであれば、その点はお詫びしますが。ただ、何のためにそこに座っているのかは教えていただけますか?」
「…………」
女性は言葉に詰まる。何を言っても通じないと諦めたのかもしれない。
奥の男性が、とうとうこちらに近付いてきた。こういうのって上司だと関わりたくないから、呼ばれるまで動かないのが日本社会のお約束なのに。できた人だ。
女性の横に立つと、男性が声をかけようとして口を開く。しかし。
「…………」
言葉を発しようとして、固まった。おまえもかよ。レルがうつむいていたから遠目には分からなかったようだが、近くで彼女を見て言葉を失ったのが見て分かる。
レルに見とれてる場合じゃないぞ、おっさん。受付の女性も呆れてるぞ。こっちは先に進みたいんだ。おっさん、戻ってこい。
「失礼ですが……」
俺の声に、男性の意識がレルからこちらに戻ったようだった。
「……あ、すみません、どうされましたか?」
「いえ、先ほどからお願いしていることを一切対応していただけず、説明をお願いしても意味がないと言われてしまって、困っているんですよ」
「すみません、お話をおうかがいできますか?」
「会長に取り次ぎをお願いしたんですよ。そうしたら約束がないと取り次ぎできないとの返答だったんです」
「はい、それは、まぁ」
「それで、会長に取り次ぐ権限のある仲介者への取次ぎをお願いしても、それは受付では権限がないからできないと言われ、仲介者の仲介者への取次ぎをお願いしても断られてしまって。意味があるかどうかはこちらの方が自分で判断すると言って会話も成り立たないですし」
「ええと、それは」
「失礼ですけど、上司の方ですかね」
「はい。立場上は」
「会長への取次ぎ権限はありますか?」
「どのようなご用件ですか?」
「用件を聞くとういことは、権限があるということで間違いないですか?」
「場合によりますね」
どっちだよ。はっきりしろよ。
「こちらとしても、あまり大っぴらにできない事情がありまして。確実に取り次ぐ権限のある方にしかお話をするわけにはいかないんですよ」
「大っぴらにできないというのは」
「場合によっては、ヤム国の存亡に関わるお話でして」
「存亡に? そんな話を商業協会に持ち込まれる方が不自然では?」
「存亡というより、ヤム国が商業国家でいられるかどうかと言った方が適切でしたね。他国がヤム国より商業が盛んになって、ヤム国が没落する可能性の高いお話なので、商業協会に来たんですよ」
ルートの言葉に、男性は少し考え込むと、口を開いた。
「別室をご案内するので、そちらでお待ちいただけますか? 会長に直接取り次ぐかどうか判断しますので」
「それでは、お願いします」




