第6章 4
窓ガラスがカタカタと鳴る音を、ルートはテーブルの傍に座ったまま聞いていた。
チャリン、チャリン。
石畳に跳ねる、銅貨の音。
――夢……見させてよ……
レルの言葉。
――レル様を、一人にしないでください
クーロンの言葉。
いろんな音が、言葉が、頭の中で鳴り響く。
クーロンの言ったように、レルが誰に対しても価値があると認めているのであれば、俺みたいな人間にも価値があると思っていたのだろうか。
特別なタイミングで出会うことは、特別である理由になると、クーロンは言った。
それだと、まるで、出会ったこと自体に価値があるみたいに聞こえる。
俺がレルにとって、特別であるとも価値があるとも思えない。こっちは、ただのおっさんだ。例えレルが、魔王の仮面を外すことができる存在だったとしても。
日本にいた頃も、この世界に来てからも、誰かから価値を認められたことなんてない。ずっと、ただの消耗品だった。
クーロンには、レルの居場所になって欲しいと言われたけれど、自分にその価値があるとは思えない。
レルが俺に価値を見出していたのであれば、それは何だったのか聞いてみたくなる。
死にたいと思ったのに、殺して欲しいと頼んだのに、レルのおっぱいを追いかける気力もわかなかった。唯一の死ぬ方法なのに。
今まで何度も追いかけ回したのに、その気力すらわかないということは、死にたいのではなく消えたいということなのだろう。日本にいた頃と、同じように。
結局、日本にいた頃と同じところにたどり着いてしまった。
すべてを諦め、何に対しても気力がわいてこない。
きっと、朝がこなければいいと思いながら、眠りにつくのだろう。
二度と目覚めなければいいと祈りながら、眠りにつくのだろう。
思わず自嘲する。
本当に、どこに行っても、何をやっても、同じだな。
レルが魔王として一人で重圧に耐えていたことも、苦しんでいたことも、少しは理解しているつもりだ。
共犯者として、少しはレルの重荷を減らしてやれればと思っていた。
けれど、俺には何もできなかった。
あの涙を見ても、できることがない。
それが、少し悔しい。
そう思って、ハッと息を飲む。
……悔しいのか、俺は。
すべて諦めていると思っていたのに、悔しいと思っているのか、俺は。
レルをおんぶしたときのことを思い出す。あんな小さな身体で、俺におんぶされるくらい小さな身体で、一人で必死に耐えている。
それなのに、一人じゃ、できそうにないと、レルは言った。
今まで、一人で必死に耐えていたのに。
ああ。
限界なんだ、あいつ。
今、飢えている魔族と、将来を考える魔王との衝突。
もう、一人では、どうすることもできないところまで追い詰められていたんだ。
日本にいた頃を思い出す。努力しても、頑張っても、どこにも手が届かなかった。一人でできることをやり続けたけれど、誰からも評価されることはなかった。
悔しかった。辛かった。誰からも救われなかった。
レルは、どうなんだろうか。
一人で魔王の重圧に耐えて、必死に頑張っているのに、魔族を飢えから解放する方法が見つからない。集会で糾弾され、魔族が分裂しかかっている。
あいつの性格からすると、魔族が分裂することなんて耐えられないはずだ。
それなのに、頑張っても、努力しても、どうにもならない。誰からも救われない。
それじゃ、まるで。
そう、それじゃ、まるで.
俺と、同じじゃないか。
俺は、ずっと、救われたかった。ずっと、助けられたかった。それなのに、誰からも救われることも、助けられることもないまま、日本でもこの世界にきても、苦しい思いをし続けてきた。
胸が、疼く。
レルまで俺と同じような目にあうのか。
今、同じような状況にいるレルを、誰も救うことも助けることもできないのか。
あいつの真っ直ぐな想いは叶わないのか。諦めるしかないのか。
揺れるルートの心と同調するように、窓ガラスがカタカタと揺れ続けていた。




