第6章 2
大量の新聞紙を被ると、レルは寝床に潜り込んだ。
今日は、いつもより冷え込む気がする。気温の問題なのか、心の問題なのか、何も着ていないからなのかは分からない。
さっき、クーロンに謝られた。服を洗濯したのに乾かなかったと。街に出かけるときは、その間にいつも、クーロンが服を洗濯してくれる。今回は洗濯をするのが遅くなってしまったと言っていた。洗濯してもらって感謝するのはわたしの方だと伝えたけれど、それでもクーロンは何度も謝ってきた。謝ることじゃないのに。
せめて、クーロンから借りているフード付きの服をそのまま着るか、代わりに彼女の服を借りて着るかどちらかをして欲しいと言われたけれど、どちらも断った。そんなことをしたら、クーロンの着る服がなくなってしまう。ただでさえ寒いのに。
暖炉の傍に干しておけば服はそのうち乾くはずだから、乾いたら持ってきてとお願いして、暖炉に魔法で火をつけた。燃料もあまりないから普段は火を入れないけれど、そうしないとクーロンが罪悪感を抱えてしまうから。
……しまった。この言い方だと、クーロンの性格からすると乾くまで待機してしまう。明日の朝と伝えればよかった。
新聞紙にくるまって、さっさと寝ようと思う。
……と、自分に言い聞かせてみるけれど、眠れないことなんて分かりきっている。
新聞紙にくるまったまま、寝床で身体を起こして、しばしぼうっとする。
やっぱり寒い。
全部脱ぐ必要はなかったけれど、そんな気分だった。理由なんて、自分でも分からない。自虐的な気持ちになっているような気がする。
無意識に、ため息が漏れた。
ルートに押し付けてしまった。自分の我がままを。勝手な期待を。
ルートからすれば、魔族の生活なんて、どうでもいいはずだ。何の関係もないから。
魔族が幸せに暮らせる明日とか、奪ったり奪われたりしなくてもすむ未来とか。そんな、自分勝手なわたしの我がままを押し付けてしまった。
本人も言っていた。目的は復讐だと。今まで上手くいかなかった社会に、誰も救おうとしてくれなかった社会に、奪われて、搾取されるだけの社会に、復讐してやると。
ルートは社会への復讐としてお金を稼ぐ。わたしは魔族の明日のために、未来のために、お金が欲しい。
ただの利害の一致だ。
だから、わたしたちは、共犯者になった。
それなのに、自分勝手な想いをぶつけてしまった。
わたしの夢は、ルートとは直接関係がないのに。本人が復讐する気をなくしているのに、あれでは魔族のために働けと言っているようなものだ。
それでも、言葉がこぼれてしまった。
協力を依頼されて、わたしがルートの復讐に協力する形で、お互いを利用しあうことにして始まった共犯関係だったのに。
きっと、わたしが自分の夢を、いつの間にか押し付けていたんだ。
このままだと、どうなるか。
わたしはお金を稼げない。
魔族の未来を示すことができない。
セントスからは、魔王の座を退くか、人間との全面戦争かのどちらかを迫られるだろう。
魔王の座を退いて、誰が魔王になるのかは分からないが、セントスか、セントス派の誰かになるはずだ。そうなると、人間との全面戦争が待っている。
どちらを選んでも、結局は魔族と人間との全面戦争にたどり着く。
わたしがどちらも拒否したら、どうなるか。
おそらく、魔王派とセントス派の戦いが始まる。
魔族同士の全面戦争が始まってしまう。
わたし一人対セントス派の全員で、ほぼ互角くらいだ。おそらく相討ちになるだろう。
もしも実際に戦いになったとしたら、わたしは、わたしを支持してくれているみんなには絶対に戦わせない。
そうなると、残るのは、わたし以外の魔王派の魔族だけだ。みんな人間との戦いには積極的ではない。残ったみんなで人間との戦いを避けて、平和に暮らしていくのかもしれない。
飢えから解放される方法を考えて、幸せに暮らしていくのかもしれない。
けれど。
わたしは、魔王だ。魔族を統べる王だ。
そのわたしが、守るべき魔族を手にかけるなんて、本末転倒だ。
例えそれがセントス派の魔族であろうと、自分とは価値観や考え方が違う魔族であろうと、わたしにとっては大切な仲間であることに変わりはない。
同じ魔族を殺すなんて、できるはずがない。
わたしが魔王の座を退けば、人間との全面戦争が待っている。魔王の座にとどまると、人間との全面戦争を指示するしかなくなる。どちらも選ばなければ、魔族同士の戦争になる。
どれも選べない。選びたくない。
こんな選択をしなければならないのなら、死んだ方がマシだとさえ思える。
それを回避するには、結局、お金を稼ぐしかなかった。
けれど、わたしには。
また、ため息が漏れた。
寝床に座ったまま、ぼうっと天井を眺める。
自分の身体が震えるのが分かる。きっと、寒いからだと自分に言い聞かせる。
窓に貼られた新聞紙は、破れたままだ。貼り変えなければいけないのは分かっているけれど、気力がわかない。
わたし一人じゃできないと、ルートに伝えてしまった。
どうして、あんな弱音を吐いてしまったんだろう。
どうして、あんな、すがるような言葉をぶつけてしまったんだろう。
いつから、わたしは、あんなに弱くなってしまったんだろう。
魔王なのに。
威厳のある魔王なのに。
ルートの前で、魔王の仮面を外すことに慣れ過ぎてしまった。
ダメだ。
何とかしないといけない。
わたしは、魔王だ。
魔族を統べる王だ。
お金を稼ぐことだって、きっと、できる。
人間との戦争を避けることだって、きっと、できる。
魔族同士の戦争を避けることだって、きっと、できる。
レルは手鏡を取ると、自分の顔をのぞき込んだ。
今日もまた、同じ言葉を繰り返す。
「大丈夫……。きっとできる……。大丈夫……。わたしならできる……。大丈夫……。大丈夫……」
しばらく忘れていた言葉を繰り返す。
「大丈夫……。一人でもできる……。大丈夫……。一人でも、できる……。大丈夫……。大丈夫……」
ルートの言葉を思い出す。
自分には価値がない。
生きてる意味がない。
きっと、わたしは、ルートの辛さなんて、まったく分かっていない。前の世界でどんな目にあったのか、どれほど辛い想いをしてきたのか、きっと、まったく分かっていない。
この世界に来てからも、どれだけ辛い想いをしてきたのか、まったく分かっていない。
それでも。
自分に価値がないなんて、言って欲しくない。
生きてる意味がないなんて、言って欲しくない。
復讐しなくてもいい。
共犯じゃなくてもいい。
夜風が頬に当たる感触を思い出す。
星空に見守られている光景を思い出す。
「……おまえがいなくなったら、誰がわたしをおんぶするんだよ」
つぶやくと、目を閉じてうつむく。
また、無意識に、ため息がこぼれた。
やっぱり、眠れそうにないと思う。




