第5章 3
ヤム国に着くころには、どっぷりと日が暮れていた。
街では数えるほどしか人の姿を見ない。暗くなるとこんなものだろう。日本の基準で考えてはいけないとルートは思う。
ヤム国は昼間にしか来たことがないが、昼間は人の姿が多く、かなりの賑わいを見せていた。夜との落差が激しいのは、この世界なら、きっと、どこの国でも同じだろう。
途中で何回かレルを下ろして休憩をした。レルが目を覚ましたときに、尻尾をしまわせておいてよかったと思う。いくら暗いとはいえ、尻尾を見られると魔族だとバレる。コスプレだなんて言い張っても、絶対通用しない。フードを被っていて見えないが、角も隠せと言ったから、おそらくレルは今、見た目は人間のはずだ。
「レル。着いたぞ」
レルをおんぶしたまま、ルートは声をかける。
「うーん……。あと5分……」
その概念、こっちの世界でもあるの?
「起きろ、おまえ。どこ行きゃいいんだよ」
「真っ直ぐ……」
真っ直ぐて。どこまで進むんだよ。
仕方なく、レルを背中に乗せたまま、ルートはヤム国に入ってからも真っ直ぐ進む。
さすがに疲れた。レルが小柄とはいえ、一時間以上おんぶをして歩いてきたから、いくらなんでもしんどい。肩がガチガチに固まってる気がする。首も回らなくなってる気がする。前かがみじゃないと歩くのが辛い。これ、明日大丈夫かな。
レルをおんぶしたまま、月明りを頼りにさらに10分ほど歩くと広場に出た。ここがヤム国で一番にぎわっている場所のはずだ。昼間は屋台が出ていて、露天商がたくさんいるが、今は一人もいない。人の姿もちらほらあるだけだ。
「おい、レル。広場まで来たぞ。いい加減、起きろ」
「うーん……。あと5時間……」
「おい」
レルが起きないと、行くあてがない。泊まる場所もない。これだと、彼女をおんぶしてまでヤム国に来た意味がない。
「レル、起きろって」
「うーん……。あと5ヶ月……」
「そんなに寝れる!?」
小さくため息を吐くと、ルートはレルをおんぶしたまま広場の端へと移動する。
レルの話だと、ヤム国くらいなら彼女の魔力を感知して、魔族が迎えにきてくれるとのことだった。このまま広場の端で待っていたら、誰かが声をかけてくるかもしれない。
疲れたし、一回レルを下ろそうか。そう思ったルートだったが、広場の反対側から、こちらを見つめている二人組に気付いた。
一瞬、ルートに緊張が走る。強盗だろうか。魔族だろうか。見た目だけは美少女のゲロ魔王をおっさんがおんぶしているという謎の光景に興味を持っただけだろうか。
ちらちらと視線を送っていると、だんだんと二人組が近づいてきた。距離が縮まって、はっきりと分かる。二人とも、いかつい。顔が怖い。人間だろうが魔族だろうが、あんまり関わりたくない。
ふと気づけば、周りから人影が消えていた。このタイミングを狙って近づいてきたとしか思えない。
いくらなんでもレルを捨てて逃げるわけにもいかない。魔力が回復していなかったら、レルだって戦うことも逃げることもできないし、魔力が回復していたとしても、こんな街中で魔法を使うわけにもいかない。
そうか。レルと一緒に街に行くと、こういうリスクがあるのか。俺が何とかするしかなくなるのか。今までみたいに、魔王の陰に隠れて魔族の相手をするのとは、わけが違う。
もしもレルに何かあったら、どうなるか。魔王がいつまでたっても帰ってこない。魔王の魔力も感じられなくなった。きっと、新しい魔王を立てるしかなくなる。
セントスが魔王になるのだろうか。その結果、起きることは。
甘く見ていた。レルを俺が守らないと、文字どおり、人間と魔族との全面戦争が始まる。
まさか、俺のおんぶに世界の命運がかかっていたなんて、考えてもみなかった。
レルがいなくなったら、俺との契約はどうなるんだろう。契約自体がなくなるのか。なくならなかったとしたら、俺は永遠に死ぬことができなくなるのか。
足音が夜の街に響く。二人の男が目前に迫る。一人はルートより一回り大きい。もう一人は、ルートよりも若干背が低い。
ルートは、自分の身体が強張るのが分かった。おんぶしたまま走って逃げるのは無理だ。一回、レルを下ろすべきか。下ろしたところで、2対1だ。不利であることに変わりはない。大声で助けを呼ぶくらいしか、いい方法が思い付かない。
二人の男が立ち止まる。月明りに伸びた影に襲われそうな錯覚に陥る。背の高い男がルートに声をかけた。
「そのお方を渡してもらおうか」
あ、絶対魔族だ、これ。
「魔族の人?」
ルートの返事に、二人の男は一瞬沈黙する。ややあって、背の低い男が口を開く。
「貴様、どうしてそれを」
「こいつのことを『そのお方』なんて、魔族以外が言うわけないだろ」
「知られたからには、生かしておけない」
「せっかち過ぎない!?」
背の高い男の返事で、ルートは思い出した。とりあえず殺すとかいう魔族の文化を。
「ちょっ! ちょっと待った! こいつ運んできたんだって」
「嘘を吐け。人間が運んでくるわけがない」
「我々を騙せると思うな」
「なんでだよ!? 昨日の魔王城での集会で紹介されただろ!?」
「魔王城だと? こいつ、そこまで潜入するとは」
「やはり、生かしてはおけない」
こいつら、昨日の集会出てないのかよ。よくよく考えたら、魔王城からここまで普通の魔族だと一週間くらいかかるとレルは言っていた。今日ここにいるということは、集会なんて出てるわけがないし、俺のことも当然知らないはずだ。あれ? 戦いにも参加していないのか?
見ず知らずの人間なんて、魔族からしたら信じる対象に入らないようだ。痛いのは嫌だ。仕方ない。魔王様に間に入ってもらうしかない。
「レル、起きろ! 迎えが来たぞ」
「うーん……。あと5年……」
「おまえ、俺に5年もおんぶさせる気かよっ!」
その様子を見て、二人組がつぶやく。
「こいつ、名前呼び捨て……だと……?」
「僕でも名前で呼んだことないのに……」
「今は、そこはいいだろっ!」
ルートの声に、二人組は耳を傾けようとしない。
「ムカつく……触ってるし……」
「僕なんて、4秒以上触ってもらったことないのに……」
「握手会かよ!?」
「殺すしかない……」
「命をもって償え……」
「発想が極端だな! レル起きろって! 俺のピンチだ!」
じりじりと詰め寄る、二人の男。
マズイ。なんとかして起こさないと。ルートはレルの耳元でささやいた。
「おまえ、おんぶされて寝てるところ見られてるぞ! 魔王の威厳なくなるぞ!」
その言葉にレルはカッと目を見開くと、ルートの背中から飛び降り、彼の前へと歩み出る。
「出迎え、大義である」
カメラが回ってることに気付いた瞬間の芸能人かよ。
「……って、ちょっと待った! レル! よだれ!」
「え? あ……」
レルは袖口でよだれを拭くと、二人の男に向き直った。
それ、クーロンから借りてる服じゃないの? よだれ拭いていいの?
「出迎え、大義である」
やり直すんだ。二人とも待っててくれるんだ。優しいな。
「はっ」
跪く二人組。
「跪くでない。ここでは妾も一人の人間じゃ」
だったら、魔王語やめろよ。他の人に見られたらどうするんだよ。……どうもしないな。アホな人としか思われないな。
「しかし」
「素性が怪しまれるであろう。立つがよい」
「はっ」
立ち上がる二人。跪いたり立ったり忙しいな。
「魔王様」
背の高い男が小声で話す。
「魔王様のお身体に触れたり、魔王様のお名前を呼び捨てにしたりする、この不届き者は、もしや人間ではありませんか?」
このやりとり、毎回だな。
「うむ。この者は妾の下僕として魔王城にて飼っておる。案ずるでない。昨日の集会で、皆には紹介済みじゃ」
「何故、人間などを」
「この者を利用して、お金を稼ごうと思うてな」
「そんな……」
レルの返事に、背の低い男が泣きそうな声をあげた。
「僕の稼ぎが少ないから他の男を……」
誤解を招く言い方やめろや。
「テイルよ。そちの働き、妾はいつも感謝しておる。そちから預かったお金も、魔族の未来の礎となるよう、大切に保管してある」
「なんともったいなきお言葉……」
テイルと呼ばれた背の低い男は、再びレルの前に跪いた。
「テイルよ。妾からの、せめてもの感謝の証じゃ」
レルはテイルの頭を撫でる。1、2、3、4。時間にして、4秒。
「魔王様っ……! ありがとうございます……! このテイル、あと100年は頑張れますっ……!」
4秒って、これかよ。
「ヘッドも、大義である」
「もったいなきお言葉……」
ヘッドと呼ばれた、背の高い男も跪く。
二人とも跪いてるし。なんで一回立たせたんだよ。
「妾からの、せめてもの感謝の証じゃ」
レルはヘッドの頭も同じように撫でる。時間にして、やはり4秒。
「ありがたき幸せ……! このヘッド、あと200年は頑張れますっ……!」
握手会じゃなくて、頭撫で会じゃねえか。
4秒頭撫でるだけで100年も200年も働いてくれるとか。すげえな、魔王様。




