第4章 2
圧巻としか言いようのない光景だった。
玉座の間を覆いつくすように魔族が跪く。300名ほどいるだろうか。
そして、その魔族を見下ろすように、玉座に座るレル。
ついでに、レルの近くにたたずむルート。
彼は思う。こんなの、時代劇でくらいしか見たことない。しかも、自分がこの位置に立っていると、自分も偉い人みたいになってしまう。気まずい。
レルが口を開く。
「皆の者、大義であった」
玉座の間に彼女の声が響き渡る。
「誰一人欠けることなく帰ってきてくれたことを、妾はうれしく思う」
静まり返る玉座の間。誰一人として顔を上げない。まるで、面接のときに座っていいと言われるまで立ったままでいる就活生のようだ。
「面を上げよ」
「はっ!」
一斉に魔族たちが顔を上げる。その視線がレルに届き、近くに立っているルートへと移る。
ルートは思う。
こっわ。
とりあえず殺すとかいう謎の文化を誇る魔族の大群に、いっせいに睨まれるとか。生きた心地がしない。
以前、ブイアイに、魔力がないから人間ではないかと即座に見抜かれた。おそらく、ここにいる魔族も同じ感想のはずだ。不信感と疑念が渦巻いているのが伝わってくる。
ルートはレルに視線を送って訴える。魔王様、ヤバかったら助けてください。俺には無理です。肩くらいならもみます。
「怪我をした者はおらぬか」
レルの問いかけに、誰も名乗りでない。怪我人がいないのか、ビビッているだけなのか。
「被害のあった者はおらぬか」
やはり、誰も答えない。人間社会の会議でも発言する人間なんて決まっているし、魔族の集会でも同じなのかもしれない。
「辛い思いをした者はおらぬか」
それでも、誰も答えない。もしかしたら、これは、人間社会でもある、重要な内容は会議の前に決まっているとかいうアレなのか。
「魔王様」
お、発言する人がいた。声の主を探すと、真ん中あたりで立ち上がっている魔族がいた。お年寄りというほどではないが、やや年齢がいっている印象を受ける。年齢以外で表現するなら、重鎮とでも言えばいいのだろうか。表情には余裕がうかがえる。
「……相変わらず魔王様はお優しいですなぁ。我々の心配をしてくださって。それにしても、我々の戦果をお聞きにならないのは、一体どういうことなのでしょうなあ」
慇懃無礼という言葉がぴったりくる。これがレルが言っていた、魔族も一枚岩ではないというやつなのだろうか。
黙ったまま返事をしないレルを無視し、その魔族は続ける。
「数十年ぶりの魔族と人間の大規模な戦争なのですぞ。人間を何匹殺したかの成果を誇るのが、この集会の目的ではないですかなあ。少なくとも、先代の魔王様はそうでしたが」
いきなり物騒な話になった。
「セントスよ、妾の指示が不満か」
「滅相もない。人間を殺すな、怪我をさせて動けなくすればよい、風魔法で遠くに飛ばせばよいなどというお優しい指示を、我ら魔族は可能な限り守っております。……もちろん、魔法の当たりどころが悪くて命を落とした人間も多数いるようですがな」
その言葉に、レルは眉根を寄せる。
「……それにしても、魔王様はお優しいですなあ。玉座の間まで攻めこんできた人間どもを風魔法で遠くまで飛ばして、しかも、一匹も死なぬように、落ちるときの衝撃を風魔法をコントロールして親切にもやわらげてあげたそうですなあ」
えっ!?
あの瞬間を思い出す。レルの一撃で、間違いなく軍隊は壊滅した。全員が遥か彼方へと飛ばされた。ただ一人、俺を除いて。
全滅したと思った。全員死んだと思った。それなのに。
レルの顔を見る。その表情は能面のように貼り付いて、動かない。
「……もっとも、たまたま我々の近くに落ちてきた人間には、とどめをさしておきましたがな。怪我で苦しんでいるようだったので、せめてもの情けとして」
レルの拳に力が入るのが分かる。
「……この玉座の間も、すっかり風通しがよくなりましたなあ。魔王様からすれば、我々魔族の本拠地よりも、人間ごときの命のほうが、よっぽど大切なのでしょうなあ」
玉座の間がざわざわする。魔族からの動揺が伝わってくる。
「我々魔族の命よりも、人間の命を大切になさるなど、この浅薄なセントスめには考えも及ばぬことでございます」
ざわつきが大きくなる。
「我々は魔王様とは違い、人間が恐ろしい。自分がいつ殺されるやと恐ろしくて夜も眠れぬ。そんな弱い我々のことなど、絶大な魔力を誇る魔王様には想像もつかぬのでしょうなあ。魔王様からすれば、我々魔族の命も、人間の命も、指先で弾いて殺しても何も感じない程度の、虫けらと同程度の価値にございますな」
レルは黙ったまま、何も言わない。
「……本当に魔王様が我々魔族のことをお考えなら、人間どもを滅ぼして、我々を飢えから解放してくださるはずなのですが、はて、一体どうして魔王様はそれをおやりにならぬのか。理由は一つしか考えられませぬ。魔王様が、我々魔族よりも人間の方が大切だと思われている証かと」
ルートは心臓が早鐘を打つような感覚に襲われた。ちょっと険悪すぎないか、これ。
「セントスよ」
レルが口を開いた。瞬間、ざわつきが沈黙に変わる。
「そちは視野が狭いのう」
うお。レルが反撃を始めた。彼女は言葉を続ける。
「人間を滅ぼして、それで、どうなると申すのじゃ」
「これはこれは。魔王様ともあろうお方が、そんなことも分からぬとは。人間を滅ぼせば、豊かな土地が手に入ります。そこで肉や魚を食べ、我々は飢えることなく平和に暮らせるではありませんか」
「肉や魚を食べ尽くし、その土地から食糧がなくなり、また別の土地へ移動して、その土地の肉や魚を食べ尽くすとでも申すのか」
「人間どもがいないのであれば、どこへだって行けまする。何か問題があるとお考えですかな」
レルは脚を組むと、セントスに言う。
「そちは、何も分かっておらぬのう」
「ええ。申し訳ありませぬが、この無知で蒙昧なセントスめに、魔王様のご高尚なお考えをご教授いただけまするか」
「そちは、食糧を作り出すことができるか」
「できませぬな。しかし、その必要はございませぬ。豊かな土地で肉や魚を食べればよいだけのこと」
「それで、300年後、500年後、魔族はどうなる。いつか食糧がなくなるであろう。しかし、人間は違う。人間は作物を育て、家畜を飼い、自分たちで食糧を作り出しておる。そちは今しか見えておらぬ。妾が考えておるのは、もっと先のことじゃ」
「人間が食糧を作り出したところで、魔王様のお考えでは、我々にその食糧は届きませぬな。人間を殺さないように最小限だけ奪うなど、世迷言もいいところですなあ」
「奪いはせぬ」
玉座の間が、再びざわつく。
「お金を稼ぎ、人間から食糧を買えばよいだけであろう」
「なっ……」
あまりに予想外の言葉に、セントスは絶句した。
「魔王様ともあろうお方が、人間のお金を稼ぐなど。笑止ですなあ」
「妾は未来を見ておるのじゃ」
「それなら、一体どうやってお金を稼ぐのですかな。また我々魔族に人間に変身して働けなどとおっしゃられるのですかな。魔族であることの矜持を捨て、人間の指示に従えなどと、妄言を吐かれるのですかな」
「その必要はないのう」
レルは一瞬、ルートに視線を送ると、玉座を見渡して続けた。
「皆の者、覚えておくがよい。この者は、魔族がお金を稼ぐために妾が連れてきた人間じゃ。今は妾の下僕として、魔王城にて飼っておる」
玉座の間のざわつきが、最高潮を迎えた。ルートは悲鳴をあげそうになった。
この状況で俺に振るの!? こんな険悪な展開で!? もうちょっと転校生みたいなノリで紹介してもらえるかと思ったら、かすりもしてないじゃねえか。つーか、下僕とか飼ってるとかやめろや。
一瞬、呆気にとられたセントスだったが、レルへの糾弾を続ける。
「……魔王様、血迷いましたかな。魔族が人間と手を取るなどと」
「手は取らぬ。この者を利用するだけじゃ」
「その者に本当にお金を稼ぐ能力がおありだと考えておられるのですかな」
「戯言を申すな。そのために妾が連れてきておる」
おい。ハードル爆上がりしてるじゃねえか。
「では、その者がお金を稼ぐことができなかったら、いかがなさるおつもりですかな」
「セントスよ。妾が逆に聞こう。そちはどうして欲しいのじゃ」
「そうですなあ。魔族よりも人間を大切になさる魔王様には、魔王の座から下りていただくか、魔族が人間を滅ぼす許可をくださるか、どちらかを選んでいただく必要がありそうですなあ」
沈黙が下りた。玉座の間が、緊張で包まれる。俺の胃も、痛みで包まれる。
しかし。その言葉を聞くとレルは、小さく笑った。
「その程度でよいのか。小さいのう、そちは」
馬鹿にされ、セントスの眉がピクリと動く。彼を小馬鹿にしたような表情を作ると、鷹揚な口調でレルは告げる。
「そちには永遠に、魔族の未来の姿など、描けそうにないのう」
一瞬イラっとした表情を見せるが、すぐにその表情を隠し、セントスは言う。
「そもそも、人間など本当に信用できるのですかな。その者が魔王様の寝首をかこうとしておるのではないでしょうな。魔王様に何かあったらと考えるだけで、このセントス、心配で心配で」
この展開、この前もあったぞ。もしかして、これ、また靴舐めろとか言われる流れじゃねえの?
この空気はマズイ。前回はブイアイだけだったからどうにでもなったけど、これ、今、靴を舐めよとか言われたら断れる空気じゃねえぞ。
「……本当に、その者が信用できるかどうか、証拠でも見せてもらわねば、ここにいる者は誰も納得しないのではないですかな」
うげ。きた。
魔族の注目が、レルに集まる。
言うなよ。靴を舐めよとか、靴で踏んでやるとか、絶対に言うなよ。
祈るような気持ちで、レルを見る。
脚を組み直すと、彼女は口を開いた。
しかし。
「その必要はないですぞ、セントス殿」
唐突に、聞き覚えのある声が響く。声の主に視線を送ると、3メートルはありそうな大男が立ち上がっていた。
「我はその者の忠義を知っておる」
ブイアイだった。
玉座の間がざわめく。
「ブイアイだ……」
「ブイアイほどの忠臣が認めた人間なのか……」
「あの人間、ものすごい忠誠心の持主なのか……」
ざわめきがルートの耳に届く。
セントスはブイアイに向き直ると、口を開いた。
「ほう。この人間の忠義を知っているとは、一体、どのようなことかな」
「我は知っておりますぞ。この者は、飽きるほど魔王様の靴を舐めておりまする」
……おい。
「マジかぁ……」
「靴舐めるとか……」
「そんなのやるのブイアイくらいだろ……」
「よくやるわぁ……」
「魔王様の生足だったら舐めたいけどなぁ……」
とんでもない誤解を受けている気がする。
ざわめきを無視し、ブイアイは続ける。
「それだけではないですぞ。この者は、飽きるほど魔王様に踏んでいただいておる」
やめろや!
「うわぁ……」
「ブイアイの同類かよ……」
「忠誠心高いかもしれないけどさぁ……」
「ひくわぁ……」
「魔王様の生足だったら踏まれたいけどなぁ……」
どう見てもひかれてるじゃねえか!
そんな空気を意に介さず、ブイアイは続ける。
「さらに、この者、魔王様とのハードなプレイはやり飽きたとのこと!」
もうやめて! 俺が悪かったから!
「あの魔王様と……」
「魔力で殺されちまうよ……」
「よく身体もつよなぁ……」
「人間ってやべえなぁ……」
「生足かぁ……いいなぁ……」
取り返しのつかないことになった気がする。魔族に直接殺されることはなくなったとしても、魔族社会的には死んだ気がする。
「そして、この我も! 先日とうとう、魔王様に踏んでいただく名誉を拝した!」
こいつ、マジかよ。そんなこと言ったら、ドン引きされるだろ。
しかし。
玉座の間に鳴り響く、割れんばかりの大歓声と、鳴りやまない拍手。
「ブイアイ!」
「よかったな!」
「おまえの望みだったもんな!」
「俺らは違うけど!」
「おめでとう!」
「おまえの忠義、認められたな!」
「俺は違う方法で認められたいけど!」
「俺たちの誇りだ!」
「生足! 生足!」
……さっきから一人、ヤバいヤツいない?
玉座の間に広がる暖かい光景。
その光景を、苦虫を噛み潰したような表情で見つめるセントス。同じように苦々しい表情をした魔族が半分近くはいる。とはいえ、そっちが普通のリアクションのような気もする。
どう考えても、ブイアイたちの方がおかしいのに、この空間では、そちらが正常に見えてしまう。
「魔王様、どうやら本当に、その人間は忠義を尽くしているようですな」
おい、セントス。さっきの信じたのかよ。嘘だからな? 全部、嘘だからな?
「うむ」
「せいぜい飼い犬に手を噛まれぬことですな」
「そう心配せずともよい。この者の命は、妾が握っておる」
ブイアイへの歓声も拍手も止まり、沈黙に包まれる玉座の間。
「この者を生かすも殺すも、文字通り妾次第じゃ」
ざわざわと、玉座の間が揺れる。
「あいつ……」
「やべえな……」
「命まで差し出してるのかよ……」
ルートは思う。だいたい合ってるけど。間違ってないけど。何か違う。
「この者は、妾の一言で、妾の胸で命を落とすように仕込んである」
再び、玉座の間が揺れる。
「魔王様の一言で……」
「一体、どんな魔法なんだ……」
「そこまでされても、あれだけの忠誠心なのかよ……」
「そんな立派な人間がいたなんて……」
「生足じゃないのかよ……」
間違いではないけど。間違いではないけど……!
「魔王様、楽しみですなあ。その者がお金を稼いで、我々魔族を飢えから解放してくれる日を、このセントス、首を長くしてお待ちしておりますぞ」
「うむ。楽しみにしておるがよい」
なんだ、これ。胃が痛い。
お金稼ぐのに失敗したら、魔族同士で戦いが始まるかもとかレルが言ってたけれど、一歩間違ったら、人間と魔族の全面戦争になる気がする。
これなら、要件定義も仕様書もないのに、設計書作れとか手順書作れとか言われる方がはるかにマシだ。
さっさと窒息死させてもらえばよかった。




