第4章 1
傾いたソファに寝転がり、草をもにゅもにゅしながらルートは考える。
さすがに参った。この展開は予想していなかった。魔族の栄養状態が悪すぎて筋肉不足なんて、さすがに想定外だ。
魔族タクシーは、いくらなんでも無理だ。栄養状態が改善しないかぎり、どうにもならない。けれど、栄養状態を改善させるには、お金がいる。頓挫してしまった。
他に何かいい方法はないだろうか。考えてみても、さっぱり思い浮かばない。気付いてしまったが、実は、この世界のことをよく知らない。
「うーん」
考えても、いい案が浮かんでこない。日本の常識なんて通用しないし。
「ちょっと!」
「うわ。出た」
勢いよくレルが入ってきたから、思わず声が漏れた。
「うわって何よ?」
「なんでいっつもキレながら入ってくるんだよ? ノックくらいしろよ」
「いいでしょ、別に。わたしの家なんだし。それより、どうしてくれるのよ!?」
「何が?」
「ブイアイがすれ違うたびに、忠義の証とか言って、土下座して後頭部さしだしてくるんだけど! まだ飽きるほど踏んでもらっておりませぬとか言われるんだけど!」
すげえな、あいつ。
「飽きるほどって言ったの、おまえだろ。俺は言ってねえぞ」
「頭踏んだらブイアイが立ち直るって言ったから踏んだのに、これじゃ逆効果じゃない」
「でも、一応立ち直ったんだろ」
「立ち直ったけど! でも、こっちも廊下ですれ違うたびに気まずい思いするんだから」
「飽きるほど踏んでやれば?」
「いつ飽きるのよ?」
「本人に聞けよ。それより、この草すげえな。マジで全然なくならない」
「だから特別な草だって言ってるじゃない」
「ここまでなくならないとか思わないって」
お皿の上の草は、全然減っていない。噛んでも噛んでもなくならない。特別な草だとの言葉どおりだった。
「それで、どうするのよ? 魔族タクシーは」
「あれ、ちょっと無理だな。10分も飛べないなら人間運ぶの無理だろ」
「じゃ、どうするの?」
「うーん。考えてるんだけど、全然思い浮かばない」
ルートはソファに座り直して、口を開く。
「それで、ちょっと相談なんだけど」
「ひっ……」
レルの尻尾がピンと逆立つ。両腕で胸を隠すように包み込むと、身をよじって言葉を続ける。
「い、一回の失敗で諦めないで! また頑張ればいいから、ね? 生きてればいつか成功するから、ね?」
「……まだ何も言ってねえだろ」
「何? 違うの?」
「……俺さ、実は、この世界のことよく知らないんだよ」
「よく知らない? どういうこと?」
「俺さ、カーネル帝国に召喚されて別の世界から来たんだけど、葡萄酒農場でずっと働かされてたんだよ。働いてる時間以外は自由だったけど、働いてる時間が長すぎてご飯食べて寝る以外、何もやってない。しかもその後、軍隊入れられたし。カーネル帝国のことすら、よく知らない」
話していて気付いた。日本にいた頃と同じだな。
「カーネル帝国でもそれだから、他の国なんてもっと知らない。何回か商業が盛んなヤム国行ったことあるけど、遊びに行ったんじゃなくてブドウとか葡萄酒とか運んだだけだし。商業協会とかお客さんとかに運んだこともあるから、取引の現場は見たことあるけど」
「葡萄酒っておいしいの?」
「飲んだことない?」
「ないわ。ブドウなら食べたことあるけど。100年くらい前だけど」
下手したら昭和よりも前じゃねえか。
「実は俺も、この世界に来てから葡萄酒って飲んだことない」
「え? 自分で作ってたんじゃないの?」
「俺が作ってたんじゃなくて、作らされてただけだし。大切な商品を奴隷に飲ませる貴族様なんていねえよ」
思い出した。商業協会とか取引先とかで、あいつら、おいしいそうに葡萄酒試飲してやがった。俺は一回も飲んだことないのに。
「じゃ、どんな味か分かんないようなの作ってたってこと?」
「そうなるな」
日本にいた頃を思い出す。自分の仕事なんて末端だったから、システム全体なんて資料を読んで調べるしかなかった。しかも、システム全体なんて理解したところで業務がスムーズになるわけでもないし、システム全体に関わる機会だってない。
そもそも何のためのシステムかなんて、資料すらないから推測するしかなかった。業務の全体像が見えないまま、自分の関わる範囲の割り振られた仕事だけをこなす。
やっていることが、日本にいた頃と本当に同じだ。代わりがいくらでもいるただの末端の存在だ。
いや、逆に考えたら、日本でやっていたことが、やろうとしていたことが、この世界でも通用するということだろうか。日本にいた頃に、自分だったらこうするのにと考えていたこと。想像を膨らませていたこと。検討してみてもいいかもしれない。
「それでさ、レル、ここからが相談なんだけど」
レルの尻尾が反射的にピクンと逆立つ。しかし、悲鳴を漏らすのは耐えきったようだった。
「ちょっと、ヤム国とか行ってみたいんだけど」
「いいんじゃない、行ってくれば」
「歩いていくと何日かかると思ってんだよ」
「ああ。歩くと相当遠いわよね。一ヶ月以上かかるんじゃない?」
「おまえなら何日でヤム国までいける?」
「半日くらいかかるわね」
徒歩一ヶ月を半日て。
「魔族のみなさん、半日で行けちゃうの?」
「半日で行けるのなんて、わたしくらいよ。他の魔族なら一週間くらいかかるんじゃない?」
やべえな、こいつ。
「あのー、レル……さん」
「何?」
「俺をヤム国まで運んでくれたりは……」
「頭が高いんじゃない? あ、間違えた。……妾を誰じゃと思うておる。頭が高いのう」
「魔王語いらねえだろ」
「ほう。それがものを頼む態度か」
イラっとする気持ちを、グッとこらえる。
「その前に、俺のこと運べるの? ブイアイでも10分で限界だったのに」
「……」
おい、黙りやがったぞ、こいつ。
「おまえ、よくそれで頭が高いとか言えたな!」
レルは少し思案したが、ややあって口を開いた。
「そうだ! 半日で行く方法あるけど、どうする?」
満面の笑顔のレル。尻尾がぴょこぴょこと動く。嫌な予感しかしない。
「……いや、いいです」
「くらいたい?」
「くらいたいってなんだよ!? 殺しにきてるじゃねえか!」
「一回だけでいいから! 優しくするから!」
なんで俺がそんな言葉を聞かされてるんだよ。普通、逆だろ。まさか、こんなセリフを聞く日がくるとは。
「……ちなみに、どういう方法?」
「風魔法でヤム国まで、おまえをぶっ飛ばすの」
「絶対死ぬだろ! それ!」
「どうせ死なないでしょ。だから迷惑してるのに」
「迷惑ってなんだよ! もうちょっと安全な方法あってもいいだろ!」
「えー。ないこともないけど」
「あるのかよ」
「やると疲れるからやりたくない」
「我がまま過ぎるだろ、おまえ!」
「それが、人にものを頼む態度?」
「……サーセンした……」
なんかこいつ、どんどん立場強くなってない?
俺がレルより優位に立てるのは、契約の一点だけだ。それ以外だったら、魔族を統べる王に勝ち目なんてない。俺より立場が強いのは当たり前といえば当たり前ではあるけど。
「じゃ、魔族タクシーは置いておいて、他の方法考えるためにヤム国に行きたいってことでいいのよね?」
「そう」
「諦めるわけじゃないんだ」
「まだ、な」
「そっか。この後、魔族の集会あるけど、どうする?」
「集会? 何やんの?」
「人間との戦いが終わったから、被害報告みたいな感じ?」
そういうの、魔族でもやるんだ。
「それ、俺が行ってどうすんの?」
「魔族に協力頼むんでしょ? 紹介するけど」
「魔族の皆さんに? 俺のことを?」
「そう」
言われてルートは悩んだ。自分のことを紹介されても、何て言えばいいんだろう。お金を稼ぐために利用させてくださいとか、いくらなんでも言いづらい。
「やっぱりいいや」
「いいの?」
「行ってもしゃべることないし」
「それならいいけど。ただ、魔王城に住んでるんだから、これからちょくちょくいろんな魔族と顔を合わせることになるわよ」
「あー、確かに」
「魔王城に人間がいるからびっくりされて、問答無用でいきなり殺されるわよ」
「それ、おまえが集会のときに説明しろよ」
「説明したところでおまえの顔が分かんないんだから、魔族としては、人間がいたらとりあえず殺すでしょ。ここ魔王城なんだし」
とりあえず殺すってなんだよ。そんな文化聞いたことねえよ。
「その前に、集会までまだ時間あるから、集会前に殺されるかもね。部屋から出るなら気を付けてね。あー、死なないから別にいいか」
そういう問題じゃない。痛いし怖い。何回も死体になりなくたない。
「……レル……いや。魔王様」
「何?」
ルートはキリリと顔を引き締めると、レルに告げた。
「集会が終わるまで、お傍にいさせていただいてもよろしいですか? もちろん、集会も出ますから」




