第3章 3
魔王城から少し離れた荒れ果てた大地で。
「そんなにへこまなくていいから。ね? ブイアイが一生懸命頑張ってくれたこと、わたしはちゃんと見てたから、ね?」
「魔王様のご期待に背くなど、我が生涯、最大の不覚……。もう、我がこれ以上生きる意味はありませぬ……」
「誰だって失敗することくらいあるわよ。でもね、失敗があるから次に成功するんじゃない。次に成功するために今失敗したと思えばいいのよ」
地面の上で体育座りをする部下を、魔王が一生懸命慰めていた。
その様子を見ながら、ルートは思う。どうして魔族って、こんなに自己肯定感低いんだよ。だいたい、魔王の期待に応えられなかったって理由でへこむなよ。俺を落として殺したことに対してへこめよ。
それにしても、まさか落とされるとは。怖かった。いくら不死身になったとはいえ、怖いものは怖い。死ぬことに対して、そこまでポジティブになれない。
改めて思う。どうせ死ぬなら、やっぱり気持ちよく死にたい。俺の最期の願いは、間違ってなかった。
「ここの空なんて、寒いから。ね? 腕が震えても仕方ないわよ」
その言葉に、思わずルートは口を挟む。
「違うぞ、レル」
「何が?」
「ブイアイ。おまえが俺を落とした理由は分かってる。寒かったからじゃない」
その言葉に、ビクッと身を震わせると、体育座りのまま、ブイアイは顔を上げてルートに視線を送る。
「おまえが俺を落としたのは、筋肉が足りないからだ!」
「は? 何言ってるのよ? ブイアイが筋肉足りないわけないでしょ?」
「じゃあ、見てみろよ。このガリガリの腕。あの腕のぷるぷるは寒かったからじゃない! 絶対筋肉不足だ!」
「そんなわけないじゃない! 身体の大きなブイアイが筋肉足りないなんて。わたしの倍くらいあるのよ? ブイアイも黙ってないで、何か言ってやりなさいよ」
しかし。
「ああぁぁっ……! 申し訳ありません、魔王様……」
「えっ! ちょっと! どうしたのよ?」
「その方のお話のとおりです……。筋肉が限界を迎え、腕が……」
「なっ! 違うわ! こいつが重かったのよ! ブイアイのせいじゃない!」
「いや、俺、そんなに重くねえだろ!」
「うっさい!」
「申し訳ありません、魔王様……。あまり栄養のあるものを食べられず……どんどん筋肉が落ちていき……。とうとう魔王様の期待にすら応えられなくなる始末……。こんな我は魔族の恥さらしでございます……」
ルートは思う。魔族の貧困問題がここまで影響しているとは。これじゃ、魔族タクシーなんて、どうあがいても無理だ。
「魔王様……。我をクビにしてください……」
クビってなんだよ。魔族にクビとかあるのかよ。
「思い詰めないで! 筋肉が足りなかったからじゃないわ! 寒かったから筋肉が動かなかっただけよ!」
「しかし、もはや生きる希望など残されておりませぬ……」
言うと、ブイアイはさめざめと泣きだした。
「ちょっと! ブイアイいじめないでよ!」
「いじめてないだろ! 落とされたの、俺だぞ! 不死身じゃなかったら、絶対死んでたぞ!」
「おまえのせいでブイアイが泣いてるんでしょ!」
「俺のせいじゃないだろ! だいたい、おまえ、魔王語はどうしたんだよ! 素に戻ってるだろ!?」
「今、それどころじゃないの、見れば分かるでしょ!?」
だったら普段から魔王語いらねえだろ。
「ブイアイ、筋肉が足りないなんてことないわ。わたしが保証する。気にしないで。一緒に魔王城に帰りましょう」
「しかし……満足に食べることができない結果、我の筋肉はどんどんしぼんでいき…………」
「こいつが重かっただけだから、ね?」
「重くないって言ってんだろ!」
「うっさい!」
「だったらレル、ブイアイに抱きかかえられて魔王城まで飛んで帰ってみろよ。途中で落ちたら、おまえが重いってことだからな」
「なっ! わたしは重くないでしょ!」
「だったらブイアイがおまえを抱きかかえて落とさずに帰れるってことだよな?」
「分かったわ! やってやろうじゃない! ブイアイ! わたしを抱きかかえて飛んで帰るわよ」
その言葉を聞いて、ブイアイは震える。
「ああぁぁぁっ……! 申し訳ありません! 魔王様! 我の! 我の筋肉が足りないのが悪いのです! けっして魔王様が重いわけではなく、我が貧弱なゆえなのです!」
「筋肉が足りてることを証明できるチャンスよ」
「ひいっ! お許しください! 魔王様っ!」
「大丈夫よ、落とさなければいいんだから」
「どうかっ! どうかっ! ご慈悲をっ!」
とうとうブイアイは土下座した。いつの間にか、自分がブイアイを追い詰めていることにレルは気付かない。
「レル。見逃してやれ」
「どういうことよ?」
「ブイアイが恐怖で震えてるだろ」
「何よ! わたしのせいって言いたいの?」
「見りゃ分かんだろ」
「どこがよ!?」
レルは土下座したままのブイアイに視線を送る。そこには涙を流しながら恐怖に震える部下の姿があった。
「え? 何? ブイアイ、わたしのせいで泣いてるの?」
「どうか……! どうか……! お許しください……!」
「どうして、わたしのせいになるのよ!?」
「見てのとおり、ブイアイはガリガリだ。どう見ても筋肉がない。それなのにおまえを抱きかかえて空を飛んで、もしもおまえを落としたら、おまえがデブだってことになる。それをやれって言われたら、そりゃ泣くだろ」
「わたしを抱きかかえてブイアイに空飛べって言ったの、おまえでしょ!」
「やってやるって言ったの、おまえだろ!」
険悪な空気に耐えきれず、土下座したままブイアイが口を挟んだ。
「も、申し訳ありません、魔王様……! 我が、筋肉が足りていないのが、すべて悪いのです……!」
「そ、そんなことないわ! 今日は筋肉の調子が悪かっただけよ!」
筋肉の調子ってなんだよ、とルートは心の中でツッコミを入れる。
「我が……我が、魔族の恥なのです……。面目次第もございません……」
「そんなこと思わないで! 魔族って、どうしても魔力に頼っちゃうから、筋肉だって多少は落ちるわよ!」
「しかし……そのせいで、魔王様のご期待に背く結果になるとは……。クビにしてくださらないなら、我の命をこの場で奪っていただきたい……」
「ちょっと! 思い詰めないで!」
土下座したまま動かないブイアイ。
困り果てたレルに、ルートは耳打ちした。
「一個だけブイアイをポジティブにさせる方法がある」
「何よ!?」
「頭踏んでやれ」
「はぁ!?」
「おまえがブイアイの頭を踏んでやって、魔王語で、命は自分が預かるから自分のために生きろとかなんとか適当に言えば、こういうのはだいたい何とかなる」
「なるわけないでしょ!? 頭おかしいんじゃない!? って、知ってるけど!」
「一言多いな、おまえ! けど、ブイアイを立ち直らせる方法、他にないぞ」
レルは唇を噛む。
「……本当にそれで、ブイアイが立ち直るんでしょうね?」
「ブイアイの性格だと、多分いける」
「おまえはブイアイの何を知ってるの? 初対面じゃない」
「そうだけど、見てれば察するだろ。ブイアイ、多分、おまえの靴大好きだぞ」
「ブイアイを、おまえみたいな気持ち悪い契約思いつく人間と一緒にしないで」
「どう見ても、俺よりブイアイのがアレだろっ!?」
レルは小さく息を吐くと、ブイアイに向けて口を開いた。
「ブイアイよ、そちの考えはよく分かった」
「申し訳ありません……! 魔王様……!」
「そちに、妾が生きる意味を与えてやろう」
言うとレルは、土下座するブイアイの後頭部を靴で踏んづけた。
ルートは思う。本当にやりやがったよ、こいつ。しかもノリノリじゃねえか。
「ブイアイよ。妾に忠誠を誓え。これは、そちの忠義の証じゃ。妾のために生きよ。妾に尽くせ。妾にそちの命を預けよ」
「魔王様……! もったいなきお言葉……! このブイアイ、生涯をかけて魔王様に尽くす所存にございます……! この命、魔王様のものでございます……!」
「よい。帰るぞ、ブイアイ」
「はっ」
ブイアイは涙を拭いて立ち上がる。
本当になんとかなっちまったよ。ここからどうするんだろう。歩いて帰るのかな、俺。




