第3章 2
「ブイアイ、人間がどうやって移動するか知ってる?」
ルートの言葉に、ブイアイは腕を組んで思案しているようだったが、やがて口を開く。
「歩いて、ではないのか?」
「そうだな。あとは?」
「馬とか、馬車とかも見たことがあるな」
「大正解」
魔王城の中庭で、ルートはこれから始めることをレルとブイアイに説明していた。
玉座の間でブイアイが跪いていたときから思っていたが、この魔族、でかい。3メートル近くあるだろうか。立って並ぶと、ルートはブイアイを見上げる形になる。小柄なレルと並ぶと、余計ブイアイが大きく見えてしまう。
こんなでかい魔族を跪かせるとは、やっぱりレルって魔王だったんだなとしみじみ思う。ルートはブイアイを見上げながら、話を続けた。
「……馬とか馬車もあるけれど、馬に乗れる人は少ないし、歩いたり馬車に乗ったりすると時間がかかる。それに、馬車なんて貴族や金持ちの商人なら持ってるけれど、中規模の商人だと持ってないこともある。馬車を借りるのもお金がかかるから、馬車を貸したり、馬車で人や荷物を運ぶことを商売にしている人もいる」
「うむ」
「そこで、もしも人間が空を飛べたら、移動が楽になるって思わない?」
「それはそうかもしれんが」
「じゃ、人間が空を飛ぶためには、どうすればいいと思う?」
目の前の人間が何が言いたいのかよく分からない。そんな表情で、ブイアイはレルに視線を送る。
しかし、視線を送られたレルも困惑していた。ルートが何を言おうとしているのか、やはりよく分かっていなかった。マントをいつ使うのかすら分からない。
ブイアイからの返事がないので、ルートは言葉を続けた。
「人間が空を飛ぶ方法は、この世界では、今のところない。つまり、空を飛ぶことが、そのままアドバンテージになる」
「うむ」
「そこで。魔族のみなさんに、人間を抱きかかえて空を飛んで運んでもらう。それで、運んだ人間から料金を払ってもらう。名付けて、魔族タクシー」
「「はあ!?」」
レルとブイアイの声が重なった。
「人間よ、こちらへ来い」
一瞬、素の話し方に戻ったが、すぐに魔王語に戻すと、レルはルートをあごでしゃくって、中庭の片隅へといざなった。
「ちょっと待ってよ。それは無理でしょ。人間が魔族に近付くことなんて、ありえない」
「だから、人間の姿に変身してもらうんだよ」
「人間が空を飛んでたら、そっちのがおかしいでしょ」
「そこで、このマントを使う」
言うとルートは、クーロンに作ってもらったマントを広げた。
「これを着ると、空を飛べるってことにする」
「何言ってんのよ。バレるでしょ、そんなの」
「いいや、バレない。俺は別の世界から来た人間だ。カーネル帝国が別の世界の人間を召喚しまくってることは、他の国にも広まってる。だから、別の世界の技術で作ったことにしても筋が通る」
「このマント奪われたらバレるでしょ」
「マントだけでもダメで、マントを着て空を飛ぶには、飛ぶ人に別の世界の特別な技術を適用する必要があるってことにする。もちろん技術は秘密ってことにする」
「そんなの、信じてもらえないでしょ」
「大丈夫だろ。魔道具ないって話だったし。別の世界の技術って言い張れば、疑われるかもしれないけど、本当に空飛んでるんだから何も言えないだろ」
「うーん」
レルは納得がいっていない様子だった。
「レル、おまえ、別の世界のこと知らないだろ」
「そりゃ、知らないけど」
「俺のいた世界だと、人間も空を飛ぶ」
「嘘!?」
「正確に言うと、空を飛べる乗り物を人間が作って、それを使って空を飛んでる。一度に100人とか200人とか乗り物に乗って空を飛んでる」
「そんなの、できるわけないじゃない」
「できるんだよ。できてるんだよ。俺のいた世界では」
レルの表情から不信感が読み取れる。
「だったら、その乗り物作ってよ」
「無茶言うなよ。あんな技術、俺には無理だ」
「無理なんじゃない」
「乗り物作るのって、すげえ大変なんだぞ。俺みたいな一般人じゃ無理だ」
「おまえ、下っ端なの?」
「下っ端っていうな。下っ端だけど」
レルの尻尾が動く。まるで、クエスチョンマークを描くように。
「それで、さっき言ってたタクシー? って何?」
「俺のいた世界で、人間を乗り物に乗せて運ぶ仕事をタクシーって呼んでたんだよ」
「それ、お金稼げるの?」
「人によるけど、俺のいた世界では稼いでた人もいたな」
「こっちの世界なら?」
「移動に時間かけたくない人だったらお金を払うはず。国と国との移動ってけっこう時間かかるし。空飛んでったら、移動時間短縮できるだろ」
「わたしたちならスピード出して空飛べるからね」
「そう。だから、移動時間を短縮したい金持ちの商人なんか、狙い目だよな」
「……大丈夫? 本当に」
「まずはテストしてから。乗り心地も分かんないし、どのくらいスピード出るかも分かんないし。……あ、これ、ブイアイにお金を稼ぐって話はしていいんだよな? さっきちょっとしゃべっちゃったけど」
「それはいいわよ。貧乏なのはみんな分かってるし」
いいんだ。さんざん魔王の威厳がどうこう言ってたくせに、こういうのはいいんだ。
「俺が別の世界から来たってのは?」
「別にいいわよ。ふーんで終わる話だし」
それもいいんだ。契約のこと以外なら、特に隠すこともないような気がする。ルートはレルとともにブイアイの近くに戻ると、話を続けた。
「じゃ、ブイアイ。試しに人間に変身してマントを着て、空を飛んで俺を運んでみてくれ」
「それはかまわんが。どこへ向かえばいい?」
「あー」
とりあえず乗り心地を知りたいから、そのあたりを飛んでもらおうと思っていたが、それだとスピードが分からない。
目的地。魔族の勢力圏内に、人間の住んでいる街や村なんてないはずだ。最寄りの街や村でも相当遠い。カーネル帝国や、商業が盛んなヤム国なんて、もっと遠い。とりあえず、ヤム国でも目指してみるか。
「じゃ、ヤム国まで運んでくれる? ヤム国の近くの人気のないところで降ろしてくれればいいから」
「よし、分かった」
「じゃ、人間に変身して、マント着てもらっていい?」
「うむ」
ブイアイが変身してマントを羽織る。
その姿を見て、ルートは思う。ダメだ、これ。
「ブイアイ、もうちょっと小さくなれない?」
「小さく、だと?」
「人間にしてはでかすぎる」
「それは無理だな。変身はできても、大きさは変えられん」
昨日レルは、人間以外にも変身できると言っていた。それなのに、ブイアイは大きさは変えられないという。それだと、猫に変身してもこの大きさになるってことか。ホラーじゃねえか。
「ブイアイよ。恥じるでない。そちが変身が苦手なことは妾も知っておる」
ルートの疑問に気付いたのか、レルがフォローを入れた。変身魔法が得意かどうかって、こういうところにも影響あるのかよ。それならブイアイは無理でも、レルが変身すれば、ちゃんとした大きさの猫になるってことか。
「はっ。もったいなきお言葉」
「気にするでない。そちにはそちの得意な魔法があるであろう」
「我の魔法など、魔王様の足元にも及びませぬ」
また靴の話するんじゃないだろうな、と思いながらルートは話を続ける。
「じゃ、俺を抱えて空飛んでみて」
「どんな抱え方をすればよい?」
「そうだな。飛びやすいやり方で」
「了解した」
言うとブイアイは正面からルートに近付き、両腕の下に自らの両腕を入れて、抱きかかえるような姿勢をとる。
二人の顔が近づく。
見つめあう二人。
お互いに、目を閉じる。
息が顔にかかる。
そのまま……。
「……って、ちょっと待った!」
慌ててルートはブイアイから降りる。
「……なんだ?」
いくらなんでも、それはないとルートは思う。
おっさん二人が正面からハグしあい、顔を寄せ合って空を飛ぶのは、絵面としてよろしくない。何より、その方法で客を運ぶのは無理がある。誰だって嫌がる。俺だって嫌だ。
実際に客を運ぶことを考えると、どういう方法がいいだろうか。正面から抱きかかえるのはないとして、お姫様抱っこだろうか。商人なんて中年のおっさんが多いのに、お姫様抱っこされたい商人がいるだろうか。
しまった。そこまで考えてなかった。抱きかかえる方法は後回しにするとして、ひとまず今は。
「とりあえず、後ろから抱きかかえる感じで飛んでみてもらっていい?」
「うむ、了解した」
ブイアイはルートの後ろに回り、お腹のあたりに腕を回す。あまり快適とはいえないが、さっきよりはマシだろう。
「準備が整った。これより飛ぶ」
「うす。お願い」
ふわり、と身体が宙に浮く。じょじょに高度が上がっていく。隣でレルが、並走するように飛んでいる。
「すげえ。本当に飛んでる」
思わずルートはつぶやいた。昨日も空を飛んだが、あのときはレルの脚にしがみついていた。落とされないように必死だったから、あまり楽しむ余裕もなかった。しかも、その後、落とされた。
今回は違う。遠くまで見渡せる。枯れ果てた大地なので、あまり景色がよいとはいえないが、違う場所だったら、きっと景色が楽しめる。魔族タクシーじゃなくて、魔族空中遊覧船みたいなのも、ありなのかもしれない。
空の旅を楽しむ。大きく深呼吸する。全身で空気を感じる。心地よい風が……。
「寒っ!」
当たり前だった。ただでさえ寒いこの土地で、厚着しているわけでもない。風が直撃する。マントよりも先に、防寒具を作ってもらえばよかったと後悔する。
とはいえ、新聞紙をガラスの代わりに窓に貼っているようなお城に、防寒具を作れるような素材があるとは思えない。
「ブイアイ、寒くない?」
「我の心はいつだって燃えておるわ」
そういう話じゃねえよ。
「レルは? 寒くない?」
「妾を、を、を、だ、誰じゃと、お、思うて、お、おる……」
めっちゃ震えてる。寒いんじゃん。おまえは服買えよと言いたくなる。
ヤム国やカーネル帝国はどうだろうか。ここよりはマシだろうが、それでも空は寒いだろうか。夏なら問題ないだろうが、今は秋が深まり始めている。これから寒くなる。どうやって抱きかかえるか、防寒対策はどうするか。考えることはいろいろありそうだった。
10分近く飛んだだろうか。空を飛ぶスピードは、決して遅くはない。むしろ人間の基準からすればかなり速い。だが、飛ぶというイメージから連想すると、そこまで速いとも思えない。このペースだとヤム国に着くのなんて10日くらいかかりそうだ。
「ブイアイ、もうちょっとスピード出せない?」
「うむ……」
返事は聞こえるが、スピードが上がらない。なんだろう。もしかして、変身だけじゃなくて、空を飛ぶのも苦手なのだろうか。
それにしても、寒くて震える。
……いや、違う。
俺が震えてるんじゃない。どう考えてもブイアイが震えてる。明らかに腕がぷるぷるしてる。
「ブイアイ、大丈夫? 凍えるほど寒い?」
「いや……我の心は……燃えておる……」
「でも、腕震えてない?」
「気の……せい……だ……」
絶対、気のせいじゃない。
「本当に大丈夫?」
「うぅ……」
うめき声をあげるブイアイの腕の震えが激しくなってきた。ぷるぷる震えていたのが、どんどん激しくなり、今ではがくがくしている。
あまりにも不安定なので、だんだん心配になってくる。
「ブイアイ? 本当に大丈夫?」
「あぁ…… ああぁぁぁ……」
マズい。何かがマズい。がくがくとした腕。不安定に揺れる俺。後ろにいるブイアイの状況が分からない。どうしてブイアイは泣きそうな声を出してるんだ。
「ちょ…… 。レル!? 今、どうなってんの?」
「ブ、ブイアイが、が、が、頑張って、お、おるわ」
「頑張るって、何を!? つーか、おまえ、震えすぎだろ! 露出度高過ぎなんだよ!」
「わ、妾は、さ、さ、寒さごときに、く、く、屈しぬ、わ」
こいつ、へなへなと垂れ下がった尻尾で何言ってるんだ。
「ど、ど、どうやら、げ、限界の、よ、よう、じゃ、な」
「限界? 何が?」
「ああぁぁぁぁっ……!」
ブイアイの悲鳴とともに。
ずるっ。
「え? ちょっ……えぇっ……!」
落ちる、と思った次の瞬間。ブイアイの腕から、俺は滑り落ちていた。
「またかよぉぉぉぉぉっ……! 次こそ、おっぱいをクッションにして着地してやるからなあああぁぁぁっ!」
上空を見上げると、腕をだらんと下げて空中でふらふらするブイアイと、落ちていく俺に向かって合掌するレル。
助けろよ、おまえ。覚えてろ、マジで。




