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第3章 1

 昼下がり。昨日の話を踏まえて今日から本格的に動くつもりだったルートだったが、お風呂で温まった途端に眠気が襲ってきた。果報は寝て待て。そう自分に言い訳して藁にくるまって惰眠を貪っていたら、レルに起こされた。


「なんで昼間っから寝てるのよ」

「のんびり暮らせって言ったの、おまえだろ」

「言ったけど。でも、わたしに他の魔族連れてこいって言っておいて、自分だけ寝てるってどうなのよ?」

「やることないし」

「掃除でもすれば?」

「だから、のんびり暮らせって言ったの、おまえだろ」


 なんかちょっとレルがぷりぷりしてるなぁと寝ぼけた頭でルートは思う。いつもぷりぷりしているような気もするけれど、今はいつも以上にぷりぷりしている。お風呂のときもそうだった。


 この世界に来てから、湯船に浸かったことなんてない。日本にいた頃もシャワーだけですませてはいたが、それでもお湯は出た。


 しかし、この世界ではお湯が貴重だ。お風呂の代わりに、身体を水拭きして終わる。夏なら水浴びをすることもあるが、冬は無理だ。当たり前だが、冬は寒い。冬の水拭きも、当然寒い。魔王城の離れで暮らし始めてから三日になるが、ただでさえ寒いこの場所で身体を水拭きするのは本当に辛い。


 なんとかしてくれるかもしれないと思い、お風呂を要求したのだが、本当に湯船に浸かれるとは思わなかった。言ってみるもんだ。


 どうして魔王のわたしが人間のお風呂を魔法で作ってあげなきゃいけないのよ、と文句を言いながら、水魔法と火炎魔法でお湯を作って、お風呂にお湯を張ってくれた。


 あ、ぷりぷりしてるの、俺のせいだ。やべぇ。お風呂を要求した挙句、レルが働いてるときに寝てたら、そりゃぷりぷりもする。


 ボコボコにされ、いたぶられた昨日の恐怖がよみがえる。


 いくら不死身の身体で契約上こっちが有利とはいえ、痛いものは痛い。特に、空気圧で潰されたのは拷問としか言いようがない。


 空気圧で身体の自由を奪われ、即死しないような苦痛を身体に与えられ続けて、じわじわとなぶり殺される。何回も必死に謝ったけど、許してもらえない。最後には空気圧で押し潰されて殺される。


 やっぱり魔族だ、こいつ。


 レルの不機嫌さに気付かないふりをしながら、ルートは彼女に声をかける。


「魔族の人、連れてきてくれた?」

「とりあえず、玉座の間で待たせてあるけど」

「うす。ありがと」


 藁から出ると、テーブルの上のマントを手に取り、ルートとレルは玉座の間へと向かう。


「クーロンさん、すげえな。こんなに早くマントができるなんて思ってなかった」

「そうでしょ。クーロンはすごいんだから」


 レルの尻尾が、ぴょこぴょこと揺れる。クーロンが誉められて、彼女の機嫌が少し良くなったようだった。次からこの手でいこうとルートは思う。毎回契約をネタに脅すだけでは芸がないし、死ぬのを先延ばしにしたから、またお風呂にも入りたい。


 玉座の間にたどり着くと、そこには、玉座の前で片膝をつき、頭を下げたまま待機している魔族がいた。


 玉座に座ると脚を組み、レルは口を開く。


「待たせたのう、ブイアイ」


 唐突に始まった魔王語に、玉座の隣に立っていたルートはレルを凝視する。なんなんだよ、そのキャラ設定。コントか? コントなのか?


「とんでもありません。魔王様」

「苦しゅうない。面を上げよ」

「はっ」


 なんだこれ。時代劇か? 暴れん坊将軍リアタイ世代だからなのか?


 ブイアイと呼ばれた魔族は顔を上げて、レルを見上げた。中年のおっさんのような雰囲気が漂っている。彼はそのままルートにもちらりと視線を送る。


「妾より、そちに一つ頼みがある」

「はっ。なんなりと」


 いちいち答えが仰々しいとルートは心の中でツッコミを入れる。その口調で話さないとダメなの?


「この者に協力してやってほしい」

「この方は………ん? ……人間ですか!? この方から魔力を感じませんが……」


 マジか。魔族って魔力を感じられるのか。


 訝しげな視線を送るブイアイに向かって、レルが言う。


「そうじゃ。訳あって、妾はこの人間を飼っておる」


 思わず、ルートは声が出そうになった。待て。飼ってるってなんだ。口止めは要求されたけど、その設定は聞いてない。


「しかし、魔族が人間に協力するなど」

「問題ない。妾に忠実な下僕じゃ」


 おい。いつからそうなった。


「……恐れながら申し上げます。人間も最近は知恵をつけており、魔族を騙そうなどという悪い考えを持つ者もいると聞きます。いくら魔王様とはいえ、その人間を信用してもよいものでしょうか」

「ほう。そちは妾が信じられぬと、そう申すか」

「いえ、滅相もございません。ただ、もしも、魔王様に何かあった場合、このブイアイ、悔やんでも悔やみきれませぬ。せめてその者から、魔王様への忠義の証を見届けたいのです」

「ほう。忠義の証とな。何を見たいのじゃ。申せ」

「はっ。それでは、その者が魔王様に跪き、靴を舐めるところを」


 おい。なんでだよ。


「よく申した。そちの意見、妾が採用する。そこの人間よ、跪き、妾の靴を舐めよ」


 …………。


 ルートはレルに視線を送る。うわっ。尻尾がぴょこぴょこ動いて、めっちゃにやにやしてやがる。


「あのー、魔王様、ちょっと」


 ルートは手招きをしてレルを呼ぶと、二人で玉座の間の片隅へと移動して小声で話す。


「おまえ、何だよ、あれ!?」

「早く靴舐めてよ」

「なんでだよ!?」

「ブイアイが疑ってるじゃない」

「だからって、靴を舐めよじゃねえだろ!」

「わたしの靴舐めれば、すぐに終わる話でしょ?」

「誰がやるかっ!」

「なんでよ? おっぱいで窒息するのも靴舐めるのも同じでしょ?」

「全然違うだろ! だいたい俺を飼ってるってなんだよ!?」

「そうでも言わないと人間が魔王城にいること説明できないじゃない」

「もっと何か違う言い方があるだろ!」

「じゃあ、どうすんのよ!?」

「おまえが何とかしろよ、魔王だろ!?」

「だから、魔王の威厳示そうとしてるんじゃない!」

「おまえ、契約のことバラすぞ?」

「それはお風呂用意してあげたからチャラでしょ!?」


 ルートは言葉に詰まる。確かにさっき、お風呂を用意してもらってしまった。


「とにかく、靴舐めるのはなしだ。他のにしろ、他のに」

「分かったわよ」


 二人は玉座の間の中央に戻る。レルは玉座に座り直し、その隣にルートは立った。


「ブイアイよ」

「はっ」

「この者より、妾の靴は舐め飽きたとの申し出があった」


 そんなヤツいねえだろ、と声を上げそうになるのをルートは我慢する。


「はっ」

「よって、違う形で忠義を示したいとのことじゃ」


 示したくねえよ。


「ブイアイよ、何か他に望みの忠義の証はあるか」

「はっ。それでは、その者が魔王様に跪き、靴で頭を踏まれるところを」


 おい。本気か? 本気で言ってるのか、こいつ。


「よく申した。そちの意見、妾が採用しよう。そこの人間よ、跪くがよい」


 …………。

 

 ルートはレルに再び視線を送る。相変わらず尻尾をぴょこぴょこさせて、にやにやしているレルと目が合う。


「魔王様、ちょーっと……」


 ルートはまたもや手招きをしてレルを呼ぶと、再び二人で玉座の間の片隅へと移動して小声で話す。


「だから、何なんだよ、あれ!?」

「早く跪いてよ。踏んであげるから」

「なんでだよ!?」

「忠義の証って言ってるじゃない」

「おかしいだろ、おまえら! 魔族ジョークでもあんのかよ!?」

「ブイアイは忠誠心が強いからね。本気に決まってるじゃない」

「もっとタチ悪いだろ!」

「しょうがないじゃない! こうでもしないと信用しないんだから」

「なんであんなめんどくさいの連れてきたんだよ!?」

「本当はもっとチョロいの連れてくるつもりだったんだけどね。途中でばったり会っちゃったからね。素通りするわけにもいかないし」

「だからって、頭踏めとかおかしいだろ!」

「じゃあ、何ならいいのよ?」

「もっと何か普通のでいいんだよ、普通ので! ハードなのやめろや! つーか、ブイアイに聞くなよ! 絶対ロクなこと言わないだろ!」

「分かったわよ」


 二人は三度、玉座の間の中央に戻る。レルは玉座に座り直し、その隣にまたもやルートは立った。不安を押し殺し、ルートはレルの言葉を待つ。


「ブイアイよ」

「はっ」

「この者より、ハードなプレイはやり飽きたとの申し出があった」


 おい! その表現、やめろや!


「はっ」

「よって、違う形で忠義を示したいとのことじゃ」


 聞くなよ。絶対にブイアイに聞くなよ。絶対だぞ。


「ブイアイよ、他にそちの納得する方法はあるか」


 聞くなっつてんだろ!


「はっ。それでは、その者が魔王様に跪き、魔王様の靴を……」

「どんだけ靴好きなんだよっ!」


 あ、やべ。耐えきれずにツッコんじゃった。


 突然声をあげたルートを驚いて凝視すると、ブイアイは跪いたままレルに言う。


「魔王様」

「なんじゃ」

「恐れながら、この者、本当に魔王様に忠実な下僕なのでしょうか」

「そうじゃ」

「それならば、魔王様の靴を拒否するなど、あってはならぬこと。やはり信用できませぬ」

「なんで基準が靴なんだよ!?」


 再びツッコミを入れたルートを見据え、ブイアイは口を開く。


「人間よ。我ら魔族は魔王様に忠誠を誓った身。しかし、我らは魔王様の足元にも及ばぬ。それならば、我ら魔族が魔王様の足を守る靴にも及ばないのは当然の理。それくらい、おまえにも分かるだろう」

「いや!? 分かんねえよ!?」

「分からないだと? 人間ごときが魔王様の靴に触れられるのが、どれほど恵まれているか分からぬのか!?」

「うるせえな! 昨日、とっくに頭踏まれたんだよ!」

「な! 魔王様に踏んでいただいただと! 魔王様! このブイアイでも、いまだ踏んでいただいてはおりませぬ! この人間、まさか、本当に忠義の者なのですか!?」


 おい、待て。その言い方だと、もしかしてこいつ、レルの靴は舐めたのか? ダメだ、魔族の考えることが全然分からない。あんまり分かりたくもない。


「ブイアイよ、落ち着くがよい」

「はっ」

「そちの忠義の心、しかと受け取った」

「ありがたきお言葉」

「じゃが、ここはひとまず、この者に協力してはくれぬか」

「しかし」

「何かあるのなら、そちが妾を守ってくれればよい。妾の命、そちに預けよう」

「っ! なんともったいなきお言葉! このブイアイ、命に代えても、この者から魔王様をお守りいたします!」


 ……なんなんだよ、この茶番。初めからそうしろよ。

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