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第2章 4

 いくら慣れているとはいえ、それでもやっぱり朝は寒い。新聞紙から出ると、レルは立ち上がって伸びをした。


 手鏡を手に取り、顔を見る。相変わらず寝ぐせがひどい。


 火炎魔法と水魔法を合わせて少量のお湯を作り手に取ると、手鏡を見ながら手櫛で寝ぐせを直す。


 考えなければならないことが、たくさんある。やらなければならないことが、たくさんある。


 人間との戦いは、ひとまず落ち着いた。当分攻めてくることはないだろう。しかし、こちらも相当の犠牲を払った。


 間違いなく、たくさんの魔物が殺された。まだ確認できていないけど、殺された魔族だって、きっといる。全員無事に帰ってきて欲しいと思う。みんなの顔を見たいと思う。けれど、それが叶わない願いかもしれないことは分かりきっている。


 そして、きっと、たくさんの人間を殺した。


 まだ実感がわかないのは、とっくに覚悟を決めていたからなのか。実際に死体を見ていないからなのか。それとも、とんでもないトラブルに巻き込まれていたからなのか。


 魔族の本拠地、魔王城。玉座の間。城の屋根も壁も壊してしまった。どうやって直せばいいか、思いつかない。


 みんなで協力して工事をするしかないだろう。材料はどうしようか。この辺りには木材も石材もない。持ってくるのも大変だ。発注できれば楽だけれど、そんなお金はない。


 本当は、城を破壊するなんてやりたくなかった。けれど、今回の戦いは敵軍の数が多すぎた。自分が外で戦うとすれば、広範囲に魔法を使わなければならない。一撃で壊滅させるのは無理だ。相手を全滅させるだけならよいが、殺さないように魔力を調整して何回も巨大魔法を使うとなると、魔力の消費が激しい。


 配下の魔族は外で戦わせた。城内で戦わせると、いざとなったときに空を飛んで逃げることができない。自分とともに城内で戦うと主張した者もいたが、外で戦うように命令した。


 そして、外で魔族が軍隊と戦い、残った軍隊を一撃で吹き飛ばせるように玉座の間まで招き入れた。玉座の間にいた敵軍と、城の外にいた敵軍を、一直線上に並ぶように誘導して、一撃でまとめて吹き飛ばした。魔族の支配する土地よりも、遠くまで。


 落下の衝撃で命を落とさないように、地面に衝突する瞬間に、風が人間の身体を包み込むように細心の注意を払って。


 落下の衝撃を完全になくすこともできなくはないが、それだと軍隊に、次の戦いの体制を整えられてしまう。だから、怪我をする程度の衝撃が残るように調整して、まとめて吹き飛ばした。なかには落下したときに打ちどころが悪くて命を落とした人間がいるかもしれない。


 けれど、お互いの被害を最小限に抑えるには、これしかなかった。


 こんな芸当ができるのは、魔王である自分しかいない。


 本当は他の魔族にも、戦争とはいえ人間を殺すのはやめてほしい。


 土地を追われ、貧しい暮らしをしいられた魔族。生活のために、人間から奪う。奪われた人間が魔族に恨みを持ち、攻めてくる。その人間を、また殺す。


 何度も繰り返す。いつまでたっても終わらない連鎖が続く。


 それで一体、どうなるというのだろう。人間もそう。魔族もそう。ただ、仲良く平和に暮らしたいだけ。


 それなのに、憎しみの連鎖が終わらない。


 ――人間を滅ぼそうとする魔王の言葉なんて信じられるかぁっ!


 あのおっさんにそう言われたとき、少しショックだった。人間から目の敵にされていることは分かっている。


 当たり前だ。魔族の王だ。恐れられ、嫌われるのが、自分という存在だ。


 それでも、人間から直接、人間を滅ぼそうとしているとか、信じられないとか言われたのは初めてだった。そのせいで、言い訳がましく魔族の経済事情を話してしまった。


 奪うしか、ない。


 これは事実だ。


 自分だって魔族の王だ。魔族か人間か、どちらかを選べと言われたら、迷わず魔族を選ぶ。それが、魔王だ。自分の立場だ。


 けれど、奪うときも、できるだけ人間を殺さないように指示をしている。ただ、魔族の基準だと、人間は脆い。弱い魔法で攻撃しても、命を落としてしまう人間がいる。


 自分の指示を無視して平気で人間の命を奪う魔族もいる。全員を見張ることができるわけじゃない。


 魔物なんて、もっとそうだ。直接命令を下せば、しばらくは命令を守らせることができる。しかし、その命令も時間とともに消える。すべての魔物に命令を下して回り続けるなんて、さすがに無理だ。


 魔族の中には、人間を殺してすべてを奪うことを主張する者もいる。自分のやり方を弱腰だと批判する魔族がいることも分かっている。


 その魔族たちを、圧倒的な魔力で黙らせてきた。


 だから、魔王の威厳が揺らぐと、魔族が崩壊する。


 それなのに。


 レルは唇を噛み締めた。


 あのおっさん、ありえない。


 なんなんだ、あの気持ちの悪い契約。


 魔族の王である、このわたしのおっぱいで死にたいとか。


 何がどうなったらあんな死に方を思いつくんだろう。正気の沙汰とは思えない。


 魔王のおっぱいを狙って突撃してくるとか、万死に値する。


 それなのに、殺しても死なない。


 逃げたい。あの気持ち悪い契約の履行を迫ってくるおっさんから、全力で逃げたい。


 自分が魔王でなければ、間違いなく逃げていただろう。


 けれど。


 わたしは、魔王だ。魔族を統べる王だ。


 魔王である自分が人間から逃げるなんて、何があっても許されない。魔王の威厳が保たれない。他の魔族に示しがつかない。


 魔王城を捨てて逃げられれば、どれほど楽か。とはいえ、いくらなんでも魔族の本拠地である魔王城を捨てるなんて、そんな選択肢はない。


 何をやっても死なない、自分のおっぱいだけを狙ってくる、あの気持ち悪い契約の履行を迫ってくる不死身のおっさん。


 恨みが爆発して、昨日はさんざんいたぶってしまった。これで、あのおっさんも、魔王の恐ろしさを少しは思い知っただろう。さすがにちょっとやりすぎたかもしれないとは思うが。


 それにしても、よりによって、どうして、あんな意味不明な契約が成立してしまったのか。


 そのうち、さらなる要求をしてくるかもしれない。


 おっぱいだけではすまないかもしれない。


 冷たい空気が頬を刺す。窓に近寄って気付いた。


「あ、破れてる」


 窓ガラスの代わりに貼ってあった新聞紙が破れている。いつもより寒く感じるわけだ。


「また、拾ってくるか」


 次はいつ街へ行こうか。


 情報収集もかねて、人間の姿になって、レルは定期的に人間の街へ行く。道を歩いているだけで、どこかの国の軍隊に動きがあることが耳に入る。事前に分かれば、若い子や魔力の弱い魔族をあらかじめ疎開させられる。


 ついこの前も、街へ行って情報を集めてきた。そのおかげで、まだうまく飛べない小さな子たちも、安全に疎開させることができた。


 ついでに、落ちている新聞紙を拾って帰るのもお約束になっている。新聞紙は、国によって普及度合いがまったく違う。カーネル帝国では新聞紙なんてまったく見かけないが、人の流入が盛んな商業都市ならよく目にする。どうしてなのかはよく分からない。


 滅多にないが、運がいい時は、お金を拾えることもある。みんなに何かを買えるほどのお金でもなく、自分一人だけ楽しむのも違うと思うから、拾ったお金はすべてためてある。たいした金額にはなっていないけれど。


 魔族の中には、自分の考えを支持してくれている魔族もいる。


 クーロンもそうだ。疎開しろと言っても聞かない。逃げろと言っても聞かない。最期まで、わたしの傍にいると言う。


 他にも、人間の姿になって働いてくれている魔族もいる。人間社会に溶け込むふりをして、他の人間から屈辱的な言葉を浴びせられ、暴力を受け、それに耐えながら、お金を稼ごうとしてくれる魔族だっている。


 時々、人間の姿になって、働いてくれている魔族に会いに行く。自分の姿を見たから、これからも頑張れると言ってくれる者たちがいる。働いて稼いだわずかばかりのお金を預けてくれる者もいる。


 みんなから預かったお金は、大切に保管してある。


 それでも、お金はたまらない。


「ホント、ダメだな、わたし」


 無意識にため息が漏れる。


 魔族のみんなを、魔物のみんなを幸せにできなくて、何が魔王だ。自分なんかが魔王じゃないほうがよかったのかもしれないと思う。


「いけない、弱気になってる」


 パンっ! 小気味いい音が響く。


 自分の両手で両頬を叩いて気合いを入れると、レルは手鏡を手に取ってのぞき込んだ。


 自分の顔を見ながら、つぶやく。


「大丈夫、きっとできる……。大丈夫、わたしならできる……。大丈夫……。大丈夫……」


 魔王になってから、孤独を感じることが多い。自分を信じてくれる魔族もいるのに。


 いや、いるからこそ、弱音を吐けない。弱さなんて見せられない。魔王であり続けなければならない。圧倒的な魔力で魔族を支配し、敬意と恐怖の対象でいなければならない。


 それが、わたし。それが、魔王。


 いつか、みんなの不満が爆発するかもしれないと思う。


 そうなったとき、どうなるだろう。自分が魔王の座から引きずり下ろされるだけならいい。苦しむのが自分だけならいい。自分だけ、なら。


 もしも、魔族と人間が全面戦争に突入してしまったら。


 殺しあって、憎しみあって。


 その後に、何が残るというのだろう。


 レルはまた、無意識にため息を吐いた。


「……お金を稼ごう、か」


 ルートとかいうあのおっさんに言われた言葉。


 思い出すと、少しだけ、頬が緩む。


 別の世界から来たらしいけれど、人間と魔族が協力する日がくるなんて、夢にも思わなかった。そんな言葉を人間の口から聞く日がくるなんて、考えたこともなかった。


 仲良くするみたいで抵抗があるから、いまだに名前を呼んだことのない、あのおっさん。


 魔王のおっぱいを狙ってくる不死身のおっさんとか、聞いたことないんだけど。


 300歳近い自分からすれば、人間のおっさんなんて子どもみたいなものだが、人間の基準でいえば、寿命の半分くらいは生きているはずだ。


 あのおっさんは、お金を稼ぐから魔族の力を借りたいと言った。一体、何をする気だろう。


 人間を襲うとか、国を滅ぼすとか言い出さなくてよかったと思う。そんな要求だったら、何があっても受け入れられない。本気でおっぱいと天秤にかけるしかなくなる。


 あのおっさんを信じていいのか分からない。けれど、あのおっさんは社会に復讐したいと、はっきりそう言った。おまえを助けたいなんていう言葉よりも、自分のために協力しろという言葉の方が、よっぽど信用できる。


 話を聞いていると、自分の過去と魔族の境遇を重ね合わせているようにも見えた。それなら、魔族にとって悪い話ではないかもしれない。


 このままだとジリ貧になるのも事実だ。魔族である自分よりは、あのおっさんの方が、お金の稼ぎ方は、きっと詳しいだろう。


 夢を見ても、いいのだろうか。


 魔族が飢えなくてすむ、苦しまなくてすむ、そんな明日を。


 人間から奪うこともなく、殺しあうことも、憎しみあうこともない、そんな未来を。


 魔力が弱い魔族も、魔法をうまく使えない魔族も、みんな笑って暮らせる、そんな毎日を。


 ひとまず協力してみようと思う。いや、魔族としての発想なら、あのとき口にしたように、協力ではなく利用だろう。もしも他の魔族に発覚して不満が出たとしても、人間を利用していると言い張れば面目が立つ。


 あのおっさんの言うとおり、お互いがお互いを利用する共犯者だ、わたしたちは。


 それに、現実問題として、他にお金を稼ぐ方法が思いつかない。


 何より、断ったときに、あの気持ち悪い契約の履行を迫られるのが恐ろしすぎる。


 あのおっさんに迫られているところを、他の魔族に見られたら。


 あのおっさんとの、とんでもないトラブルのせいで、あのおっさんの前で、魔王の威厳を保つことを完全に忘れてしまっている。


 昨日はあのおっさんをぼこぼこにしすぎたせいで、こっちの罪悪感に付け込まれて、ねちねちと契約の履行を迫られた。おかげで、おっぱいを守るために土下座してしまった。魔王にあるまじき失態だった。


 いや、間違えた。土下座じゃなくて魔力注入の儀式だから、何の問題もない。


 あのおっさんの前だと、感情が露骨に出てしまう。泣きながら逃げ回ったり、文句を言ったり、土下座したり、言いたい放題言ったり。魔王になってから、こんなに感情を出すことなんて、なかったはずだ。


 ……今まで魔王のおっぱいを狙ってくるヤツなんていなかったから、無理もないとは思うが。


 そもそも知らない人と話すのなんて、ものすごく苦手なのに。あんな特殊な出会い方をしたせいで、初めから普通に話せている自分にびっくりしてしまう。


 もしも、自分が魔王じゃなかったらと思ってしまう。自分が魔王じゃなかったら、あんなふうに過ごしていただろうか。誰かと笑いあって、文句を言いあって、我がままを言いあって、涙を流したり、土下座をしたり。……いや、土下座はないか。


 自嘲気味の笑みが、レルからこぼれた。


 自分は何を考えているんだろう。考えても意味がないのに。魔王になった時点で、こうなることは分かりきっていた。


 一人の魔族としての、レルとしての在り方は終わりを告げたんだ。魔王として、生きるしかないんだ。


 城に他の魔族がいなくてよかったと思う。人間から逃げ回る自分の姿も、土下座を……じゃなかった、魔力注入の儀式をする魔王としての自分の姿も、いくらなんでも見せられない。


 それなら、魔王であるわたしが、あのおっさんを魔族のお金稼ぎに利用して、目の届くところに置いておいた方がマシかもしれない。


 お金を稼ぐという目的のために、お互いに利用しあう。今は、それでいいと思う。


「あ」


 肝心なことを忘れていた。


 あのおっさんに、契約のことを口止めしておかなければ。他の魔族には絶対に言うなと伝えておかなければ。


 クーロンにも、契約のことは話していない。いろいろあって人間のおっさんを客人として迎えているとしか伝えていない。食事を運ぶとき以外は、離れに近付かないように言ってある。


 クーロンはそれ以上詮索してこなかったが、他の魔族ならどうか。人間を客人として迎えているというだけで、怪しまれる。


 あのおっさんに口止めを頼んだら、見返りを要求されるだろうか。あのおっさんなら、それくらいやりそうな気がする。


 気が重いが、仕方ない。魔王の威厳を保つためだ。


 レルは部屋を出ると、離れへと向かう。誰もいない廊下に、カツン、カツンと、靴音が響き渡る。今の時間だと、おそらく、クーロンが朝食を運んでいる頃だろう。


 あいつ、せっかくクーロンが作ってくれた料理に文句ばっかり言いやがって。無理矢理にでも食べさせてやろうか。魔王をなめるな。


 離れに近付くと、声が聞こえる。


 あのおっさんとクーロンが話でもしているのだろうか。もしかしてクーロンが、またあのおっさんにいじめられているのだろうか。


「……そんなこと……いけません……」

「頼むよ……いいだろ……ちょっとくらい…… 」

「……ダメです……そんなの……魔王様が……」

「黙ってりゃ…… 分かんないだろ……頼むって……一回だけでいいからさ……」


 なっ! あいつ! クーロンにまで!


 レルは勢いよくドアを開けた。


「ちょっと!」


 彼女が目にした光景は。


 クーロンのエプロンを引っ張るルートと、恥ずかしそうにエプロンを引っ張り返すクーロンの姿だった。クーロンの表情には、恥じらいが浮かんでいるように見える。


「な、な、な、何やってんのよ!?」

「魔王様。おはようございます」

「おう、おはよ」


 二人ともあまりに冷静なので、レルは面食らう。


「朝から何やってんのよ? いや、夜でもアレだけど」

「あー、クーロンさんにマント作ってもらおうと思ってさ。ちゃんとしたマントじゃなくて、このエプロンくらいの生地でいいからって」

「は? マント?」

「魔王様、いかがいたしましょう。余っている布があるとはいえ、魔王様の許可なしに勝手に城の備品を私が使用するなど」

「クーロン、わたしの許可なんていらないってば。好きにやってくれていいって、いつも言ってるじゃない」

「ですが、私ごときが勝手に魔王様の私物を使用するなど」

「わたしの私物じゃなくて、魔族みんなのものよ。もちろんクーロンのものでもあるからね」

「そんな……私なんかが……あぁっ……」


 崩れ落ちるクーロンの姿を目にし、慌ててレルは、ルートに視線を送った。口をパクパクさせて、口の形で「ほ」「め」「ろ」と伝える。それが通じたのか。


「ク、クーロンさん! 毎日、ご飯ありがとうございます! おいしかったです! クーロンさんって料理の天才ですよね! パネェっす! マジパネェっす!」

「そうよ! クーロンの料理は世界一なんだから!」

「なんて……ありがたいお言葉……」

「謙遜しないでよ! 胸張っていいんだから! ……それで、クーロン。マントは作れるの?」

「エプロンと同じような生地でよければ」

「本当? じゃ、作ってもらえる?」

「はい。喜んで」


 クーロンの後ろ姿を見送ると、レルもルートも肩の力を抜いて脱力した。


「なあ、あの人、自己肯定感低すぎない?」

「クーロンはね……ちょっとコンプレックスあるからね……。クーロン、本当にすごいんだから。もっと食材があったら、本当においしい料理作ってくれるんだけど。子どもにも嫌いな料理をおいしく食べさせることもできるからね」


 レルはルートに向き直ると、疑問を口にする。


「で、おまえ、マントなんて何に使うのよ?」

「今日、空飛べる魔族の人、連れてきてもらうだろ? その人にマント着てもらおうと思って」

「どうして? マントなんてなくても飛べるわよ」

「飛ぶためじゃなくて、小道具みたいなもん」

「小道具?」

「そう。後で分かるから。でも、今日はさすがにマントは間に合わないか」


 昨日も今日も、ルートが何をやろうとしているのか、まだ教えてくれない。後で分かるとはいえ、不安が残る。


 それよりも、今のうちに。


 気が重いが、レルはルートを見据えて、口を開く。


「……ちょっと、頼みがあるんだけど」

「ん?」

「……わたしたちの契約のこと、他の魔族に黙っててくれない?」

「え? なんで?」

「わたしの立場考えてよ」

「あー」


 にやにやと。ルートは笑みを浮かべる。その表情を見ただけで、反射的にレルの尻尾はピンと逆立った。


「魔王様が人間のおっさんにおっぱい差し出したり、土下座したりしてるの見られたら、マズイもんなあ」


 レルは思う。ぶん殴りたい、こいつ。そんな気持ちをぐっとこらえる。


「……まだ差し出してないでしょ」

「まだ? そのうち差し出すってこと? 実は差し出したいってこと?」


 昨日、もっといたぶってやればよかった。なんなら、今からもう一回いたぶってやろうか。いや、やっぱり、あと百回くらい。


「……絶対黙ってて」

「口止め料は?」


 うぜえ。こいつが不死身じゃなかったら、絶対殺してる。


「しゅ……出世払いで……」

「おまえ、魔王だろ。それ以上、出世しないだろ」


 確かに。わたしの上なんて、いない。


 土下座か? また土下座するのか? わたし。……間違えた、魔力注入の儀式だった。


「ちゃんと差し出せるもんがあるんじゃねえの?」

「ひっ!」


 無意識にレルは、両腕で自分の胸を包みこむように隠すと身をよじる。おっぱいか? おっぱいのことを言ってるのか? わたしの清らかな身体の、清らかなおっぱいのことを言ってるのか? それとも、それ以上を要求しているのか?


 震える声で、レルは問いかける。


「……要求は、何……?」


 泣きそうな声で、ルートは答えた。


「……お風呂入りたい。寒いのに水しかないの辛すぎる」


 魔王のおっぱいより、風呂かよ。それはそれで、何かムカつくな。

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