第二十一話「村から出て荷物持ちになろうと奮闘するものの、なかなか上手くいかない件」
第二十一話「村から出て荷物持ちになろうと奮闘するものの、なかなか上手くいかない件」
この世界ではおおよそ十五歳から十六歳辺りが成人と見做される年頃とされていた。
フクタロウが十五歳になったばかりの頃から、親や親戚達が見合いの話を持ってくる事が増えてきていた。
その日の夕食の時も、フクタロウは息苦しい気持ちで茶碗の飯を掻き込み、視線を落としていた。
「――もう、フクタロウったら。いつまでも子供の気分なんだから。」
「だよなあ。ぼちぼち真面目に縁談も考えていかなきゃなあ。」
食事をしながら軽い溜息をつく両親の会話は、近頃はフクタロウの縁談に関するものが増えていた。
親戚や両親の知人が持ってきたフクタロウへの軽い見合いの話や、それに気乗りせず消極的な様子のフクタロウの事をあれこれと喋り合いながら、いずれはいいお嫁さんを貰ってこの家を継いで欲しい――そう締め括られる事が最近の両親の会話の定番となっていた。
「……まだ……そんな事、考えられないよ……。」
口下手で引っ込み思案のフクタロウの精一杯の抵抗を、両親はまだまだ子供の気分が抜けない村の多くの青少年達のよくあるものとしてしか捉えてはいなかったが。
だが、少しずつ現実的な話として持って来られ始めた縁談の話に、フクタロウは息苦しくじわじわと追い詰められていくかの様な気持ちにさせられていた。
夕食を終えて妹のフクエや弟のタケサブロウを寝かしつける為に寝間へと引っ込むフクタロウは、そっと溜息をついて布団の近くの押し入れへと目を向けた。
自分やタケサブロウが幼い頃に破ったり穴をあけたりしてしまった部分に有り合わせの紙を貼り付けた押し入れの襖の奥には、フクタロウが今迄の村の農作業や家の手伝いで貰った小遣い銭を貯め込んだ小さな壺が入っていた。
いつかミツタカに会いにムロハラに行く時の為の旅費として――実行出来るかどうかもあやふやな他愛の無い夢ではあったが、そんな願いを込めて貯めてきた金だった。
「まだ眠くないよー。」
煎餅布団の上でふざけてごろごろと転がるタケサブロウの声にはっとして、フクタロウはタケサブロウの方へと顔を向けた。
「早く寝ないと朝困るぞ。」
タケサブロウの体を軽く押さえて布団を掛けようと手を伸ばすが、タケサブロウは枕元に置いていた絵草子を取ってフクタロウへと押し付けてきた。
「寝る前にまたこれ読んでよ。」
「ええ……?」
フクタロウは面倒臭そうに軽く溜息をつきながらタケサブロウから絵草子を受け取った。
絵草子の表紙には筆文字で大きく「まじない太郎武芸帳」と書かれ、漢字の横には振り仮名も書かれていた。山伏の様な装束に身を包んだ小柄な少年が錫杖を掲げた絵が題名の横に描かれていた。
「どうせ最後までいかない内に寝ちゃうのにね。」
解いた髪に櫛を当てながらフクエは揶揄う様な声をタケサブロウへと掛けた。
最近はささやかなお洒落心も芽生え始めたらしく、フクエは毎晩寝る前と毎朝起きてすぐに、髪にお気に入りの櫛を通して手入れをする様になっていた。
フクエの言葉に不満気にタケサブロウは口を尖らせたが、フクエはお休みと言ってさっさと布団に潜り込んでしまった。
「仕方無いな……。えーと、「まじない太郎は呪部の優れた呪術師でした。相棒の狩部の狩り人・ゴウジロウと……」……。」
行灯の薄赤いぼんやりとした光の中でフクタロウは絵草子の文章を読みながら、狩り人という言葉に心と体の奥がきゅっと疼くのを感じていた。
――兄ちゃん……。
絵草子の中のまじない太郎とゴウジロウの冒険に、無意識に自分とミツタカの事を重ね合わせながらフクタロウの中では少しずつ、一つの決心が形を持とうとしていた。
◆
その年の夏の終わり。
その日も、畑仕事の昼の休憩と昼食の為に共同井戸の所へとフクタロウや村の青年達が何人か集まってきていた。
「お、珍しいなフクタロウ。」
「どうした? 一緒に食うか?」
井戸で水を汲んでいた同じ年頃の青年達がフクタロウの姿に気付き声を掛けてきた。
フクタロウの家の畑は共同井戸からは少し離れていたので、フクタロウは普段は自分の家の畑で一人で昼食を取る事が多かった。
「う、うん……。」
気の好い青年達はフクタロウを多少物珍しげに眺めたものの、仲間外れにするという事も無く、自分達の弁当箱を手にフクタロウと共に井戸の近くの木陰へと入った。
「――そっか、イチサブロウもショウゴロウもジスケも、皆ぼちぼち村を出る準備か……。」
「寂しくなるなあ。」
「今年は結構何人も出て行くからなあ。あ、長男だけどユイタとヒロタロウも何年かだけって区切って出稼ぎとか修行みたいな感じでカズラオカとかいう町に行くって言ってたぜ。」
弁当箱の握り飯や漬物を食べながら、青年達の話題は今年の秋に収穫を終えた後に村の外へと旅立つ者達の事ばかりだった。
次男以降の者達は生家の財産を継ぐ事は出来ないので、その多くは十五、六歳の成人と共に独立して仕事を探す為に他の町や村に出て行っていた。
ただミナミヤスハラ村については村自体が余り裕福ではないという事情もあり、出稼ぎや何らかの知識や技術の習得の為の修行、村外からの嫁を連れてくる為――という様な目的で長男であっても三、四年程であれば村の外へと出ていく事は許容される空気があった。
「あ、あのさ……。」
弁当を食べながら皆のお喋りを聞いていたフクタロウは、齧っていた漬物を飲み込んだ後、恐る恐る顔を上げて青年の一人――イチスケへと声を掛けた。
「ん? どうした?」
「あの……今年は、誰かムロハラに行く人って居るのかな……?」
フクタロウの問いにイチスケや他の者達は今年はどうだったかと少し首をかしげ、それからすぐに横に振った。
「いや、居ねえな。」
「ここ三年位は居なかった筈だぜ。俺の兄貴の友達が四年位前にムロハラに行ったって聞いた気がするけど。」
「どうした? ムロハラに何か用事か?」
青年達の答えにフクタロウは内心大きく落胆した。
「うん……。俺も、今年、ムロハラに出て行きたいな……って……。誰か居れば途中まで一緒だったらなあって……。」
呟く様に発せられたフクタロウの言葉に、青年達は少し気の毒そうな表情を浮かべていた。
引っ込み思案で人見知りのするフクタロウが一人でムロハラに行き、そこで生活していく事の大変さも想像してしまっていた様だった。
「そうなのか……。けどお前長男だろ? 親にはちゃんと言ったのか?」
「あー、でも判るぜ。一回位は村の外の生活もしてみてえよなあ。働いて金貯めて、一回だけでも豪華な料理食ったりとか。」
「そうそう。ヒロタロウなんかは農業の勉強がどうとか大層な事言ってたけど、ちょっとだけ女遊びもしてぇって言ってたしなあ。」
青年達のお喋りを聞きながら、フクタロウはそっと溜息をついた。
「――あ、でも、フクタロウ入れたら長男組、五人か。いいんじゃねえか? ユイタの奴、喜ぶぜ。」
イチスケが何事か思い返しながら指を折って数える様子にフクタロウは軽く首をかしげた。
疑問に思っているフクタロウに気が付き、イチスケは笑いながら軽くフクタロウの肩を叩いた。
「ユイタんとこは、やっぱり長男だから村から出したくないって親が言ってるらしいんだよ。だから今年は全部で五人も長男が出稼ぎや修行に出掛けるってなれば――。」
あいつらは出掛ける事が許されたのに自分だけ許されないのは不公平だ、とユイタは主張し易くなるだろうというイチスケの算段の様だった。
フクタロウもこれを利用して、ヒロタロウ達は出掛ける事を許されたらしいから自分も彼らに交じって少しの間村の外の世界を見てみたいと親に持ちかけたらいい、と、イチスケはフクタロウへと入れ知恵をした。
「そ、そうなのか……。」
イチスケからの入れ知恵をフクタロウは有り難く聞き、嬉しそうに微笑んだ。
◆
その夜。イチスケからの入れ知恵で得た勢いを失わない内に、フクタロウは夕食の時に両親へとムロハラに行きたい事や、ヒロタロウやユイタ達長男の者達も出稼ぎや修行でカズラオカ等の町へと出掛ける予定らしいという話を、たどたどしくも何とか言い終える事が出来た。
「――ムロハラねえ……。」
「そういやケイタロウのとこの長男もシラグチに出稼ぎに行くって言ってたな。」
フクタロウの話を聞き終え、突然のフクタロウの希望に父と母は戸惑いながら箸を置いた。
両親もミナミヤスハラ村の長男が期間限定で村外に出て行く事を許している村の空気は充分に承知していた。
しかし大人しく引っ込み思案なフクタロウが果たして村の外の世界――ムロハラの様な町でやっていけるのかどうかと、つい心配の目で見てしまっていた。
両親からのそんな視線にフクタロウは飯茶碗を手にしたまま俯いてしまった。
「――まあ、ちょっとでもフクタロウから仕送りしてもらえたら生活は助かるな。それに、ミナミヤスハラの、昔からの大蜜柑や野菜の伝統だしなあ……。」
父親は俯いているフクタロウの様子を苦笑しながら眺め、湯呑からぬるくなった茶を飲んだ。
村の外に出た長男達が得た金や知識や技術、嫁を村へと持ち帰って村を発展させて欲しいという現実的な期待もあったし、また、ミナミヤスハラ村の昔話――実際にあった昔の話として、村が今よりも貧しかった時代に村長の長男が村の外へと出稼ぎに出て、村でも育て易いという大蜜柑の苗を持ち帰ってきた。その大蜜柑栽培の始まりにより村の現金収入が増え、村の暮らしが少しずつ改善されていった。
その後も貧しいなりの栽培方法の工夫の知識や、大蜜柑以外にも病虫害に強い野菜の苗を持ち帰る等、代々の村の生活の改善や向上のきっかけの多くが外に出て行っていた村の長男達によるものであった為に、他の村と違いミナミヤスハラ村には長男が一時的に村の外に出る事については然程はうるさくはなかった。
「……仕方無いわねえ。仕送りは……まあ、有ったら有り難いけど、暮らしが落ち着くまでは期待出来ないだろうし。兎に角お嫁さんね、お嫁さん。町で良さそうな娘さんと縁が出来たら連れて帰ってきなさいよ。」
どうせすぐに音を上げて村に逆戻りだろう――そんな予想をして溜息をつきながらも、ムロハラ行きを母親は承諾した。
「……っ! う、うん……。」
その言葉にフクタロウは一瞬息を詰まらせたものの、小さく頷いた。
こうして何とか両親の承諾を得たフクタロウは、その年の秋に村を出て行く青年達と共に出発し、途中で別れると一人ムロハラへと向かったのだった。
縁談を勧めてくる親や親類達から逃れる様にして。なるべくもう村には戻って来たくはないと思いながら。
しかし今は兎に角ミツタカに会いたい――。
背負った背嚢の中の巾着袋には、押し入れの壺の中に貯めていた金が大事に仕舞い込まれていた。
◆
疎らに人の行き交う街道を駆け出しそうになる気持ちを押さえながら、フクタロウはムロハラの町へと歩いていた。
ムロハラの町に行って狩部に自分も登録すれば、きっと兄ちゃんに――ミツタカに会える。
勿論何もかもが都合良く運ばないだろうという事は世間知らずのフクタロウにも判ってはいた。
今もミツタカがムロハラに居るのかすらも、ミナミヤスハラ村で暮らしていたフクタロウには知る術は無かったのだから。
だが、自分も狩り人になって毎日一生懸命働いていれば、きっとミツタカを探し出せるだろう――そんな楽天的ともいえる希望を胸に抱いて、フクタロウはムロハラの町の木戸門の前へとやってきた。
少し立ち止まって眩しそうに木戸門の柱を見上げていたフクタロウへと門番の老人がにこやかに声を掛けてきた。
丈の短い着物に筒裾の下履き、簡易な胸当ての防具を身に着けて六尺棒を手にした老人は、フクタロウ以外にも立ち止まって木戸門を見上げる若者達へと微笑み掛けていた。
「ようこそムロハラの町へ。兄さん達も就職組だね? 狩り人志望だろ? それか案外薬師か魔術師とかかい?」
「あ、ええと……。」
気さくに明るく話し掛けてくる老人にフクタロウは戸惑い、言葉を詰まらせて視線を泳がせてしまった。
フクタロウが戸惑っている間にも周囲の若者達は明るく返事をしていた。
「俺は商部に行くんだ。いつか大きな店の店主になりたいんだ。」
「僕は薬師部。いつか立派な薬師になって村に帰るつもりだ。」
生家を継ぐ事は出来ずとも新しい進路に夢や希望を抱いて各地の村からやってきた若者達を、門番の老人は温かい眼差しで見つめていた。
フクタロウが戸惑い立ち尽くしている内にも、他の青年達は門番に別れを告げてそれぞれの目的地へと再び歩き出していった。
「……ど、どうも……。」
フクタロウも門番の老人へと頭を下げると、そそくさと町の中へと入っていった。
途中、何とか勇気を振り絞って通行人に狩部の場所を尋ね、フクタロウは漸く仄かに憧れ続けていた場所へとやって来た。
建物の正面の大きな引き戸は開け放たれ、老若男女様々な者達が建物を出入りしていた。
特にフクタロウや木戸門で見掛けた多くの若者達と似た様な雰囲気の者達が、戸惑いつつも何かしら決意めいたものを感じさせる表情で奥の窓口へと足を向けていた。
村から多くの若者達が町へとやって来るこの時期は、一先ずの仕事口として狩部の狩り人になろうと考える者も多く、その対応の為に狩部の窓口はとても混雑していた。
「――はい。狩り人の登録ですね。フクタロウさん。はい。字は書けますか?この番号札を持って向こうの窓口で……。」
「――はい。新規登録の人達はこちらの職員が説明を……。」
「――はい。希望者は宿舎で……。」
引っ込み思案のフクタロウだけでなく、周囲の明るく元気そうな青年達も、次々に捲し立て誘導してくる狩部の職員達の勢いに吞まれ呆然とし、促されるがまま説明の為の広間の一つへと連れて来られた。
「――という訳で希望される方は今夜から裏の宿舎に泊まってもらい、明日からは基礎講習で……。」
藍色の小袖を着た小柄な中年女性職員からの説明によると、希望者は三日間狩部の裏手にある宿舎に泊まりながら狩り人としての基礎講習を受ける事が出来るという。
その間の宿泊費と食費は無料。四日目からは一応は狩り人として働き始める事が出来るという流れになっていた。
新人の多くはきちんと稼げる様になるまではそのまま宿舎に安い家賃を払って暮らす者が多い事や、基礎講習以外にも本格的な剣術や格闘術、護身術等の講座もある事等も職員から説明された。
特にムロハラの町では狩り人の新人を大切に育成しようという気風が強く、他の町の狩部と比べて無料や低料金で提供されるものが多くあった。
「――よく来たね新人ども。あたしはここの寮母、タキって言うんだ。よろしく。」
フクタロウ達新人の多くはやはり宿舎での生活を選択した。
彼等を出迎えた恰幅のいい老女の勢いのある笑顔にフクタロウは驚き立ち尽くしてしまったが――兎に角、ムロハラの町での生活が始まった事にフクタロウは不安と期待の入り交じる思いを感じながらも、その日は宛てがわれた小さな部屋で眠りに就いた。
◆
狩り人は自由で自己責任。当然職員達からもその言葉は新人達へと教えられ、基礎講習の中でも狩り人としての活動の中の厳しさについて触れられていた。
基礎講習や実地訓練としての教育用パーティへの所属をすっ飛ばして、自分の力を頼みに早々に狩り人として働き始める者達も居ないではなかった。
今年も既に二、三人程が基礎講習はまどろっこしいと言って離脱――ある意味では脱落し、早々に意気揚々と狩り人として働き始めていた。
「――放っておきゃいいのに、全く、ウチの狩部は甘いわよねえ。あ、これ長からの指示のメモね。脱落組の見守り宜しくって。」
「そう言うなよ。俺が出張でこないだまで出掛けてきたタダマギの町の治安なんて終わってたぞ。狩り人を見たらヤクザかゴロツキと思えって町の人達が――。」
休憩時間に柱の陰で講師役の職員と他の職員がメモを遣り取りしながら話をしているのがフクタロウの方へも聞こえてきていた。
無料で振舞われた番茶を飲みながらフクタロウはその職員達の会話から、かつてミナミヤスハラ村に来ていたミツタカとの他愛無いお喋りを思い出していた。
新人時代のミツタカも基礎講習や育成パーティでの勉強に苦労していた様子だった。だが、自分の力を過信して碌に知識も無いままに早々に活動し始めた狩り人達が、依頼の最中にた易く命を落としてしまったり、悪意を持って利用してやろうと言う様な者達につけ込まれ犯罪の片棒を担がされたりと――だからこそ、狩り人としてやっていくには気を付けておかなければならない、と、ミツタカはそんな話もしていた。
ミツタカもフクタロウもそこまで意識はしていなかったが、ムロハラ程でなくとも多くの町での狩部の方針として、特に新人の育成に注意が払われる事には理由があった。
薬師部や呪部等の様に要求される知識や技能の水準が高い訳ではなく、登録すれば誰でも狩り人になれると言ってもいい実態があった。
狩部はその様にして、生家を継げない次男以降の者達が村から殆ど身一つで出てきて町で働いて生きていく為の最初の受け皿になるという性質も持っていた。
生活が安定するまでに時間も手間も掛かる事の多い新人の狩り人達は、容易に困窮し、時には犯罪に巻き込まれる等、経済や治安の面等からも町にとっては負担になり易かった。
似た様な事情は商業者の集まりである商部にもあり、村から出てきた若者達の定まった働き口の斡旋や簡易的な読み書き計算の教育を施す等、適宜狩部の長達と協力してそうした若者達の保護や育成に取り組んでいた。
ただ、基礎講習の簡単な内容とは言え剣術や体術等、暴力的な手段を教えている分、新人の狩り人が困窮の果てに犯罪者へと脱落されるのは町の治安への危険が大きく、狩部の方がより神経質にならざるを得なかったが。
「――はい、いち、にっ、さ……。」
講師役の若い青年職員が木刀を手にしてフクタロウに打ち合いのやり方を教えていたが、フクタロウの姿勢の悪さに途中で言葉が止まってしまっていた。
「あー、ここ、な。木刀のここを握って。で、背中はこう伸ばして……。」
「は、はい……。」
青年職員の指示通りに木刀を握ろうとするものの、フクタロウは緊張し過ぎておかしな持ち方をしてしまったり、背中を前へと曲げ過ぎたりしてしまっていた。
実際の素振りや打ち合いの時の動きもぎこちなく、多くの新人達の指導を今までしてきていた青年職員はフクタロウの事を余り武術等の才能が無いのではないかと見做してしまっていた。
「筋トレとかはちゃんと出来てるし、力持ちではあるんだけどなあ……。」
体の鍛え方を教える授業の時には腹筋や背筋、スクワット等はきちんとした姿勢で行なえており、他の新人達と比べても回数多くこなせていた。
重石を抱えたり人を背負っての鍛錬についても、他の者達と比べて多くの重量に耐えられていた。フクタロウの身体能力自体は大柄な見た目に相応しいものであった。
「多分、対人で何かする事が苦手なんじゃないの? まあ別に犯罪者とか魔獣相手に刀振り回すだけが狩り人の仕事って訳ではないし。いいんじゃないの?」
「そうかもなあ……。一先ずは力仕事とかの依頼をこなしていく感じかね……。――あ、すまんすまん。勝手に俺達が仕事を決めつけるのは良くなかったな。」
小休止のフクタロウの前で座学の講師の女性職員と話をしながら、青年職員は途中でフクタロウの事を決めつけるような発言をした事に気付いて軽く頭を下げ謝った。
「あ、いえ……。」
フクタロウは慌てて頭を横に振った。
「いえ……。でも、狩り人のパーティの……荷物持ちの人とかに……なれたらなって……。」
――兄ちゃんのパーティに入れてくれる? 荷物持ちでも何でも……。
ミツタカ達が村に滞在した最後の夜。あの時の約束とも言えない様な言葉は、しかしフクタロウの中でずっと温かな物として留まり続けていた。
「おう、いいんじゃないの荷物持ち。地味だけど大事な仕事だ。パーティの装備や収穫物を預かる大事な仕事だぜ。」
青年職員が笑顔でフクタロウへとそう言う横で、座学の女性職員は少し気の毒そうな眼差しを向けていた。
「……ごめんね。水を差す訳じゃないけど、厳しい事も言う事が今の私達の仕事だから……。荷物持ちにも最低限の自衛能力は必要なのよ……。森の浅い所でも魔獣は出てくるし。もう少し頑張らないと、パーティの荷物をただ運ぶだけじゃ命を落とす事になると思うわ……。」
「は、はい……。」
まだ基礎講習を始めたばかりの初心者ではあるものの、剣士や魔術師等に混じって行動する様な荷物持ち職を目指すのであれば必要な心構えではあった。
そうした意味でもミツタカの所へ至るまでの遠さにフクタロウは途方に暮れ、視線を落としてしまった。
◆
三日後。何とか基礎講習を終えたものの、フクタロウはどうしたものかと依頼掲示板の広間――の入り口で立ち尽くしてしまっていた。
人見知りの為に基礎講習の中で知り合いや友達を作る事は出来なかったが、ぼんやりと一方的に顔を覚えていた何人かの青年達が依頼掲示板の前へとフクタロウの横を通り過ぎていった。
彼等は皆、意気込んだ表情や楽し気な表情で依頼掲示板の前に立ち、もう知り合いになったのか親し気にお互い言葉を交わしながら依頼書を見ていた。
そんな彼等の後ろに教育用パーティの教官らしき小袖と細袴を纏った背の高い女性がやって来ると、何事か説明をしたりしながら青年達と去っていった。
「……。」
フクタロウは同じ基礎講習を受けた一応は同期の青年達の去っていく姿を、何も言えないまま見送った。
何処かの教育用パーティへの所属についてはフクタロウも申し込む事は出来た。
だが剣術も格闘術も初歩の動きすら出来ず、魔獣相手に戦う事を想定したパーティの荷物持ち職に求められる最低限の自衛能力も心許無いと講師達から逆の意味で認定されてしまっていた。
勿論、現時点では、の意味だったが。
しかしフクタロウの心はかなり委縮してしまっており、教育用パーティへの申し込みは躊躇したまま保留にしてしまっていたのだった。
「――それ程気負わずとも、一先ずは簡単な依頼から始めてみては如何ですか?」
「っ!」
不意に背後から声を掛けられ、フクタロウは思わず飛び上がってしまった。
慌てて振り返ると四、五人程の初心者らしき少年少女の狩り人になりたての者達を連れた初老の女性が微笑んでいた。
「あ、ええと……。」
薄水色の小袖を纏った小柄な老女をフクタロウは困惑しながら見下ろした。
彼女は――小袖の胸元にはアズサと書かれていた――フクタロウの背をそっと押し、他の者達も連れて依頼掲示板の前へと導いた。
「狩り人全員が魔獣や盗賊相手に刀を振り回す訳ではありませんからね……。掲示板のこの辺りは初心者向けのお仕事が貼られています。意外と色々なお仕事がありますから、初心者の内は色々と経験して自分に何が出来るのか、得意な事は何なのか、見極めて下さいね。」
少し皺のあるアズサの指先が掲示板の幾つかの依頼書を示していき、フクタロウや他の初心者達も目で追っていった。
初心者向けの依頼については「商部」の掲示板とも一部の内容は重複していた。
道路や水路や、商店や宿屋の掃除や片付け、市場の荷物運び、「薬師部」「商部」「狩部」等の建物や事務所の中の雑用等々、森の中に入らずとも町の中で出来る仕事の情報も意外と多かった。
「森の中に入る依頼だって、ここに貼っている辺りだと、薬草摘みに石拾い、――荷物運びについても森の出入り口で待機しての補助の仕事とか、かなり安全で働き易い内容のものが多いわ。」
フクタロウや他の初心者達にアズサは出来るだけ判り易く優しい口調を心掛けながら説明していった。
勿論、アズサもただの親切心だけで依頼掲示板の近くでフクタロウや初心者達が来るのを待っていた訳ではなかった。
狩り人に登録したばかりの初心者が、皆が皆勇ましく依頼を引き受けて仕事を始める訳ではない。
小遣い稼ぎや家計を助けるアルバイトの様なものの一環で狩り人として登録して働く町の元々の住人達とは違い、フクタロウ達の様な余所の村から何かしらの理由や目的があってムロハラの町へとやって来た者達については、狩部や町の行政側としては出来るだけ落ちぶれて欲しくないという思惑もあった。
彼等がなるべく円滑に狩り人としての生活を始められる様にと促し、背中を押す役割の職員も配置されていたのだった。
「フクタロウさん……だったわね。見た目で決め付けてごめんなさいね。でも、あなた力がありそうだし、一先ず今日の所はこれとか如何かしら?」
狩り人達が賑やかに話しながら行き交う中で、大柄な体を緊張に少し強張らせて立ち尽くしているフクタロウへとアズサは優しく笑い掛け、依頼書の一枚を掲示板から剝がした。
町の水路掃除の仕事について、と依頼書には書かれていた。大きめの水路については、決められた流域を順番に区切って堰き止めて清掃作業をしていくので数日掛かりの作業となっていた。
希望すればその間は仕事にあぶれるという事も無く、初心者の狩り人にとっては定番の仕事の一つとなっていた。
「あ、は、はい……。」
どの仕事を受けたいとか嫌だとか言う選択肢がフクタロウにある筈も無く、戸惑いながらもフクタロウはアズサから依頼書の貼り紙を受け取った。
他の初心者達もアズサに促され、それぞれ自分達に出来そうな掃除や荷物運び、商店や宿屋の補助作業の依頼書を掲示板から剥がしていった。
フクタロウが一先ずは仕事を始められそうな様子にアズサは内心安堵の息を吐いていた。
長年、様々な村からムロハラの町にやって来た若者達を見守り続けてきた狩部の職員達は、それなりに若者達を見る目や勘が養われていた。
体力や腕力、或いは知力を過信して傲慢に振舞う者や、逆にフクタロウの様に体力的には優れていても引っ込み思案で世渡りの知恵に疎い者等――。
そうした者達が悪意のある者達に付け込まれて犯罪の片棒を担がされたり、或いは困窮して生活の術も持てずに所謂宿無しの路上生活の状態に追い込まれる等の例がなくはなかった。
――あの依頼書はヒサジ親方さんの所の持ち場だし、大丈夫とは思うけど。挫けず頑張ってね……。
アズサは依頼受付窓口へと歩いていくフクタロウの背中へと心の中で声を掛けていた。
町の治安や狩部の利益等の為にも、出来るだけそうした落ちぶれる者達が生まれる事の無い様にと、狩り人としての生活を始める第一歩の場に配置されたアズサの様な職員の役目は大事なものでもあった。
狩り人として登録して働き始めたフクタロウの初日は可もなく不可も無く、幸い何事も問題無く終える事が出来た。
大柄な体格ではあっても大人しく気弱なフクタロウは、共に作業をする他の狩り人達や専任の作業員達と打ち解ける事はなかなか出来ないではいたが、真面目な働き振りからヒサジ親方には気に入られた。
「――明後日に水路の仕事が終わったら、今度は町外れの倉庫の解体作業や建て替えの準備作業があるんだがお前さんもどうだい?」
「あ、は、はい……。お、お願いします……。」
新人の狩り人達の内で、剣士等の様な所謂戦闘職には向いていない者達の一先ずの生活費稼ぎについてはヒサジ親方も充分に承知しており、フクタロウ以外の新人達にも声を掛けていた。
ヒサジ親方の仕切る作業現場は威勢のいい怒鳴り声が飛び交うものの、それは決して険悪なものではなく雰囲気自体は明るく、最初は驚き縮み上がっていたフクタロウもすぐに慣れる事が出来ていた。
そうしてフクタロウは兎に角生活費を稼ぐ為に、地味と言われがちな町の力仕事の依頼をこなしていき、ムロハラの町での生活も一年、二年と過ぎていった。
◆
ごくたまにミナミヤスハラ村の家族へと近況を無難に短く書いた手紙を送ったり、僅かな金を送ったりしながら日々の力仕事に励むムロハラでの生活にもフクタロウは一応慣れてきていた。
ヒサジ親方の所の力仕事の依頼を主体にしつつも、やはり戦闘職パーティで荷物持ちとして働く事も諦められず、時々は森の浅い層で薬草や鉱石等を大量に運ぶ必要のあるパーティの荷物持ちの補助としての依頼も受けていた。
そうやってまだまだ貯金は出来なくても何とか収入そのものはある程度纏まって入ってくる様になり、ごくたまに休みを取る気持ちの余裕も出てきはじめた。
その日の朝、久し振りに休みを取ったフクタロウは森の入口へと続く方の町の木戸門へとやって来た。
町の中の力仕事を受ける事が多いフクタロウは、森の方に行く回数は少なかったのでこちらの門には余り馴染みが無かった。
朝のこの時間帯は森へと向かう方の狩り人達の数が多く、様々な装備を纏った者達が木戸門をくぐって森へと出発していた。
着流しや筒履きの衣類の上に胸当てや鎧等を纏って刀剣を携えた者達の姿の中にフクタロウはミツタカを探していた。
そもそもまだミツタカがムロハラに居るのかすらフクタロウには判らず、何をどう探せばいいのかすら判ってはいなかった。
兎に角まずは町の門で探してみよう――フクタロウなりにミツタカを探す為の行動の第一歩だった。
当然都合良くその日にミツタカが見付かる訳も無く、フクタロウは夕暮れになって町へと戻ってきた狩り人達と共に町の中へと引き返していった。
◆
森の中には敢えて魔樹を生かしておいて果実や樹皮、樹液等を収穫する一種の果樹園の様な場所が幾つもあった。
今日のフクタロウや他の新人達の仕事は魔樹から収穫した果実の運搬だった。
ムロハラに来て二年が過ぎたフクタロウは一応新人ではなくなってはいたものの、戦闘職として働いている訳でもなく相変わらず力仕事を主体に行なっていた為に、本人の自認は未だに新人のままだった。
魔樹の果樹園の場所を行き来する小道は通り易く整備されており、大き目の荷車等も使用出来る様になっていた。
勿論、小型の弱い魔獣も時々出没するものの、木刀一つで撲殺したり追い払う事も出来る為、荷物運びの者達を護衛する狩り人の多くも新人だった。
「他の魔樹もここのヤツみたく大人しかったらいいんだけどなあ。」
昼食の休憩で草むらの上に腰を下ろした狩り人の痩せた青年が、握り飯を頬張りながら溜息をついた。
幾ら簡単で難易度の低い仕事とはいえ、荷物運びも護衛も関わる全員を新人にする訳にもいかず、狩り人になって何年かの経験を持つ彼は今日は皆の指示役としてやってきていた。
「あー、そうッスよねー。俺、こないだは南側の果樹園の護衛の手伝いに行ってきたけど、やばかったッスよ。」
青年の後輩らしい背の低い筋肉質の青年が、自分の背嚢の中から肉饅頭と竹筒の水筒を取り出しながら苦笑した。
運搬役や護衛の青年達もお互い年齢も近いというのもあり、昼食を取りながら打ち解けていきお喋りを始めていた。
「――そういや、フクタロウ……だっけ? お前さん、たま~に門のトコで立ってるよな。人探しか?」
指示役の青年――タツヒロが次の握り飯を食べながら隅で座っているフクタロウへと何気無く声を掛けた。
「……! あ、は、はい……。その、ちょっと……探してて。」
フクタロウは軽く肩を震わせ顔を上げ頷き、また俯いた。
不定期でごく稀にではあっても、ほぼ一日中森へと続く門のところで立っているフクタロウの姿は、目立つという程のものではなかったが通り過ぎる者達の中には何人か、記憶に何となくではあったものの残っていた。
「そうか。……人探しの依頼もたまに掲示板に貼られてるけど、本格的な話だとちゃんとした、レベルの高い人に指名依頼になるっていうしなあ……。」
「あー、結構金掛かるって聞くッスよ。」
タツヒロや後輩の青年がお喋りするのを聞き、フクタロウは人探しの依頼を狩部に出す方法があると今更ながら知ったのだった。
「あ、あの……。探してるの、狩り人なんですけど……。もしかしたらムロハラにまだ居るかもって……。」
それに、そういえば人に尋ねて回る方法もあるのだった。
人見知りのするフクタロウは見知らぬ人間に尋ねる方法は今迄行なわなかった――行なえなかったが、折角の機会だからと何とか思い切ってタツヒロ達へと尋ねてみた。
「そうなのか。まあ、何かの折に知り合いにも聞いといてやるぜ。名前何て言うんだ?」
握り飯を食べ終えたタツヒロが瓜の漬物へと手を伸ばしながらフクタロウへと顔を向けた。
「あの……ミツタカって言う人なんですけど……。」
フクタロウが口にしたその名前に、タツヒロと後輩の青年は引き攣った笑顔のまま一瞬固まっていた。
「ミツタカ? え、マジ?」
「お、同じ名前の別の奴ッスよ、きっと。」
彼等の表情の変化にフクタロウは戸惑い、首をかしげた。
彼等がミツタカに対して余り良い感情を抱いていなさそうな事は、流石のフクタロウにも理解出来た。
「ま、まあ、同じ名前か、似た名前を聞き間違えたとか、そんな感じだろ?」
タツヒロはそうであって欲しいと思いながらフクタロウへと尋ねた。
「ミツタカ……? あ、もしかしてあいつか?」
「誰? 何かやらかしたのか?」
「先輩達から、近寄るなって俺等前に言われたぜ。欲張り業突く張りで……。」
フクタロウの背後で休憩している他の荷物運びの青年達がお互いにこそこそと囁き合っていた。
ミナミヤスハラ村でのミツタカの様子を思い出し、確かに無愛想で他人には心を開かない人物ではあったと思いながらも、フクタロウはタツヒロへと口を開いた。
「あの……。同じ名前の人が居るかどうかは判らないですけど……。あ、確か、以前は……リョ、リョウジ……ロウ?さんとか、カヨ、さんていう人達のパーティに所属してて……。」
ミツタカに村の子供と仲良くする様に言っていた女性の名前やリーダーの剣士の人の名前を思い出しながら、フクタロウは小さな声でタツヒロに告げた。
「……そ、そうかー。」
フクタロウの言葉を聞き、タツヒロは大きな溜息をつき、弁当箱の中の残り瓜の漬物を口にした。
「リョウジロウさん達のとこに居たミツタカなら、間違い様が無いッスね……。」
近くに座っていた後輩の青年も気の毒そうにフクタロウを見ていた。
後輩の言葉に頷きながらタツヒロはフクタロウへと顔を向けた。
「――お前もミツタカに何か金とか毟り取られた口か? 仕返しとかならやめといた方がいいぞ。」
「ち、違います……! あ、えと、その……以前に、俺の村に、リョ、リョウジロウさんやミツタカ……さん達のパーティが、魔獣を退治しに……。」
タツヒロ達へと慌ててフクタロウは言い訳めいた事を一生懸命捲し立てた。
口下手のフクタロウの話は閊えがちではあったが、タツヒロ達はリョウジロウがフクタロウの村を救ったのだと理解し、ミツタカはリョウジロウのパーティの一員として付いてきていて――フクタロウがリョウジロウのパーティの中に居たミツタカに対しても感謝や憧れを抱いてしまっているのだろうと、タツヒロ達はそう解釈した。
後輩への面倒見は良いのだろう。タツヒロはフクタロウに対して余り良い人物ではないミツタカに近寄る事が無い様にと、忠告のつもりで現在のミツタカの様子を教えてくれた。
リョウジロウ達のパーティがシラグチという町に引っ越していき、ミツタカは一人だけムロハラへと残った。それから最近になるまでは一人きりでの単独活動をしていたが、ある時ヤエカ、ヨシヒメ、ササメという、女性三人のパーティにリーダーとして迎えられた。
単独活動の頃から、ミツタカは金儲けに拘り、儲ける手段も褒められた態度ではなかった。
ヤエカ達三人の女性達もまた、金にがめつく自分勝手な振る舞いが多いと悪評のある者達だった。
そんな彼等がパーティを組んだ後の様子は誰もが予想した通りのものだった。
襲ってきた魔獣に対処しきれず危機に陥っている他のパーティを、相場以上の高額な料金を請求して助けたり、質の悪い魔石や魔獣の毛皮や牙等を狩部の買取窓口で長時間粘って高額で買い取らせたり、凶暴で強力な魔獣相手に勝ちはしても周囲への被害を全く考えない戦い方をする等――狩部からも良心的な狩り人達からも問題視される行動が多かった。
「そ、そんな……。」
フクタロウはそう呟くのがやっとだった。
嘘だと思いたかったし、それこそ、同じ名前の別の者の話なのだろうと思いたかったが、タツヒロの様子は嘘をついたり何かを勘違いしているという訳ではないとフクタロウにも判った。
呆然とするフクタロウの様子をタツヒロ達は気の毒そうに見ていた。
◆
翌日からフクタロウは、午後から始まる仕事等、短い時間で帰れる依頼を中心に受ける事にした。
稼ぎが少なくなってしまう事を覚悟の上で、ミツタカを探す時間を毎日少しずつであっても作り出す事にしたのだった。
魔獣討伐といった依頼を貼り出している方の掲示板に朝早くから向かい、騒がしく慌ただしくごった返す狩り人達の中にミツタカの姿を探したり、夜になって依頼を終えた狩り人達が酒や食事を楽しむ飲み屋や屋台の立ち並ぶ通りを彷徨い歩く様にして探し続けた。
タツヒロ達の話を嘘だと思いたかった。ミツタカは――自分の憧れた兄ちゃんは、無愛想で不器用で、リョウジロウさんみたいに男前ではないかもしれないけれども、でも、男らしくて強くて……。
きちんとした約束をした訳ではなかったけれども、パーティの荷物持ちとして仲間にしてくれる。
それを考えておくって……ミツタカはあの時、確かにそう言ってくれたのだ。
そうやって本格的に探し始めてまだ何日も経っていなかったが、掲示板の前を行き交う狩り人達や飲み屋通りの酔客達の他愛無いお喋りを聞いたり、時には勇気を出して人の好さそうな狩り人を選んで尋ねる内にミツタカ達のよく行く居酒屋や滞在している宿屋等を突き止める事が出来た。
フクタロウの見立て通り、人の好さそうな狩り人達は、ごくたまに森への門の所で突っ立っているだけではなかなか見つからなかっただろう大変だったなと労ってくれたり、ミツタカから何か被害を被ったのなら狩部の然るべき部署に相談しに行くといいと忠告してくれたりしたが。
そうした言葉を有り難く受けつつ、フクタロウはある夜、飲み屋通りの一角にある居酒屋へと思い切って足を踏み入れた。
然程広くはない店内は半分程席が埋まっていた。客の数もそれ程多くはなくフクタロウは何とか短い時間の内に客達の顔を確かめる事が出来た。
残念ながら今夜はミツタカの姿は無かった――。
客として暫く店の中で待ったものかどうしたものか、フクタロウが迷っている内に新しい客がフクタロウの背後から店に入ってきて、彼等に押される形でフクタロウも店の中へと入り込んでしまった。
「空いてるお席にどうぞ。」
割烹着を着た給仕の若い女性が笑顔でフクタロウや後から来た狩り人らしき客達を促していった。
「は、はい……。」
断り切れずにフクタロウは適当な席に腰を下ろした。
机の上の品書きに目を向けると、幸い飲み物や食事の値段は高いという事も無く、フクタロウの今の手持ちの金で払える額だった。
薬草茶と適当な総菜の盛り付けの一皿を注文し、フクタロウはまた店内を見回した。
依頼の仕事が遅い時間まで掛かったのか、背負い袋に汚れた鎧や術師の装束を詰め込んだ大荷物の者達も少なくはなかった。
客の多くが今日の仕事の成果を喋り合ったり、何かの愚痴を零したり等、賑やかな声が上がっていた。
店内の様子を見聞きしながらゆっくりとフクタロウが食事をしている内にも客の入れ替わりはあり、その度にフクタロウは店の戸口を振り返って客の顔を確かめた。
何とかゆっくりと食事をしていたもののやがて食べ終わってしまい、そのまま居座る程の図々しさも無く、今日のところは帰るしかないか……と、フクタロウはそっと溜息をついた。
「――今日はツイてたわよねー。だいぶ儲けたわ。森赤狼サマサマだわ。」
「いやいやそこは俺様の活躍を褒めるとこだろ。」
楽し気にそんな話をしながら店内へとやってきた者達の声が聞こえ、フクタロウは弾かれた様に思わず振り返った。
「――っ!!」
聞き覚えのある声の主へと目を向け、その姿を確かめた時にフクタロウは嬉しさの余り声も出せず動けなくなっていた。
ミツタカもまたあれから成長し、背も伸びて体にももっと筋肉もついて、フクタロウが憧れた通りの大人の男の姿になっていた。厳つい顔立ちや丸刈りの坊主頭はそのままだったが、ミナミヤスハラ村で滞在していた時の様な少年の面影は既に無く、しっかりとした骨太な男らしい顔となっていた。
フクタロウがミツタカの姿を見つめ続けている間にも、パーティの女性達と楽し気に笑いながらミツタカは席へと腰を下ろし、多くの酒や料理を注文していた。
間も無く酒や料理の皿が次々に運ばれてきて、ミツタカ達は今日の仕事の疲れを互いに労った。
「――あー、そういや、森赤狼、毛皮とか内臓とか高く買い取りされるのよねー。魔石しか持って帰れなくてガッカリだわー。」
ササメというらしいふくよかな体形の女性が大椀で酒をがぶ飲みしながら大きな溜息をついた。
「よねー。薬の材料になるとかって、下手な魔石より高値だったわ確か。ミツタカが担いで帰れば良かったのに。」
小柄な少女の様な見た目ではあったが狩り人である以上は成人の年齢は過ぎており、ヨシヒメというらしい少女もまたササメに劣らず大椀で酒を飲みながらミツタカへと軽口を叩いていた。
「冗談じゃねえぜ。あんな重いモン、ずっと担いで歩けるかっての。」
鳥の揚げ物を齧りながらミツタカが軽く笑うと、その向かいでヤエカという女性も笑いながら大椀を呷った。
「よねー。めんどくさい肉体労働はあたしらの柄じゃないわよね。あーあ、あたし等のパーティにもそろそろ荷物持ち欲しいわよねー。専属の。」
ヤエカが椀を置いて皿の上の揚げ物に箸を伸ばすのを見ながら、ミツタカは自分の椀へと次の酒を注いだ。
「荷物持ちか。ちゃんと雇うとなるとそれなりに金掛かるぞ。」
「判ってるわよー。あーあ、どっかにタダ働きしてくれる世間知らずの馬鹿な田舎者居ないかしらねえ。」
ミツタカの言葉にヤエカは不満気に軽く口を尖らせた。
「――!!」
店内の喧噪の中でミツタカ達の会話は断片的にしかフクタロウには届いてはいなかった。
だが、辛うじて荷物持ちという言葉が聞こえ、彼等の笑いながら話す様子から何処まで真剣な話かは兎も角として、彼等のパーティが荷物持ちを求めているのだという事は何とか理解出来た。
「あ、あの……っ。」
フクタロウは反射的に立ち上がり、ここのところ何度も勇気を振り絞る事が多いと内心でふと思いつつも、体が緊張に震え心臓が早く鳴り響くのを感じながらもミツタカ達の席へと歩いていった。
「ん?」
自分達の席に近付いてくる大柄な青年の姿にすぐ気付き、ミツタカ達は不審気に顔を上げた。
「あ、あの……。」
緊張に掠れた声でフクタロウはミツタカへと声を掛けた。
「何ー? 何か用?」
手にしていた椀を置き、ヨシヒメは何処かうっとおしそうにフクタロウへと返した。
「あ、あの……。にぃ……あ、いや、ミ、ミツ……タカさん……。」
ヨシヒメ同様不審気な表情で自分を見上げてくるミツタカの顔をフクタロウはじっと見つめていた。
あれから四年が経ちすっかり大人の男の姿になったが、確かに目の前に座っているのはミツタカだった。
やっと会えた。口下手なフクタロウは色々と話したい事があるという訳ではなかったが、だがそれでもミツタカへと何か言いたかった。
自分も村を出てムロハラへとやって来た。狩り人とは言いにくい今の身の上ではあったが、それでもムロハラに来て二年程、兄ちゃんに会いたくて頑張ってきた――。
「何、知り合い?」
ササメが何の気無しにミツタカへと尋ねると、ミツタカは軽く頭を横に振った。
「あ、あの……。」
フクタロウは緊張で額に汗の玉を浮かべながらも何とか自分の事を話そうとした。
「用があるんならさっさと言ってよねー。」
ヨシヒメが深く眉根を寄せ、幼い顔立ちに似合わない険しい表情をして煩わしそうに吐き捨てた。
「は、はい。あの、俺、ミナミヤスハラ村から出てきて……。その、あ……ミツタカさんに……その……荷物持ちに、その……。俺、フクタロウって言います……。」
ヨシヒメの様子に慌ててフクタロウは説明とも言えない様な言葉を兎に角口にした。
幾ら四年前で、あの時は自分が痩せて細い体格だったとは言え、ミツタカが全然自分の事を判らないという事は無いだろう――。
「へえー。ミツタカの……あたし達のトコで荷物持ちになりたくて村から出てきたんだー?」
しどろもどろのフクタロウの話を、傍らで聞いていたヤエカ達は一応理解した様だった。
「フクタロウって言うんだ? ヤエカ良かったじゃん、力持ちそうだよ。」
ヨシヒメは先程のヤエカの愚痴を思い出し揶揄った。
だが――。
「は? 何だそりゃ? 大体、お前誰だよ、フクタロウって言われてもなあ。」
フクタロウを見上げるミツタカの目は確かにフクタロウの姿を捉えていた。
煩わしそうな、うっとおしそうな様子でフクタロウを見るミツタカの様子は嘘をついているという訳でもなさそうだった。
「えっ……?」
一瞬、何を言われたのか理解出来ず、フクタロウはそのまま硬直してしまっていた。
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2026-0906
クソ暑い8月も何とか過ぎ、あっという間に9月ですね。ヲカマのオッサンの長らくの懸念事項である主任ケアマネの研修もとうとう始まってしまいました。ほんとめんどくさいし煩わしいですが、ほんと仕方無しですわ。11月下旬まで毎月4日間程拘束です。今月九月は五日間。しかもオンライン全盛の世の中なのに三日間は集合研修で出掛けて行かなければなりません。
まあ色々と単なる不平不満だけではない真面目な批判したい事等もあるんですけども、ここでは割愛です。
さてさて第21話。フクタロウ、町へと出て来る件。やはりまた長々と書き込んでしまいました。いやもっときちんと文章整理してもっと長く書き込みたいのですがやはり体力、気力や集中力が続かなくて力尽きてしまいました。
だいぶ長くこの物語も書いてきたのですが、後日、同人誌というかPDFに纏めるにあたっては文章自体や漢字変換等の修正確認だけではなく、内容自体についてもちまちま修正せねばならんねえとは思っています。思い付きのライブ感重視で書いているとはいっても、アタシ自身もAIの文脈破綻を笑えないわねえ……とも思ったり。
回想パートでのアヤの出番やカヨ達との関わり方とか。アヤが再講習受け持った辺りの人物の感情表現とか。後、カヨ達からのミツ坊呼びの辻褄合わせとか……。書き出したらキリが無いわね。




