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第二十話「荷物持ちが、初心者パーティの子達が初級依頼に励んでいる姿を見て自分の昔を思い出してしまった件」

第二十話「荷物持ちが、初心者パーティの子達が初級依頼に励んでいる姿を見て自分の昔を思い出してしまった件」


 予定では明日にヒロヒメ達はムロハラに戻る事になっていた。

 ヒロヒメ達のパーティでの活動も楽しいとはフクタロウも思い始めてはいたものの。

 しかし、先日のアヤ教官達のパーティでこなした依頼は――フクタロウにとっては即席に結成されたパーティではあったが、欲張り業突く張りではなくなったミツタカと依頼をこなす事はかつての自分が夢見ていたものであり、それは何よりも楽しく嬉しいものだった。

 それが終わってしまう事が名残惜しく――やはり、いずれはヒロヒメ達に謝ってヒロヒメ達のパーティから脱退し、再びミツタカと組みたいと、そんな事を思いながらフクタロウは今朝も狩部の依頼掲示板の広間へと足を向けていた。

「ええー! 今日は町の中の仕事かよー。」

「文句言わないの。ゴウサブロウくん達、怪我したって言うんだから仕方無いでしょ。」

 掲示板の方から聞き覚えのある幼さも感じさせる少年達の声が聞こえてきて、フクタロウが目を向けるとサダアキ達のパーティが何事か言い合いながら近付いてきていた。

「あ、フクタロウさん! おはようございます。」

 サダアキがフクタロウに気付いて軽く手を上げた。

「お、おはよう……。」

 少しどもりながらも、一応は顔見知りになった少年達のパーティにフクタロウはぎこちない笑顔を浮かべて挨拶を返した。

 フクタロウの性格は既にサダアキ達も理解しており、自分達が年下ではあったものの何処か温かく見守る様な目線で彼等はフクタロウを見た。

「――あ。」

 相変わらず気弱で人の好さそうなフクタロウの顔を見上げながら、サダアキが何か思い付いた様に声を上げた。

 どうしたのだろうかと首をかしげるフクタロウに、サダアキはアイコの手にしていた依頼書をひったくりフクタロウへと示した。

「ちょっと、サダアキ!」

 アイコが眉を吊り上げるのにも構わず、サダアキはフクタロウへと依頼書を見せながら話し掛けた。

「フクタロウさん、荷物持ちだったよね。「異空間収納」もあったし。良かったら今日は、俺達と一緒にこの依頼――あいたっ。」

 サダアキの言葉はアイコとマミコからの拳骨によって遮られてしまった。

「――すみませんフクタロウさん……。」

「え、えーと……?」

 サダアキを横目で軽く睨みながらアイコはフクタロウへと頭を下げた。

 どういう事だろうと戸惑っているフクタロウに、アイコは一応軽く説明した。

 サダアキ達のパーティは今朝もいつも通り森の中の依頼を受けようと掲示板の所にやってきたのだったが――。

 そこに彼等の友達のゴウサブロウという者達のパーティの一人が頭に包帯を巻いた姿で待っていて、今日ゴウサブロウ達が受ける予定だった依頼を代わりに受けてくれないかと頼み込んできたのだった。

 ゴウサブロウ達のパーティ全員が昨日、森の中の依頼で移動している最中に魔獣に襲われて怪我をしてしまったとの事で、先に引き受けて手続を済ませていた今日の分の依頼を行なう事が出来なくなってしまったのだという。

 翌日や翌々日の依頼も先に引き受けていたものの、怪我や急病で依頼を遂行出来なくなってしまうというのは魔獣を相手にする事も多い狩り人達にはさして珍しい事ではなかった。

 知り合いや友達同士で受けていた依頼を融通し合う事も、度重なれば信用を損なうものの、時々であれば無い事ではなかった。

「あいつら、今日は町の水路掃除と市場への荷物運びの仕事受けてるんだ。フクタロウさんなら、水路の泥やら市場の荷箱やら、ささっと仕舞い込んでささっと済んじまうだろー? ――ッ痛ッ。」

 サダアキは無邪気にそんな事を言いながらフクタロウへと笑顔を向け、またアイコに拳骨を喰らっていた。

 マミコとマツサブロウはその様子を苦笑しながら眺めていた。

「水路掃除か……。」

 懐かしさがあるものの、しかし苦く辛い気持ちも同時に思い出しながらフクタロウはそっと呟いた。

「馬鹿な事言ってないで、さっさと行くわよ。フクタロウさんにも迷惑でしょ。」

 アイコは首の後ろで軽く結わえたサダアキの髪の毛を引っ張り、依頼受付窓口に向かおうとした。

「ええー。けど……。掃除なんて……。」

 不満気に文句を漏らすサダアキをアイコはまた睨み付けた。

 そこにフクタロウの背後から穏やかで諭す様な声音の受付職員の言葉が聞こえてきた。

「サダアキ君の気持ちは判りますが。初心者の内はこうした町の中の地味な依頼を沢山こなしていく事も大事な事ですからね。」

 フクタロウが振り返ると、シゲヒサがいつもの一見少し気弱そうにも見えてしまう穏やかで礼儀正しい受付職員の見本の様な佇まいで立っていた。

「それに今日はフクタロウさんには私の方が用事がありますので。皆さんの依頼のお手伝いは出来ないのですよ。」

「ええー……。そんなあ……。」

 流石に初心者のサダアキが、一見気弱で穏やかそうであっても実際には百戦錬磨の受付職員であるシゲヒサに文句を言える訳も無く。 

「ほら、早く。――それじゃあ。」

 アイコ達はサダアキの髪の毛を引っ張りながら、フクタロウとシゲヒサに軽く頭を下げて去っていった。

「が、頑張ってね……。」

 サダアキ達には聞こえたのか聞こえていないのか、小さな声でフクタロウは声を掛けて見送った。

「この時間だとここじゃないかと思いましたので。以前に所属していたミツタカさんのパーティの件、事務処理が終わりましたので手続をしたいと思いますが……。」

 なるべく周囲に聞こえない様にと気遣い、シゲヒサはフクタロウの近くに寄って小声で用件を告げた。

「……あ、ああ……!」

 一瞬何の話だったかと首を傾げかけたものの。

 かつてのミツタカやヤエカ、ササメ、ヨシヒメのパーティでフクタロウへの報酬が適切に分配されていなかった問題を、きちんと精算して然るべき金額をフクタロウに支払われる様にミツタカが狩部に頼んでいたと思い出した。

 アヤ教官からの再講習や、ヒロヒメ達との活動を通じてきちんとした報酬を貰う事が大事な事だとはフクタロウも理解する様にはなっていたものの。

 確か、精算して支払われる事になるお金は、今回はミツタカの口座から引き出されるという様な事を言っていた記憶が朧気ながらあり――、その事についてはフクタロウは気が進まなかったのだが。

 シゲヒサに促され、狩部の受付窓口を通り過ぎ、防音機能の付いている小さな面談室にフクタロウは連れてこられた。

「よう。」

「!」

 部屋には既にミツタカが待っており、フクタロウは心の準備が出来ておらず思わず肩を大きく震わせてしまった。

「お、おはよう……。」

 俯きがちにフクタロウはミツタカへと挨拶を返した。

「では、始めましょうか。――あ、どうぞお座り下さい。」

 フクタロウの後ろで書類を封筒から取り出しながら、シゲヒサがフクタロウに促した。

「まあ、報酬が支払われた後のパーティ内の内輪での分配の話になってしまうので、私達としてはあくまで参考資料と記録の提示しか出来ないんですけどね……。」

 ミツタカ達のパーティにフクタロウが一年前に雇われてから今迄の間に受けた依頼内容とその報酬、依頼で副次的に得られた魔獣の皮や爪、宝玉や魔石等を売却した利益の記録等がシゲヒサの手元の書類には記されていた。

「本格的に裁判だの何だのでヨシヒメさん達にフクタロウさんが受け取るべきお金を請求する事も出来ますが――そこまで事を荒立てるつもりもないんですよね。」

 腰を下ろしてミツタカとフクタロウに書類の中身を指し示しながら、シゲヒサはもう一つの封筒に入っている書類へと目を向けた。

 その中には、参考資料として一応持ってきてはいた、ヤエカ、ササメ、ヨシヒメの口座への狩部からの報酬の入金記録書類が入っていた。ヤエカ達は殆どの場合、自分達の口座への入金を経て報酬を得ていた。その為フクタロウが最低限の報酬しか得ていない事の一応の証拠にはなったのだった。

「まあ、そこまで追い詰めると、あいつ等逆恨みだの嫌がらせだのしてくるからな……。だから、フクタロウへの弁償は全部俺がやる。――気分は悪いだろうが……。すまないな……。」

 ミツタカは書類に目を通してシゲヒサへと頷いてから、フクタロウへと謝った。

「そ、そんな事無いよ……! 俺、もう気にしてないし……。」

 ミツタカからの謝罪に慌ててフクタロウは大きく頭を横に振った。

「それに、そこまでして……ミツタカ……、から、お金なんて……。」

 何とか呼び捨てを取り繕い、フクタロウは戸惑い眉根を寄せながらミツタカとシゲヒサを交互に見た。

 適切な報酬を貰う事は大事だとはフクタロウも理解はする様にはなったが、かといってミツタカから今回の問題の全ての金を貰いたいとは思ってはいなかった。

 書類に示されていた金額は一年間だけの報酬とはいえ意外と大金で、余計にフクタロウは遠慮する気持ちも働いてしまっていた。

「――ちゃんと受け取れ。……いや、受け取ってくれ。俺の詫びだし、ケジメだ。」

 戸惑いながらミツタカから目を逸らして視線を落とすフクタロウを真っ直ぐに見つめ、ミツタカは改めて深く頭を下げた。

「わ……判った……。」

 正当な理由であってもミツタカから大金を受け取るのは心苦しくはあったが、このまま断り続ける事もまたミツタカの謝罪の気持ちに対して失礼なのだろうと考え直し、フクタロウはか細い声で小さく頷いた。

 その声を聞き、ミツタカもまたほっとした様な息を漏らし小さく微笑んだ。

「お互い問題無くお話が付いて良かったです。では、これからフクタロウさんの口座への入金の手続きをしますので、後日、またお知らせ致しますね。明後日には処理が終わり、入金が済む予定です。」

「あ、は、はい……。」

 円満に解決した事を喜ぶシゲヒサの言葉にフクタロウは慌てて返事をした。


◆


 事務所へと戻っていくシゲヒサと別れ、フクタロウとミツタカはそのまま何となく連れ立って狩部の建物を後にした。

 そのまま宿舎に帰っても良かったのだったが、フクタロウはこの成り行きを内心有難く思いながら、自分からは何も切り出さずにミツタカと歩き続けた。

「昼飯――には、まだ少し早いよなあ……。」

「あ、お、俺が今日は奢るから。何でも好きな物……。」

 そんな事をぽつぽつと喋りながら、二人は何となく狩部の建物の前の通りをぶらついていた。

 特には目的も無く歩き続け、通りの端の方までやってきたところでミツタカは肉饅頭屋の小さな屋台に目を留めた。

「――そういや、結局あいつらから謝礼の屋台の饅頭、貰ってねえんじゃなかったか……?」

 ミツタカ達がチュウゴロウの依頼の薬草採集の帰り道にサダアキ達のパーティの危機を救った時の事を思い出していた。

 ミツタカにとっては屋台の饅頭程度の事はどうでもいい事ではあったが、サダアキとアイコがカヨの甥や姪だったと知らされた事で、何となく記憶に残っていたのだった。

「あー……。そういや、どうなったんだったっけ?」

 フクタロウもサダアキ達を助けた時の事を思い出し、軽く苦笑を浮かべた。

 それからふと思い立ち、フクタロウは屋台の前で足を止めた。

「すみません。肉饅頭の大を十個下さい。」 

「あいよ。」 

 金を払い屋台の店主の老婆から大きな紙袋に入った肉饅頭を受け取ると、またミツタカと共に歩き始めた。

「随分買ったな。」

 ミツタカがフクタロウの抱えた紙袋を眺めながらそう声を掛けると、フクタロウは歩きながら肉饅頭を紙袋毎「異空間収納」へと仕舞い込んだ。

「うん……。サダアキ君達に差し入れしようと思って……。ちょっとだけ寄って行ってもいいかな?」

「いいけど、あいつら今日は町中の依頼なのか?」

「うん。今日は水路の掃除と、市場の荷物運びだって……。」

 ミツタカから尋ねられるとフクタロウは頷き、通りの更に向こうの地域へと足を向けた。

 掲示板の所でサダアキから見せられた依頼の貼り紙に書かれていた水路の場所は、フクタロウにとっても覚えのある場所だった。

 ムロハラの町の中には幾つか水路があり、温暖で多湿なヒノモト国の気候によって多く降る雨を適切に流したり、町の簡易的な水源の一つとして利用する為に整備されていた。

 土木工事に関する知識を神降ろしによって得た事により、町の水路は石板やコンクリートを組み合わせて作られていた。

「あ、居た。」

 フクタロウが小さな橋の上から覗き込むと、働いているサダアキ達の姿が見えた。

 短い筒裾の下履き――余所の世界でいう短パンにTシャツの様な衣類を身に着けたサダアキ達が水を堰き止めた水路の中でシャベルを振るって泥の塊を掬い取っていた。

 サダアキ達以外にも新人と思われる狩り人の少年少女達が汗と泥に塗れながら水路の中で働いていた。

 橋の上で足を止めたまま、彼等の姿をフクタロウは少しの間懐かしくも――そしてほろ苦い気持ちも感じながら眺めていた。

 フクタロウの所までは声は聞こえなかったものの、ぶつぶつと何か文句らしき事を零すサダアキをアイコが軽く叱り飛ばしていた。

 いつもの事だと苦笑するマツサブロウが、サダアキと共に水路の中の壁の一角に高く積み重なった壊れた荷箱の所へと向かった。

 水路の中には小さなゴミや泥だけでなく、何かの拍子に流されてしまった荷車や荷箱の残骸や、上流の木々の幹や枝の残骸等も埋もれており、それを除去する事も水路掃除の仕事の一つとなっていた。

 他の大人達と共に泥や水草に塗れた腐り掛けの古い荷箱を動かそうとサダアキとマツサブロウが屈んだところで、バランスを崩した荷箱が中に溜まっていた泥と共に崩れ落ちてきた。

「あいつ等っ……!」

 フクタロウの横でミツタカが思わず声を上げてしまった。

「――っ!!」

 サダアキとマツサブロウの頭の上から泥の塊と歪んだ荷箱が落ちてきたところで――それらは不意に掻き消えた。

「え……?」

 反射的に頭を押さえて身を屈めていたサダアキとマツサブロウが恐る恐る顔を上げると、落ちてくる筈の泥や荷箱の残骸は何処にも無かった。

「だ……大丈夫っ!?」

 フクタロウはそう声を掛けながら、慌てて橋から水路沿いの道へとミツタカと共に駆け下りた。

 作業員以外は立ち入り禁止と書かれた札のぶら下がった縄の前までやって来ると、フクタロウは心配気に水路の中のサダアキ達を見た。

 サダアキ達もフクタロウの姿に気が付き、安堵の息を吐いて笑みを浮かべていた。

「フクタロウさんが助けてくれたんだ?」

「あ、有難うございます……!」

 サダアキがフクタロウへと軽く手を振り、その横でマツサブロウが軽く頭を下げた。

 突然消えた泥や荷箱に首をかしげる他の大人達と共に、サダアキ達も一旦水路から道路の方へと階段を上がってきた。

「あ、ああいう時は、ちゃんと距離を取って安全確認してから……。」

 サダアキ達の無事を喜びながら、フクタロウがそう言い掛けた背後から監督らしき男の厳しい声が飛んできた。

「何やってんだお前達! 作業の時の注意はちゃんと言っといただろ! 今日だけの奴等への目配りも忘れるなって言っただろうが!」

「す、すんません親方……。」

 大声で怒鳴り付けるという訳ではなかったものの、厳しい調子で鋭く発せられた声に、サダアキ達と共に作業をしていた大人達はうなだれていた。

 フクタロウとミツタカが振り返ると、初老のがっしりした体格をした半纏を纏った男が厳しい眼差しを作業員の男達へと向けていた。

「おう、すまねえなそっちの。何かよく判らんが、おめぇさんが助けてくれたんだろ? 世話掛けたなぁ。」

 親方と呼ばれた初老の男はフクタロウへと頭を下げた。

「あ、いえ……。」

 フクタロウもまた頭を下げ返し、また頭を上げたところで親方と目が合った。

 見覚えのある顔だが……と、親方は一瞬、軽く首をかしげ――次の瞬間には笑顔でフクタロウの肩を叩いてきた。

「――あ、おめぇ、確か……フクタロウじゃねえか。久し振りだなぁ。元気だったか?」 

「あ、は、はい……。お久し振りです……。」

 親方の勢いに押されながらもフクタロウは何とか返事をした。

「知り合いか?」

 ミツタカからの問いにフクタロウは軽く頷いた。

「うん……。えーと、俺がムロハラに来たばかりの頃に水路掃除の依頼とか受けた時に世話をしてくれた人……。えーと、ヒサジ親方さん……。」

 それからフクタロウは、ヒサジ親方に自分の「異空間収納」のスキルで咄嗟にサダアキ達に落ちてきた泥や荷箱等を収納した事等を軽く説明した。

「そうかそうか。大したスキルを得たもんだなあ。――そしたら、収納したモンはあっちの角に出しといてくれ。」

 フクタロウがスキルを得られた事を喜び、感心しながらヒサジ親方は道の一角を指差した。

 水路のゴミや泥等は一先ずそこに集められ、後で運び出されるのだという事だった。 

 既に積み重ねられているゴミの近くへとフクタロウは近寄り、収納していた泥と荷箱を取り出した。

 何も無い空間から突然に地面へとそれらが転がり落ちる様子をミツタカやサダアキ達は感心しながら眺めていた。

「やっぱ、フクタロウさんが居れば楽勝じゃねえかよー。」

「もう! 楽する事ばっか考えるんじゃないの!」

 サダアキとアイコの遣り取りする声に振り返り、フクタロウは苦笑を浮かべた。

「おう、ありがとよ。――じゃあ、キリもいいし半日組はこれで解散だ。あっちでハンコ押してもらったら帰っていいぜ。」

 フクタロウへと礼を言い、ヒサジ親方はサダアキ達初め周りに居た狩り人達へと声を掛けた。

「やったー!」

 思ったよりも少しだけ早く仕事が終わり、サダアキ達は嬉しげな声を上げた。

「あ、よ、良かったらお饅頭、差し入れに持ってきたんで良かったら後で……。」

 依頼書にハンコを押してもらいに行こうとするサダアキ達の背にフクタロウは呼び掛けた。

「ほんと? やったー! 食費浮いたぜ。」

「もう! そういう余計な事は言わないの! ――すみません。有難うございます。」

 差し入れにはしゃぐサダアキを睨み、アイコはフクタロウへと頭を下げた。


◆


「ふー、さっぱりした。」

 作業場の片隅に仮設で置かれていた男女別の簡易シャワー室で汗と汚れをサダアキ達は洗い流し、生乾きの頭のままフクタロウとミツタカの待っている所へと戻ってきた。

 神降ろしによる異世界の知識と、この世界にある水魔法や火魔法のスキルを組み合わせた簡易シャワー室はすでに一般的な物として普及していた。

「お、お疲れ様……。」

「さっきは危なかったな。」

 水路沿いに作られている芝生の上に腰を下ろして待っていたフクタロウとミツタカは、少し体をずらしてサダアキ達に場所を作った。

「ど、どうも……。」

 サダアキ達は少しぎこちない口調でミツタカへと頭を下げて芝生の上へと腰を下ろした。

 人が良さそうで大人しいフクタロウに対しては全く警戒していなかったが――。

 ミツタカに対しては一応は欲張り業突く張りという誤解は解けてはいたものの、先入観や少し傷跡のある坊主頭という見掛けのせいもあり、サダアキ達はどうしても身構えてしまっていた。

「はい、これ。」

 フクタロウはサダアキに軽く手を差し出し、その上に「異空間収納」から肉饅頭入りの紙袋を出現させた。

 まだチュウゴロウの様な時間を停止しての保存は出来ないので少し冷めてしまっていたが、それでも肉饅頭の美味そうな香りが辺りに立ち上った。

「は、はい。有難うございます……。」

 嬉しそうにしながらもサダアキやマツサブロウは遠慮がちな目で、フクタロウのすぐ隣に居るミツタカの様子を窺ってしまっていた。

 ミツタカの方は染み付いてしまっていた無愛想な表情で何も言わず、ムスッと口を閉じたまま座り続けていた。 

「あ、さっきの泥とか荷箱とかとは混ざってないから、清潔だから……。」

 流石のフクタロウもサダアキ達の様子に気付き、フクタロウなりに彼等の間を取り持とうと、慌てて思い付いた事を口にした。

「そうなんだあ。箱とか袋の中に何でも仕舞い込むのとは違うんですね……。」

 アイコがフクタロウの説明に感心しながら紙袋の中へと手を伸ばした。

 アイコが美味しそうに肉饅頭を頬張り始めた様子にサダアキ達も気持ちが解れ、次々に紙袋の中へと手を伸ばした。

「ひ、一人、二つずつだから……。」

「はーい。有難うございます。」

 次々に手を伸ばしてくるサダアキ達の様子に少し腰が引けながらもフクタロウがそう言うと、サダアキ達は礼を言いながら自分の分の肉饅頭を掴み取っていった。

「ホント。全然汚れも臭いも付いてない。不思議ね……。」

 アイコの横に腰を下ろしたマミコが肉饅頭二つを軽く掲げる様にして持ち、しげしげと覗き込んだ。

「まあ、スキルの事はよく判んねぇけど、フクタロウさん雇えば森の奥の層に行っても金目のモン沢山運び出せるじゃねえか。なあなあ、フクタロウさん雇うのに幾ら位金掛かるんだ? いつか俺達のパーティに入ってくれねえかなあ。」

 口の中に肉饅頭がまだ残っているのにも構わず、サダアキは森の奥での自分達の活躍を妄想し、楽しそうに捲し立てていた。

「そうよねえ……。魔獣の肉や毛皮や、後、魔石。奥の層だと何か凄い薬草だって沢山生えてるっていうし。一杯運び出せたら大儲けよねえ……。」

 いつもならばサダアキを窘めるアイコも、やはり一応は狩り人として身を立てようという気持ちはあり、サダアキの妄想――いや夢想を同じ様に自分の頭の中に思い浮かべていた。

 初心者パーティの少年少女の希望や夢想を喋り合う様子をフクタロウは微笑ましく思いながら眺め、その隣のミツタカも顔には出なかったもののやはり幾らかは微笑ましい思いを抱いていた。

 だが、二人の温かな眼差しは次のサダアキ達の言葉で強張ってしまった。

「――でもよう、何か、狩り人の中には根性の悪い奴等も居るって、前に篠笛のお姉さんや山伏のお兄さん達が言ってたよな……。荷物持ちの人を安い金で騙す様にして雇って好き勝手にこき使ったりとか。」

「あ、言ってたね。魔獣の毛皮とか魔石とか、依頼の報酬以外で儲けたお金を荷物持ちの人には少ししか分けてあげなかったりとか。」

 サダアキとマツサブロウが他愛無くわいわいと喋り合うのを見ながら、フクタロウの額にはほんの少し冷や汗が流れていた。

 彼等はその話題の一例がすぐ目の前に居る等とは思ってもいないのだろう。

 かつての自分の事に重なってしまう話題が全く辛くないと言えば嘘にはなってしまうが、それでももうフクタロウは大分気にはならなくはなっていたが……。

 だが、隣のミツタカはどうなのだろう。

「あ……。」

 フクタロウが隣に座るミツタカへと気遣わし気な目を向けたが、ミツタカは特には表情を変える事も無く無言で肉饅頭を食べていた。

「――そうそう。酷いわよねえ。誰の御蔭で金目の物沢山持ち帰れたって思ってんのかしらその人達。」

「よねえ。私達はちゃんとお金払って荷物持ちの人雇うものね。――って、早く雇えるような身分にならなきゃね……。」

 アイコとマミコが楽し気に話をし、また肉饅頭へと齧りついた。

「――そう……だな。いつか、そんな奴を雇ったら、ちゃんと仲間として扱ってやれよ……。」

 微かな呟きの様な、独り言でもある様な声がミツタカからサダアキ達へと向けられた。

「兄ちゃ……あ、えと、……。」

 思わぬミツタカからの言葉にフクタロウは兄ちゃん?と声を上げてしまいそうになり、慌てて口を噤んだ。

 そんなフクタロウの様子にはサダアキ達は気付かず、ムスッと怖い顔をしたミツタカからの思わぬ忠告に僅かの間呆然とミツタカの顔を凝視してしまっていた。

「あ、は、はい……。」

 呆然としてしまっているサダアキに代わり、アイコが何とかミツタカに向かって頷いた。

 食事を終えるとサダアキ達はフクタロウとミツタカに礼を言って、午後からの市場での荷物運びの仕事の為に出発していった。

 去っていくサダアキ達へとフクタロウは手を振って見送り、今日はこれからどうしようかと思いつつ傍らに立つミツタカの様子を窺った。

 サダアキ達の後姿を見送った後、ミツタカは自分を窺うフクタロウの視線に気付きそっと溜息をついた。

「――まあ、俺が偉そうに言うなって感じだがな……。」

 さっきのサダアキ達への言葉を思い出し、ミツタカは苦笑交じりにまた溜息をついていた。

「そ、そんな事……。」

 フクタロウは慌てて手を横に振ってミツタカの言葉を否定したが、ミツタカは薄い苦笑を返すだけだった。

 何処に行くという訳でもなくミツタカは歩き始め、フクタロウも当然の様にその後に続いた。

 水路沿いに歩き出すと、先程の堰き止められた水路へと下りる階段の前でヒサジ親方や専任の作業員の大人達、午後からの作業に応募したらしいサダアキ達の様な年代の狩り人らしき少年少女達が集まっていた。

 作業についての説明がヒサジ親方から皆に行なわれている様子が二人の目に入った。

「――という訳で、午後からも安全第一でよろしくな!!」

 フクタロウとミツタカがのんびり歩いている内にてきぱきと説明が行なわれ、ヒサジ親方の掛け声で午後の作業が開始された。

「お、フクタロウ。さっきはありがとよ。ほんと助かったぜ。若ぇ奴等に怪我が無くて良かったぜ。それに怪我人出したら狩部の事務連中、うるせえからなあ。」

 通り掛かったフクタロウの姿に気が付き、ヒサジ親方は朗らかに笑い半纏を翻してやって来た。 

「い、いえ……。」

 口下手で口数の少ないフクタロウの気性は充分に承知しており、ヒサジ親方は改めて懐かしそうに微笑み、温かな眼差しをフクタロウへと向け何度か背中を叩いた。

「今日は休みかい? そっちのヤツが今のパーティの仲間かい?」

 何の気無しのヒサジ親方からの問い掛けに、一瞬だけフクタロウもミツタカも顔を強張らせてしまい答えに詰まってしまった。

「え、ええ……まあ……。」

 それでもフクタロウは何とか頷き、曖昧な言葉を返した。

 そんなフクタロウの様子を、相変わらずの気弱で人見知りの性格だとヒサジ親方は苦笑し、その横のミツタカへと顔を向けた。

「フクタロウはこんな奴だけど真面目で働き者だからよ。こいつの働き振りは俺が保証するぜ。まあ、よろしく面倒見てやってくれよ?」

「あ、……ああ……。」

 フクタロウの肩を叩いて笑うヒサジ親方の言葉にミツタカもまたすぐには言葉を返せなかった。

「――親方! これ、どうしたらいいんすか?」

「おう! 今行く! ――じゃあな二人共。」

 二人の様子を訝しむ間も無く、ヒサジ親方は水路に降りた作業員の呼ぶ声に返事をすると、半纏を翻し急いで現場へと戻っていった。

「……行くか……。」

 ヒサジ親方の去っていく様子をフクタロウと見送り、ミツタカはそう言うと歩き始めた。

「う、うん……。」

 ミツタカの後ろを追い掛けながら、フクタロウは道から水路を見下ろした。

 堰き止められて時間の経った水路は敷き詰められた石の板が所々乾いており、その上をヒサジ親方や作業員達が慌ただしく行き交っていた。

 四年前、故郷のミナミヤスハラ村からムロハラに出てきたばかりのフクタロウはこの様な力仕事の依頼しか受けられるものが無かった。

 懐かしくもほろ苦い記憶を改めて思い返しながら、フクタロウは目の前を歩いているミツタカの後ろ姿へとまた視線を移した。

 ――兄ちゃん……。

 自分が何の為にムロハラを目指してやってきたのかを改めて思い返し、フクタロウは軽く息を吸い込み、薄く汗で湿り始めた拳を握るとミツタカへと呼び掛けた。

「あ……あのさ……。」

「ん?」

 フクタロウの声にミツタカは振り返った。

 どうしたのかと首をかしげるミツタカへと、フクタロウはヒロヒメ達のパーティに誘われた時にミツタカへとした話を再び口にした。

「ヒロヒメさん達、明日戻って来るんだけど……。その、やっぱり……俺、ミツ…タカと一緒に組みたいんだ……。今はヒロヒメさん達の所には俺、仮登録だし……。やっぱり相性がちょっと……みたいな感じで謝って。その……。」

 普段自己主張等殆ど行わない様なフクタロウの言葉に、ミツタカは一瞬目を見開いて立ち止まってしまっていた。

 引っ込み思案なりにかなり自己主張を頑張っているのだろう。フクタロウは俯きがちに視線を落とし額にも汗が滲んでいた。

「あ、あー……。」

 咄嗟には返事が出来ず、ミツタカはそのまま薄く口を開いたまま言葉を詰まらせていた。

「何でまた、わざわざ俺と組みたがるのかね……。」

 何とか取り敢えず思い付いた事をミツタカは口にしたが、その言葉の空しさはミツタカが一番よく知っていた。

「そ、それは、その……。」

 ミツタカの自嘲めいた言葉にフクタロウは戸惑い、口籠った。

 フクタロウがどんな思いをしてムロハラにやってきて、ミツタカ達のパーティに所属したのか――そして今も尚、どんな思いでミツタカと組みたいと思っているのか。

 それは神降ろしの時にしっかりと思い知らされていた事だった。

 ――だが。

「そう……だな。もう少し。……もう少し、考えさせてくれ。その……準備とか、あるし……。」

 ある意味では口から出まかせをフクタロウへと答え、ミツタカは軽く目を背けた。

 考える事等、本当は無いというのに。

「! ……うん、判った……。」

 だが、準備があるという言葉をフクタロウは前向きに捉え、嬉しそうに頷いた。


◆


 先程の水路から然程離れていない場所にムロハラの町の市場の一つがあった。

 小型の船ではあったが水路を利用して多くの荷物が運ばれているので、それらはすぐに売りに出せる様にと船の発着場近くに市場が整備されていた。

 今日は水路掃除の為に一部が堰き止められて船便は無かったが、馬車や人力の荷車等、陸路で運ばれる物はいつも通りだったので市場の中での荷物運びや掃除等、駆け出しの狩り人達に依頼する仕事は変わらずあった。

 サダアキ達も市場の者の指示に従って荷箱を積み上げた台車を運んだり、倉庫の汚れた床を掃除したりと慌ただしく働いていた。

「あーあ~、最早気楽な子供では居られずぅぅ~。フクタロウはぁー。」

 古びた木造の倉庫の裏で、誰も聞いていない歌と三味線の音色が流れていた。

 時折サダアキ達の様な臨時雇いの駆け出しの狩り人達が荷箱を運び込んだり、「商部(あきないべ)」の商人達が品物の確認の為にやって来たりと、人が居ないではなかったがわざわざ足を止めてまで三味線の演奏を聞く様な物好きは居なかった。

 紺色の着流しを纏い、坊主頭に薄く生えた無精髭の三味線弾きの青年は、倉庫の向こう側から聞こえてくる市場の商人達や客達の声を聞きながら、誰も聞いていない物語を歌い始めた。

「はてさてぇぇ~ええー、今からああー四年前えー、フクタロウは~……。」




 

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2026-0808

 今年も毎日暑い日が続きますね。今年は前にあった様なシャレにならん位の自律神経の乱れは無いものの、やはり夏バテで心身の消耗が激しいでございます。

 主任ケアマネの件は何とか受講受付もされ、事例検討用の書類も提出が済み、後は受講料を支払うだけとなりました。9月から研修開始です。クソ。

 業界的には皆から散々研修利権だの何だの言われていますが、まあその通りな印象ではあります。アタシんとこの地域は四万数千円の受講料です。分割払い不可能!何じゃそら。

 ワ、ワシの金がぁぁぁ~!! しゃ、社長ぉぉぉ~(鷲野社長と秘書ごっこ)

 四万何ぼって、こないだのタリョウゴモデルの兄ちゃんと泊まったホテル、食事付きプランで余裕で二泊出来るワヨ!全くもう。


 さて第二十話です。長く書き込む癖全開ですがアタシは悪びれない。書きたい物を書きたい様に書けばいいのだ。メリハリをつけてコンパクトに纏めるのだと、賢らに文章の量を削る書き手をタ□ーマンは許さない(ハルシネーション)

 ほんとはフクタロウの過去回想編に突入したかったのですが、何やかんや色々と書き込んでしまいました。ここまでくると30話完了が40話になろうが大した違いは無いのかもしれません……。

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