第十九話「世話になった人達と決別し、益々昏く迷い続ける日々へと突入してしまった件」
狩部で借り受けた刀を帯に差し、借り物の皮鎧や小刀、携帯食等を背嚢へと突っ込んでミツタカは一応は懐かしくもあるニシゾノ村への道を突き進んでいた。
昨夜のカヨ達への怒りや、自分の隠し続けてきた思いをぶちまけてしまった後悔や悲しみも勿論まだ心の中に溢れ返りながら歩き続けていたが。
だが――。カヨ達の事も、サエカの事も……最早ただ煩わしく。
故郷への道を闇雲に歩き続けながら、ミツタカは自分の心が次第に何処か暗く濁ったものの中に沈んでいくかの様な錯覚も感じていた。
ムロハラの町から半日近く歩き、ニシゾノ村の病虫害で荒れているであろう田畑が微かに見え始めた辺りで、懐かしく故郷を眺める事も無くミツタカはタカゾノ山に続く分かれ道へと足を向けた。
村の近くの小さな山とはいえ木々は大きく生い茂り、山の全ての場所が整備されている訳ではなかった。山へと入るには一か所だけ整備された入口を通るしかなかった。
だが、狩部への依頼書にあった様に作物への病気や害虫の発生が山の植物にも見られた事が判り、現在は山の入り口は縄を張られ立ち入り禁止の立て看板があった。
田舎の小さな村の事でもあり常駐の見張りが居る訳でもない様で、ミツタカが辺りを見回しても誰の気配も無かった。
何か魔術や呪術を施されているという訳でもない、ただ適当な二本の木の間に張られただけの縄を潜り、ミツタカは山の中へと進んでいった。
依頼書に書かれた内容では山の奥に近い場所の二、三ヶ所で魔獣の寄生虫や病気が見付かったという事だった。
山の奥近くにしか生えていない山菜や木の実に虫や病気が付いていて、村人達がそれに気付かず持ち帰ってしまい、そこから村の作物に広がってしまったと推測されていた。
一先ずミツタカは食事もろくに取らないまま、その山菜採りの場所へと山道を急いだ。
剣士とはいえカヨに基本的な山歩きについても鍛えられていた為、今のミツタカにとっては小さな山道を足早に進む事は苦にはならなかった。
山の奥の山菜採りの場所はニシゾノ村の者達が時々周囲の木々の枝葉を切り払い、多少の草引きや整地等を行なってちょっとした畑の様になっていた。ミツタカも幼い頃に二、三度親や親戚の者達に連れて来てもらった覚えがあった。
しかしミツタカが到着したその場所は、記憶と違い多くの山菜や一部の種類の雑木の葉が虫食いだらけでぼろぼろになっていたり、黄色く変色して枯れかけていた。
一先ずの休憩と周囲の病虫害の観察も兼ねて、ミツタカは適当な石の上に腰を下ろした。
背嚢から焦げ茶色に固く焼しめられたビスケット状の携帯食を引っ張り出し、ぼそぼそと齧りながらミツタカは改めて依頼書の内容を頭の中で振り返っていた。
そもそもの依頼内容は、このタカゾノ山に寄生虫の宿主である魔獣が本当に居るかどうかの調査だった。勿論、本当に居たとして、可能であれば駆除しても構わないとも書かれていた。
タカゾノ山には兎や狐、狸といった野生動物は生息しているものの、魔獣の方は小型の蛇や兎型のものしか居らず、山の中の探索自体はそう障害が多くあるものではないと思われた。
薄甘く焦げ臭い風味の携帯食を無理矢理飲み下して休憩を終えると、ミツタカは立ち上がり普段は村人達も立ち入らない様な奥の領域へと向かう事にした。
村人達が立ち入らない様な奥、とはいってもそもそもタカゾノ山は標高が高いという訳でもなく、起伏が激しい地形があるという訳でもなく。立ち入る事が困難な場所という訳ではなかった。
薬草や山菜等の生活の役に立つ様な植物が生えている訳でもないし、何かの鉱石が採れるという訳でもない為、大した用事が無いから立ち入らないという意味合いが大きかった。
蔓草や雑木の枝葉が垂れ下がりつつも、一応は踏み固められていた小さな山道をミツタカは何か魔獣の手掛かりが無いかと見回しながら歩き続けた。
だが流石に都合良くは見付からず、山の頂上に辿り着いた時には日も傾きかけていた。
ふと立ち止まった山の小道の一角からは、薄赤く柔らかな夕陽に照らされたニシゾノ村の田畑や家々が見えていた。
「……。」
懐かしくない訳ではなかったものの――既に帰るつもりも無い、自分の居場所も見出せない故郷の村の夕暮れの風景は、今のミツタカにとっては何処か落ち着かないもので、煩わしくさえあった。
朝からムロハラから歩き通しでそのままタカゾノ山へとやってきた足の疲労と痛みが大きくなっている事を、今更ながらミツタカは自覚していた。
◆
翌朝。山の頂上で野宿をしたミツタカは、夜が明けると携帯食を竹筒の水筒の水で流し込み、早々に山中の探索を再開した。
今日は来た道を引き返しつつも、道から外れた茂みの中や山の斜面を足を取られない様にカヨ仕込みの注意深さで調べていった。
「――クソっ!」
小型の蛇型や兎型の魔獣は一応生息している為、不意に茂みの中から飛び出してきてミツタカへと襲い掛かる事も時々はあった。
足元の不安定な山の斜面をゆっくりと滑り降りている最中に二匹の角の生えた兎型の魔獣がミツタカへと飛び掛かってきた。
咄嗟に帯に差していた小刀を抜き、野生動物の方の兎の様な愛らしさの全く無い、牙を剥いて涎を垂らしている二匹の魔獣の顔面を殴り付ける様に続け様に切り裂いた。
ギィィッと悲鳴を上げながら斜面や雑木の太い枝に兎型の魔獣は叩き付けられ、そのまま動かなくなった。
その後も兎型や蛇型の魔獣に何度か出くわし、撃退しながらミツタカは山の中の探索を続けていった。
小さな山の事とはいえ、小型の魔獣しか居ないとはいえ、それでもミツタカ一人だけでの探索は時間も掛かり、体力や気力を消耗させていった。
「――くそッ!」
とどめを刺す為に蛇の魔獣の頭を踏み潰し、兎の魔獣の背中に小刀を深く突き刺しながら、ミツタカは自分の中の何かの気持ちが暗く淀んだものの中へと閉じこもっていくのを再び感じていた。
嫁を貰い家と田畑を守って生きていく事が真っ当な生き方だと殴り付けて諭してきた父親。
リョウジロウとの結婚に浮かれ、サエカとの見合いを押し進めようとお節介を焼いてきたカヨ。
カヨのお節介を止める事も無く、彼等なりの温かな善意で見守っていたリョウジロウ、ロクタロウ、ナミカ、そして寮母のタキ。
どいつもこいつも煩わしい――自分の事を理解もせず、更には自分達の善意をこちらにはお構いなしに押し付けてくる。
どうして最初から一人で居なかったのだろう。新人教育の期間が終わった時に早々にパーティを抜けて一人で居れば良かったのに。
そうすれば他人からの浮かれた善意に振り回される事も煩わされる事も無く、傷付けられる事も無かったのに――。
「――ッ!!」
小刀の斬撃を受けて足元に転がった兎の魔獣を、自分でもよく判らない怒りのままに強く蹴り飛ばすと、ミツタカはまた茂みを搔き分けて山の中を歩き続けた。
そうして荒んだ気持ちのまま探索を続けていたその日の昼過ぎ。
タカゾノ山の北側の緩やかな斜面の広がる場所へと探索の場所を移したところですぐ、大木の枝に引っ掛かったままミイラ化している烏の魔獣の死骸をミツタカは発見したのだった。
「こいつは……。」
ミツタカは辺りを警戒しながらゆっくりと烏の魔獣のミイラへと近寄っていった。
一目見ただけでは詳細は判らなかったが、どうやら太腿に穴が開いており、何かに貫かれたか撃ち抜かれていた様だった。
ムロハラの近くの――ニシゾノ村からも近くはあるが――森の第四層よりも奥の領域に烏の魔獣が生息しているという知識はミツタカにもあった。
そして――烏の魔獣が、個別の好みはあるものの宝石の様に光る物等を宝物として収集する事や、本格的な保管場所へと移す前に一時的に仮の保管場所に収集物を保管する事もある、という知識も。
「こいつのせいか!」
カヨやリョウジロウが居れば現状の保全だと止めるところだったが、ミツタカは今回の病害虫の広まった原因と思われる烏の魔獣のミイラを腹立ち紛れに木の枝から引き摺り下ろした。
がさがさと乾いた軽い音を立てて死骸は地面の上に転がった。
ミツタカは死骸を蹴り飛ばし、死骸の検分を後回しにしてそのまま緩やかな斜面を下っていった。
ミツタカも魔獣に関する知識をきちんと勉強していた訳ではなかったが、それでもリョウジロウ達と行動する事の多かった第四層や第五層についての知識はそれなりに覚えていた。
知能の高い烏の魔獣の群れと、森の周囲の町や村の人間達との間では一つの取り決めが行なわれていた筈だった。
宝物の一時保管の場所は、森の浅い層等の様な人間の住む領域近くには作らない様にする――奥の層の凶暴な魔獣の卵等も種類によっては美しい輝きを持つ物もあり、それを人間の町の近くで保管して孵化する事になれば惨事を引き起こしてしまう。それを防ぐ為の取り決めだった。
凶暴な魔獣が暴れている訳ではなかったが、今回の事態も似た様なものであり、見方によっては魔獣が暴れるよりも始末に悪いものと言えた。
「――クソっ! 病気や虫に汚染された卵を……クソっ!」
腹立たし気に吐き捨てながら、ミツタカは藪を掻き分け進み続けた。
専門的な事はミツタカには判らなかったが、農作物の植物へと被害を出す様な病気や虫が付着していた魔獣の卵を、烏の魔獣は自分の宝物として収集しタカゾノ山へと一時保管していたのだろう。
卵から山の山菜等に病害虫が広がり、知らずに村人達がその山菜を持ち帰って村の畑へと更に広がり――。
烏の魔獣の方は、宝物である卵の様子を確認しに来たところで孵化した魔獣に殺されたとでもいったところなのだろう。
クソ烏のせいで村は追い詰められ、それが自分の結婚への圧力にもなった――群れと人間達との取り決めを破った烏の魔獣の所業に怒りながら、ミツタカは孵化した魔獣の手掛かりを求めて辺りを探し歩き続けた。
少し斜面を下った辺りには幾本もの巨木が密集して生えており――その一本の根元の洞の中にゆっくりと蠢き、呼吸らしき収縮を繰り返している軟らかな肉の塊が丸まっているのがミツタカの目に留まった。
出来るだけ物音を立てずに少しずつ近付くと、青と緑の斑模様の芋虫型の魔獣の様で、その表面には小さな黄色い楕円形の寄生虫――山菜や農作物の病気を媒介していると依頼書の挿絵に描かれていた虫が多数こびり付いていた。
このまま討伐しても構わないだろう――とも、怒りに上せた頭で思わないでもなかったが。
ミツタカは帯に差していた刀へと手を伸ばしたところで、烏のミイラ化した死骸を思い出して一先ず思い留まった。
油断していたのかどうかは判らなかったが、烏の魔獣も仮にも第四層から奥の魔獣だった。それを返り討ちにする能力がこの芋虫型の魔獣にあるのならば、ミツタカ単独で戦って勝つ事は簡単ではないだろう。
一先ずは急いで撤収して村と狩部へと報告をするか――無理矢理に怒りを鎮め、そう思い直してミツタカが後退しようとした。
――しかし。
「――!!」
人間の腕程の太さの一本の黄色い触手がミツタカの近くの木の幹を貫いた。
既に芋虫の魔獣には気付かれていた様で、巨木の洞の中でうぞうぞと青と緑色の斑模様が蠢き始めていた様子がミツタカの目に入った。
幸い積極的に動き回る生態ではない様で、芋虫の魔獣は洞の中から頭部を起こしたもののそこから出て来る事はまだなかった。
眼と思われる小さな丸い宝玉の様な黄色い塊が頭部には四つあり、そのすぐ横にある唇の様な四つの裂け目から四本の黄色い触手が出たり入ったりしていた。
鈍重そうな体の蠢きに似合わず芋虫の魔獣は四本の触手を器用に操り、撤退しようとしていたミツタカの足元の地面やすぐ近くの木の幹を貫いていった。
「くそっ……!!」
ミツタカが刀で触手をいなし、斬り付けるものの、不規則な動きは見切りにくく対応しにくかった。
恐らく烏の魔獣もこの触手でやられてしまったのだろう。
躱し様に触手の側面から刀を振り下ろしたが、先端程には硬くはなかったものの全体に柔軟でしなやかな触手は表面に切り傷が出来る程度で、切断する事は出来なかった。
退く事も進む事も出来ないまま、四方から襲い掛かってくる触手を弾き返し続けるだけで時間だけが過ぎていった。
◆
どの位時間が経過したのか。まだ日は高く、時刻にすればまだ昼になったばかりだと思われた。
実際に戦闘をしている時間も一時間にも満たない筈だった。
しかし一人だけで四方から襲い来る触手と対峙し続け消耗し続けているミツタカにとっては、もう十数時間も戦っている様な錯覚があり、刀を握る手にも緊張の汗が滲み続け疲労に力が入りにくくなっていた。
芋虫の魔獣の方はまだ体力が残っている様で、繰り出される触手の動きも変わりは無く――。
「っ!!」
疲労で一瞬集中が乱れた隙を狙い、魔獣の触手はミツタカの顔面を狙って伸ばされた。
「――ァッッ!」
辛うじてミツタカは躱したものの、左肩口を触手が鋭く掠り僅かに鮮血が噴き上がった。
左肩を貫かれる事は無かったものの、鋭利な刃物で裂かれたかの様な傷からはだらだらと血が流れ続けていた。
刀を握り締めたままミツタカは思わず姿勢を崩し、左肩を押さえた。
ミツタカが体勢を崩した事を理解している様で、芋虫の魔獣は二本の触手を追撃に走らせ――それらはミツタカの体を貫かず、両足に絡み付くと自身の近くへと引き寄せたのだった。
「……しまった……ッ!」
地面に引き倒され、枯れた枝葉を巻き上げながらミツタカの体は芋虫の魔獣の収まる巨木の洞の近くへと引き摺られていった。
何とか刀を握り締めて手放さなかったものの、石や木の枝にぶつかり引っ掛かり、ミツタカの手足や顔は傷だらけになってしまった。
仰向けの姿勢を立て直す暇も与えてくれず、魔獣の残りの二本の触手がミツタカへと振り下ろされた。
「ッッ!!」
頭への攻撃を何とか身を捩って躱しつつも、完全に躱しきる事は出来ず、ミツタカの坊主頭には多くの切り傷が出来てしまっていた。
幸い左肩からの出血は止まり掛けていた様だったが、痛みは治まる事も無くミツタカの気力を削り続けていた。
――このままこいつに殺されるのか……。
息が切れ、痛みと疲労で朦朧とし始めた目で、ミツタカは近くで蠢き続けている芋虫の魔獣を睨み付けた。
生い茂る木々の間を縫って差し込む日の光に、芋虫の魔獣の四つの眼は宝玉の様に輝いていた。
何とか二本の触手を刀で弾き続けながら、ミツタカは朦朧とした頭で取りとめの無い事を考えてしまっていた。
虫型の魔獣の中には結晶化した目玉等が宝石の様な価値を持つ物も居るという。
この芋虫野郎の目玉も狩部で高く買い取ってはくれないだろうか。
金さえあれば、ニシゾノ村は困窮から救われるだろう。
金さえあれば、自分を結婚させようといううるさい親や親戚達を黙らせられるだろう。
金さえあれば、サエカとの結婚話を無しにする為の賠償金だって払えるだろう。
金さえあれば――一人でも、平気で生きていけるだろう……。
金さえあれば――。
「――おう。芋虫野郎……!」
まだ仰向けにされた体勢のまま、ミツタカは刀を握り締めて芋虫の魔獣へと薄笑いを向けた。
暗く淀んだ中に自身の心が沈んでいくのを、ミツタカはもう省みる事も無かった。
「二分後にお前はただの土産の荷物だ。」
ミツタカの手にしていた刀の刃が微細な振動を始め――薄白い光に包まれていった。
ミツタカのスキル――「残火の斬撃」の発動。
襲い来る二本の触手をミツタカは無造作に刀を振って斬り払い、足に絡み付く触手もあっさりと切り裂いた。
人間の血の様な赤い体液を振り撒きながら芋虫の魔獣は、途中で切断された触手を尚もミツタカへと叩き付けてきた。
薄白い光を放ち続ける刃は触手の残りも何の手応えも無く、豆腐を切るかの様に切断し、ミツタカは魔獣の本体へと肉薄した。
残火の斬撃――ゲームのシステムの上では、キャラクターの残りHPが一割程になった状態で使用できるスキルで、斬撃の威力が二分間だけ五倍増しになるというものだった。
この時にミツタカにはこの世界がゲームの舞台であるという知識は当然無く、ただ漠然と、残りの体力が少なくなったぎりぎりの状態になった時に斬撃の威力が二分間だけとてつもなく増すという程度の認識でしかなかったが。
カヨ達との活動ではそんな追い詰められた状態になる事等ありえず、神降ろしで得たもののこのスキルはミツタカにとって有って無い様なものでしかなかった。
「――時間切れか………。」
鮮やかな切断面から赤い体液を垂れ流して地面に転がる芋虫の頭と、幾つもの肉塊に刻まれた長い体を見下ろしながらミツタカは大きく息を吐いた。
スキルの発動に耐え切れず狩部からの借り物の刀はひび割れ、幾つかの破片になって砕け散った。
ミツタカもまた、元々負っていた傷の痛みや体力の消耗に加え、スキル使用の反動でその場に倒れ込んでしまった。
◆
その場でほんの一休み――そんなつもりで目を閉じたミツタカが意識を取り戻したのは夜明け少し前だった。
ほんのりと涼しく湿気を含んだ山の空気に、北側斜面の右手――東側の空に明るい光が差し始めていた。
左肩の切り傷は既に血も止まっていたが、着物の左肩は破れて赤黒く染まっていた。
ミツタカは少しよろめきながらも立ち上がると、近くに転がっていた芋虫の魔獣の頭部を掴み上げ風呂敷に包み込んだ。
この魔獣の討伐証明箇所は覚えていなかったが、頭丸ごとを持ち込めば証拠にはなるだろう。
宝玉の様な目玉も受付完了後に売却すればいい――そう皮算用をしながらミツタカがふと、巨木の洞からはみ出ている芋虫の体の方へと目を向けると、戦闘中は無我夢中で気付かなかった芋虫の体内の結晶に気が付いた。
光物であれば何らかの値段が付くかもしれない。
帯から小刀を抜いて近付くと、頭に近い部分の胴体の両側面にも頭部の目玉の様な薄黄色い透明な丸い結晶が数個埋まっているのがミツタカの目に留まった。
腐敗こそ始まってはいなかったが、命を失いぶよぶよと柔らかく崩れ始めていた芋虫の肉へと小刀を突き入れ、ミツタカは埋もれていた結晶を全て抉り出していった。ミツタカの握り拳程の丸い結晶を六個得る事が出来た。
六個の結晶を背嚢へと詰め込み、無事な右腕で風呂敷包みを持つとミツタカはそのままタカゾノ山を下り、ニシゾノ村へは寄らずに真っ直ぐムロハラの町の狩部へと帰っていった。
途中、街道を擦れ違う旅人や荷運びの人足、移動中の狩り人達がミツタカの汚れて負傷した姿にぎょっとした目を向ける事もあった。
だが、狩り人が依頼帰りで汚れたり負傷した姿自体は珍しいものではなかった為、誰もミツタカの事を過剰に驚く事も無くすぐに関心を無くして通り過ぎていった。
「――はい。タカゾノ山の件ですね。」
狩部の依頼完了受付窓口の女性は、手元の書類に記入をしながらミツタカの横に下ろされた風呂敷包みから覗く芋虫の頭に一瞥を送っていた。
討伐した魔獣の体の一部をそのまま窓口に持ってくる狩り人も珍しくはない為、彼女も今更魔獣の死骸を恐れるものではなかったが。
あの芋虫の体内の結晶、ブローチに加工した奴高かったのよね――そんな事を思いながら彼女は手続きを終えて去っていくミツタカの背を見送っていた。
調査依頼の報酬や、追加の魔獣討伐報酬、意外に高値の付いた魔獣の目玉や体内の結晶の買取、そして貸与品の借り賃の清算や破損した刀の弁償――諸々の手続きを終え、狩部の医務室で左肩の手当てを受け。
体や着物は汚れたままだったが、ミツタカはやっと何とか一息つく事が出来た。
ほんの二、三日の間の事だったが、宿舎の前に戻ってきたミツタカは、もう何日も出掛けていたかの様な錯覚を感じてしまっていた。
出て行く準備の前に一先ず風呂に入ろう――そう考えながらミツタカは土で汚れた手で宿舎の引き戸を開けた。
「――ミツタカ!?」
「良かった、帰ってきたのね!! ごめんなさい、あたし達……。本当に……。」
「心配してたのよ、もうっ!!」
ミツタカが玄関に入ってくる物音に気付き、カヨ達が慌てて食堂から飛び出してきた。
カヨやナミカが口々に心配していたと言って涙ぐむ後ろで、リョウジロウやロクタロウ、タキも安堵に大きな息を吐いてミツタカへと気遣いの目を向けていた。
「――まだ出発してなかったのかよ。」
心底煩わしそうにミツタカは顔を顰め、伸ばされたカヨ達の手を払いのけた。
「ちっとも帰って来ないから。あんたの事が心配でみんなずっと待ってたんだよ。」
態度の悪いミツタカを窘める様な目を向けてくるタキの手には一通の封筒があった。
タキはミツタカの手に押し付けながら、小さく溜息をついた。
「カヨ達と待ちたかったみたいだったけど破談になったのにいつまでも付き纏っても悪いからって、あれからすぐに帰っちまったよ。これ、サエカからあんたにってさ。――差し障りの無い程度だけど、あんた達のお見合いの経緯とかもちょっとだけ聞いたよ……。」
タキの言葉にカヨ達も申し訳無さそうに視線を落とした。
ひどい病虫害で不作が続いているニシゾノ村の困窮を救う為の方法の一つとして、サエカとミツタカの結婚による村への支援――。
サエカが幸いにもしっかりとした心優しい少女だったから陰鬱な空気にはならなかったものの、受け取り様によってはサエカとミツタカに村を救う為に犠牲になれと強制する一面もこの話にはあったのだった。
しかもミツタカの在り方は女性と結ばれる事等ありえず……。
自分達の浮かれた振る舞いがミツタカを傷つけてしまった事を反省しているカヨ達の様子に目を向ける事も無く、ミツタカは一応サエカからの封筒を開いて中を見た。
サエカからの手紙にはミツタカに心労を掛けた事への詫びと、ニシゾノ村の事は何かの形で支援が出来る様に手を尽くすという様な事が書かれていた。
「――捨てといてくれ。読みたきゃ読めばいい。」
ざっと読み終わるとミツタカは無造作にタキへと放り投げた。
タキの足元に落ちた封筒と便箋、そして荒み切った空気を隠そうともしないミツタカをカヨ達は戸惑いながら交互に見つめていた。
これ以上纏わりつかれるのも煩わしいので、ミツタカはカヨ達を睨む様に見回して最低限の説明だけする事にした。
「――ニシゾノ村の今回の病虫害はクソ烏が奥の層から持ち出した魔獣の卵が原因だったんだ。魔獣は俺がぶち殺した。狩部には報告したから細かい話はお偉いさん達が何とかするだろ。ニシゾノ村もこれで持ち直す筈だ。」
ミツタカからの話にカヨやリョウジロウ達も安堵の息を吐いた。
これ以上は話す事も無いとミツタカはカヨ達へと背を向け、体を洗いに浴室へと足を向けた。
「ミツタカ……!」
尚も呼び止めようとするカヨをミツタカは暗く淀んだ目で少しだけ振り向いた。
「もう用は済んだだろ。さっさとシラグチにでも何処にでも出発して、俺の関係無い所でお幸せにな。」
「……!」
カヨ達が言葉を失い立ち尽くしているのにも構わず、それだけを吐き捨てる様に言うとミツタカはもう振り返らずに浴室へと去っていった。
◆
その日の翌日にミツタカは宿舎を引き払い、一先ずは適当な安宿に腰を落ち着けた。刀や防具に幾つかの普段着と、身軽な狩り人達の例に漏れずミツタカの荷物も少ないものだった。
カヨ達もまたミツタカの様子を気にしながらも、いつまでもムロハラに居続ける訳にもいかず、その日シラグチへと旅立っていった。
当然、それをミツタカが見送る事は無かった。
更に翌日。まだ少し左肩の切り傷の痛みは残っているものの、歩き回るのに支障がある訳でもなく、ミツタカは芋虫の魔獣の買い取り処理が終わった金を受け取りに狩部の窓口へとやってきた。
焦げ茶色の小袖を纏った白髪交じりの小柄な受付の中年女性から買い取りの明細書を説明してもらった後、ミツタカは今回の金と、今迄狩部の自分の口座に貯めていた金の大部分を実家に送るにはどうしたらいいかと受付の女性へと問い掛けた。
「そうですね……。御家族様の口座があればそこに送金するのが一番手軽で確実なんですが……。」
一応はミツタカの実家も豪農の一つではあったので、商部(あきないべ=この世界での銀行の様な機能も持っていた)に農作物の取引に必要な口座の一つ二つはある筈だった。
だが十四歳で実家を出てきたミツタカが家族の口座の詳細を知る訳も無く。
「めんどくせえ。現金だか引換券だかを送り付けりゃあ確実だろ。」
宵越しの金を持たない気質の者が居たり、金銭管理の意識が低い者も珍しくはない狩り人達の事を心配した狩部には、商部と提携した相談や業務代行の窓口も設けられていた。
ミツタカはそこに回され、当面の自分の生活費や送金の手数料を差し引いた残りの有り金を全て実家へと送金する手続きを行なった。
生活費以外に使う機会も無く、依頼の報酬が支給されるまま口座に眠っており、それはミツタカのおおよそ二、三年分の生活費に相当する金額となっていた。
その金額がどの程度村の助けになるのかは判らなかったが、役に立たないという訳でもないだろう。ミツタカにとっては、実家との縁を完全に切る為の手切れ金の様な気持ちもあった。
送金の手続きを終え、何となくいつもの習慣で依頼の貼り出された掲示板の広間へとやって来ると、剣道の胴当ての様な防具を着込んだ二人の若い女性がミツタカの横を通り過ぎた。
その中の一人が依頼書を手にしながらもう一人に話し掛けていたのがミツタカの耳に届いた。
「――ほんと、烏野郎迷惑よねー。ニシゾノ村とか、ニシツゲハラ村とか、後何だっけニシセノゴウ村も? 作物の病気や害虫、そいつらの運んできた魔獣の卵から広がったって言うじゃない。」
「だよねー。あたし、ニシセノゴウ村の赤蜜瓜、大好物だったのに全滅で……。」
ニシゾノ村という地名にミツタカが立ち止まって振り返ると、彼女等は少し離れた場所で待っていたらしいパーティの仲間達と合流し、そのまま立ち止まってお喋りを続けていた。
他の狩り人達の喋る声や物音に紛れつつも、彼等のお喋りはミツタカの耳に充分届いていた。
彼等の話では――ニシゾノ村の芋虫の魔獣とミイラ化した烏の魔獣の事をミツタカが狩部に報告してから三日程しか経っていなかったが、烏の魔獣が取り決めを破って卵を森の外に運び出したという視点で調査し直すと、すぐにニシゾノ村以外の場所にも広がっていた病害虫の原因となった芋虫型の魔獣を他の村の近くでも発見する事が出来ていた。
何体かの烏の魔獣がつるんでいて、彼等がそれぞれの保管場所――タカゾノ山の様な場所に病気や寄生虫の付いた魔獣の卵を保管していた。地図で照らし合わせると農作物の病虫害の広まった村の場所と一致していた。
今回の犯人の烏の魔獣達は、全員、タカゾノ山でミイラ化していた烏の様に孵化した芋虫型の魔獣によって返り討ちにされて死んでいたという。
今お喋りしているパーティは、調査で発見された芋虫型の魔獣を討伐しにニシツゲハラ村へと出発するところだと意気込んでいた。
あの芋虫型の魔獣は大して動き回る訳でもなく、頭部の目玉や体内の結晶がいい儲けになったので未練が無い訳ではなかったが。
「――……。」
まだお喋りをしているパーティの者達に背を向けると、ミツタカは他の依頼を探しに掲示板の前へと足を向けた。
単独であの芋虫に挑むにはミツタカの実力は少しだけ及ばず、一人二人とパーティを組めば充分に対抗出来たものの――今はまだミツタカは誰とも組む気持ちにはなれないでいた。
◆
それから数日。ミツタカはまだ一番安い宿に泊まり続けながら、一人でも出来る依頼を受けていた。
二、三人で近くの町や村を移動する行商人達の護衛や、少しだけ強い魔獣の討伐、その他金になりそうな依頼を手当たり次第に受け続けていた。
カヨ達がシラグチでの生活を始め、身内だけの結婚の宴会を賑やかに開いた事や、ナミカとロクタロウも正式に結婚をした事等がムロハラとシラグチを行き来している狩り人達から噂話でミツタカは聞いたが――最早ミツタカは何の関心も無く聞き流しただけだった。
そんなある日、ミツタカは森の第二層の奥で多数発生した小型のトカゲの魔獣の駆除を行なっていた。
討伐の証拠となり、また買い取りもしてもらえるトカゲの心臓部の魔石を抉り終わった後、ミツタカは今自分が居る辺りに見覚えがある事に気が付いた。
「……ここいらは……。」
もう少しだけ茂みの奥を進んで岩の塊を乗り越えれば――あの、二匹の猿の魔獣の住処にしていた小さな洞穴がある筈だった。
荒み切った気持ちを無意識に慰めたいとでも思ってしまったのだろうか。
ミツタカはトカゲの魔石を背嚢に詰め込むと、漠然とした記憶を頼りに茂みの中へと分け入った。
人間の排泄物の臭いがするババマダラヘクソノキの茂みを通り過ぎ、すぐに記憶の通りにミツタカはあの猿の魔獣達の住んでいた洞穴へと辿り着いた。
「……。」
ミツタカが猿達を駆除してから大した日数は経っていないせいもあり、崩れかけた岩肌の一部に出来ていた洞穴のせいか、多少は小石等が入り込んでいた様だったが、洞穴は特には変わった様子はなかった。
猿達が敷き詰めた枯葉や枯れ枝もまだそのままの形を保っていた様だった。
猿達が居なくなった後に他の生き物や魔獣が住み着いた様子も無く、ミツタカは少しの間ぼんやりと洞穴の前で立ち尽くしていた。
「――お前等、雄同士でつるんでたのか……?」
不意にミツタカの口から独り言が漏れた。
あの時の猿の魔獣の体を斬り、刀を突き立てた光景がミツタカの脳裏をよぎった。
今までやってきた事と何一つ変わりはしない魔獣の駆除でしかなかったその行為に、取り立てて気持ちが乱れると言う程の事は無かったものの――相棒を庇い、また、庇われた方もまた敵であるミツタカへと逆襲してきた、その事だけにはミツタカの胸は知らず締め付けられていた。
それから何の気無しにミツタカは洞穴の中を覗き込んだ。
雨が入り込む事も無く枯葉や枯れ木も乾き切っており、猿達が貯めていた団栗等の木の実は表面がひび割れていた。
他にも生え変わりの際に抜けたと思われる猿達の爪が何本か、枯葉の上に散らばっていた。
親指や人差し指の爪――右手のものが二匹分。
猿達の駆除依頼の時に、討伐証明である手の爪を提出する際の注意事項として長さや形、曲がり具合等が左右の手でどう違うのか――そんな事をカヨに即席で覚えさせられた記憶があった。
あの二匹が、森の何層で暮らしていて、何故、群からはぐれて第二層に流れ着いたのか。
知り様の無い、意味の無いそんな事をミツタカは思い浮かべながら二匹の爪を手に取った。
――所謂特殊個体ってヤツなのかね……。はぐれた雄猿二匹でつるんで――。
ロクタロウがあの依頼の帰り際に他愛無く呟いた言葉が突然思い返され、何故か、ミツタカの胸をちくちくと小さく刺した。
「――お前等……。特殊個体……。はは……特殊なんだとさ。雄同士でつるんでたら。――俺も……特殊個体……なんだろうさ……。」
ミツタカの口から漏らされた苦笑は、すぐに湿った吐息が混じり、嗚咽が混じっていった。
握り締めた猿達の爪が、ミツタカの手の中でじゃり……と擦れ合う音を立てた。
俺だって本当は、誰かと一緒になって、寄り添い合って生きていきたいと思う事もある。――でも……、そうなりたい相手が女じゃない事が……そんなにもおかしい事なのか?
泣き声が出そうになるのをミツタカは無理矢理歯を食いしばり押し留めた。
ただ、涙だけが静かに流れ続け、乾いた枯葉の上に染みを作り続けていた。
「――……っ。」
暫くの間泣き続けた後、ミツタカは着物の袖で目元を拭い洞穴から出た。
手にしたままの猿の爪へと目を落とし――一瞬だけ、このまま持ち帰ろうかとも思ってしまった。
魔獣の爪や角等を削る等して加工し、キーホルダーやストラップの飾りとして持つ者も居ないではなかった。
それは他愛の無い一瞬の妄想だった。
一つずつお揃いのストラップか何かに加工し、それをお付き合いの相手と共に持つ――ムロハラの町で見掛ける男女のカップルの中にもそんな事をする者達も居た。
まだ見ぬ誰かとのそんな行為に憧れが無いでもなかったが――。
「……クソ。」
ミツタカはそんな一瞬の妄想や憧れを切り捨て、洞穴の中へと猿達の爪を放り捨てた。
「金にならねえよ。………こんなもん。」
こんな猿の魔獣の爪等、大した金にもならない。
暗い目をしながらそう心の中で改めて吐き捨て、ミツタカは洞穴に背を向けると町へと戻る事にした。
第二層を抜けて第一層との境界に差し掛かると、茂みの向こうから二、三人の悲鳴と魔獣らしき唸り声が聞こえてきた。
ミツタカが茂みを掻き分けて声のした方へとやって来ると、簡素な皮鎧と剣を装備した青年二人と巫女装束の術師らしき若い女性が一匹の狼型の魔獣を相手に手こずっていた。
背中の毛皮は焦げ茶色に赤い斑模様が散っており、第二層に棲息していても狂暴で獰猛な性質を持つ種類の魔獣だった。
とはいえ、ミツタカ一人だけで相手取っても特には問題の無い相手だったが。
青年の一人は既に右足に噛みつかれていたらしく、ざっくりと筒履きの着物ごと食い破られて血を垂れ流していた。
このままでは三人共、遠からず狼型の魔獣に食い殺されると思われた。
「た、助けてっ……!」
巫女装束の女性が半ば悲鳴の様な声でミツタカへと助けを求めた。
「か、狩部の決まり通り、ちゃんと金は払うから。」
まだ無事な方の青年が狼へと剣を振り回しながら女性の後に言葉を続けた。
「へえー……。」
今迄のミツタカであれば、嫌そうな表情をしつつも決して見過ごさずに手助けに入ったが。
しかし――。
怪我をした方の青年は痛む足を押さえながらも、何とか剣を構えて狼の魔獣を睨み付けていた。
リョウジロウ達であれば良心的な値段ですぐに話を纏めて助けに入っていただろう。
そんな事を考えながら――ミツタカは目の前の今正に苦しみ命の危機に陥っている青年達の様子も、リョウジロウ達の事も、何もかもが何処か遠くの出来事の様に感じてしまっていた。
「ちゃんとお金払うから!! あ、あなただってこのままじゃ、こいつに殺されるわよッッ!!」
巫女装束の女性が真っ青な顔で震えながら、自棄糞の脅し混じりの言葉をミツタカへと投げ掛けてきた。
「へえー……。」
女性の言葉を半ば聞き流しながら、ミツタカは無傷の方の青年に飛び掛かり続ける狼の魔獣の背後へと素早く回り込み、わざと峰打ちで狼の背中を叩いた。
当然狼の意識はミツタカへと向けられるが、飛び掛かる狼の鼻面へと刀の峰を叩き付け、怯んだ狼の頭を真横から軽く蹴り飛ばした。
狼の魔獣は少しだけミツタカ達から距離を取り、しかし逃げ去る様な事はせずに睨み付け、唸り続けていた。
「で、誰がこいつに殺されるって?」
身を屈めつつ自分達を睨み続ける狼の魔獣を軽く一瞥し、ミツタカは小馬鹿にする様に鼻で笑った。
「――そうだな。救助料金、相場の二倍でどうだ? ホントは三倍と言いたいところだけどな。」
ミツタカの言葉に青年達は絶句した。
確かに救助料金には相場があるものの、双方の話し合いで高くもなったり安くもなったりするものでもあった。
「嫌ならいいぜ。あんた達の命の値段がそれより低かったんだなという事で。」
わざとらしく刀を納めようとするミツタカへと、青年達は恨みがまし気に視線を送り、唸る様な声を漏らして承諾した。
「――っっ………判ったよ!二倍で頼む………。」
「毎度どうもっ!」
ミツタカは機嫌よく応え、再び襲い掛かってきた狼の魔獣へと刀を振り下ろした。
◆
第二層の奥、猿の魔獣達が住処としていた小さな洞穴の近くへと、軽やかな三味線の音色が近付いてきた。
「あ~ああー、迷い多き傷付き易い若人のーぉぉんー、青春は終わりい―。それはー、欲張り業突く張りの始まり始まりいい―。」
誰も聞く事の無い歌を三味線の音に乗せて、いつもの三味線弾きは誰も居ない森の中を歩き、洞穴の前で足を止めた。
三味線を弾く手も止めて三味線弾きは薄く生え始めた顎の無精髭を軽く撫で、軽く身を屈めて洞穴の中を覗き込んだ。
三味線弾きの視線の先には、敷き詰められた枯葉の上に散らばる猿の魔獣の爪が幾本かあった。
「取り敢ぁーえず右ぃ、次ぃ左いい~、捨てたつもりが捨てられなくてぇぇ~、と。」
そんな鼻歌を歌いながら三味線弾きは無造作に手を伸ばし、ミツタカが投げ捨てた猿の魔獣の親指と人差し指の爪を拾い上げた。
拾い上げた時と同様に三味線弾きは無造作に着流しの袂に爪を仕舞い込むと、再びバチを構えて演奏を始め、また何処へとも無く歩き出した。
「ああー、哀れ会われずフクタロウ~ん、求めた兄ちゃんはー、全てえー忘れ果て変わり果てええーええー……。」
次第に三味線の音は洞穴の前から遠ざかり、また何処かに消えていった。
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2026-0705
まだまだ雨の多い日が続きますが皆様如何お過ごしでしょうか。ヲカマのオッサン、相変わらず絶不調とまではいかない生殺しの低空飛行の日々であります。
先月は一年半ぶりくらいに20年近い腐れ縁になるタリョウゴモデルの兄ちゃんと再会して四国観光に半ばヤケクソで出掛けてきました。ヤケクソで楽しんできました。まあ、個人情報の事もあるので詳細は書けませんがお互いウン十代の年齢となり色々と楽しいだけではない重い話等もあり、何ともはや、という感じでした。
さて第十九話です。何とか湿っぽい話はこれで殆ど書き上げたので一息ついています。後はフクタロウがパーティ加入した際にショックを受ける下りだけですかね………。
猿の魔獣の爪の話は、書く直前までのメモ書きにはミツタカが持ち帰り、いつの間にか紛失してしまうという風にしていましたが、エンディングでの明るさ割り増し演出の為に三味線弾きに持ち帰らせる事に変更しました。
この物語も、まあ、多分、第三十話位で完結する……かしらねえ……。




