第十八話「周囲から削られ続けた青年が、ついにブチキレ本当の事をぶちまけてしまった件」
第十八話「周囲から削られ続けた青年が、ついにブチキレ本当の事をぶちまけてしまった件」
今朝も、宿舎からミツタカが出掛ける時にはタキに付き添われてサエカが見送りに出た。
サエカの方はミツタカが迷惑に思うのならばと、昼食の弁当を押し付けようとはしなかったものの――やはりタキが世話を焼いており、今朝もタキ手製の弁当がタキの手にあった。
「ほら、あんたから渡しておやりよ。」
タキの勢いに呑まれ、タキから弁当箱を受け取ったサエカは、戸惑い申し訳無さそうにしつつもミツタカへと弁当を手渡したのだった。
ミツタカは仕方無しに弁当を受け取りタキを煩わしそうに一睨みすると、二人に背を向けてさっさと歩き出した。
今日もミツタカ達のパーティは猿の魔獣の探索の続きを行なう為に森の入口で待ち合わせをしていた。
「よ、おはようさん。」
森の入り口の手前で声を掛けてきたリョウジロウ達と合流しそのまま進むと、森の入り口には先日会った夜間の監視を担当してくれている黒装束のパーティが待っていた。
「おう、お疲れ様。」
リョウジロウが軽く片手を上げて彼等に声を掛けた。
しかしリョウジロウの方が欠伸をしていて眠そうな様子だった。徹夜明けの黒装束の三人の方は夜間の活動を専門にしているだけあり、疲れを感じさせないしっかりとした口調と顔色で引継ぎを行なった。
「――昨夜もあの巣穴には戻って来なかったな。多分、もう他に塒を移してるんだろう……。」
「だが、完全に遠くに移った訳ではない様だ。明け方撤収して私達がここに来る途中に、猿達に食料を狙われたパーティと出会ったのだが……。」
黒装束の一人の言葉にリョウジロウやミツタカ達は、より真剣な表情になった。
話によると、夜明け少し前位の時間帯だけに分泌される樹液や花の蜜の回収に森にやってきたパーティが居て、彼等の食料を狙って猿達が襲ってきたという事だった。
だが今までとは違い猿達は追い払おうとしてもすぐには逃げず、むしろ爪や牙を以ってしつこく襲い掛かって来た。やむを得ず食料の入った背負い袋を放り出し、猿達がそっちに気を取られた隙に逃げてきたところを、引き上げ途中の黒装束のパーティと出会ったのだという。
「――怪我のせいか、やっぱり攻撃的になってるみたいね……。」
黒装束達からの話にカヨは溜息を洩らした。
引き上げていく黒装束達に礼を言い、リョウジロウ達は今日の探索に取り掛かる事にした。
毒を塗った武器の装備もだが、今日は匂いの強い料理を小さな虫籠に入れてナミカやロクタロウが腰帯に引っ掛けていた。
「……お腹空いてくるわね。」
ミツタカの隣に立って、歩き易い様に腰の虫籠の位置を直しながらナミカが呟くと、カヨやロクタロウも苦笑しつつ軽く頷いた。
朝早くから出ている肉饅頭の屋台で買い求めた物を二つに割り、胡椒や山椒、カレー粉等をまぶして虫籠に放り込んでいた。
実際に食べるにはもう辛くなり過ぎていたが、強い香りは嗅ぐ者の食欲を掻き立てていた。
「安心しろ。ちゃんと俺達の昼飯用の分も買ってあるから。――ああ、ミツタカの分は無いけどな。今日もタキ婆――じゃない、サエカさんの愛妻弁当あるんだろ?」
森の中へと歩き出しながら、リョウジロウは自分の小さな背負い袋をナミカ達へと示した。
「――っ。」
ミツタカはリョウジロウの揶揄いの言葉に眉を寄せて軽い舌打ちを返した。
「早く駆除を済ませて、ミツ坊とサエカがゆっくり話をする時間を作ってやらないとね。」
リョウジロウの横を歩きながらカヨはミツタカへと振り返ったが、ミツタカにとっては余計なお世話でしかなく、黙ったまま軽く睨み返すだけだった。
そうして暫くの間、リョウジロウ達は森の中を小道を中心に巡回を続けた。
時々ロクタロウが魔法で温風を作り出して虫籠の中の饅頭を温め、その匂いを周囲に拡散させながら少しずつ森の奥へと歩き続けた。
「――リョウジロウさん達、肉饅頭屋の宣伝ッスかあ?」
途中で出会ったリョウジロウの後輩の狩り人達のパーティが、風に乗って広がる饅頭の匂いに腹を押さえてリョウジロウへと呼び掛けてきた。
「おー! いい匂いさせちまって悪いな。例の猿をおびき寄せようと思ってな。」
後輩達の呼び掛けにリョウジロウは軽く手を振り返した。
そうして更に歩き続け、昼にはまだ少しだけ間があるといった頃合いになった。
リョウジロウやカヨは不意に顔を上げた。
「――猿達も早めの昼飯にしたいみたいだな。」
「そうみたいね。」
リョウジロウが立ち止まって剣の柄へと手を伸ばした。
カヨやミツタカ達もそれぞれに武器を手に身構え、周囲の気配の変化に注意を向け直した。
「――!!」
大木の上から素早く薄灰色の毛皮の塊が二つ、低い唸り声を漏らしながらナミカの腰の虫籠目掛けて飛び降りてきた。
ナミカは棍を敢えて弱めの力で振り回し、猿達を完全には追い払わない様に加減しながら自身へと引き付け続けた。
「――こっちへも来いよ。」
接近戦には弱いロクタロウは猿達に声を掛け温風で肉饅頭の匂いを送りながら、リョウジロウの背後へと回った。
「――リョウジロウ!」
「おう!」
ナミカが遠くに押し出す様にして、猿の一匹の腹部に棍の先を突き入れた。
軽く吹っ飛ばされた猿がナミカから距離を取らされた隙を狙い、事前の打合せ通りリョウジロウが毒を塗った剣で斬りかかった。
切っ先が猿の肩を掠めたものの、強力な毒という訳ではなかったのでまだ効果は期待出来なかった。追撃に再度リョウジロウは剣を振り上げた。
「――ッ!!」
そこにもう一匹の猿が怒りの形相で甲高い叫び声を上げ、ナミカから離れてリョウジロウへと襲い掛かってきた。
前ならば既に逃げ去っている筈だったが、やはり手負いとなって凶暴性が増している様で、二匹共になりふり構わずリョウジロウや近くに居たミツタカへと突進してきた。
「そっちの木の方へ!」
カヨの声が背後から響き、ミツタカは刀を軽く下げて猿の体を言われた方角の大木へと蹴りつけた。
楠の大木の根元に猿は蹴り飛ばされ、素早く体勢を立て直そうとしたが、その僅かな隙を目掛けてカヨは毒を塗っていたナイフを数本投げつけた。
内、二本のナイフが猿の右肩と右腕に深々と命中し、痛みに猿は動けなくなりその場で肩を押さえてもがき始めた。
「ミツタカ!」
毒が回るのを待たず、魔獣の駆除においては出来る限りその場で確実に仕留めなければならない。そう教えられた通り、猿の近くに居たミツタカはカヨの呼び掛けに頷き返し、刀を構え直すともがき続ける猿へと斬りかかった。
――だが。
「え?」
「何?」
ロクタロウやカヨ達が思わず戸惑いの声を上げていた。
ミツタカが振り下ろした刀は、もがき続ける猿ではなく――素早く間に割って入り、仲間を庇う様に覆い被さったもう一匹の猿の背中をざっくりと斬り裂いていた。
知能のかなり高い一部の魔獣ならば兎も角、第三層や四層の猿の魔獣にこんな風に明確に仲間を庇う習性など無かった筈だった。
仲間を庇って倒れた猿を見下ろしながら――刀を握るミツタカの手に嫌な汗が滲み始めていた。
「――ッッッ!!!!」
背中の深い裂傷から大量の出血が広がり、下で庇われている猿もその血で真っ赤になってしまっていた。
肩と腕に刺さったナイフの痛みだけではない様な、一際甲高い叫び声が何度か辺りに響き渡った。覆い被さっている方の猿も絶命が近く、口から血の泡を噴き痙攣を始めていた。
「な、何で……。」
微かに震え始めた手に力を込め直すものの、ミツタカは刀を構えたまま僅かの瞬間動きを止めてしまった。
「――ミツタカ……。苦しませるな……。」
「――!」
そっとリョウジロウから掛けられた声にミツタカは一瞬肩を震わせてしまった。
だが、小さく息を吐いて呼吸を整えると、力無く覆い被さる猿の下から相棒の仇を取るかの様に血まみれで飛び出してきたもう一匹の猿を袈裟懸けにし、それからすぐ様覆い被さっていた方の猿の背にも刀を突き立てて止めを刺した。
◆
今回指定されていた討伐証明の右手の爪を二匹分取り終えると、猿達の死骸はその場から少し分け入った茂みの中に穴を掘って埋められた。
「……。」
森からの帰り道は、何処か沈んだ空気で誰も進んで口を開こうとはしなかった。
魔獣の駆除で今迄にも数え切れない程の魔獣をリョウジロウ達も殺してきたし、ミツタカも魔獣とは言え一応は生き物の姿をしたものを何度も殺してきた。
だが、魔獣ではあっても仲間を庇う様子を目の前で見せられ――それを殺さなければならなかったというのは、何ともやりきれないものが皆の中にあった。
「所謂特殊個体ってヤツなのかね……。はぐれた雄猿二匹でつるんで――。」
前を歩くロクタロウの呟きに、ミツタカは唇を噛み軽く視線を落とした。
森に棲む魔獣の猿の多くも、野生動物の猿と似て群を作って生きていた。そこからはぐれるというのはボスの座を争って敗れたとか、病気を患って群に居られなくなったとか、そうした理由がよくあるものだったが――今回の二匹はそうしたものともまた違う様にも思われた。
「まあ、後の分析やら考察やらは学者さん達の仕事だな……。」
ロクタロウはいつまでも重い空気を引きずらない様に顔を上げ、気持ちを切り替えた様だった。
リョウジロウや他の者達も、今回もいつもの魔獣の駆除の仕事でしかないと割切る様にして町への帰り道を急いだ。
「――……。」
ミツタカだけが、ほんの僅かの間後ろを振り返り、それからまた急いでリョウジロウ達の後を追った。
あのはぐれた雄猿二匹にどの様な経緯があったのかは最早知りようがなかったし、知る必要も無いものではあるが。
群から追われたのか、はぐれたのか――それとも自分達の意思で出てきたのか。
あの洞穴で今迄雄同士で二匹寄り添って生きていたというのだろうか。
雄同士で、二匹で。
取り留めも無くそんな事を考え続けながら、ミツタカは町へと戻った。
◆
二匹の猿の魔獣の駆除完了を狩部に報告し、リョウジロウ達のパーティのムロハラの町での活動はこれで終了となった。
ミツタカが猿達への感傷を少し引きずっている間にも、リョウジロウとカヨ、ロクタロウとナミカは翌日からシラグチの町に引っ越しをする準備を行ない始めた。
荷物の準備が出来次第、二日後か三日後位にはシラグチへと出発する予定だという事だった。
準備と言っても身軽な狩り人家業の身の上でもあり、彼等が借りていた部屋に大した荷物は無く、大き目の荷車の一台に一人分の家財が納まる程度のものだった。
そうした事情は察しつつも、一応は何か手伝う事が無いかと――そして、今まで世話になった礼を言いに、朝食を終えたミツタカはリョウジロウの住んでいた安アパートを訪ねた。
木造の安普請の二階建てのアパートにはカヨやロクタロウ、ナミカの姿もあった。
一階のリョウジロウの部屋の扉の前には小さな荷車があり、荷台には既に箱詰めされた荷物が載っていた。
「あら。」
やってきたミツタカの姿にカヨが気付いた。
「手伝いに来てくれたの? 悪いわね。」
「あ、いや……。一応……挨拶に、って言うか。」
カヨの言葉に軽く首を横に振り、ミツタカは荷物を積み終えた荷車を見た。既に手伝う事は無い様だった。
カヨ達に今迄世話になった礼をぼそぼそと言った後、
「――あ、後、パーティの脱退の届けはどうするんだったか訊こうと思って。」
ミツタカからの礼と問いにリョウジロウやカヨは軽く苦笑を浮かべた。
「出来れば皆で一緒にシラグチに行きたかったけどなー。」
「でもサエカとニシゾノ村に帰るんだろうし、どちらにしてもパーティ脱退だったわね。」
サエカとの結婚が確定しているかの様な相変わらずのカヨの物言いに、ミツタカはまた苛立ち眉間に皺が寄っていた。
「だから、結婚なんてしねえって言ってるだろ!」
ミツタカの苛立たし気な様子を笑いながら宥め、必要な手続はこっちでしておくとカヨはミツタカへと告げた。
「そうか……。じゃあ、皆、元気でな……。」
新人として面倒を見てもらい二年程世話になった名残をさして惜しむ様子も見せず、ミツタカはいつものむすっとした仏頂面のまま、そう言って皆に頭を軽く下げるとその場を後にした。
「ええー、そんだけ? 薄情~。あたし達の出発の見送りは無い訳?」
去っていくミツタカの背を見送りながら、ナミカが冗談交じりに声を上げた。
「お前、そんな湿っぽい柄か? ていうか、俺達の結婚式……じゃないや、結婚の宴会にはあいつも呼ぶし、また会えるだろ。」
「そうねえー。あ、あたし達もミツタカとサエカの結婚のお祝い用意しとかなきゃねえ……。」
リョウジロウがナミカを揶揄ったり、カヨがはしゃいで笑うのを背中で聞きながら、ミツタカはそのまま振り返らず足早にそこから立ち去っていった。
◆
リョウジロウのアパートを後にして、ミツタカはそのまま適当に町を当てもなくぶらついていたが、結局行く所もする事も無くいつもの様に狩部の依頼掲示板の前へとやってきていた。
リョウジロウ達のパーティからの脱退届は今日明日位には出されるのだろうが、取り敢えずはたった今からはミツタカは一人で活動する狩り人となった。
このまま当面は一人で活動するか、それとも何処かのパーティに加入するか――どうしたものかと漠然と考えながら、ミツタカは掲示板に貼られた依頼書を何となく眺めていた。
――タカゾノ山の調査依頼。魔獣や魔虫等、何か異変が無いかの調査を……。
そんな文章が目に留まり、ミツタカは思わず依頼書の前へと進み出た。
タカゾノ山はムロハラの隣のニシゾノ村の近くにある小さな山だった。
依頼書に大まかに書かれた内容によると、最近になってやっと山の奥の草木の一部に発生した病気や害虫と村の農作物に発生したものとが同じ種類だと判り、それらは森の奥の層に生息する魔獣の寄生虫やそれが媒介する病気だという事が判った。
討伐するのに越した事は無いが、まずは本当に山の中にその魔獣が居るかどうかだけでも調べて欲しいと言う様な事が書かれていたのだった。
「……。」
ミツタカの手がその依頼書へと伸び掛け――また引っ込められた。
もう戻るつもりは無いと決心していたとは言え、故郷のニシゾノ村の困窮を救う手掛かりになりそうな依頼に関心が無い訳ではなかった。
しかし自分が引き受けなくても誰か他の者が――迷い躊躇しているミツタカの背後から、戸惑いがちに掛けられる声があった。
「あ、……ミツタカさん……。」
その声にミツタカが振り向くと、初心者向けの薬草採集の依頼書を手にしたサエカが近くで立っていた。
「ああ……。あんたもまだ何か依頼受けるのか?」
サエカの手にある依頼書に視線を向けながら、一昨日の迷子騒ぎをミツタカは思い返していた。
そんなミツタカの視線を察したのか、サエカは今日の依頼も先日の薬屋の姉妹と一緒に受けるのだと説明した。
「あ、あの子の事、今日はちゃんとはぐれない様に気を付けるから大丈夫です。」
サエカが慌てて言い訳めいた言葉を付け足すのも、正直なところミツタカにとってはさして関心のあるものではなかった。
「………まあ、気を付けてな。」
サエカと長話をしたり、彼女達の依頼に護衛気取りで付いていくつもりも無く、ミツタカはありきたりな言葉を掛けると立ち去ろうとした。
「あ、後、すみません。」
歩き出したミツタカの背へとサエカは慌てて手を伸ばした。
訝し気に振り返ったミツタカに、サエカは申し訳無さそうな表情で俯きがちに言葉を続けた。
「――すみません。今朝、叔父から手紙が届いたんです。今日の夕方、ムロハラに着く予定だって……。そろそろあたしを迎えにっていうのと……、見合いを本当に進めるかどうかの確認をする為にって……。」
サエカの言葉にまた軽く眉間に皺が寄るのを感じたものの、ミツタカは言葉を荒げる事もなく、
「そうか。すまんがあんたから叔父さんとやらには改めて断っといてくれ。」
サエカの方も見ずにそう言うとそのまま掲示板の前から立ち去った。
「あ、あの……。」
どう言葉を掛けたものかとサエカが戸惑っている内にも、ミツタカの姿は遠ざかっていった。
◆
夕方。一昨日の少女達と別れを惜しみ、またいつかムロハラへと遊びに来ると約束して別れ、サエカも薬草採集の依頼を終えて宿舎へと戻った。
「あら? カヨさん?」
宿舎の玄関をくぐったところで、寮母のタキとカヨ、ナミカが何事かを熱心に話し合い、それを近くで眺めているリョウジロウとロクタロウの姿がサエカの目に入った。
「あ、お帰り! お疲れ様!」
戻ってきたサエカの姿に気が付いたカヨ達が笑いながらサエカを出迎えた。
「何かあったんですか?」
サエカがカヨやナミカに尋ねると、カヨは目を輝かせて力説する様に答えた。
「あたし達がシラグチに行く前に、あなた達の縁談をもう少し後押ししてあげたいと思ったのよ。」
そう答えるカヨの横でタキやナミカは同意する様に笑顔で頷いていた。
「全くお節介なヤツだよ。こういう事はなる様にしかならないってのに。」
「そうそう。」
彼女等を見守っているリョウジロウとロクタロウは苦笑を浮かべつつも止める気は無い様だった。
カヨの言葉に少し呆気に取られつつも、サエカも決して悪い気はせず、ついカヨの話に聞き入ってしまっていた。
「あなたとミツタカって決して悪い組み合わせじゃないとあたしは思うのよ。ていうか、お似合いだと思うわ。あいつ、見た目はああだし態度も悪いけど――。」
「――御免。狩部の宿舎はこちらだと伺ったのだが――。」
カヨの話の途中で玄関から男の声が聞こえて皆がそちらへと目を向けると、背の高い中年の男性が小さな背嚢を背負って立っていた。
「あ、叔父さん!」
サエカが明るい声を上げた。
玄関に立っていたのはサエカの父の弟のアキジロウ叔父だった。
「おお、サエカ。元気だったか? 相手の見極めは付いたか?」
タキ達への挨拶もそこそこにアキジロウは笑顔でサエカの前へとやってきた。
「それは……。」
今日までのミツタカの素っ気無い――というよりは拒絶的な態度や反応を思い出し、サエカは返事に詰まってしまった。
だがサエカを援護するかの様にカヨがアキジロウの前へと進み出てきた。
「おや、あなたは。」
カヨや後ろのリョウジロウの顔に、彼等がサエカをムロハラに送り出した時の護衛の狩り人だったと気付き、アキジロウは軽く会釈をした。
「この間はどうも。あの、あたし――あたし達、サエカさんのお見合いの相手のミツタカと同じパーティなんです。」
「ほう! これはまた縁が重なりますな。」
カヨの言葉にアキジロウは感心した様な声を上げた。
カヨは横に立つサエカに軽く微笑み掛け、またアキジロウへと顔を向けた。
「さっきサエカさんに言い掛けてたけど、二人は決して悪い組み合わせではないと思うんです。あいつ、態度も見た目も悪いけど。……でも、今迄一緒に活動してきて判ったんですけど、根は真っ直ぐで情には厚いところがあるし、サエカさんの結婚相手としては良いと思うんです。」
サエカもアキジロウもカヨの話に黙って耳を傾けていた。
傍らで聞いているタキもその通りだと頷いていた。
「あいつ、今はまだお見合いを嫌がってるけど、きちんとお付き合いを始めさせてお互いに理解し合っていけば、きっといい夫婦になると思うんです。」
「カヨさん……。」
カヨの言葉にサエカは嬉しそうに顔を綻ばせた。
この数日、決して深い交流があった訳ではなかったものの、サエカもミツタカの事は決して嫌いという訳ではなかったし、結婚相手として前向きに検討してもいいと思える位には少しずつ好意を持ち始めてはいた。
「――あたし、すぐに結婚という事ではなくても、婚約みたいな形で一年か二年位なら待ってもいいとは思ってるんです。」
カヨとアキジロウを交互に見ながらサエカは自分の思いを口にした。
「多分、狩部での狩り人の仕事が面白くなってきてるんだと思うんです。もっと色んな活躍をしていきたいって……。だから今はまだこのままで居たいんじゃないかなって。」
初心者の薬草採集の仕事だけではあったものの、自分の力で依頼を成し遂げたり、誰かと協力して依頼に取り組んだりする事の遣り甲斐や面白さがあるというのは、自分でやってみたのでサエカにも実感があり理解出来る事ではあった。
また、カヨ達の前であったので口にはしなかったが、一~二年程の婚約期間であればそう長いものではない為、婚約相手の住むニシゾノ村へすぐに金銭的な支援をするのにも差し障りはないものと思われた。
「成程なあ……。」
ニシゾノ村への支援についてのサエカの考えも察し、意外と姪がしっかりとした考えを持ってこの見合いの話に臨んでいる事に、アキジロウは寂しさと頼もしさの入り混じる気持ちを感じながらも優しい笑みを浮かべていた。
「――と言う訳で、折角なんであたし達のシラグチ行きの送別会と、二人の婚約――は流石に進み過ぎだから、お見合い決定の発表を兼ねて今日は宴会をしようと思ってね……。」
「もう料理の準備はそこそこ出来てるから、皆にも仕上げを手伝ってもらおうかねえ。」
既に今夜の宴会の大まかな段取りが済んでいる様子のカヨとタキの言葉にサエカは苦笑を浮かべた。
「お見合い決定って……。」
気の早いカヨ達の言葉に、しかしサエカは決して悪い気はしていなかった。
「まあ、お前が見合いを進めたいと思う相手ならば、叔父さんからは言う事は無いよ。」
「有難う叔父さん。」
周りの明るく浮き立つ雰囲気に軽い苦笑を浮かべながらも、サエカの嬉しそうな様子にアキジロウはそう声を掛け、サエカと共に宿舎の食堂へと歩いていった。
◆
近所の定食屋で軽く夕食を済ませ、少し時間を潰す為に町をうろつき、日が暮れて暫くしてからミツタカは気が進まないながらも宿舎へと帰ってきた。
サエカの叔父とやらはもう今夜の宿にでも戻っていっただろうか。サエカも叔父と共に明日にでもイチクラ村に帰るだろう――サエカが帰ってしまうまで宿舎には戻らないでおこうか。
つらつらとそんな事を考えながらミツタカが宿舎の前まで戻って来ると、玄関の向こうからは賑やかな話し声や笑い声が聞こえてきた。
「?」
何か宴会でもやっているのだろうかと訝しく思いながらミツタカが玄関の引き戸を開けると、同じ階に住んでいる狩り人の青年が酒に酔った赤い顔で食堂から出て来たところが目に入った。
「お、遅かったなー。――リョウジロウさん~。ミツタカ帰ったッスよお。」
青年に呼ばれて食堂からやはり酒に酔った赤い顔のリョウジロウとカヨが顔を出した。
「お帰り! やっと主役の到着ね。」
カヨが酒臭い息を漏らしながら笑顔でミツタカの手を引いて食堂へと引っ張り込んだ。
「おー、頑張れよ。」
「おめでとさん。じゃあ俺等はこれで。」
ミツタカと入れ違いに何人かの狩り人の青年達が自室へと帰っていった。彼等もかなり飲み食いしていた様で、真っ赤な顔をしたままふらふらとした足取りで去っていった。
「お、おい。何だよ一体。」
疑問の声を上げながらミツタカが食堂の奥へとやって来ると、長テーブルの上には酒や料理が並べられリョウジロウ達パーティメンバーや、サエカ、サエカの叔父らしき男性、そして寮母のタキの姿があった。
他のテーブルの席にも酒や料理が並んでいたが既に宿舎の他の狩り人の連中が飲み食いしたらしく、大皿や酒瓶の殆どは空になっていた。
酔い潰れてテーブルに突っ伏して眠り込んでいる二、三人を残して他の者達は自室に引き上げてしまっていた様だった。
「ほらほら、主役はここよ。」
カヨは明るい声と表情でミツタカをサエカの隣の席に座らせた。
「何だよ、これは。」
皆の顔を見回し、戸惑いつつミツタカが問い掛けた。
「何って、あたし達の送別会と、後は、あなた達のお見合いの――何て言うんだっけ? 発表会? それか第一回目のお見合い?」
カヨはそう答えながら、リョウジロウの隣の席に腰を下ろして手元の土瓶から自分の茶碗へと酒を注いだ。
「――なっ!」
カヨの言葉にミツタカは顔を顰め、思わず立ち上がった。
ミツタカの表情をいつもの事だと流し、カヨは酔いで少しもつれかけた口を開き言葉を続けた。
「だってあなた、いつまで経っても話が進まないじゃない。どうせいつかは結婚しなきゃならないんだから、良さそうな縁がある内にちゃんと掴んどかなくちゃ。サエカって、しっかりしてて気立ても良くていい娘さんじゃないの。」
「そうそう。サエカの良さはあたしが保証するよ。いいお嫁さんになるよ。」
タキが笑いながらカヨの後に続いた。
「何だと……!」
カヨやタキを見下ろし睨み付けるミツタカに、カヨは宥める様に微笑み返した。
「え……と、あの……。」
不機嫌そうに眉間に皺の寄る傍らのミツタカをサエカは心配気に見上げていた。
カヨやリョウジロウ達はそんなミツタカを苦笑しながら眺めていた。若い奴にはよくある女性への照れや、或いはまだ狩り人の仕事に打ち込みたくて結婚等は先の事だと考える――ミツタカの不機嫌さやサエカへの拒否も、そうしたありふれたものだとしか、この場の誰もが考えてはいなかった。
「――……何で……。何……で……。」
頭に血が上り――しかし、今日は、もうその上せた塊が冷えて胃の腑へと崩れ落ちていくのをミツタカは感じていた。
怒りを通り越し――何処か虚ろで悲し気な掠れた声の呟きが、ミツタカの口から零れ落ちた。
ミツタカが席を見回しても、この場の誰もが楽し気に祝う様な温かな眼差しでミツタカとサエカを見ていた。サエカもミツタカの様子を気遣いながらも、自身の見合いや結婚への期待で明るい顔をしていた。
それが、当たり前なのだ。ミツタカの父親がかつてミツタカを殴り付けて諭した様に。
――長男は決められた嫁さんを貰ってこの家を継ぐのが役目だ。嫁を貰い、何人か子供を産んでもらい、田畑を守って皆で末永く幸せに暮らしていく――。それがずっと当たり前に続けられてきた、真っ当な人間というものの生き方なのだと。
しかし、ミツタカはそうしたところで生きていく事は決して出来ない人間だった。
皆が当たり前だという事が、今迄どれ程ミツタカの心を削り、傷付けてきたか――。
「……っざけるなッ!」
ミツタカの胃の腑から込み上がってくる再びの苛立ちや怒りが、また一気に頭へと上り、低い怒鳴り声となった。
「ふざけるな! ――何で、何で……あんたらの当たり前に、そこまでして付き合わなきゃなんねぇんだよっ!?」
いつになく怒っているミツタカのただならない様子に場の空気が一気に固くなった。
「え、ちょっと……。どうしたの?」
流石に酔いも引っ込み、カヨが驚き戸惑いながらミツタカを見上げた。
「――俺が結婚したくねぇ……出来ねぇってのが、そんなに悪い事なのか!? おかしい事なのかよっ!?」
一度噴き出してしまうとミツタカにも自分の怒りや悲しみを止める事は出来なくなっていた。
「ちょっと……悪かったわ。落ち着いて? そこまで嫌がらなくても……。お見合いとか誰かから紹介されてのお付き合いなんてよくある話じゃないの。」
「そうよ……。紹介されてお付き合いしていく内に結婚ていうのも、よくある話じゃないの。」
結婚出来ねぇ――ミツタカのその言葉の意味を理解する事無く、カヨとナミカが戸惑いつつも何とか宥めようとミツタカへと手を伸ばした。
カヨ達を初めこの場の誰も、何故ミツタカがここまで怒って嫌がるのか不思議に思っていた。
ミツタカは伸ばされた手を振り払い、カヨ達を睨み付けた。
今迄悩み、鬱屈していた思いはミツタカの口から溢れ続けた。
「じゃあ……俺は普通じゃねえんだろうよ。親父も言ってた。男は嫁を貰って子供産んでもらって家と土地を守って生きてくのが真っ当な生き方らしいな……。」
ミツタカの言葉にカヨ達は怪訝そうな表情を浮かべていた。
何を当たり前の話をしているのだろうという疑問が、その表情の中にあるのをミツタカも気付いていた。
自由と自己責任が身上の狩り人ではあっても、狩り人達の出自の多くが農村や漁村の次男次女以降の者達であった。ミツタカの言うところの当たり前や真っ当な生き方自体は狩り人達にとっても身近な価値観だった。
「親やあんた達からすれば、俺は普通でも真っ当でもねえんだろ!」
吐き捨てる様に言うミツタカの目尻に薄く滲むものがあった。
「そんな……。ねえ、落ち着いて?」
ミツタカの怒りと涙に戸惑い続けるカヨやパーティの者達は、その時、何故か不意に――依頼で戦ってきた魔獣達の事を思い出してしまっていた。
パーティの者達が連携し魔獣へと攻撃を放ち、少しずつ傷付けて体力を削っていき、そして仕留める。
その事が何故か、目の前のミツタカと重なってしまっていた。
「うるせぇっ! ――あんた、じゃあ親友とやらのナミカと結婚できるのか? 裸で抱き合って夫婦の営みとやらを出来んのかよっ!?」
「っ!?」
怒り続けるミツタカの言葉に、カヨやこの場の皆が戸惑い絶句した。一体何を言い出すのだろうという困惑があった。しかし、次の言葉で察せられるものがあった。
「俺にとってはそれと一緒だ。俺は女とは……。」
握り締めたミツタカの拳が震え、怒りや悲しみの混じり合ったものが僅かの間息を詰まらせた。
「――女とどうにかなりたいと思えない事が……そんなに、そんなにおかしい事なのかよ……?」
誰を睨んでいるのか、ミツタカは涙交じりに目の前の宙を僅かの間見つめていた。
とうとう、誰にも言わずに秘めておこうと思っていた自分の本当の気持ちをぶちまけてしまった。
「――……。」
リョウジロウやカヨ、ナミカ、ロクタロウ、タキ、サエカ、アキジロウ――彼等の顔を見る事が出来ず、ミツタカはそのまま顔を背けると足早にその場を立ち去った。
「ちょっと、ミツタカ……!」
どう声を掛けたものかと迷いつつ、立ち去るミツタカの背へとカヨは手を伸ばした。
「今は、やめとけ……。」
リョウジロウはそっとカヨの手を押さえて止めた。
「でも……。」
自分達の浮かれた善意や厚意があんなにもミツタカを傷付けて追い詰めていたと、カヨは今の今まで思い至らなかった。
ミツタカだけでなく――。
カヨは自分が傷付けてしまったであろうもう一人へと怖々と視線を移した。
「――お、お見合いがうまくいかない事なんて、よくある事ですよ……。」
カヨの視線に気付き、机の上へと視線を落として硬い表情をしていたサエカは、顔を上げて何とか微笑みを取り繕った。
「サエカ……。ごめんなさい……。あたし……。」
カヨの謝罪にサエカはゆっくり頭を横に振った。
「仕方無いです……。」
何とかそれだけを呟き、また視線を落とした。
少しだけ好意を寄せ始めた相手からの拒絶は辛く悲しい事ではあったものの――相手からの好意が絶対に得られないのだとすれば、今すぐに納得は出来なくてもいずれは割り切るしかないだろう。
理性では判ってはいたが、流石に今日のところはサエカも落ち込んでしまっていた。
「サエカ……。」
今一つ詳細は判りかねたものの、彼も彼なりの苦悩があった様子でミツタカを一方的に責める事も出来なかったが、アキジロウは可愛い姪が傷付いた様子に心を傷めた。
「叔父さん……。振られちゃったわね……。あーあ、ちょっとだけイイかもなあって思い掛けてたんだけどなあ……。」
サエカは無理矢理に口角を上げて微笑みを再び取り繕い、それからそっと溜息をついた。
◆
その夜、ミツタカは宿舎には戻らず飲み屋の並ぶ裏通りの一角に座り込んで夜を明かした。
通りを行き交う酔客達の喧騒や、風に乗って流れてくる酒臭い呼気や体臭、道の一角に積み重ねられたゴミの臭いも、今のミツタカにとっては自分の存在を覆い隠してくれるものの様にも思えてしまっていた。
ここに居れば、自分を煩わせる様々なものからずっと隠れていられるかの様な――そんな他愛の無い妄想に暫し浸っている内に、やがて日が昇り朝となった。
ミツタカはそのまま狩部の掲示板の広間へと向かうと、タカゾノ山の調査依頼の紙を毟り取った。
依頼受注の手続きを終えたミツタカは、宿舎に戻る気にはなれず別の窓口で簡易的な武器や装備を借り受けると、そのままタカゾノ山へと出発した。
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2026-06-13
相変わらず低空飛行で生きているヲカマのオッサン、毎日生殺しです。先日何とか主任ケアマネの受講申請提出出来ましたが、心の底から不要だと思っている受講を強制される苦痛は11月まで続きます。まあこれについては書き出したらきりが無いのでここではやめますが。
さて第18話、物語の山の一つを書けましたが、しんどいめんどくさい場面を書くのは今のオッサンにはなかなかしんどい作業ではあります。気分転換にAIに我がメモ書きを読み込ませて簡易な物語モドキを出力させたりもしていますが、日によってAIくんも調子の良し悪しがある事が判り、悪い生成結果を見て却ってオッサンブチキレですよ。結局「ええい、どきなさいよ!アタシがやっぱり書くわ!」で、結局、いつかは書いてみたい作品のストックが増えただけという結果になってしまい、気分転換とは一体・・・となってしまいました。
舞台設定はめんどくさいのでここの「荷物持ち略」のゲーム世界の設定を流用して。
「悪代官に憑依してしまったホモ男子が、村娘にではなく村の青年達に「おたわむれ」をしてみたい件」とか、「村娘達の生贄を要求する邪神に転生してしまったけど、村娘も生贄も要らんからガチムチ青年をよこして欲しい件」とか、そんな感じの物語を2件、ストックする事となってしまいました・・・。




