第117話 夢の第一歩
「ははは、秋矢様、可愛い。」
「心外だよ。」
十六というまだ伸び盛り少年に戻された秋矢は本当につまらなさそうに口を尖らせて紀伊から視線を反らした。
数日前まで自分を見て顔を赤らめていた愛しい恋人紀伊は、やはり昔からの姉貴分紀伊に戻ってしまったように思えた。
「本当にこんな姿でも好きでいてくれるの?」
一応、そのことだけは確認したかった。
すると紀伊はなんともいえぬ優しい顔で秋矢の隣に腰掛けた。
逆にその顔に赤らむ自分の未熟さが秋矢は少し悔しく思えた。
「もちろんだよ。何言ってるの?それに秋矢様は格好良いよ。まあ、今は可愛いっていうのもあるけどね。暫くはそれで楽しもうよ。」
鬼族の村へと行き、巳鬼の鍋を食べて腹を壊した秋矢は治療と称して傍にやってきた透影に体を戻されたのだった。
魔城嫌いと男嫌いという透影は秋矢のことなどお構いなしに、むしろ楽しむように偽りの姿を元に戻してしまった。
どこか寂しくて悔しい秋矢は、それでも恋人として紀伊の頬に触れて口付けようとした。
けれど、
「二人とも夕飯よ。」
「はあい!」
「はあい。紀伊、待ってよ!」
花梨の声に恋人と一緒にいるということも気にせずまるで子供のように駆け出した紀伊を追いかけて、自分もまた弟のように無意識に走り出していた。
食卓では秋涼がぐうたらを極めていた。
適当に羽織った緑色の衣を布団代わりにして、長いすに転がって夕食のおかずをつまんでいる姿は誰がどう見ても魔王の姿ではなかった。
けれど、二人にとってそれは懐かしい光景だった。
紀伊と秋矢の姿を見て花梨が鍋をかき回しながら声をかけた。
「紀伊、ご飯よそって。」
「はあい。じゃあ、秋矢様、お茶。」
「はいはい。」
「はいは一回!」
「はい。」
そんな二人を見て秋涼がすかさずちゃちゃをいれた。
その顔は意地悪く笑っていた。
「お、秋矢、弟じゃないか。どう見ても。」
「秋涼!貴方も座ってないで、小皿出して頂戴!」
「は〜い。」
「はいでしょ!もう!ちゃんとなさい!」
同じように恋人に冷たくあしらわれる秋涼を見て秋矢は聞こえよがしに呟いた。
「兄上だって、弟分じゃないの?」
「うるさい!」
そんな四人で散々楽しみ夕食をとり終えた頃、霜月が顔を見せた。
表情は真剣なものだった。
「どうした霜月?」
秋涼の表情も一瞬強張ったが、霜月がその場で語ることはなく静かに一礼した。
「皆様、王の間へ。」
「何かあったのか?」
「届け物です。」
不審がる四人を置いて霜月は王の間へと消えてゆく。
四人は顔を見合わせつつも、王の間へと急いだ。
王の間には五人の幹部と紅雷達三人が揃っていた。
そして彼らに取り囲まれるように真ん中で箱を抱えてたっていたのは、
「サンサンさん。」
「あ、ホントだ、サンサン。」
紀伊の声に黒い豚のような風体の魔物は顔を向け、紀伊を見つけると鼻を鳴らした。
「紀伊様、ん?こちらは秋矢様。お久しぶりでございます。」
サンサンは小さな木箱を紀伊へと差し出した。
「何?お土産?」
「紀伊さんと旅をされていた方からの頼まれ物を。」
「え?」
紀伊が意味が分からず呆けるとサンサンは再び鼻を動かして、紀伊へと木箱を押し付けた。
紀伊は分からないまま木箱を受け取り、そしてゆっくりと開いた。
「これ・・・。」
そこにあったのは黄金の類でも、宝珠の類でもない、白い半円の何かだった。
その上には緑色のコケすら生えていた。
「何これ?」
問いかけた秋矢とは違い紀伊にはすぐにそれ理解できた。
「あの方が言われた場所にあったのはこれだけです。」
「ありがとう。サンサンさん。」
紀伊は恐る恐る触れてみた。
苔の湿った感触が指先に感じ取れる。
「随分待たせちゃったかな。」
もう死んで五十年たった、先日まで自分のそばにいてくれた人の骨。
形から察するに頭蓋骨だったのかもしれない。
「こんにちは。大芝。やっと、本人に逢えたのかな。」
その名を聞いて紅雷達も興味ありげにその紀伊が大事そうに持つ物体に近寄った。
「何だ?それ。」
「大芝というと・・・。」
「紀伊と一緒に旅をしていたあの死人か?」
幼馴染達もそれぞれに大芝という男について思い返した。
「これはね、大芝・・・うんん、琉陽様の体だよ。ちゃんと朱雀国に帰してあげないと。ごめんね。遅くなって。やっと帰れるね。」
「琉陽様。」
優しく声をかける紀伊を見て、そばで涙をこぼしていた花梨の肩を秋涼が抱きしめた。
「ねえ、花梨様、今度朱雀国、一緒に行こう?」
「ええ、・・・そうね。私もちゃんと自分のことを報告しないとね。」
「大芝、今度こそ、さよならだね。」
紀伊はそんな骨に頬をつけた。
「サンサンさんもありがとう。」
「いえ。」
頭を下げて退席しようとしたサンサンは何かに気がついたように隅へと寄ってゆき蹄を床にこすりつけた。
「どうかしたの〜?サンサンたん。」
紫端が間延びした声をかけるとサンサンは鼻息荒く詰め寄った。
「汚い!この城!埃でいっぱいではありませんか!なんてこと!秋涼様!」
「え?何だ?」
突然呼ばれた秋涼はサンサンの突撃にあい仰向けに倒れた。
「今すぐ職場復帰を願います!この部屋にくるまでも汚れが気になっていたんです!兎に角!今すぐ〜。」
「あ、ああ・・・。霜月!」
「あ、はい。では、サンサン。よろしくお願いします。」
「任されました。では。」
ブヒという音を残してサンサンは部屋から立ち去った。
「ああ、そうでした。」
次に声を上げたのは柳糸だった。
「一週間後、以前この地を訪れた商人が、いくつかの交易品を持ち込んできてくださるそうです。」
「商人?」
「そうだ、お前が連れてきた商人だ。」
黒雷の言葉に一瞬呆けた紀伊だったが、すぐに存在を思い出した。
(大芝と初めて会った時のあの時の人たち!)
「こちらも、歓迎の宴を開いて差し上げようと思います。紀伊、できるか?お前の歌を披露して欲しい。」
柳糸に尋ねられて紀伊は満面の笑みを浮かべた。
「うん!」
「夢、叶うね。第一歩だけどさ。」
隣に並んだ秋矢の言葉に紀伊は頷いた。
「頑張ろ〜!」
「何故紀伊に仕切られるのかは分かりませんが、これは魔城一丸となるときですからね!頑張りましょう。」
「よし!では、まず歓迎会の準備だな!壮大な催しを!」
「祭りだ〜。」
紅雷が騒ぐと尚浴が花梨に囁いた。
「何だかんだいって皆、子供ですね。」
「そうね。」
花梨も微笑むとはしゃぐ紀伊や秋涼に視線を送った。
「さてと、後は芽が出るの待つだけだね。」
「うん。」
秋矢と紀伊は立ち上がり汗を拭いた。
魔城のいたるところが掘り返され、種がまかれていた。
これからこの国を訪れる人たちを和ませる花壇作りを二人していた。
「何か用か?」
それを見守っていた保護者秋涼はモゴモゴと口に入れたお菓子を食べながら尋ねた。
「用がなければこんな所にはいませんよ。」
男はまるで作り上げられたかのように美しい、けれど人間味のない冷たい表情をしていたが、それでも紀伊と秋矢を見て少しだけ顔を緩めた。
「『魔物の棲む城』にこんなに花を植えて・・・。」
「なんたって愛娘と愛弟の実行する魔城の緑化計画だからな。」
スタスタと歩きながら、秋涼は花梨特製のお菓子を食べ終わり、パンパンと両手を合わせてお菓子のカスを払い落とした。
「しかしあの子はいい子に育った。はじめは心配で仕方なかったのですが。」
「俺が愛情一杯こめて育てたからな。」
すると紫醒は大きく一度頷いた。
「分かっていますよ。私はあなたを信じていますとあの時、申し上げたでしょう?」
紫醒のその言葉を聞いて秋涼は顔を緩めた。
そして次に出てくる言葉を予測して紫醒と同時に口に出した。
「あなたはこの魔城の王なのですから。」
いかがでしたでしょうか?
この作品は今から10年くらい前に秋霖の話を描き始めたことがきっかけでできた世界です。その後、私の中で、花梨、透影、紀伊とどんどん主人公が変わっていったのですが、紀伊については自分が最も長く書き続けた主人公でしたので思い入れも深く人の目に触れて欲しいと連載させていただくことしました。
いつか、他の作品も載せられればと思っています。
長い作品に最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
読んで下さる方がいるのが私の励みになります。
今後ともどうかよろしくお願いいたします^^