第三章:BEAST WARS①
広大な平原の中に龍彦は佇んでいる。その視線の先にいるのはカエデ。
夢の中でカエデと出会い意識が現実へと呼び起こされるまで、ただ何かをする訳でもなく抱きしめ合いお互いの温もりを感じ合う。夢としては退屈な内容であるかもしれないが、龍彦にとってはとても心地良い内容であった。
だから今日も彼女の後ろからそっと抱き締める。
――カエデ……。
彼女の名前を呼ぶ。
――なんでしょうか?
――なんでもない。ただ呼んでみただけだ。
――もう、変なタツヒコさんですね。
二人して笑い合う。
何気ないこのひと時こそが最高の至福。“愛おしい”彼女をいつまでも抱きしめていたい。これが夢ではなく現実としてこの腕に抱きたい……そんな思いが強くなっていく。夢の中に現れるカエデはこうして抱き締めている事を拒まない。では現実のカエデは果たして、自分を受け入れてくれるだろうか……その事が、今は怖い。
――大丈夫ですよタツヒコさん。
カエデが優しく、安心させるように言った。
――私はタツヒコさんを心から愛しています。だから恐れないで下さい。貴方が抱く私への想いを、素直にぶつけて下さい。
――カエデ……うん、有難うカエデ。
――タツヒコさん……。
腕の中で向かい合うように体位を変えたカエデ。頬を赤らめ潤んだ瞳で見上げてくる彼女が何を求めているのか、それは確認するまでもない。静かに瞳を閉じたのを合図に龍彦はゆっくりと己から唇を近付けさせ――頭部に走る強烈な痛みにカエデを突き飛ばした。
――この浮気もんがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
――エ、エルトルージェ!?
初恋かつ現在の想い人であるエルトルージェが、頭部にその鋭い牙を突き立てている。
夢の中だと言うのに鮮明に伝わってくる激痛。牙が食い込み破れた血管から血が体外へと排出されていく。瞬く間に視界が赤く染まり――
「ちょっといい加減起きなさいよ!」
不機嫌そうに見下ろしているエルトルージェの顔が視界いっぱいに広がっていた。
「……滅茶苦茶今頭が痛いんだけど」
「知らないわよ。ほらさっさと行くわよ、エルデニアまでもう直ぐなんだから!」
「わかった。わかったらそう大きな声を出さないでくれ……」
急いで身支度を整え先行するエルトルージェを龍彦は追い掛ける。
エルトルージェと旅をして早三日。相変わらずツンデレな態度を見せるが会話は順調に交わせている。特に異世界から来たと言う話には、最初こそ興味なさげな態度をとっていても次第に湧き上がる好奇心に耐えられず子供のように目を輝かせながら話をせがんできた。
その姿がなんとも微笑ましく愛おしい。そんな思いが顔に現れてしまったのだろう。我に返ったエルトルージェから鋭い手刀を受け取る羽目になったが、想い人からだと思えば痛くも苦しくもなかった。
ただ一つだけ、龍彦は彼女に対して不満を抱いていた。
「……それよりアンタ」
そう、エルトルージェが未だに名前で呼んでくれない。
名前を名乗ったにも関わらず、呼ぶ時はアンタと実に素っ気ない。名前で呼んでほしいと頼んではみたが「どうしてアタシがアンタを名前で呼ばなくちゃならないのよ!」と厳しい言葉を返された。
それからも今日こそは名前で呼んでくれるに違いない、と淡い期待を抱きながらコミュニケーションを図るが、現在に至るまでエルトルージェから名前で呼ばれずにいる。彼女のツンデレは魅了の異能を以てしても簡単に破らせてはくれないらしい。
だからこそ、いいのだ。
今までは魅了の異能と言う呪いが原因で好意を寄せられていた。けれどもカエデやカルナーザが数時間足らずで呪いの毒牙に掛かったのに対し、エルトルージェはその魅了の異能を抵抗する力が強い。
即ちこれは、葉桐龍彦と言う一人の男の力量一つでエルトルージェ・ヴォーダンと言う女性の心を掴めるのか否かが試される事を意味している。
エルトルージェと結ばれる為にも、魅了の異能は不必要。効かないと言うのなら返って好都合であった。
「それよりもホラ、見えてきたわよ」
「あれが……」
遠くに見える目的地。
聳え立つ城壁によって囲まれた大都市。『WILD BLOOD FIGHTER』の決戦の舞台である王都エルデニアが、龍彦の前にその姿を見せた。
武術大会が開かれると言う事もあり既に長蛇の列が出来上がっている。
「さっさとアタシ達も行くわよ!」
「はいはい」
エルトルージェに急かされながら龍彦は長蛇の列の中に混じった。
城門を潜り抜けた先に待ち構えていたのは、正にファンタジーの世界。月並みの言葉ではあるが、中世時代の西洋をイメージした世界観だけあり建物や服装は日本のそれとは大きく掛け離れている。
多くの人と亜人で賑わい活気に満ち溢れた城下町に龍彦は目を輝かせる。作中では決して見る事の出来ない、実際のエルデニアの町並みがどのようになっているのか強い関心を抱くのは当然の反応だ。
「これがエルデニアかぁ。すごい大きいな」
「アンタそんな事も知らないの……って異世界から来たって言うんだから当然よね」
「エルトルージェ、早く出場登録済ませようぜ。ちょっと俺観光してくる」
「ちょ、待ちなさいよ馬鹿! アンタ初めてここに来たのに一人で行動したら迷子になるだけでしょ! ア、アタシが色々案内してあげるから落ち着きなさい!」
エルトルージェに注意され、早く散策したい気持ちを抑えながら龍彦はエルデニア城へと向かう。
道中視線を向けると、屈強そうな男達がエルデニア城を目指して歩いている。彼らもまた富と名声を得んと今大会に出場する武術家達だ。中にはエルトルージェのように女性の姿も何人か見受けられる。
「武術大会に参加する者は係員に従って行動して下さい! 順番は乱さず一列に並んで!」
大会の係員であろう兵士の呼び掛けに一列に並ぶ参加者達。その後ろに並び今か今かと自分に順番が訪れるのを待ち続ける中で、ふと、龍彦は鞄の中に入れていた大会の参加許可証を取り出す。
クズノハの里にて謎の人狼族の老人より渡された参加許可証。これさえ提出すれば予選を行う事なく本戦枠に入る事が出来る。
「次の方……おや? 貴方が持っているのは参加許可証ですね。それではこのまま貴方は本戦の方に――」
「いや、やっぱりいいです。俺も予選の方でお願いします」
「そうですか。ではここに名前を記入して下さい――タツヒコ・ハギリさんですね。ではこれで登録は終了です。予選表は明日張り出しますので、名前を確認して予選ブロックに移動して下さいね」
「なんだか受験を思い出すな……――わかりました。それじゃあよろしくお願いします」
係員に小さく頭を下げ受付から離れる。そこに別の場所で参加登録を済ませたエルトルージェがやってきた。
「よかったの? アンタがあれを何処で手に入れたのかは知らないけど、使っておいた方がよかったんじゃない?」
「あんなの使って本戦に出場出来ても嬉しくないからな。それにエルトルージェだって予選からスタートするんだ。それなら俺も一緒に予選からスタートする」
言っている事に嘘偽りはない。それとは別にもう一つ理由がある。
エルデニアに無事に着いた事により例の亜人は殺しを行うのに絶好の機会を得た。
武術大会の規約には“武器の持ち込み可能”、“不慮の事故により命を落としても双方勇敢に戦った者として褒め称える”と記載されている。即ち大会側は万が一の事態に備えれそれなりの配慮はしているが、死亡する危険性がない訳ではない。
例の亜人はそこを利用する。
不慮の事故と言う口実で殺人を犯しても、犯罪者として罰せられない。お互いに命を賭して全力をぶつけあった結果による名誉ある死として誤魔化せる。自分が例の亜人ならばこの大会を利用して目標を抹殺する。
辺りを見回し例の亜人を探す。可能ならば今ここでエルトルージェを巻き込み戦わせた罪を償わせる。そんな気持ちに心は今支配されていた。
しかしエルトルージェの証言に該当する亜人は見受けられない。既に登録を済ませこの場から立ち去っているか、或いはまだなのか。いずれにせよ例の亜人は必ず武術大会に現れる。その確信を胸に龍彦はエルトルージェに優しく微笑んだ。
「ふ、ふ~ん。まぁカッコつけるのは自由だけど、予選で敗退するような無様な姿だけは見せないでね。一応操られてたとは言ってもアンタは私に勝った男なんだからね!」
「わかってるよ」
「あ、タツヒコさん!」
「カ、カエデ……!」
懐かしい声に龍彦は振り返る。
巫女服姿の金色の体毛がなんとも綺麗で優しい笑顔が素敵な人狐族の少女は紛れもなくカエデ・クズノハ。その後ろには九羅嘛衆のユキ、ハルノ、ミカゼの姿もあった。
「お久しぶりですタツヒコさん!」
「元気そうにやってるね!」
「タツヒコ……会いたかった」
「ユキさんにハルノさん、それにミカゼも……! 本当になんか久しぶりだな!」
「ふふふ、三人ともタツヒコさんに逢いたくて仕方なかったんですよ。勿論、私もですけどね」
「お、おいカエデ!?」
公衆面前でありながら、寧ろ周囲に見せつけるように抱き着いてくるカエデに龍彦は狼狽しながらもその身体を優しく抱き締め返した。
夢の中で何度もした抱擁。彼女の身体を抱き締める度に現実でも抱き締めたいと思っていた。公衆面前と言う予想外の場所ではあるが、現実としてカエデを抱き締めると言う願いが叶った事には変わらない。
腕の中に収まり全身を通して伝わってくるカエデの優しい温もり。
ユキ達からは物欲しそうな目線を向けられる。目が合うと次は自分もして欲しいと要求している事が痛い程伝わってきた。
参加者達及び係員からは舌打ちをされる。恋人がいない独身ばかりしかここには集っていないらしい。この大会で大衆の前で完膚なきまでに叩き潰すと挑戦的な闘気が全方位から一斉に向けられた。龍彦にとってはいい迷惑でしかないが、その嫉妬で強くなって戦ってくれるのなら問題はない。強い相手と戦ってこそ己の実力を本気でぶつけられる。
そしてエルトルージェは――
「アンタはそこで何をやってるの?」
悪鬼羅刹も裸足で逃げ出しかけない、不動明王の如く憤怒の表情を浮かべていた。
「あら、お久しぶりですねエルトルージェさん。私のタツヒコさんとどうして一緒にいるのですか?」
「それはこっちの台詞よ。アンタその駄狐とはどんな関係なの?」
「えっ? どんな関係って言われてもな……」
「お互いの事を大切に想い合う関係……と言えば満足ですか? 毎晩タツヒコさんの夢ばかり見るぐらい彼の事を想っています。まぁ闘う事しか頭にない貴女には理解出来ない話ですけどね」
瞬間、エルトルージェより何かが切れる音がした。それに伴い荒れ狂う暴風の如く放たれた鋭い殺気がこの場の空気を凍て付かせる。その殺気に当てられた参加者と係員は気を失い、辛うじて意識を保っている者も少なからずいるが皆冷や汗を滝の様に流していた。
カエデの挑発が彼女の堪忍袋の緒を切ってしまったらしい。
「……あんまりアタシの事馬鹿にしてると今ここで準決勝戦の再現をしてもいいのよ駄狐」
「どうぞご自由に。さぁタツヒコさん、折角こうして再会出来たのですから一緒に行きましょう」
「えっ!? え、えっと……!」
「ちょっとアンタも何デレデレしてんのよ!」
「うわっ!」
怒りの矛先を突如変えたエルトルージェの爪撃が襲い掛かる。
辛うじて回避する事には成功したものの、今の一撃でカエデより貰った羽織の一部が綺麗に裂けた。カエデが呪術を用い鋼鉄並みの強度を誇ると言われていたが、エルトルージェの攻撃はその上を行く。
直撃すればどうなっていたか。輪切りにされた己の姿を想像し、龍彦は青ざめた顔で切り裂かれた箇所を見つめた。
「あ、貴方私のタツヒコさんになんて事を……ッ!?」
「な、なんだコレ。なんか落ちてきたぞ」
切り裂かれた部分より地面へと落ちたのは一枚の呪符を龍彦は拾い上げる。
クズノハ一族に伝わる秘術である為その模様にも似た字が何を意味しているか、それを解読する事が出来ない。だが中央に大きく書かれている文字は漢字の夢にも見えなくはなかった。
その呪符を見たエルトルージェが、不敵な笑みを浮かべながらカエデに声を投げ掛ける。
「ははーん。さてはお得意の呪術でアンタ、こいつに何かしら影響を与えてたみたいね。大方……そうね、夢の中に自分が出てきて少しずつ意識を向けさせる効果を対象に施す、と言ったところかしら?」
「くっ……」
「そ、そうなのかカエデ!?」
もしエルトルージェが言った事が本当ならば、今まで連続してカエデの夢を見続けていた事も納得出来る。三日程で気にしなかったが、それが人為的に起こされていたとなると話は別。少しずつ洗脳しようとしていたカエデの歪んだ愛情が、とても恐ろしかった。
「ち、違うんです違うんですよタツヒコさん! あの呪符はですね!」
「その態度が物語ってるわよ駄狐。やれやれ、里の長ともあろう御方が意中の相手を呪術を使って洗脳しなきゃ手も出せないなんて、情けない話よねぇ」
形勢逆転。勝ち誇った笑みを向けながらエルトルージェがカエデに挑発した。
「エ、エルトルージェさん! 幾ら貴方が長の知人とは言え無礼にも程が……!」
「……るさない」
「お、長?」
「貴女は絶対に許しませんよエルトルージェ。後少しで全てが上手く言っていたのに……」
「カ、カエデ……」
エルトルージェに負けず劣らずの憤怒の表情を浮かべ鋭く睨みつけるカエデ。クズノハの里では、あのカルナーザと大喧嘩した時ですら見せた事のなかった激しい怒りを彼女は露にしている。その姿に気圧された龍彦は数歩後退りした。
「おっと」
「あ、す、すいません……ってカルナーザ!」
「会いたかったぞタツヒコ。元気にしているようだな」
ぶつかった相手に謝ろうと振り返り、それがカルナーザであった事に龍彦は驚きの声を上げた。
連続して知人との再会。それも今一触即発の状況下で。
カルナーザが絡めばそれだけ周囲に対する被害が増大するのは目に見えている。
最悪である。そんな龍彦の心境を他所にカルナーザは純粋に再会を果たした事に喜んでいる。
「主も予選登録を済ませたのだな。ならばこの後は我と城下町を少し出歩くとしよう。タツヒコは異世界の人間だから初めてであろう?」
「ちょっとカルナーザ!」
「ん? おぉ、久しぶりだなエルトルージェ。主も今着いたのか?」
「さっきからいた……ってそんな事はどうだっていいわよ! そ、それよりカルナーザ、アンタそいつを何処に連れて行く気よ!」
「何処ってこの町の案内だが? タツヒコは将来我の夫となる男だ。ならば妻として夫を支えるのは当然の事だろう?」
「な、なんですって!」
「カルナーザさん……貴女はまだそんな寝言を言っているんですか。寝言は寝て言うものでしょう?」
「ふっ……小細工をしなければ物にすら出来ない輩と、貧相な肉体では男を到底満足させられるとは思えないがな」
カルナーザが地雷を自ら踏んだ。
二人の怒りが更に強まる。周りに居た参加者達は我先へと城外へと逃げ出し、係員も筆記用具などを放り出して姿を眩ませている。今この場にいるのは三人の修羅とそれに巻き込まれている自分ただ一人のみ。
「……無駄に胸に贅肉があっても男を満足させられるとは限らないでしょう?」
「やはり貴女はあの時里で始末しておくべきでしたよカルナーザさん……」
「やるか? 我は一向に構わんぞ?」
「ちょ、本当に俺の為に争うのはやめてくれ!」
何故少女漫画に出てくる主人公のような台詞を吐かなくてはならないのか。
手の骨を鳴らすエルトルージェ。呪符を構えるカエデ。肩を回し身体を解すカエデ。龍彦はそんな三人の間に立ち仲裁に入る。事の原因が己にあるのならば、己の身を盾にすれば彼女達は手を出してこない……筈だ。もし手を出せば嫌いだと告げればいい、そうするだけで戦意を喪失させ事を収められる。そんな確信が龍彦にはあった。
「や、やっと到着しましたぁ!」
さて、もし神様と言うものが本当に実在していたとするならば、今すぐそいつの元へと駆け寄り殴り飛ばしてやりたい気持ちに龍彦は駆り立てられた。
「えっとぉ、受付会場はここの筈なのにとっても少ないですねぇ」
気の抜けた、それでいて相手を癒す優しい声。男と言う生き物に生まれたのなら必ず視線を釘付けてしまう巨乳の持ち主である亜人の少女――居酒屋ロンモンを母親と一緒に経営しているライラ・ホルスティオが巨乳を激しく揺さぶらせながら走ってきた。
「あ、ダーリン!」
「ラ、ライラ……ってダ、ダーリン!?」
「み、見つけました~!!」
「ぐぼっ!」
胸元に飛び込んできたライラに抱き着かれた龍彦。押し退けられたエルトルージェがは蛙が潰れたような声を上げて地面へと倒される。
戦いの時に邪魔になるのでは、といつも思わせられる作中一と言わしめるその巨乳が押し付けられる。美乳のエルトルージェを初めとし、大きい部類に入るカエデやカルナーザでは到底体感する事の出来ない柔らかさと温もりが彼女の巨乳にはある。
そして落ち着く甘い匂いに包み込まれ頬をにやけさせない男性はこの世界の何処を探しても存在しないように、龍彦の頬は完全に緩んでいた。
「もう酷いじゃないですかぁ、急にいなくなっちゃうなんてぇ!」
「いや、その、色々と諸事情があったんだよ。そ、それよりライラさん? ダーリンってどう言う事かな?」
「私……ずっと運命の王子様を探していましたぁ。その王子様がタツヒコさんだったんですぅ」
「お、俺ぇ……?」
満面の笑みを浮かべるライラに龍彦は困惑の声で尋ね返す。
ライラの武術大会参加の目的は優勝する事でロンモンの宣伝を行う事と、自分の運命の男性を探す為である。
そんな彼女のエンディングではロンモンに多くの男性が花束やら指輪やら貢物を手に殺到し告白し、その様子に戸惑いながらも何処か嬉しそうな表情で牛乳を勧める――と言うところで終わる。結局ライラが誰と結ばれたのか明かされぬまま、期待していた続編も白紙になり真相は闇へと葬り去られてしまった。
そんなライラの運命の人を、龍彦はレオ・グラディウスだと推測していた。彼女の勝利画面にてレオに対し「もしかしたら、貴方が……?」と言う意味深な台詞を吐けば誰もが彼女はレオに好意を寄せていると当然考える。
故に『WILD BLOOD FIGHTER』では結ばれなかったが出る筈だった続編にて交際する展開へと繋がるエンディングがあるのだと言う仮説がプレイヤーの間で広まっていた。
ゲームでは語られなかった真相が、現実と化したこの世界でどう進展していくのか。ロンモンにて彼女の姿を目撃した時より、龍彦はずっと気にしていた。それがまさか自分になるとは、ある意味予想は出来ていたものの戸惑いはやはり隠せない。
「その王子様を見つける事が出来てとっても嬉しいんですぅ!」
「俺が王子様ねぇ……」
想像してみる。
白馬に跨り子供向けの絵本に出てくる典型的な衣装と赤いマントを纏い小さな黄金の冠を頭に被った己を想像し――あまりの不相応さに龍彦は自嘲気味に小さく笑った。
「ロンモンでタツヒコさんに助けられた時、一瞬で気付きましたぁ。この人が私の運命の王子様なんだって……」
頬を赤らめ更に身体を密着させんと巨乳を押し付けてくるライラ。周囲に誰もいなければ男として素直に抱き締め返していだだろう。だが忘れてはならない、周囲には少しの衝撃を与えただけで爆発するニトログリセリンで溢れ返っている事を。
三人の怒りが殺気へと変わった。その矛先は言うまでもなく後から現れたライラ、と抱き着かれたまま拒まなかった事が原因であろう己にも向けられていた。視線だけで人を殺せると錯覚してしまう程の殺気をその瞳に孕ませて睨んでいるエルトルージェ達に龍彦は短い悲鳴を上げる。
そんな様子に気付いていないのか、それとも気にしていないのか、ライラは猫のように甘えてくる始末。
「だから私もタツヒコさんの事追い掛けて来ちゃいましたぁ。本当は誰かと戦ったりするのは嫌ですけどぉ、タツヒコさんを手に入れる為ならなんだってやっちゃいますぅ!」
「そ、そうか……。そ、それよりライラ、そろそろ離れてくれないか?」
「嫌ですぅ」
「まったく……次から次へとなんなのアンタは。どうしてそう女の子をホイホイと寄せ付けるの?」
「そ、それは……」
「別にエルトルージェさんはタツヒコさんの事をなんとも思っていないんでしょう? なら即刻ここから退場して下さいえぇ今直ぐに」
「駄狐が何言ってるのよ。こ、こいつには……そう、色々と借りがあるのよ! だからアンタ達に好き勝手に扱われるのは迷惑なの!」
「どちらにせよタツヒコは我の夫となる男だ。誰にも渡さんよ」
「むぅぅ……! ダーリンは私のダーリンなんだから横取りしちゃダメですぅ!」
もう止められない。言葉による仲裁を諦め力ずくで止めに入ろうと刀の柄に右手を添えた、その時だ。
「おいお前達そこで何をやっている!?」
騒ぎを聞きつけてやってきたのはこの国とエルデニア城を守る兵士達だ。
「ここを何処と心得ている! 神聖なるこの城で狼藉を働くと言うならば容赦はせんぞ!」
次々と腰の剣を抜き放つ兵士達。
ここで問題を起こせば大会に出場するどころの話ではなくなってしまう。何より本気で四人が戦えば、兵士達はおろかこの城が崩壊しかねない。想い人と恩人と知人が逮捕されて牢獄に投獄される姿など誰も望んでいない。彼女達を守る為に龍彦は説得を試みる。
「ち、違います兵士さん! こ、これはなんと言うかその……」
「なんだ、まさか痴話喧嘩をしているのか? それならば他所でやってもらおうか。彼女及び彼氏のいない我々の前でこれ以上イチャつくような事をすれば国王に代わりお前達を死刑に処すぞ!」
「それ完全に私怨じゃ……い、いや今はどうでもいい。わかりました直ぐに連れていきますから! ほら兎に角皆外に早く出るぞ!」
睨み合う四人を促し龍彦は逃げるようにその場を後にした。




