第二章:双極の誓い⑥
心地良い寝息を立てて眠るエルトルージェ。改めて携帯電話のバッテリーが切れている事を心底悔やみながら龍彦は彼女の寝顔に顔をにやけさせる。
ようやく出会えた想い人。どれだけこの瞬間を待ち侘びた事だろう。
早く目覚めて色々と沢山話がしたい――何処の誰に操られていたのかを。
スカアハ曰く、強力な催眠効果を持つ魔法がエルトルージェには掛けられていたとの事。しかし人格を殺し殺戮機械のように目的をただ実行する程の強力な催眠魔法を彼女は知らないと言う。魔法に長けている人間が言うのだから、恐らくその言葉に嘘偽りはない。
世界は広い。スカアハ以上の魔法使いが何処かにいるとして――では何故エルトルージェをこの館へと差し向けてきたのか、その疑問に行き着く。
スカアハは過去、挙動不審が原因で魔女として討伐隊が派遣される失態を犯してはいるが、命を狙われたのはその一回だけだったと証言している。
百年以上も経過し、今更エルトルージェの命を狙ってとはまず考えられない。仮にそうだったとしても、わざわざ無関係の亜人を巻き込み催眠魔法を施す真似をする必要はない、また討伐隊を派遣すればいいだけの話だ。
加えてエルトルージェと一緒に襲撃してきた謎の魔物も気になる。
その答えを知っているのは、エルトルージェしか知らない。だからこそ早く意識が回復してくれる事を龍彦は静かに待ち続けた。
「何処のどいつがやったのかは知らないが……この落とし前はきっちりとつけてもらうぞ」
「ど、どう……? もう起きた?」
「いや、まだ目を覚ましてません。て言うか、そんな所に隠れてないで中に入ってきたらいいじゃないですか」
恐る恐る、と言った様子で部屋を覗き込むスカアハに龍彦は呆れた口調で返した。
「い、いいいいわ! わわわ、私はここでだだ、大丈夫だから……!」
「……スカアハさん」
自分と言う弟子と過ごす事で極度の人見知りを少しは解消する事が出来たかと思ったが、そう簡単に直す事は出来ないらしい。警戒心と恐怖心を露にしながら扉に隠れるようにしてエルトルージェの様子を伺う今のスカアハは、とても師匠と呼ぶに相応しくない。
「ん……」
「あ、目を覚ましましたよ!」
「ひっ!?」
短い悲鳴を上げてスカアハは扉を勢いよく閉じる。慌ただしく廊下を走る音が遠ざかっていき、逃げた事を理解した龍彦は深く溜息を吐くと意識を取り戻したエルトルージェに視線を向ける。
閉じられていた彼女の目が、今ゆっくりと開かれる。
「……ここは?」
「ここは深闇の森の中にあるスカアハって人が住んでる館だ。俺はその一番弟子の葉桐龍彦……龍彦が名前だ」
「アタシ……」
「お、おいもう身体を起こして大丈夫なのか?」
ベッドから上半身を起こすエルトルージェ。陽之太刀による斬撃だから命に別状はない。それでも己が斬っただけに不安にもなる。
エルトルージェが辺りを見回し、やがて何かを思い出したかのようにゆっくりと口を開いた。
「……そうだわ。アタシは、確かアイツに……!?」
「……目が覚めていきなりで悪いけど、何があったのか覚えている限りの事を教えてくれるか? 俺の師匠が言うにはお前は誰かに操られてて、それでこの館に見た事もない魔物を引き連れて襲撃してきたんだが……」
「……そう、どうやらアンタ達に迷惑掛けちゃったみたいね。謝って済む話じゃないけど、ごめんなさい」
「謝らなくていい。無関係とは言い切れないけどお前は操られていた訳だし言うなれば被害者だ。だったらお前を責めても仕方ないし、何より一番の原因はその操った奴だ。だから気にしなくていい」
「……や、優しいのねアンタ」
「いや、これぐらい普通だろ。それより今アイツって言った事は催眠魔法を掛けられる以前の記憶はあるって事だよな? 俺に詳しく教えてくれるか?」
暫く静寂が流れ、やがてエルトルージェが静かに語り出す。
――今年度の武術大会に参加すべく修行の旅を終えたエルトルージェはエルデニアへと足を運んでいた。
以前よりも遥かに強くなって挑んでくるだろうカルナーザや、まだ見ぬ強敵達と手合わせ出来る事に胸を躍らせながら一人旅をしていた時、彼女は一人の亜人と出会う。
それは果たして、亜人と呼んでいいものなのか。それが相手に対しエルトルージェが最初に抱いた心境であった。
漆黒の闇を体現しているかのような光沢のある禍々しいドレスアーマーを纏う少女。だが亜人と疑わしい理由は少女の左腕にあった。
どの亜人にも該当しないそれは、まるで魔物を思わせる異形の左腕。
初めて目にする種族。そして相手から発せられる禍々しくも強大な魔力にエルトルージェは戦慄し、同時に武術家としての魂に火が点いた。相手が何者であれ、彼女は自分に戦いを挑もうとしている。ならばそれに応えるのが武術家と言う生き物。
挑まれた喧嘩は何があっても絶対に此方から引き下がらない事を流儀としているエルトルージェは謎の亜人に戦いを挑んだ――。
「――それからは意識が朦朧としていたからよく憶えてないんだけど……薄暗い部屋に連れてかれて“この男を探し出して殺してこい”って言われたの。後はご覧の通りって訳よ」
「亜人じゃない亜人……? よくわからないな……後でスカアハさんに聞いてみるか。それにしても俺が狙いってどう言う事だ?」
「さ、さぁ……そこまではアタシも知らないわよ」
「……そうだよなぁ」
エルトルージェの話の中に登場した亜人。この亜人もまた龍彦にとってはオリジナルキャラクターである。
本編にも登場しない筈の人物が何故正規のキャラクターであるエルトルージェに接触し、命を狙わせる刺客として放ったのか。何よりこの世界に来てまだ間もない人間の命を狙われる理由も皆目見当つかない。
つかないが、相手は此方の事を知っているのは間違いない。
「他にその亜人は何か言ってなかったか?」
「べ、別に何も……あ! 確かあの男を殺す事で我が宿願が叶うとかなんとか言っていた気がするわ」
「宿願……それが俺とどう関係しているのか、さっぱりわからないな」
「そ、そんなのアタシだって知らないしなんで操られたのか聞きたいぐらいよ!」
「確かにな。いずれにしても、これはどうなるかわからなくなってきたぞ」
命を狙われていると知った以上、これ以上ここに滞在している訳にもいかなくなった。元より今日中に旅立とうとしていた身だが、長居していてはまたエルトルージェのように魔法で操った刺客を送り込んでくる可能性もある。自分の所為で無関係なスカアハまで巻き込み傷付けてしまったのは、例え加害者でなくとも責任は充分にある。
「そ、それよりアンタはこれからどうするの?」
「俺はこれからエルデニアに向かう。誰に命を狙われてるのか知らないけど、俺には武術大会に出場して優勝する必要があるんだ」
「……だったらアタシと目的は同じって訳ね。アタシも武術大会に出るつもりだったの、まぁ……ちょっと予想外の出来事が起きちゃったけどね」
「それなら一緒に行かないか? よく言うだろ? 旅は道連れってな」
折角エルトルージェに出会えたのだ。エルデニアまで一緒に旅をし、その中で関係を深めていき長年抱き続けてきたこの想いを彼女に告げたい。その欲望を必死に表に出さぬよう抑えながら龍彦は誘った。
遅かれ早かれ彼女に想いは告げる。結果がどうであろうと、告げぬままやきもきするぐらいならば玉砕覚悟で挑む。その方が後腐れなくスッキリするだろう――ただ本音を言えば、フラれたくない一心ではあるが。
「な、なんでアンタと一緒に旅をしなきゃならないのよ! 一人で行けばいいじゃない!」
「釣れないな……まぁ、断れたんじゃ仕方ないか――それじゃあ俺は一足先にエルデニアに行くとするか」
「あ、ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
「えっ?」
「ア、アタシも行くからちょっと身支度整えさせなさいよね! 冷静になって考えてみれば目的地は同じな訳なんだし、そ、それにアンタといればあの亜人に出会うかもしれないからね! 今度会ったら絶対にボコボコにしてやるんだから……!」
敗北しただけでなく傀儡として操られた事に誇りを傷付けられたエルトルージェの声には明確な怒りが宿っている。拳を強く握り締め今にも拳打を放ちそうな勢いでいる程、彼女はリベンジに燃え上がっていた。
一緒に旅を出来る歓喜の雄叫びを心の中で叫び何度もガッツポーズを取りながら、龍彦は口元を小さく歪めた。
「そ、そう言えばまだアンタに名前言ってなかったわよね! アタシはエルトルージェ、エルトルージェ・ヴォーダンよ」
「エルトルージェ……か。よろしくなエルトルージェ」
「うっ……そ、そんな顔をこっちに向けんな馬鹿!」
「えっ!? 俺なんか変な顔をした?」
「べ、別にどうでもいいじゃない! 言っておくけどあんまりアタシに馴れ馴れしくしないでよね!」
「……え、あぁ。そりゃ、勿論……」
「あ、その、えっと……」
狼狽えるエルトルージェに龍彦は俯かせた顔を、にやけさせていた。
エルトルージェは所謂ツンデレキャラ……それも古典的なタイプのツンデレであると言う事がわかった。
その証拠に刺々しい態度を取っているエルトルージェに此方がワザと落ち込んだ素振りを見せると、慌てふためいた様子で必死にフォローする言葉を探している様子だが、まだ見つかりそうにない。その事に彼女自身も焦りを感じているのか、尻尾や獣耳も心なしか元気を無くしたように項垂れていた。その反応は実に男心をくすぐらせる。
これ以上意地悪をして泣かれても困る為、俯かせていた顔を上げて龍彦は落ち着かせようと口を開いた――その時である。
突然蹴り破らん勢いで扉が開かれ逃げ出したスカアハが部屋へと踏み込んできた。その手に携えた一条の槍の穂先を、エルトルージェに向ける。
「タタタタ、タツヒコはわわわ、私のたたた……大切な弟子なんだから!! 勝手に連れて行っちゃ駄目!」
「ちょ、落ち着いて下さいよスカアハさん! エルトルージェはもう操られていないんだから槍を向ける必要はありませんから!」
「はは、離してタツヒコ!」
「な、なんなのよアンタいきなり! 操られて確かにアンタをボコッちゃったのは悪かったと思うけどべべ、別にアタシはこいつの事なんかどうでもいいし!」
「うううう、嘘よ嘘よ! 私からタツヒコを奪う気でいるじゃない! この泥棒狼! 貧乳女!」
「なっ……! ア、アンタ人が気にしている事をよくも……! 絶対に許さない!」
「許さないのはこっちもなんだから!」
「ちょ、おい二人共喧嘩するなって!」
止めに入るが、既に取っ組み合いを始めるエルトルージェとスカアハ。
そこには武術のぶの字もへったくれもない。罵声を浴びせながら髪を引っ張り、腕に噛み付き、頬を引っ掻いたりとやっている事は正に女の争い。スカアハに至っては何の為に槍を持ってきたのか疑問を抱かざるを得ない。
人生初のキャットファイトと、人見知りの激しいスカアハがエルトルージェを前にしても口篭らずしっかりと罵声を浴びせ返しているその成長ぶりに感心しつつ――鞘に収めた状態で二人の頭部を唐竹に刀を打ち込んだ。
「それじゃあスカアハさん、今まで有難うございました」
「うぅ……タツヒコォ……」
「だ、大丈夫ですって! 武術大会が終わったらまた必ず遊びに来ますから。約束の指切りしましょう指切り」
「……指を一本置いていってくれるの?」
「そんなスプラッターな事はしません! 普通に小指同士を絡ませるだけですよ!」
最後の最後まで別れを渋るスカアハをなんとか説得させ、龍彦は指切りを交わすと踵を返しスカアハの館を後にする。背後から強烈な視線と啜り泣く声が聞こえてくるが、気に留めない事にした。
動物達に見送られ時に魔物に襲われながら進み、深闇の森を抜ける。
「ちょっと遅かったじゃない。このアタシを長時間待たせるなんてどう言うつもり?」
入口の前で腕を組み不機嫌そうに眉を顰めたエルトルージェが待っていた。
スカアハを納得させる為として、エルトルージェに先に深闇の森を抜ける事を提案した。気が強い性格をしている為何故自分が退かねばならないのかと抗議の声を上げたが、なんとか説得し渋々ではあるものの彼女を了承させる事に成功した。
最後の最後まで文句を口にし、去り際にスカアハから貧乳と罵声を浴びせられ取っ組み合いの喧嘩を再び始めたが唐竹打ちで強制終了させた。
「仕方ないだろ。これでも色々あったんだよ――それじゃあエルデニアに行くとしますか。もうそんなに時間はないだろうしな」
「そうよ。アンタがグズグズしてなかったらもっと余裕があったのにね」
「……じゃあ先に行けばよかったんじゃ」
「う、うるさいわね! アンタにはその、そう一応借りがあるからそれを早く返したいだけなの! もしアイツがアンタの前に現れた時一人じゃ厳しいだろうから……って何よ文句あるの!?」
「何も言ってないっての。でも確かにエルトルージェがいると心強い事には違いないな。頼りにしてるぞ」
「ふ、ふん! アタシはアンタなんかどうなってもいいんだからね!」
顔を背けさっさと歩き出すエルトルージェ。言葉は相変わらず刺々しいが、頼られている事を喜んでいる事を彼女の尻尾が素直に語ってくれている。
ツンデレなエルトルージェはやはり俺の嫁、と彼女の後ろ姿に頬をだらしなく緩めさせながら龍彦はその後を追った。




