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モノクロだった私の世界に  作者: 高崎悠里


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3/5

「また明日」

 眠い。

 眠たすぎて、あくびが止まらない。

 昨日は、あまり眠れなかった。

 何時に寝たのかは分からない。

 少なくとも、いつもより遅かったのは確かだ。

 眠りについた瞬間のことも覚えていないから、たぶん途中で急にシャットダウンしたのだと思う。

 授業はひとまず、ノートを取ることだけに専念した。

 理解しようにも、今の頭ではまともに働いてくれそうにない。

 今日のところは記録だけ残して、理解する作業は明日以降の私に全てを任せることにした。

 今日が午前授業でよかった。

 午後まで続いていたら、たぶん耐えられなかったと思う。

 いや、もしかしたら傍から見れば、すでに耐えられていないのかもしれないけれど。

 ノートの字も、いつもより少し揺れている気がする。

 その判断すら、今の私には危うかった。

 視界の端に、四つ折りにされた小さなメモが入った。

 飛んできた方向からして、右隣の彼――水瀬くんだ。

 メモを開くと、そこには『寝ろ』とだけ書かれていた。

 そのあと、水瀬くんが小声でひと言。

「ノートは取っておくから」

 その言葉に安心したのか、張りつめていた何かがぷつりと切れた。

 次の瞬間、目の前が真っ暗になった。

 次に意識が戻ったのは、その授業が終わったあとの休み時間だった。

 チャイムが、今日の私の目覚まし時計だった。

「おはよう、葉月さん。よく眠ってたね」

 話しかけてきたのは、隣の席の彼の友達――櫻葉だった。

 水瀬は頬杖をつきながら、こちらを見ていた。

「うん。おはよう。水瀬くん、ごめんね。迷惑かけちゃった」

「いや……頭が上下に揺れすぎて気になっただけ。俺の気が散るから」

「蒼、言い方っ」

「ううん、大丈夫だよ。事実だろうし」

「葉月さん、優しすぎ……。言い返してもいいんだよ?」

 私は苦笑いを返した。

「少し寝たから、スッキリしたよ。ありがとう」

「四十五分、ガッツリ寝てたからな」

 そう言って、水瀬はノートを手渡した。

 ノートには授業の内容がきちんとまとめられていて、字も綺麗だった。

 彼の性格からは、少し意外に思える筆跡だった。

「字、綺麗でしょ。意外じゃない? こいつの性格的に、もっと雑な字を書くイメージあるでしょ」

「おい」

 私の心を見透かしたように話す櫻葉に、少し驚いた。

「あ、ビンゴ?」

 ニヤリと笑う櫻葉の隣で、水瀬はため息をついた。

「はいはい。所詮、俺は雑でダウナーでクソ人間ですよ」

「そこまで言ってないじゃん」

「思ってないとは言ってない」

「揚げ足を取るな!」

 また始まった二人の掛け合いを見ていると、なんだか心が落ち着いた。

 昨日とは、大違いだ。

 彼らは、私が寝不足になった理由を聞かなかった。

 そして、私も何も言わなかった。

 出会ってからまだ数日しか経っていないからかもしれない。

 けれど、それは彼らなりの気遣いだったのかもしれない。

 ノートは、写真に撮らせてもらった。

 写すためにずっと借りているのは申し訳ないし、彼の勉強に支障が出てしまうのも嫌だった。

「写真撮らせてもらったから、返すね。ありがとう」

「ん」

「今日、大丈夫? 一人で帰れる?」

「うん。大丈夫だと思うよ」

「そっか。気をつけてね」

 授業開始のチャイムが鳴り、櫻葉は急いで自分の席へ戻っていった。

 次の授業は自習だった。

 どうやら担当の先生が、インフルエンザにかかったらしい。

「よかったな。寝られるんじゃない」

 隣から、こそっと声がした。

「ううん、もう大丈夫。だいぶ寝たから。……あの、さっきの授業で先生、私に何か言ってなかった? 大丈夫だった?」

「いや、特に。他にも寝てるやついたし、スルーしてたと思うけど」

「そっか」

 よかった、と言うのも違う気がするけれど、見逃してくれたのは助かった。

 あの時間がなかったら、今こうして起きていられなかったかもしれない。

 ノートを写し終えたあとは、その内容を読み込んだ。

 授業初日ということもあって内容はまだ薄く、それほど時間はかからなかった。

 隣の彼は、机に突っ伏して寝ていた。

 先生はいないので気兼ねする必要もなく、堂々と睡眠を貪っている。

 それぞれが思い思いに時間を使いながら、自習の時間はゆっくりと過ぎていった。

 放課後。

 周りの生徒がぱらぱらと教室を出ていく頃、隣の席には櫻葉が来ていた。

「今日どこ行くー?」

「あー……とりあえず飯。腹減った」

「ラーメンでも行きますか」

「ん」

 その会話を聞いているうちに、私もラーメンが食べたくなった。

 最近はこってりしたものを食べていなかったし、ちょうどいい。

 家に帰る前にスーパーへ寄って、ラーメンを買う。

 今日の帰宅ルートは、それで決まった。

 私は鞄を持ち、二人に声をかけた。

「今日はありがとう。また明日」

 二人はこちらを向き、それぞれ返事をしてくれた。

「うん、また明日」

「おう」

 私は教室を出て、バス停へ向かった。

 バスはちょうどよく、私が到着してすぐに来てくれた。

 車内は、同じように帰路につく学生たちで溢れかえっていた。

 座席には座れなかったため、ほかの人と同じように通路に立っていた。

 車内に鳴り響くエンジン音。

 不規則に揺れる車内が、今の私には心地よかった。

 気を抜いたら、また眠りに落ちてしまいそうな気がした。

 私の心は、家に帰ればゆっくり眠れるという安心感と、ここで寝るのはまずいという危機感とで、なんとも複雑な状態になっていた。

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