第8話
あたし、エルマはウキウキで食卓にご飯を並べていた。コップに入れた温かい血とちょっと焙ったかりかりの耳、そしてなんといっても太ももの丸焼き。匂いを嗅ぐだけでお腹がなりそう。
「おいまじか。おまえそれ食おうってのか。ここで食おうってのか」
ガクが口を手で押さえながら言う。吐きそうにしてる。
「ガクのご飯も美味しそうだね」
「お前のは食欲失せるどころか逆流しちまいそうだがな」
そっか、人を食べるって、普通は気持ち悪いことなんだっけ。
「だめ?」
「だめっつーか、勘弁してほしいっつーか。クラリなんて食卓座ってからずっと失神してるぞ。メビ子のやつは姿見えねえし」
「……そっか」
せっかくみんなでご飯食べれると思ったのに。でも、ガクが嫌なら仕方ない。
アタシがご飯を下げようとするとガクは慌てて椅子に腰かけた。
「お、おい、どこ行くんだよ。まあ、なんだ。早く座れよ。火通してるしぱっと見普通の肉に見えなくもないんじゃねーか? これはトマトジュースっぽいし、太ももは手羽先みたいだ。耳は……うん、耳だな、うん」
なんだか早口だ。アタシはすぐに席に座り手を合わせた。
食卓でご飯を食べるって新鮮だ。皿に乗ってるだけでもなんだか美味しく感じる。
半分くらい食べ進めたところで隣を見るとガクはもう食べ終わっていた。
「食べ方どうにかなんねーのか? 食いもんも十分すぎるくらいグロイが食べ方もグロすぎる。めちゃくちゃ血飛んでんぞ」
「食べ方って――」
「ほらじっとしてろ」
「むぐ」
ガクがハンカチでアタシの口を拭ってくる。
「ほら、フォークとナイフはこうやって持つんだよ」
食べ方なんて習ったことないし人とご飯食べた記憶なんてもうないから新鮮だ。
「でも、ここにも口があるんだよ? 手でパクってしちゃった方が早くない?」
アタシの掌にはもう一つの口がある。ぱくぱく動かして見せると、ガクはちょっと引いていた。なんでだろう。可愛いのに。
「早いかもしれねえが隣でんな食い方されたらたまったもんじゃねえって。このままだと、お前だけベランダでごはん食うことになるぞ?」
「イヤ!」
「だろ? だったら綺麗に食べる練習をしてくれ」
ガクは意外と綺麗好きなのかもしれない。帰ってきても靴下ぬぎっぱにしないし、手洗いうがいもしてた。なんなら、アタシたちが脱ぎ捨てた靴をきれいに並べていた。
それに綺麗な顔してる。目は死んでるけど。
思わず顔を見つめているとなんだか、不思議な気持ちになる。
(唇も美味しかったけど、耳が……耳がかわいい……おいしそう)
「おい聞いてんの――」
「――がぶ」
「ぃってええええええええ!」
つい飛びついて嚙んじゃった。やっぱりコリコリしてて、ちぎって食べたらおいしいだろうなぁ。
「いてえっ、いてえよぉっ! え、おれの耳ついてるっ? ついてるよなっ?」
「噛んだだけだよ。それにぶくぶくなって治るじゃん」
「普通に痛てえんだよ! 痛いのは嫌いなの!」
涙目のガクがなんだか可愛い。
「もうやんねえ! 風呂入るわ!」
怒らせちゃった。ガクが離れて行っちゃう。
悪いことをしちゃったらしい。こういう時はどうしたらいいのか分からない。
「――――はっ、ボク、今まで何を……あ、ご飯食べなきゃ―――ぎゃっ! ぐろっ! ぶくぶくぶくぶく」
目を覚ましたクラリんがまた失神した。
*
風呂から上がってホールのテレビを見ていたらガクがむっとしてこっちにやってきた。
「……髪乾かせよ。ソファ水浸しじゃねえか」
「かわかす?」
アタシが首をかしげるとガクは舌打ちをして台所から何かを持ってきた。
「ここに座れ」
ソファから降りて座るとアタシの後ろにガクが座った。するとどらいやー?で髪に風を当ててくれる。
ガクの細い指がなんだか気持ちいい。自然と力が抜けて、ガクに体重を預けた。温かいし、とっても安心する。ずっと、こうしていたい。
ガクは一瞬びくっとしたけど、変わらず髪を乾かしてくれる。
「……女にとって髪は大事なものなんだ」
「なくても生きていけるよ?」
「そういうことじゃねーよ」
口調が刺々してるけど、手はとっても優しい。
アタシは顔を上げてガクを見上げた。
「えへへ、アタシいまたのしい。ガクもたのしい?」
「楽しかねえよ、ほら前向け」
ガクはアタシを見て、またむっとして強引に頭を掴んで前を向かせてきた。
なんだか、時間を忘れちゃいそうになる。さっきまで一生懸命見ていたアニメも、今は頭に入ってこない。
「ガクはいろんな人の髪を乾かしてるの?」
「なんだそれ。自分のしか乾かさねえよ」
「じゃあガクって髪乾かす天才だね。すごー気持ちいいもん」
ガクはドライヤーを止めて、今度は櫛で髪を梳いてくれる。
「それは……世話しなきゃならねえ人がいたんだよ。そのせいだ」
ガクのこの表情、何回か見た。なんだか苦しそうで悲しそうで、アタシもなんだか悲しくなる。
(なんでこんな顔するんだろう。もっと楽しんでほしいのに……)
アタシはのけぞってガクの頬に触れる。ガクは顔を赤くしてそっぽ向く。
「……なんだよ」
「【錆を喰らう(エルミ・イータ)】」
アタシの両手から淡い光がにじみ出る。眉に寄った皺が消えていく。
胸の底に、すごく苦くて冷たい『味』が広がる。
「落ち着くでしょ」
「……ちから、か」
◇
【転生症候群:喰種の転生者――エルマ】
「食べる」力。二つ目の口で触れたものの情報体を食べることができる。食した情報体の性質が良質であれば健康的・精神的にプラスの効果があり、悪質であればその逆、マイナスの効果をもたらす。
◇
ずん、とお腹の底にイガイガしたものが溜まる。
だけどそんなことお構いなしに、緩み始めたガクの頬をむにむに掴む。
「ひゅあ、ひゅあめほぉっ」
「くひひひひっ、かわい」
「っ」
ガクは手を振りほどいてそっぽ向いてしまった。
でもガクには笑って欲しいの。
「あ、見て見て。アタシのお気に入りの子がヒーローにやられそうになってる」
五人のヒーローとぼろぼろのお気に入りの子。絶体絶命の大ピンチ。
「がんばれーっ! ねえガクも応援しよ!」
「……しねえよ。負ける流れだろこれ」
「……え、ひど」
なんだか悲しい気持になる。
するとガクはぽりぽり頭を掻きながら気まずそうに言った。
「……これは創作物だ。見てるやつが応援するのは大抵ヒーローだから、ヴィランは負けるようにできてんだ。ヴィランが勝っても誰も喜ばないからな」
そんなこと分かってるよ。どうせ最後には負けちゃうことも。
「でも、この子は一番辛いときに笑ってる。この子が一番人生を楽しんでる。だから勝ちだね」
「どうだかな」
「そういうもんなの。『ヴィランの掟』を貫いた人が、とびっきりの優勝なんだよ」
「ヴィランの掟? なんだそれ」
アタシは咳払いしてから声を上げる。
「ヴィランの掟、第一条! どんな状況でも誰よりも楽しそうに笑うべし! ちなみに第二条以降は考え中ね」
ガクは黙り込んだ。無理はないね。素晴らしすぎて声も出ないんだ。
「じゃ、終わり。次からはちゃんと自分で乾かせよ。風邪ひくからなー」
「ちょっとぉっ!」
ガクが離れていっちゃう。慌てて立ち上がる。
(あれ、意外と小っちゃい)
こう見ると、ガクとはあまり身長は変わらないみたい。それに歳も同じくらいだって言ってたし、というかアタシの方が一つ上だっけ。
と、ガクを見つめてて黙っちゃってた。いけない。
「とにかく、ガクは笑うの! わらってみるといいの! 笑ったら楽しいって思えるから! こんなふうに!」
アタシは人差し指で頬を吊り上げて、にっと歯を見せて笑う。
「あぁ、気が向いたらな」
そう、笑っていればアタシたちは負けじゃない。可哀そうなんかじゃない。
だから、明日でも明後日でもそのまた次の日でも。たった一日でいいから、ガクが楽しいって笑える日が来てよ、って人でなしの神様に願ってみることにした。




