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第9話

 喫茶店の屋上、夜空には薄い雲と三日月が浮かんでいた。


 コンクリートの床に腰を下ろして煙草に火をつける。

 おもむろに刀を召喚?する。

 ぱっと見真っ黒な刀。鞘、刃共にすべてが漆黒だ。だが、目を凝らすと意匠がされているのが分かった。


(これは……黒くなっちゃいるが先生が振ってた――)


「転生。それを救済と呼ぶのは、あまりに無知な感傷である」


 声と共に姿を現したのは細身の女、桜メビ子。


「異鋲聖書の一節だ。知ってるだろうがなァ」


 メビ子も煙草を取り出して吸い始めた。くらっとするような重いタールの香り。


「何しに来やがった」


「私の行動一つ一つにてめえが理解できる理由があると思ったら大間違いだァ」


 傲慢な奴。嫌いだ。


「転生者は往々にして『呪い』を抱えてやがる。どうだ? てめえにかかった『呪い』の正体がなんだか、少しは分かったかァ?」


 呪い。エルマにおける食人衝動がそれにあたる。彼女は人しか食べることのできない呪いを植え付けられた。それゆえに、彼女は食べた異能者の能力を扱えるとも言っていた。

 だから、己に掛けられた呪いを知ることが、つまり力への理解を深めることにつながる。


「大抵の人間は後悔を抱えて死にやがる。だが転生ってのはそんな当たり前の不条理を覆す機会と言ってもいい。てめえは転生という機会に、相応のもんを支払ったのさァ」


「相応のもんな、見当もつかねえよ」


「そうだ、魂の再起に見合ったもんなんてそうそうねえ。腕の二三本じゃぬるい、自分の命じゃまだ足りねえ、じゃあてめえは果たしてどんなもんを差し出したのかァ。あぁ、これだから転生者はイカれてんだ」


 楽しそうに彼女は笑う。


「つくづくおまえが何をしたいのかわかんねえな。そんなことを俺に話して何をさせたいんだよ」


 メビ子への得体の知れない嫌悪感の正体が知りたいと思った。


「させたい、じゃねえ。てめえには覚悟が必要ってだけだァ。自分が望まない方へと堕ちていく覚悟が、私の栄光を隣で眺める覚悟が、私と共に革命を起こす覚悟が」


 メビ子は煙草を吐き捨てて踵を返す。


「てめえらは舞台を用意すんだ。アタシが輝ける最高の舞台を。期待してるぜ。せいぜいボス戦までにステータス上げとけよ」


 メビ子はそう言い残し去って行った。


 『正解』はなんだ、『間違い』はどれか。


 俺がやるべきこと、それは『正しい』に決まってる。先生を穢した悪へ刃を向け、奪われた魂を取り返す。すべては先生――日幸サガリ、たった一人の家族のために。


 そのためなら悪魔とだって手を組んでやる。

 きっとこの道を進んでも、いつしか憧れた姿にはなれない。

 それどころか、身体だけでなく心までも心から軽蔑する化け物になっちまう日が来るかもしれない。


 俺は煙草の煙を吐き出して、異鋲聖書の一節を思い出す。



 転生。それを救済と呼ぶのは、あまりに無知な感傷である。


 その本質は、終わることのない断罪。あるいは、世界が強要する激情への執念。


 故に、賢明なる先人たちは、この理不尽な業を忌むべき病と定義した。


――転生症候群。


 地獄は、死の先ではなく、生の始まりにこそある。


   *


 翌朝。喫茶店の二階、その一室で目が覚めた。


 両隣の部屋にクラリとエルマ、向いの大部屋にメビ子。気を休めることはできなかったが、睡眠は取ることができた。


(…………なんか、重い)


 身体が重くて起き上がろうにも上手く行かない。おぼつかない目をこする。


(なんだ……なにかが俺の上に……)


 だんだん視界が明瞭になっていく。


 布団がむっくりと膨らみ、誰かが俺に馬乗りになっている。そうか、誰かが俺に馬乗りに…………。


「あ、お、おはようございますぅ、ガクさん」


「え、あ、おはよう」


「…………」


 そうか、クラリが馬乗りになってたのか。そうかそうか、彼女が馬乗りに……ん?

 この違和感を理解するより前に、新たな違和感をキャッチした。


「…………?」


 腹部になにかが当たっている。そりゃ、クラリが馬乗りになってるんだから違和感しかないのだが、その、感触に違和感がある。


 クラリの恍惚とした表情から視線を下に移していく。視界の端にゆらゆら揺れる尻尾のようなものが見えたが今はそれどころじゃない。なんならクラリの頭に角のようなものが生えているようにも見えるがそれどころではない。


 視線を下ろした先、むき出しの真っ白の太もも。思わずドキッとする。


 しかし、その太ももの付け根。


 ――――ピンク色のハーフパンツが『もっこり』と盛り上がっていた。


(え、あれ…………これ、どんな状況…………てかこの子って女の子じゃ、え、じゃあこのもっこりしてるものは……)


 ようやく、回り始めた頭が急速に危険信号を発信する。びーびーと脳内で警報アラートが発令。全身から血の気が引くとはこのことか。


「あ、あの、ガクさん……さ、鎖骨、可愛いですぅ…ガクさぁん」


(やべえっ! わけわからんけどとにかくやばいっ!)


 すりすりと腰を揺らし、『もっこりしたそれ』をこすりつけてくる。頬を朱に染めて虚ろな目で迫ってくる。

 ようやく頭が理解した。

 これって、結構かなりやばい状況だ。


「ガクさぁん、ぼ、ボク……ぼくガクさんとっ」


 やられる。殺られるじゃなくて、ヤられる。それも『おとこ』にっ!


「ぎゃああああああああああああああああああああっ――――!」


 男の娘から貞操を守るために全力で叫び声をあげた。最悪な目覚めだった。



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