第10話
「ぎゃははは、それは朝っぱらからぶち犯してやがんなァ」
朝、喫茶店のホール。食パンをかじりった桜メビ子が荒い笑い声をあげた。
「ご、ごめんなさいぃっ、ボク、抑えられなくてっ、うぅ、ボクをこの鞭でっ!」
「いやもういいから。全然よくないけど鞭はいらねえから」
クラリは泣きながら鞭を閉まってホットミルクを啜る。
「こいつは人の精力を吸うことを強要されちまってんのさァ。最近ちから使わせまくってたから溜まってんだよ」
「はいぃ、溜まっちゃってますぅ。女の子でも男の子でもどんと来いですぅ」
「だからって絶対無理だからな?」
今朝方、この変態メイドに夜這いならぬ朝這いされ危うく貞操を奪われるところだった。しかも男に。見た目は儚げな女の子なのに。
「クラリんも転生者ってことだよね。昨日まではふつーの女の子にしか見えなかったけど」
「はいぃ、力使ったり溜まってきたりするとこうなっちゃいますぅ」
角が二本と先端にハート型の何かがついた尻尾、おまけに翼まで生えている。
「まあ落ち着けよガク。一回だけだァ、一回だけ契ったら解決すんだ。減るもんじゃねえだろ?」
「だいぶ減るだろ! 一生捨てる予定のねえもんが奪われちまうところだったんだぞ」
隣のエルマは「契るってなに?」と聞いてくるがスルーさせてもらう。
「あ、それなら心配しないでくださいぃ。ボク、周期的に性別変わるので」
とんでも人間だな、おい。
これからはクラリとは一定の距離を取っておこう。戦闘能力がなくても危険すぎる。
「いい判断だなァ。まあ契ってたらてめえは今頃死んでたからな」
「今頃死んでました」
「そんな理屈だよ。あっぶねえ、アレで終わりとか死にきれねえよ」
クラリも転生者ということだから、そのくらいの力があっても不思議ではない。というか、この場の四人中三人が転生者というのは改めて異常だ。
加えて、有数のヴィラン組織の人間と一緒に朝食を食べるという状況も異常だ。
「え、そんで、アタシたちこれからどすればいいの? 《ベルエム》の皆に自己紹介とかしに行く?」
んな気楽なとこじゃねえだろ。
「まずは任務をこなして貰うぜェ。今握ってる任務を遂行しなきゃ、神器うんぬんじゃなくなっちまう」
任務、というのはつまり桜メビ子が《ベルエム》で受け持った仕事ということだろう。
「てめえらを拾ったあの日、ほんとは別任務の最中だったァ。だが、てめえらと出会ったことで任務をほっぽり捨てちまった。まずは、てめえらがベルエムで認められる必要がある」
メビ子はフォークを置く。
「てなわけで、早速てめえらに任務を下す。使徒が冥主に力を示す機会だぜェ。喜びやがれ」
メビ子はフォークを置いた。
「――――《ナキ食聖教》、神父ネリッタの捕縛。それが今回の任務だァ」
*
「なんであいつの尻ぬぐいすることになってんだよ、まったく」
この協力の本質は、メビ子と俺の間の明確な力関係だ。目的は同じであるが、メビ子が俺と手を組むメリットと、俺が彼女と手を組むメリットの大きさは等しくない。一明らかに俺が協力を願う形である。
それを彼女も理解している。彼女は使徒だのなんだの言っていたが、彼女にとって俺が手を組むに値するかを証明しなければならない。
その機会を今回与えられたというわけだ。たぶん。
「ガクの友達さんは本が好きなのかな」
「友だちじゃなくて協力者だ。ここはただの隠れ蓑だよ」
俺たちがやってきたのは都心の一角に佇む大図書館。立体的な作りの内装と本で敷き詰められた棚。貯蔵する本の数は世界でも有数だ。
一番ひとが多いルームは見通しが良く座席も多いが、聖書や記録、歴史書のあるフロアを進むほどに背の高い本棚が迷路のように入り組んでいる。
「なーんだかむつかしそうな本ばっか。頭痛くなっちゃう」
「文字は読めんのか?」
「語り合う時は拳でッ、だろ!」
どうりでこいつの思考は理解できないんだな。能筋だから。
「ねね、ていうかさ、神父ネリッタさんの捕縛、とか言ってたけどあの教会に普通にいるんじゃない?」
「それはねえな。《ナキ食聖教》は神出鬼没。教会もいくつあるかわかんねえから、あそこにとどまるのはリスクしかねえ」
ほへー、と聞いてんのか分からん返事が返ってくる。
「それに何と言っても神父が持ってる神器が厄介だ。詳細は不明だが信者の数がえぐい。無計画で戦闘になっても数で押されてじり貧になっちまう」
「へー、神器ってなんだかすごーって感じだね。転生者の身体から作ってるとは思えないよ」
神器はいわば転生者の身体を加工してできた武器。希少性の高い転生者が社会から嫌われるだけでなく、多くの人間から命を狙われるのはそれが原因だ。
「おそらく今回の任務は神父を生け捕りにして神器を強奪するのが魂胆だろうぜ。《ベルエム》らしい強引なやり方しやがる」
「それだったら殺しちゃった方が早くない?」
確かに神器をただの道具ととらえているのならその通りだ。だが。
「神器によっては契約者が異空間から自由に出し入れできんだ。仮に異空間に神器があるまま所持者が死んだら、神器は手に入らねえ。だから、取引でも拷問でもして神器を奪うつもりだろうぜ」
俺は入り組んだ迷路の突き当りに佇む巨大な本棚を前にする。
「だから手がかりを見つけてもらうんだよ」
俺は整列した本を順番通りに奥に押していく。右右左右上下上下……相変わらず長いな。
すると――。
「ひょ~っ! すごーっ! かくし扉だっ! かっけ~~~!」
「ちょっ、大声出すなって。ここがばれたらあいつが死ぬ」
突き当りの本棚が近未来チックに移動し地下へと続く階段が現れる。
俺たちはその階段を下っていく。
階段の先、厳重な扉についた赤いボタンを押す。
ぴんぽーんというチャイム音から数秒遅れて、インターフォンから声が聞こえる。
『……は、ハンバーガーはそこ置いといて、ください。え、えっと、ピクルスは、抜きですか?』
「ウーバーじゃねえって」
てか、ウーバーこんなとこまで運ばせたらダメだろ。隠れてる意味ないじゃん。
「え……あ、家賃なら先月分もまとめて払ったの! もう取り立てに来ないで! もうっ、もうあんな怖い思いヤなの!」
「大家じゃねえって。てかここ賃貸なのな」
話が進まないので切り出す。
「俺だよ。九十九ガクだよ」
「ぇ……ガクって、あのガク?」
「あぁ」
「ヌンのことをゴミ同然にしか見てなくて、顎でヌンに過重労働を強いるあの悪魔?」
悪かったよ悪魔で。
「……あっ、あのとき、死んじゃってっ」
「あぁ、一回死んじまった」
扉の向こうからどたばた足音が近づいてくる。そして、どか、と扉が勢いよく開いたかと思うと小さな何かが俺を押し倒す。
「ぃってぇ……」
「ずびゃぁ~~~~~! いぎでる~~っ! ガクがぁいぎでるぅ~~~~~~!」
涙と鼻水まみれの顔で泣き叫ぶ白衣姿の小さな少女――ヌン。
「いぎでるぅ! にゃんでっ! それにその女……ぎゃっ! ガクを食った化け物! にゃんでっ!」
大号泣でおろおろする小動物はその天才的な頭脳でも状況を理解できなかったらしい。
「この子が情報通さん?」
「そ、全国指名手配中の大ハッカー、ヌンだ」
「いぎゃっ、おんな! きもいぃっ! 手に口きもいぃっ! 近づけんじゃないの! 離れるのぉ!」
終始取り乱していたヌンが落ち着くまでかなり時間が掛かった。




