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第11話

 ヌンの部屋には無数のモニターとキーボードといういかにもハッカーっぽいコーナーのほかにアニメやゲームのグッツが無数に転がっていて生活感が漂っている。


「あらためて、こいつはヌン。いろいろ便利な奴だ」


「いろいろ便利で可愛くて愛いやつなの」


 ヌンは基本無表情なので冗談かどうかの判断がしにくい。


「アタシ、エルマ。ガクとは仲間? ま、よろしくねヌンヌン」


「…………ふん。ヌンヌンって呼ぶな。ヌンの名前はヌン」


 エルマが差し出した手をスルーするヌン。なんだか険悪だ。

 俺はそのまま事の経緯を説明した。死んで転生したこと、その後メビ子に救われ手を組んだこと。


「とりあえずガクが生きててよかったと思わなくもないの。ヌンを守ってくれるナイト


はガクしかいないの。求人サイトで応募かけたけどヌンに見合う男はいなかったの」


 野蛮すぎるだろその求人サイト。


「神父ネリッタについては丁度調べてたところ」


「ほんとか? なんでまた」


「腹いせなの。場所を突き止めた暁には殺し屋軍団でも送り付けようかと思ってたとこなの。あのクソジジイ」


 ヌンがイライラした様子でポッキーをかじる。


「それにヌンのナイトには生きててもらわなきゃこまる。転生してちょっと中二臭くかっちょよくなったからって調子乗らないの」


「へいへい、肝に銘じておくよ」


 ヌンの協力を取り付けられたのは大きい収穫だ。神父を見つけ出すのも時間の問題だろう。


「それで……メビ子とかいう奴と手を組むのはちょっと意外ネ。ガクはそういう奴大嫌いだと思ってたの」


 あぁ、その通りだ。俺は悪党が大嫌いだ。


「目的のために手を組むだけだ」


「確かに、ヌンが調べても得られなかった情報だからしょうがないけど……ガクのこと考えるといい気はしないの」


「あんな人種と仲良くやれって方が無理な話だろ」


「そういうことじゃないけど。まあ気に食わなかったら即ぶっ殺すが吉。これぜったい」


 考え方が物騒だが間違いではない。今のところ目的は同じだが、メビ子の考えは分からない。今後それが変わるようなことがあれば容赦なく殺す。


「まあそこらの話は分かったの…………でも問題はその女」


「え、アタシ?」


 話の矛先がエルマに向く。


「ヌンは必要だとは思えないの。むしろ危険」


 ヌンはエルマを睨んだ。


「ガクが転生したところで、おまえがガクを殺した事実は変わらないの。加えて素性もわかない胡散臭い女、消しといたほうがいいネ」


「おい、ヌン」


 険悪な空気が流れ始めたので止めに入るがヌンは聞かない。


「ガクが腐れ口叩きながらもなんだかんだ甘やかすから許された気にでもなってるの? おまえはガクを殺したの。ガクの目的も苦労もすべて、おまえが台無しにするところだったの。そんなおまえがどうしてのほほんとした顔でガクの隣歩いてるの?」


 ヌンの見たこともないような声音の低さに驚く一方、エルマはきょとんと首を傾げた。


「おまえはガクと協力する資格何てないの。早々に身を引けなの」


 ヌンの辛辣な言葉にエルマは考え込むように顎に手を置いた。


「んー、なんだかヌンヌンの言ってることよくわかんないけどさ、ガクがあんなところで終わっちゃうわけなかったと思うンよ」


 ヌンは言葉の意味を理解できず眉をひそめた。


「だってさ、ガクは絶対に復讐したいんだよね。そんな気持ちがあんなとこで終わるなんてさ、面白くないじゃん。ありえないじゃん。だからガクは生きてるんだよ」


「この女……」


「負けないんだよ。ガクのその執念はあんなとこで終わるべきじゃないもん。そんなの誰だってわかるでしょ。だからガクは大丈夫だよ」


 ヌンがエルマの反応に目を見開いた。


「安心してよ、ヌンヌン。ガクは何があって負けないから」


 エルマには多分、一般的な倫理観が欠如しているんだ。常人の考え方じゃない。多分、俺が蘇らなかったら、エルマは俺のことなど気にも留めていなかっただろう。


「ガク、こいつイカれてるの。とんでもなくバグってるの。合点が行った。どうりで人間を食べるわけなの。そんなこと普通の頭の持ち主にはとうていできな――」


 ヌンが言おうとしている言葉を理解して、俺は何とも言えぬ感情に駆られた。


「――カリカリすんなって。食物繊維たりてねーぞ」


「むにゅっ!」


 ヌンの口に野菜ジュースの飲み口をねじ込む。


「にゃっ、にゃにするの!」


「こいつがここにいんのはメビ子が仲間に引き入れたからだぜ。それ以外になんもねーよ。それに転生したら味覚変わんだよ。俺だってなんにでも七味かけたくなっちまったぜ」


「…………それは元からなの。ガクの舌はもとからバグり散らかしてるの」


 ひでえ。


「それに、こいつが好き好んで人間しか食えねえ身体になってるわけねーだろ。運が悪かったんだ。わかるだろ?」


ヌンは申し訳そうな顔をした。


「……うん、そうなの。ごめん。一応は協力相手なの……よろしく……」


「よろしく~♪ ヌンヌンも食べてみればいいよ。意外といけるかもよ? 朝ごはんまだならもってきてあげよっか」


「い、いいの。ヌンは朝は食べない派なの。それにヌンヌンはやめるのヌンはヌンなのヌンヌンじゃないの」


 握手を交わした二人。どうにか丸く収まった、よな。雲行きが怪しいが足踏みしてる暇はない。


  *


「それで、神父ネリッタについてだけど、有益な情報があるの」


 ヌンは一つの木箱を取り出した。赤いお札が無数に張られている。曰く付きというやつだろうか。

 意外に軽い。中身は金属の類ではないだろう。


「まずはそれを開けてみるがヨロシ」


 なんだか棒読みなのが引っかかるが言われた通り開ける。


 木箱の中には『ページがすべて真っ黒な本』が入っていた。


「なんだこれ。なんも見えねえじゃねえか」


「ページ真っ黒だね」


 ヌンはあからさまに顔を逸らしている。


 嫌な予感がしながらもページをめくっていく。


――次の瞬間、真っ黒のページの中に聖衣をまとう老婆が現れて目が合った。


 すぐさま本を閉じて木箱にしまう。


「どしたの、ガク、変な汗かいてるよ」


 エルマには見えていなかったのか? 不気味すぎるだろ。


「おい」


「……」


「なんかばあさんと目が合っちゃったぞ」


 俺が問いかけるとヌンは咳ばらいを一回。


「これは最近巷で有名な都市伝説なの」


 なんか語り出した。


「いつ、誰が、何の目的で作成したのか。 日常の風景に突如として紛れ込み、世界中で発見されている《呪われた黒い聖典》。


 すべてが不明なその本には、たった一つの恐るべき真実がある。 ページをめくり、本の中の『聖母』と目が合ったが最後――その者は一週間後、聖母を崇める信者へと作り変えられてしまうのだ」


ヌンは立ち上がり危機迫る口調で続ける。


「タイムリミットは七日間。呪いから逃れたければ、別の誰かにこの呪いを「感染」させるしかない。さあ、。九十九ガクは果たしてこの呪いからにげることができるのか!」


「なにしてくれとんじゃわれえええええええええええ――――!」


 ヌンの脳天に思いっきりチョップを叩きこむ。

 ヌンが涙目で俺を見てくるが、泣きたいのは俺だ。


「ふざけんじゃねーぞ! おまえ呪い移しやがったな! 俺に移すために何も言わずに本見せやがったな! おいエルマ、こいつの目かっぴらけ。無理にでも聖典見せてやる!」


「ぎゃ、虐待っ! 異議を唱えるの! この不条理に対する異議を唱えるのっ!」


「不条理はこっちだバカ! これで俺呪いにかかったってか? 一週間以内に呪い移さなきゃ洗脳されるってか? 普段のクズさがねえと思ったらこの様かよ!」


 無理にでもこいつに呪い移してやる。こいつは元より突き抜けた小心者のクズなんだ。


「ガクはこのまま変な宗教の信者になっちゃうの? そんなことありえるの?」


「普通はあり得ねえ。だけど神器だったらあり得ないことじゃねえ」


 俺はヌンに説明を求めるように睨みつける。ヌンは慌てて机の下に隠れた。


「そ、それは《聖母の神器》の准聖典なの」


「准聖典?」


「神父が持ってる聖典の一つ下のランク……つまり《聖母の神器》が生み出した聖典の布教用って言えば分かり易いの。これ自体には強力な力はないけど、聖典の保持者である神父に無理やり従われることになっちゃう」


 《聖母の神器》とはつまり、《ナキ食聖教》の神父ネリッタが所持している神器のことだ。


 神父が持っているのが聖典だとして、信者には聖典の複製が配られるというわけか。


「信者が減った分だけ《聖母の神器》は准聖典をばらまいて信者を補填するの。そういう風に《聖母の神器》は存続してる」


「物騒なこった。じゃあこのままだと俺は神父ネリッタの配下になっちまうってことか?」


「心苦しいことに」


 他人事かよ、しばくぞ。


「ガクが《ナキ食聖教》に潜入する寸前にこれをダークウェブで見つけたの。面白そうだから買ってみたけど、こんなことになるなんて知らなかったの。ヌンにはもう一日しか残されてなかったの! 毎夜毎夜聖母が語り掛けてくるの! もう限界なの!」


「だからって俺に擦り付けるかよふつう」


「で、でも! それが神父を捕らえる手掛かりの!」


 ヌンは机の下からひょっこり顔を出した。


「もうすぐ! もうすぐ《ナキ食聖教》は儀式を執り行う予定なの! 儀式の前になると聖典を持ってる人はみんな収集されるの。だから、その時だったら」


「神父の居場所どころか、神父に会えるってことか」


 ぶんぶん頭を縦に振るヌン。


「情報源はどこだよ。もうすぐって曖昧だな」


「神父がSNSで呟いてるの。多分明日か明後日っぽい」


「舐めやがってこのじじい」


 ヌンが見せてくれた携帯のスクリーンには『儀式の準備中なう』とつぶやかれている。なんでこんなおちゃめなじじいに痛い思いさせられてたんだよ。


「それに洗脳済んでない奴らも収集するってのは本当か? 向こうにとっちゃリスクがでけえぞ」


「確かに。儀式で洗脳進められるとか? んー、この情報はなんとも言えないから、適当な奴にのろい押し付けてGPSでもつけて神父の居場所を特定するのが得策ネ」


 合理的な作戦だが、他にもやりおうはありそうだ。


「とりあえず、おまえが俺に呪い押し付けたのは水に流そう」


「ありがたき幸せ」


 むかつくが大きな収穫だ。これで目途が立った。


「じゃあそれまでに準備しねえとならねえ。今の俺じゃ、単独で戦ったら数分と持たねえ。乗り込むなら戦力としてあと二人は必要だな」


 正直エルマもクラリも戦闘力の面は把握していない。その二人を連れてくか、あるいは雇うか。


「単純な疑問なんだが収集されるって、手紙でもよこしてくれんのかね」


 儀式の場所に自ら行くのか、あるいは無理やり連れていかれるのか。どちらかによって作戦は大きく変わってくる。


「情報によると、准聖典が勝手に開いて吸い込まれるとかって…………ほら丁度あんな感じなの」


 ヌンが指さした先。


 木箱に入っていたはずの准聖典がひとりでに宙に浮き、ぺらぺらとページがめくれていた。

 まるで見えない誰かがページを繰っているようにも見える。


「あれ、なんか嫌な感じするの」


 同感だ、と言おうとしたその時。


 ――視界が漆黒のページへ吸い込まれる。


 黒い海に飛び込みひたすらに流される。

 流されて飲まれて、失って継ぎ接ぎ、破れて溢れて無くなって。


「―――まじかよ」


 俺は恐る恐る顔を上げた。


 ――俺は《ナキ食聖教》信者の一人として、純白の教会にいた。


 まるで予定調和を許さないとでも言わんばかりに、目まぐるしく状況が一変。


「えっ! ここどこっ! アタシは誰っ! 冒険だっ! ごっつい冒険の匂いがするっ!」


 隣にはなぜか、慌しい少女の姿が。


「は? え、なんでおまえも付いてきてんの?」


 エルマはキラキラした瞳であたりを眺めていた。



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